小説家の彼。
彼は売れない小説家だ。
そんな彼の為に、食事を作ろうと意気込んだ私は古いアパートの階段を登る。
左手には鞄。右手にはカレーの材料。
「ねぇ、どんな話を書くの?」
スーパーの袋から材料を取り出しながら尋ねる。
彼と出会ってから2ヶ月程度。
越してきたばかり、というくらいしかまだ何も知らない。道に迷った彼に声を掛けられたのが始まりだ。
学生の私にお金は無いので近所の公園や家でデートするだけだけど、彼はとても素敵で、紳士だった。好かれてるのか疑うくらい何もないが、彼はとても優しく愛だけは囁いてくれる。周囲にそれらしい女性の影もない。
「無駄遣いはできないけど貯えはそれなりにある」と言っていて、小さな額のものや食事代などではあるが全て出してくれる。
華美ではないがそれなりに身なりもよく、特にお金に困っている様子はない。
「まだ構想しか決まってないんだけど」
照れ臭そうに彼は語りだした。
ストーリーのメインは臓器移植らしい。
まだ詳しく調べていない、と彼は言っていたが。
主人公の男性医師は新しく配属された看護婦と恋に落ち、ふたりは順調に愛を育んでいた。
主人公がこの先の事を考え出したある日、彼女に「姉を紹介したい」と言われるが、出向いた先は墓地。姉は故人のようだ。
彼女は「自分が看護婦になったのは、姉がいたからだ」と言う。
当時まだ二十歳そこそこだった姉は、自分が昔から病気で苦しんでいた事で看護婦を目指すようになったものの、病気が再発。
「せめて身体だけでも」と臓器の提供を希望したそうだ。
「まさか……」主人公は焦った。
実は彼が研修医だった頃、1度だけ小金欲しさに臓器の提供順を改竄していたのだ。
結果、臓器は本来正しく回ってくる筈の人間をスルーし、金を積んだ患者へ。(この辺の細かい部分等はまだ調べてないらしい)
病院に戻り調べてみると、やはりその時の患者が彼女の姉だった。
「え、彼女はじゃあ、お姉さんの復讐のために主人公に? んん……復讐? でもないよね……その為に殺したとかならともかく」
「そう、主人公は単に臓器を横流ししただけだからね。 順番をかわされて死んでしまった患者が姉な訳でもないし……だけど」
彼は言う。
後ろめたさこそが疑心を呼ぶのだ、と。
「彼女と主人公の出会いは全くの偶然で……彼女は自分の敬愛する姉に愛する人を紹介したかっただけだ。 だが、その偶然によって主人公は彼女の気持ちに疑いを持つ。 『なにか目的があるんじゃないか』と。 猜疑心と愛情の中、主人公は葛藤する」
「……ラストはどうなるの?」
その問いに彼は、「決まってないんだ」と肩を落とす。
私は話を切り上げてカレーの準備に取りかかった。
不意に彼のスマホが鳴り、彼は隣の部屋へと移動した。女の影を疑った私は聞き耳を立てたが良くは聞こえない。ただ、「計画通りです」とか、そんな言葉が聞こえたので仕事の相手のようだ。
ホッとして、私は疎かになっていた手を再び動かし始めた。彼は彼で、なにかゴソゴソと探し物を始めたようだった。
不意に、隣の部屋からの彼の問い掛け。
「──もし君が姉ならどう思う? そこがキーポイントだ」
「ええ? ……う~ん……死んじゃったら妹の幸せがなによりなんじゃないかな。 臓器が誰にいったかなんて、問題じゃないんじゃない?」
「そう」
「ただ、ハッピーエンドにしてほしいな。 できれば」
「……そうだね」
ゴトリ、となにか重い物を置く音と、引き出しを閉める音。
グツグツと沸騰する鍋の音の遠くで、そんな音がした気がした。
☆★☆★☆
「……これで終わり?」
「そうだが?」
私がバイトしている小さな喫茶店、『一茶』には『書生さん』というアダ名の変な常連客がいる。
アダ名の通り、ワイシャツに着物で袴という前時代的な出で立ちの、無駄に美形の兄さんだ。
コスプレ紛いの格好も含め、喋り口調もいちいちおかしい。
彼は自らの事を『小生』と宣う。
自分の事を『小生』と言うやつなんか、総務課の山口君の漫画に出てくる駄目係長位しか知らん。
……全く無駄な美形だ。
「小説家だ」と言うもんだから最近某誌に寄稿したという作品を持ってきて貰ったのだ。
しかし原稿オンリーであり、雑誌ではないためどこまでが本当か判断できずにいる。
「オチがわかりにくい!」
「無論。 それを狙っているからそれが正しいのだ。 フッ……君のような若人にはわかるまいて」
大体コイツはいくつなんだ……
オチよりもなによりもそれが気になる。
いつものように彼は珈琲の代金をきっかりテーブルに置き、マスターに向かって「主人、勘定はここに置くぞ」と言って去っていった。
去り掛けに彼は言う。
「他人の人生には謎が多いものだ」と。
──物凄いどや顔だった。
二段オチが書きたかっただけっていう。
直したつもりが直ってなかった部分を改稿。
無い方がいいかな?とも思いつつ、ラストの一文を加えてみた。




