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冥土の土産屋『まほろば堂』 ~倉敷美観地区店へようこそ  作者: 祭人
第三章 冥土の土産に教えてくれませんか?
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第34話 店長の過去(1)

「店長って、ご結婚されてたんですね……」


 声と手を微かに震わせながら、望美はスマートフォンを忍に返した。


 店長真幌の今は亡き想い人。それは、おそらく昔の恋人だろう。

 女の勘でなんとなく、そう感じていた望美ではあったが。

 まさか婚姻までしていたとは。この事実には、流石に動揺を隠せない。


 スマートフォンをポケットに納めた忍は、どかっとテーブル席に腰掛けた。

 いつもは真幌の定位置だ。


「アンタもこっちに座んなよ」


 気絶して眠り続ける少年の頭を、そっと頭を膝からどかして床に置く望美。

 望美は彼を起こさぬよう、忍の対面にそっと腰掛けた。

 こちらは、望美のいつもの定位置だ。


「さてと、どこから話せばいいかしら」


 望美が真剣な表情で、じっと耳を傾ける。


「昔々あるところに、じいさんとばあさんがいました」


 ――桃太郎?

 

 望美は心の中でツッコミを入れた。


「ばあさんは、じいさんを置いて三途の川へ洗濯に行きました。そんで、そのまま帰らぬ人になりました。そればかりか残念なことに、じいさんはその後、息子夫婦にも先立たれちゃいました」


 こくりと頷く望美。


「そんで、その死んだ息子夫婦には、まるで桃のように可愛いひとり息子が――」


 こうして忍は、ぎこちない口調で真幌の生い立ちを語り始めた。


 *


 真幌の両親は彼が幼い頃に、交通事故で他界した。

 休日のドライブ中に居眠り運転のトラックと正面衝突。相手側のドライバーも死亡した。


 後部座席のチャイルドシートにいた真幌だけが、奇跡的に生還したのである。

 当時五歳の幼児だった彼はそれ以来、祖父に引き取られることとなったのだ。


 真幌の祖父は、観光地の土産屋を営みながら、男手ひとつで真幌を育てた。

 倉敷美観地区の老舗土産屋『まほろば堂』。昔ながらの古民家を再生した店舗だ。


 どこか懐かしい日本情緒溢れる和の空間。落ち着いた店内は地元の民芸品に囲まれている。

 週末になると、全国各地から様々な観光客が訪れ賑わいを見せる。


 真幌はこの店が大好きだった。 

 将来は自分がこの店を継ぐんだ。真幌は幼い頃からそう意識していた。

 そうすれば、祖父もきっと喜んでくれる。かと思いきや、実際はそうではなかった。


『この店はワシの代で畳む。真幌、お前は何か別のやりたい仕事を探すんじゃ』


 頑固者の祖父は、いつもそう言っていた。

 実際、祖父の息子である真幌の父親も店は継がず、生前は普通のサラリーマンをしていた。


『どうしてだよ、おじいちゃん?』と真幌が理由を尋ねると。


『この店は色々とワケアリなんじゃ。特に夜の仕事は、まともな人間が関わるもんじゃない。じゃから――』

 

 夜はけっして店に近寄ってはいけない。店舗へと続く暖簾を潜ってはいけない。

 そう厳しく仕付けられていた。


 しかし幼い真幌は、好奇心を抑えきれない。

 夜、こっそりと暖簾をめくり、時々店の様子を伺っていた。


 ――鶴の恩返し?

 

 望美はまた、心の中でツッコミを入れた。


 毎晩ひとりテーブル席で和紙を広げ、宙に向かってぼそぼそと話している祖父。

 そんな奇妙な姿を見て、真幌はいつも不可解に思っていた。


『おじいちゃんって毎晩、一体なにやってんだろう? それにあの猫って……』


 夜の店内には黒猫が頻繁にうろついていた。

 昼間はけっして店の周囲に姿を見せない猫だ。


 真幌は『あの夜だけ来る猫って、うちのペットなの?』と祖父に問い質したかった。

 しかし、言えばこっそり覗き見しているのが祖父にばれてしまう。

 だから当時は、疑問に思うばかりで何も尋ねられなかった。


「その黒猫って……」

「ええ、この化け猫のクソガキよ」


 忍が床に倒れ失神している死神少年を顎で差す。


「黒猫くんって、そんなに昔からこの店に住み着いてるんだ」

「まあ、座敷わらしだからね。アタシらより随分と長生きしている筈よ」


 また真幌は祖父に引き取られて以来、不思議な現象に苛まれていた。

 夕方から夜に掛けて、時々記憶が飛ぶことがあったのだ。


「黒猫くん、当時から店長に憑依していたんですね?」

「ええ、そんで真幌の体を使って、じいさんと会話していたみたいよ」


「なるほど、ようするに」


 望美が忍から聞いた話を要約する。


「ようするに、まほろば堂はその時から既に死神の代理店だった。だから、当時の店主であるおじいさまは孫に秘密を明かさず、店に干渉しないようにと強く言い聞かせた。ましてや、継がせるなんてもっての外」

「そういうこと」


「すべては孫の為。可愛い孫を悪魔な家業には巻き込みたくない。ってことですよね?」


 忍は大きく頷いた。


 そんな具合に店のことに関しては気難しい祖父であったが、孫のことは可愛がった。

 とびきりの愛情を持って、亡きひとり息子の忘れ形見である真幌を育てた。

 しかし慣れない育児だ。手が行き届かないことも多々あった。


「そんな蒼月家の老いぼれじいさんと孫を見るに見かねて、ある夫婦がさ――」


『色々と大変でしょう』と、近所に暮らす一組の夫婦が何かと協力をしてくれた。

 店のことで何かと多忙な祖父に代わって、幼い真幌の普段の食事や洗濯などの面倒を見てくれていたのだ。

 また休日には、自分の子供たちと共に公園やドライブなどに連れて行ってくれたりもした。


「親切なご夫婦ですね」

「そんでその夫婦には、ふたりの娘がいた。しかも下の子は、真幌と小学校の同級生だった」


「それが美咲さん……のちの奥さまですね?」


 忍はこくりと頷いた。

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