第一章 『夏の日Ⅱ ~士官学校~』
過去回想編2です。
もう少しだけお付き合いください。
「えー、例題一の魔力量関数f(x)を積分するとこの値が得られるわけだ。」
魔法科の授業が始まった。
魔法科と言っても実践とは異なる。
魔法の原理を根底から学び、知識を得る。
そんな授業だ。
ちなみに、実技は毎日一時限目と午後に『魔法実技』という教科名で実施される。
今朝は有象無象を十人ほどボコボコにしてきた。
午後も楽しみである。
それにしても眠い。
教官の話がつまらないということもあるが、おそらくプールの後だからだろう...
少し寝るか。
と、俺が机に突っ伏そうとした時だった。
ガラガラと音を立てて教室のドアが開き、一人の教官が顔をのぞかせた。
『ラマヌジャン』という上級教官の男である。
歳は三十前後、インド地方出身の小柄な人物だ。
もともとは大学で数学の教鞭をとっていたらしいが、戦時中とあってこの場に招聘されたらしい。
魔法には数学の知識が必要不可欠なのだ。
「スメラギ、タカナシ、長官呼ンデマス。」
かなり片言で、小柄な体系に似合わず図太い声だ。
というか、俺も名前が呼ばれたな、今。
「あ、はい。」
小鳥遊は、何も怒られることはした覚えはないのに、と言いたげな顔つきで席を立つ。
「ほら、てー君も行くよ。」
彼女は小声で俺にそう言った。
あくびを噛み殺し、俺も彼女の後に続いて教室を出た―――――
案内されたのは長官室である。
部屋の中央に二人掛けの大きなソファーが向かい合うようにして、二つ置かれている。
俺と小鳥遊は手前のソファーに腰を掛けた。
一方、奥側に座っているのはこの士官学校の長官『小鳥遊 悠一朗』。
歳は四十前半、黒髪が似合い、ダンディーな男だ。
この人は東亜連合の文科省大臣も兼任している。
そして、小鳥遊(俺の幼馴染)の実の父親なのだ。
「ここに君たち二人を呼んだのは、ほかでもない...」
隣で小鳥遊(娘)がゴクリと唾を飲み込むのが分かった。
「―――――戦局が悪化しているゆえ、戦場に行ってほしい。」
小鳥遊は唖然とし、目を丸くしている。
「...分かりました。」
少し考えた後、俺は言った。
「十八になったら結局行く羽目になる。 五年早くたってさほど変わりないだろう。」
それに、ここでの生活も飽きてきたところだ。
「え、ちょ、てー君本気? お父さ... 長官も... 無理です、無理。」
突然のことに小鳥遊は焦っていた。
それもそうだ、十三歳、ましてや女の子が戦場に出向くなんて到底受け入れがたい。
そんな娘を見て、長官がゆっくりと口を開く。
「これは決定事項なんだ。 本当に...すまない。」
父親が娘に真剣なまなざしを向けたからか、小鳥遊もしばらくして折れた。
「話はそれだけだ。 詳細は後日送る。 皇は残ってくれ。」
小鳥遊(娘)は少々戸惑いながらも、長官室を後にした。
鉄製の大きな扉がバタンと閉まる。
そして、廊下を歩く彼女の足音がかなり小さくなった時―――――
「総理のクソジジイめがぁ!!!」
同時にガラスの花瓶の割れる音が、部屋に響き渡った。
ぶん投げられた花瓶の破片が床に散乱している。
声の主は、小鳥遊(父)。
先ほどまでの柔らかい表情はどこへやら、今となっては鬼の形相である。
「おい! あの総理の野郎俺に何て言ったと思う?」
この人はこう吹っ切れてしまうとしばらくは収まらない。
俺はこっそり花瓶を直しておく。
「お前の娘強いらしいじゃねぇか、皇と一緒に戦場に送れ。 だとよ! ふざけんじゃねぇ!」
長官は声を強くして叫んだ。
「娘を戦場に送るバカ親がどこにいるんだって話だ、あ?」
「あと、五年もあれば戦争は絶対に終わったんだ、あいつが行く必要なんてなかったんだよ! 畜生!」
父親が娘を心配する気持ちは分かるが、この声だと外に漏れているのではないかと心配になる。
ここは、少し冷静にいこう。
「心配には及びません、小鳥遊は俺が守ります。」
「あ? なんだそのいやらしい言い方は? 貴様、娘に指一本でも触れてみろ、ただじゃおかねえぞ!」
効果はいまひとつのようだ。
あと俺、何かいやらしい言い方したか?
「いや、長官のの娘にはちょっかいは出しません、約束します。」
これならどうだ?
「おいおい! 『楓』に魅力がないって言いたいのかぁ! あ?」
めんどくさいな、この人は。
そして、こんな場面で小鳥遊の下の名前が聞けるとは思ってもみなかった。
『楓』――――― とても似合ってると思うが、俺がこれを知っていたと聞いたら、彼女はきっと悲しむだろう。
なにせ小鳥遊は、今までずっと他人に自分の名を話してこなかったのだから―――――
だから俺は、この名を固く胸の中にしまったのだった。
一時間後、何とか小鳥遊(父)をなだめ、俺は足早で教室へと戻った。
読んで下さりありがとうございました。
次回か、次々回で多分一区切り付きます。