その7
「狗巫女さん……。君は……」
私の姿は、ゆっくりと人の形へと戻っていく。もちろん、後先考えずに変身してしまったために服は破れてしまっている。けれど、こんな化物の裸を見たって、鬼龍院さんは何も思わないだろう。だが……。
「これを羽織ってください。可愛い女の子に目の前で裸でいられたら、さすがに冷静ではいられませんから」
鬼龍院さんは、自分が着ていた上着を、私にそっとかけてくれたのだった。
「はわっ!?か、かわ……。い、いえ、私が怖く……、ないんですか?」
「え?いや……、さすがにびっくりはしましたけど、怖くはありませんよ。だってどんなに姿を変えようが、狗巫女さんなんですから」
その言葉に、私の心臓が再びドキリと高鳴る。そんな、これはまるで……。しかし、突如として轟音が鳴り響いたかと思うと、世界が揺れる。
「なっ、なんだ!?」
「そうか、私が悪霊を倒したから、この世界が崩壊してるんです!いくら鏡に囚われていたといっても、この世界を作り出したのは悪霊なんですから」
私達がいる空間が、音を立てて崩れて行く。そして、何かが砕ける音と共に、頭上から大量のガラス片が降り注ぐ。
それは、この世界と共に崩れ去った、大量の鏡の欠片だった。
「危ない!」
叫び声と共に、私は床へと押し倒されていた。体の上に感じるのはは、暖かく逞しい感触。
「はわっ!?な、何を……」
「動かないで!」
私の上に覆いかぶさっていたのは、鬼龍院さんだった。大柄な体ですっぽりと包み込むように私を抱き、守ろうとしているのだ。
「や、やめてください。私なら大丈夫です。怪の……、犬神の体は、普通の人間なんかよりずっと丈夫だし、回復力も早いんです。むしろ私の下に……」
「駄目だ!これは僕の責任だ。あんな悪霊に騙されて、君達を危険に巻き込んだ。その上助けられて、君に何かあったらフェンリルさんに申し訳ない!」
「鬼龍院さん……」
だが、その間にも鋭く尖ったガラス片は、私達の体に雨のように容赦なく降り注ぐ。そして、気付けば私の顔や体に、暖かい雨が降ってきた。
「き、鬼龍院さん!?」
それは、鬼龍院さんの全身から流れる血だった。鋭いガラスが衣服を容赦なく貫通し、彼の体を切り裂いていたのだ。
「や、やめて!死んじゃう。私なら大丈夫だから!」
だが、鬼龍院さんは強い力で私を抱きしめたまま、決して放そうとはしない。けれど、いつまでもこのままでは、本当に彼が死んでしまう。たとえ強引に引き剥がしても……。私は決意する。
そして、私の体から灰色の体毛が伸びかけた時だった。
『だいじょうぶだよ。お兄ちゃん……』
「え……?」
不意に私達の上に金色の光が広がったかと思うと、まるで傘のようにガラス片を弾き始めたのだ。その光は暖かく、まるであの時、暗闇から緋色さんに引き上げられた時のようだった。
それに気付いたのだろう。鬼龍院さんは、真っ赤に染まった顔を上げ、背後を振り向く。
「る……、瑠璃!瑠璃なのか!?」
私には、人の姿は見えない。けれど、鬼龍院さんは感じているのだろう。そこにいるのはまがい物ではない、本物の瑠璃ちゃんだということに。
「瑠璃……」
「ありがとうお兄ちゃん、それに、いぬがみのお姉ちゃんも……。これでやっと、あったかいとこにいけるよ」
「な……、何を言ってるんだ?そこにいるんだろ!?なら、一緒に……、一緒に帰ろう!瑠璃」
「ううん……。るりはもう、死んじゃってるから……」
それは鬼龍院さんにとって残酷な言葉、無情な通告だった。しかし……。
「そんなにかなしい顔しないで、お兄ちゃん。いまね、るりはしあわせなんだよ。こわいお化けの中につかまって、まっくらで、かなしくて、つらくって、こわくって、ずっとずっとさむかった。でも、いまはとってもあったかいの。体だけじゃなくて、心もとってもあったかいの。いまなら、るりはわかるの。きっとこのまま、フカフカのくもの上の、てんごくにいけるんだって」
「る、瑠璃……、お前……」
瑠璃ちゃんの言葉の意味を悟ったのだろう。鬼龍院さんは、涙と血でドロドロになった顔をくしゃくしゃにし、光を見つめている」
「だからね、るりをしあわせにしてくれた、お兄ちゃんとお姉ちゃんにかんしゃしてるの」
そして、光は徐々に淡くなっていく。
「さいごにお兄ちゃんに、おねがいがあるの。るりはお兄ちゃんのおかげで、とってもしあわせだったの。だから、お兄ちゃんはこれから、ほかの人をしあわせにしてあげてほしいの。そうだね、るりをたすけてくれた、このお姉ちゃんを」
「はわっ!?」
「お、おい瑠璃!」
だが、もはや最後の言葉の意味を知るすべはなかった。光は徐々にその輝きを失い。やがて消えて行った。そして、光の傘を失った私たちに、再び容赦なくガラス片が降り注ぐ。
「狗巫女っ!!」
だが、突如として聞こえた叫び声と共に、私の右腕は暖かい何かに掴まれる。幼い頃から、いつだって私を守ってくれた暖かい腕に。
私はそれを右手で握り返すとともに、とっさに左手でもう一つのものを掴んでいた。それがなぜかはわからない。ただ、私が掴んだもの達はきっとこの先、私にとって大切なものになるに違いないと直感したからかもしれなかった……。
☆ ☆ ☆
「……巫女!……狗巫女!」
遠くから聞こえる私を呼ぶ声に気付き、ゆっくりと目を開ける。目の前には、私を心配そうに見つめるリルさんの顔が見える。ああ……。私は戻ってきたんだ、この、暖かい人の隣に……。
「リル……、さん」
「良かった。どこも怪我は無いようだし、大丈夫そうだね」
「怪我……?」
その一言で、私は慌てて飛び起きる。
「鬼龍院さん!?」
周りを見れば、少し離れた場所で鬼龍院さんが横たわっている。服は真っ赤に染まり、酷い怪我をしているようだ。
「リルさん!鬼龍院さんが……、鬼龍院さんが!」
「慌てんじゃないよ。派手な出血はあるが、とりあえず死にゃしないさ。それに、アタシ等をハメたんだ。もう少し痛い目を見てもらおうか。それより、アンタその格好……。まさかとは思うけど、コイツ何かされたんじゃ……って、狗巫女!?」
だが、私はリルさんの言葉の途中で駆け出していた。向かう先は、横たわる鬼龍院さんだ。そして、彼の元に到着するやいなや、私は彼の傷を必死で舐めていた。
「狗巫女……、アンタ……」
ポンコツな私だけど、必死で覚えた退魔の遠吠え以外に、もう一つだけ昔から使える能力がある。それは、私の唾液は生き物の傷の治りを早めることだ。
口の中が血だらけになるのにも構わず、顔中を血で真っ赤にしながら、私は傷を舐める。
「う……、狗巫女……さん?」
その様子を見ていたリルさんも、私が鬼龍院さんに酷いことをされたのではないかという疑いも晴らしたようだ。
「……。まあ、アンタがいいなら……。とりあえず、ガラスの散らばったこの廊下じゃなんだし、リビングへ移動しようか。狗巫女、コイツを運ぶのを手伝っておくれ」
☆ ☆ ☆
「なるほどね……。けど、アタシ等をハメたことに関しちゃ、許せることじゃないんだよ。今回のことは、一歩間違えば全員死んでてもおかしくはないんだ。……。まあ、命がけで狗巫女を守ってくれた分で、チャラにしてやるけど……」
最初は凄い形相で鬼龍院さんを睨んでいたリルさんだったが、必死で手当てをする私を見ているうちに毒気も抜けたのだろう。いつものリルさんに戻っていた。
「それよりも、リルさんのほうはどうして……」
「ああ、こっちは……」
☆ ☆ ☆
睡眠薬で眠っていたフェンリルは、何かが割れる音で目を覚ましたのだという。自分の体を見れば、ソファに横たわり、ご丁寧に毛布までかけられている。
「これは……。狗巫女!?」
だが、立て続けに鳴り響く硬質な音に、異変に気付き駆け出していた。向かった先は、この屋敷に入った時に見た大鏡の前だ。
もちろん、そこで何かが起きたとは限らない。ただ、彼女の直感は間違いなくそこが現場だと叫んでいた。
睡眠薬でやや頭がボーッとするとはいえ、人狼の肉体と彼女の精神力は、そんなことはものともしない。
「これは……」
辿り着いた大鏡は、中央から外側に向けて蜘蛛の巣のようなひびが入っている。そしてそれはどんどんと広がって行き、やがて崩れ始めた。
何が起きているのか、彼女に知る術はない。だが、彼女の目は確かに見たのだ。散らばり崩れ去り、虚ろな空間へと吸い込まれていくガラス片に映った、狗巫女の姿を。
「狗巫女っ!!」
フェンリルはとっさに鏡の中へ手を伸ばす。無数のガラス片が腕に突き刺さり、皮膚を切り裂いて行くのを気にも留めず。
そして彼女は、暖かい何かを掴む。それに応えて、その何かも自らの腕を掴み返す。けれど、もしかしたら掴んだものは狗巫女ではないのかもしれない。
だが、彼女は確信していた。その感触は狗巫女が幼い頃、いつも自分の手を握ってきたものと、まるで同じだったからだ。
そして狗巫女を引き上げた拍子に、彼女はもう一度驚くことになる。気絶しているにも関わらず、鏡の中から引っ張り上げたの狗巫女の左手は、しっかりと鬼龍院を掴んでいたからだ……。
☆ ☆ ☆
「リ、リルさん。その腕……」
私はようやく、リルさんの腕の傷に気が付いた。
「ご、ごめんなさい。私のために……。は、早く治療を!」
「ハッ、こんなのはそいつに比べりゃかすり傷だよ。それよりも、さっさと顔を洗っといで。アンタの顔も口の中も、血だらけだよ」
言われて私は、自分が何をしていたのかに気付く。そうだ、いくら非常事態とはいえ、男の人の体中を舐め回していたのだ。私は顔から火が出るような感覚を覚える。
「と、と……、とりあえず鬼龍院さんも無事みたいだし、きゅ、救急車を呼んで。私はちょっと、顔を洗ってくるから!」
恥ずかしさのあまり、慌てて洗面所へ駆け出そうとした時だった。
「ま、待ってください。僕なら大丈夫ですから」
不意に鬼龍院さんが叫んだ。
「で、でも……」
「大丈夫です。それよりも、今回のことを謝らせてください。瑠璃に……、いえ、瑠璃のフリをしたヤツに騙されて、あなた達を危険な目に会わせてしまった。特に狗巫女さんには、命まで助けてもらって……。いいえ、僕の命だけじゃない、成仏できずに苦しんでいた、瑠璃まで救ってもらったんです。本当に……、本当に感謝してます」
「や、やめてください。まだ動かないほうが……。そ、それに、私は仕事でしたことですから……」
まだ満足に動けない体を起こし、鬼龍院さんは必死で頭を下げる。
「ハッ、そいつは狗巫女を助けたことで、チャラだって言ったろ。それよりも、あとはアンタの誠意次第だよ」
「わかっています。僕の誠意……、いえ、お願いです。狗巫女さん、僕と結婚を前提に、付き合ってください!!」
「は……?はわぁっっ!?」
「ちょ、ちょっとアンタ!アタシの言う誠意ってのは、依頼料のことで……」
あまりにぶっ飛んだ返答に、私もリルさんも目を白黒させるしかなかった、
「ちちち、ちょっと待ってください。そ、それは、あの時瑠璃ちゃんに言われたから……?」
そう、もしかしたらこの人は、私を幸せにしてほしいと言われた、あの言葉に縛られて仕方なく言っているのかもしれない。そうでなければ、私なんかと付き合ってほしいなんて言うはずがない。まして、私の犬神となった姿を見ているのだ。
けれど、鬼龍院さんは私を真っ直ぐに見つめると、はっきりと言ったのだ。
「いえ、瑠璃は関係ありません。短い時間ですが、狗巫女さんの優しさ、強さを知って自分自身で思ったんです。あなたが好きだ、あなたと一緒になりたいと」
「はわ……、はわわわ……。で、でも、私は……。リ、リルさん……?」
私は救いを求めるようにリルさんを見る。
「ハッ、気取ったボンボンかと思ったけど、案外骨があるようじゃないか。この子の魅力に気付くとは、なかなか見る目があるね。で?どうすんだい狗巫女。あとはアンタが決めることだよ」
だが、返ってって来た言葉はまるで私を突き放すかのようなものだった。でも、私は知っている。そっけない口ぶりでも、リルさんは誰よりも私を心配し、気にかけてくれていることを。
きっとこれは、この先私が一人の女性として生きていくための、大きな転機となると見たのだろう。だからこそ、リルさんは私を突き放したのだ。
「おっ、お断りします!」
正直に言ってしまえば、今の鬼龍院さんに悪い印象は無い。いや、どちらかといえば好意に近いものが芽生えている。
けれど、彼の言葉にどうしても頷けない理由がある。それは……。
「だっ、だって、リルさんは甲斐性だって言ったけど、ふっ、二股をかけるような不誠実な人……、私は許せません!」
「は!?」
だが、私の言葉に鬼龍院さんの方が驚いたようだった。
「ちょ、ちょっと待ってください!二股って……。僕に付き合ってる女の人はいませんよ」
「う……、嘘吐かないでください!じゃあ、あの人達はお付き合いもせずに、遊んでるだけだって言うんですか?ホッ、ホテルにまで誘っておいて……。ふっ、不潔です!」
「ちょっ……。いったい何のことです?」
「何のことって……」
この期に及んでしらばっくれる鬼龍院さんに、私の中でだんだんと怒りがこみ上げてくる。
「あ、あの時の会話が聞こえなかったとでも思ってるんですか?犬神の耳の良さを舐めないでください!電話口から若い女の人の声が聞こえてたし、二人と立て続けにホテルで待ち合わせしたのも聞こえてたんですから!」
「あ……!」
どうしてこんなに私は怒っているのだろう。会って間もないこの人に、何を期待しているというのか。そうだ、私は私の分を知っている。表舞台には立てない、私の性分を。
なんだか自分が嫌になり、酷く落ち込みかけた時だった。
「は、ははは……。あはははは」
「なっ、何がおかしいんですか?ばっ、馬鹿にしてるんですか!?」
目の前で馬鹿笑いをする彼に、怒りが爆発する。
「ちっ、違いますよ。すみません、そんなつもりじゃないんです。ただ、僕を含めいろんな勘違い、思い込みが混ざり合ってたみたいで。これこそが今回の事件の発端なんだろうなって」
「勘違……い?」
鬼龍院さんの言葉に、わずかばかりに冷静になる。そうだ、よく考えれば、作り上げた外面はともかく、この人の本質はそんなに器用ではないはずだ。
「じゃ、じゃあ、あの女の人達は……」
「狗巫女さんが僕と付き合ってくれるなら、紹介しなければいけませんね。僕の二人の妹、琥珀と珊瑚に」
「いっ、妹!?で、でも、妹さんは瑠璃ちゃんだけじゃ……。あ……!」
その時になって私は気付く。そうだ。この人は確かに説明していたはずだ。二人の妹は、大学近くのマンションに住んでいると……」
「じ、じゃあ、私の勘違い……」
「いえ、ちゃんと説明しない僕も悪かったんです。妹達とは、月に一回、うちの系列ホテルで食事会をしてるんですよ。まあ、娘を溺愛する親父に、妹達の近況を知らせるように頼まれたのがホントの目的ですけどね」
「はわっ!じゃ、じゃあ……」
「つまりは、これで僕のプロポーズを断る外的要因は無くなったってことです。あとは、狗巫女さんの気持ち次第です」
「リ、リルさぁん……」
私は縋るようにリルさんを見る。だが、リルさんはニヤニヤと、暖かい目で私を見つめるだけだ。
「さて、あとはアンタが女の矜持を見せるだけだよ」
「う……」
リルさんと鬼龍院さん。二人に見つめられ、私は覚悟を決める。おそらくこんなに頭を使ったのは生まれて初めてだ。
「お……」
「「お……?」」
私の言葉に、二人の注目が集まる。
「お……、お友達……。い、いきなりお付き合いって言われても、正直どうしたらいいのかわかんないから、ま、まずは、お友達からなら……」
「はは……。ありが……とう……」
ニッコリと微笑んだ鬼龍院さんだったが、そのまま電池の切れた玩具のように、床へと倒れ伏す。
「きっ、鬼龍院さん!?リルさん、き、救急車っ!」
緊張と出血で限界だったのだろう。鬼龍院さんは私の返事を聞くと、安堵したように床へと突っ伏したのだった。
☆ ☆ ☆
「ほら、遅刻しちゃうよリルさん」
「け、けど、オムツとミルクと……。寒がった時のための着替えは?ああそうだ、泣いた時のために、もっと玩具も持ってったほうがいいんじゃないかい?」
「大丈夫だって、猫猫飯店は目と鼻の先なんだから。それに、子育てに関しては銀華さんと緋色さんの方がベテランなんだよ」
「フン、あんな馬鹿猫が信用できるもんか。風太も風華も、緋色が育てたようなもんだろ」
「もう、リルさんったらまたそんなこと言って……」
あらから二年が経とうとしていた。その間は、当時の私に教えてあげても、とても信じないだろう出来事の連続だった。
それはそうだろう。地味で一生恋人なんか出来ないんじゃないかと思っていた私が、男の人とお付き合いして、結婚し、子供まで授かるなんて……。
鬼龍院さんとお付き合いを始めた頃も、私はずっと不安を抱えていた。彼は大財閥の御曹司だ。こんな得体のしれない妖怪との結婚なんて、普通に考えれば絶対に認められないはずだ。
実際、私は何度も彼に確認し、別れようと告げた。けれど、彼は決して首を縦に振らなかった。
「大丈夫だから。君が僕を嫌いになったって言うんなら諦めるけど、そうじゃないなら、絶対に君を守って見せる」
けれど、私の心配は全くの杞憂だった。彼の両親も妹さんも、私を暖かく迎えてくれた。それ以上に、瑠璃ちゃんのことでずっと思い悩んでいた彼を救ってくれた恩人だと、泣きながら感謝をされたのだ。
認めてもらったのはありがたい。けれど、他にも心配はあった。彼は大財閥の御曹司。その奥さんが危険な探偵業をしているなど、認めてはくれないだろうし、近いうちに黒狼探偵社も辞めねばならないだろう。
だけど、両親は暖かい人達だった。
『この仕事が二人を結びつけたのだろう?だったら、無理に辞める必要は無いさ。ただ、危険なことはなるべく控えてくれると安心だけどね』
そんな暖かい人達に恵まれ、私は『鬼龍院 狗巫女』となったのだった……。
今日は、久しぶりに猫猫飯店へ遊びに行く日。リルさんは相変わらず私の娘、『緋光子』に甘い。
ちなみに『緋光子』というのは、私の愛する光一さんと、尊敬する緋色さんから取った。昔好きだった男の人の名前を取るというのは、光一さんが嫌がるかとも思った。だが彼は、
『緋色さんのおかげで、今の君がいるんだろう?感謝してもしきれないさ』
そう言って、むしろ積極的に緋色さんにお願いに行ったのだ。もっとも、
『狗巫女が、僕を愛してるって知ってるからこその余裕なんだけどね』
私に愛されてることに、自信満々だった。むしろ、こっちの方が恥ずかしくなるくらいに……。
「こっ、こら!泣くんじゃないよ。ほ~ら、べろべろばぁ~。ばぶぅ~。おお、よしよし……」
「あはは。リルさん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「でっ、でも狗巫女、こんなに泣いて……」
私と彼は人と怪、立場も生きる時間も違う。けれど、私は光一さんを愛し続けると誓った。そう、私の尊敬する、緋色さんと銀華さん夫婦のように……。
「ほらリルさん、銀華さんを呼ぶよ」
そして私は、未来へと繋がるドアをノックするのだった。
黒狼探偵社結婚騒動顛末記 ~ 完 ~