その3
「で、アンタはどう見る?」
「どうって言われても……。でも、話を聞くかぎりでは、鏡にとり憑いた悪霊か、鏡に住み着く怪異かもしれないとしか……。それよりも、緋色さんは何て言ってたの?」
「ハッ、さすがにそこまで聞いちゃ、同業者として終わりだよ。これはアタシ等の仕事なんだ。自分の力で解決しなきゃ、それこそ黒狼探偵社に未来は無いよ」
「う……、それはそうだけど……」
確かにリルさんの言うとおりだ。いくら親しくても優しくても、二人は一応商売敵なのだ。何でもかんでも緋色さんを頼っていては、それこそ黒狼探偵社の存在意義が無くなってしまう。
鬼龍院さんが帰った後、私とリルさんはこの依頼を受けるかどうか話し合っていた。彼の話によれば、その後に鏡の中から彼を呼ぶ声は止むことは無く、それどころかしだいに、鏡に人影が映るようになってきたのだという。そしてそれは、だんだんと増えていくように、家中の鏡に現れ始めたというのだ。
そして彼は、ある時意を決して鏡の人影に近付いたのだという。そして……。
「あの手の跡、少なくとも大人じゃないね。もちろん、小型の怪って可能性もあるけど……」
話によれば、突如として鏡の中から伸びた手に腕を掴まれ、鏡の方へと引っ張られたのだという。驚いて尻餅を着いた拍子に手は離れて大事は無かったものの、人ならざるモノの存在ははっきりと、その腕に残されていたのだった。痣となった手の跡が……。
「ま、いずれにしても、まずは依頼を受けるかどうかってことだけど。アンタはどうしたい?」
「う……、個人的にはあんまり受けたくないけど……。べっ、別に、幽霊が怖いわけじゃないよ!だって、何アレ!?ふっ、二股なんて、人として信じられない。緋色さんの爪の垢でも飲ませてやりたい!」
☆ ☆ ☆
「で、アンタの依頼内容としちゃ、その悪霊?かなんかを退治して、安心して家に住めるようにしたいってことでいいんだね?」
「あ……、いや、その……」
一通りの話を聞いた後、リルさんは最後の確認をしている。だが、どうしたのだろう。リルさんのその言葉に、先ほどまでの自身満々の態度が嘘のように鬼龍院さんの様子が変わった。物言いも、なぜか歯切れが悪い。
「なんだい?違うのかい」
「ああ、それはそうなんですけど……。悪いものともかぎらないし、まずは正体を調べてもらって、様子を見るというか……。それによっては、その……」
「急に煮え切らなくなって、どうしたんだい?」
リルさんも彼の態度がおかしいと思ったのだろう。どうしたのかと問いかけた時だった。
突如として携帯電話の音が鳴った。だがその音は、リルさんの物でも私の物でもない。ならば……。
「ああ、失礼……。どうした琥珀。ん?ああ、そうか、今日は……。わかったわかった。んじゃ、いつものホテルでな」
電話を取ったのは鬼龍院さんだった。そして、電話口から漏れ聞こえてくるのは若い女の人の声。話の内容から察するに、デートの約束なのだろう。だって、ホ、ホテルで待ち合わせとか言ってたし……。べっ、別に大人なんだから、この人がどこで誰と何をしようが勝手だけど。
「ああ、すみません。っと、失礼」
だが、電話を切った直後、またしても鬼龍院さんの電話が鳴る。
「珊瑚か、わかってるよ。ちゃんと行くから心配するなよ。ああ、大丈夫だって、じゃ、ホテルのラウンジでな」
悪びれもせずに会話するその態度を、私は唖然と聞いていた。なぜなら、電話口から漏れ聞こえてきたのは、またしても若い女の人の声。しかも、待ち合わせ場所はまたしてもホテルだという。
それが何を意味するかと言えば、恋愛経験皆無の私にだって想像はつく。つまりは、ダブルブッキング、二股、浮気と様々な呼び名はあれど、けっして歓迎されない不誠実な行為というやつだ。
そしてこの瞬間、この依頼に対する私の心は決定した。
『あなたみたいな、不誠実な男の人の依頼なんか受けません!』
だが、私の心の叫びは言葉となって表に出ることはなかった。電話を終えた鬼龍院さん……、いや、こんな男は鬼龍院と呼び捨てでいいだろう。は、私達に向かうと、
「ちょっと急ぎの野暮用が出来たもので、これで失礼しますよ。じゃあ、依頼の件よろしくお願いします。ああ、もちろん依頼料は言い値で構いませんよ」
言うが早いか、私達の返事も聞かず出て行ってしまった。後に残された私は珍しく怒り狂い、冒頭へと繋がるわけである。
だが、私の好き嫌いで黒狼探偵社、ひいてはリルさんの名に傷を付けるわけにはいかない。
そんなわけで、私のまったく勇ましくない事件解決宣言へと繋がるのだった。