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私ではない私  作者: 竹下舞
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8章 ミヨと食堂、モテること

 写真を見る。セミが鳴いている。どこにもないな 写真の場所って言われても それにしても大学の中に池や森があるなんて 三四郎池がこんなにも大きいなんて 木々が生い茂っている。池には鯉がいる。木の橋がある。私はゆったりと歩いていく。人の姿はない。ああ ない ここらへんだと思うんだけど 角度の問題か もっとちゃんとした写真を 写真を見る。顔をあげる。あれか ああ あれだ! 枝に結びつけられている紙がある。それは薄い茶色で、枝にまぎれている。私はそれを取りはずし、開く。それは上野公園の地図で、地図の中には赤マルがあり、そばには〈ベンチの下〉という文字がある。次は上野公園か じゃあバスで それにしてもあと何個でゴールなのかな?

 私はゆったりと歩いていく。麦わら帽子をさわる。今日はなぜか大学は休みみたいだし 臨時休校? 夏休みはまだだし 人の姿はあまりない。小さな子供と若い両親がいる。父親はカメラを手にしている。空には大きな雲がある。日差しは強い。風はない。セミが鳴いている。上野公園の次はどこかな そこがゴールかもね でもそこにも指令書があって そもそもゴールなんて

 構内には木が多くある。大きな建物の前に英人さんがいる。そばにはサトミがいる。私は立ち止まり、早足で木の陰に向かう。いや別に隠れなくても でもどうして英人さんが どうしてアクタガワサトミと どうして? いやそっか サトミは千絵の友達だし そうそう彼氏が東大生で 彼氏が東大生? いや まあ そっか いや 別に ここは東京大学で 英人さんは東大生で いや サトミはあちらに歩いていく。英人さんはこちらに歩いてくる。見つかってた? どうして隠れたりなんて サトミは角を曲がり、建物の影に隠れる。英人さんはこちらに歩いてくる。

「おお、ミヨちゃんじゃない?」

「あっ、おひさしぶりです」

「何してるの?」

「えっと、あまり、そうですね。なんていうか――」

「社会科見学?」

「いえ、なんていうか、そうですね。まあ、そんなところです」と私は言う。いや そんなことは でも「今、暇ですか?」

「十二時くらいまでは」

「少し話せませんか?」

「うん、食堂に行こうか」と英人さんは歩きだす。「朝ごはんは何時に食べた?」

「七時半です」

「いつもそうなの? そう。僕もそれくらいかな。まだ十一時すぎだけど、大丈夫? もしもっとあとで食べたいなら――」

「いえ、大丈夫です」と私は言う。「人はほとんどいないですね。休みなんですか?」

「今週は補講期間だから、まあ、休みみたいなものだよ」

「じゃあ、それがない人はもう夏休み?」

「いや、来週から試験で、それが終わると夏休み。でも四年生は就職活動をしないといけないし、卒業論文も書かないといけないし、四年生はけっこう大変でね。もしかしたら人生で最も忙しい時期かもしれない。そういえば、ブログにクローン人間のことを書いてたでしょ? ハゲた頭の人が並んで歩いていて、クローン人間に見えた、ってやつ。あれはおもしろかったよ、すごく。どっちが書いたの?」

「あれは私です」

「あっ、そうなんだ。てっきり千絵が書いたのかと思った。ミヨちゃんもあんなことを考えるんだね」

「まあ、そうですね。たまには」

「ミヨちゃんって、よくサングラスをするの?」

「よくってわけじゃないですけど。たまに」

「そういうスカートにサングラスにストローハットって、なんかいいね。ほどよく柔らかく見える。いつもスカートだと思うけど、やっぱりスカートが好きなのかな?」

「いえ、特にそうでは――」と私は英人さんの方を見る。首筋にホクロがある。「ボーイズのデニムのパンツをはくこともあるし」

「ここが食堂の入口ね。ちょっと変わってるでしょ?」

「そうですね。ちょっと変わってますね。地下にあるんですね」

 英人さんと並んで階段をおりていく。英人さんの恋人はホクロの位置もちゃんと知ってて 背中にあるホクロも知ってて 誰も知らないホクロも知ってて でも知らないかも 私はサングラスをとり、ナップサックにかける。サンプルケースの中を見る。というかサトミは鼻のホクロを でもサトミは虚言癖があって でもそれがなんなの? サトミの彼氏は でもそれはそれで

「何にする?」と英人さんは言った。「今日はいいことがあったから、おごってあげるよ。高いのでもいいよ」

「あっ、でも――」

「大丈夫。ホントにいいことがあったから」

「何があったんですか?」

「秘密」と英人さんは言った。「たとえば脚本を書くとして、〈いいことというのは、君に会えたことだよ〉とか言うのはどう? キザすぎるかな」

「ああ、少しキザすぎるかもしれません」

「そうだよね。でもそういうのって、雰囲気があれば成り立つんだよ。僕はそういう雰囲気がないから、そんなことは言えない。あっ、いいことってのはミヨちゃんに会えたことじゃないよ。ほかのこと。教えないけどね」

 私はサンプルケースを見る。夏だから うどん ラーメンは夏ではなくて 冷やし中華はじめました 安すぎるのだったら 英人さんは手すりから下を見ている。

「もう決まりましたか?」と私はたずねる。

「うん、僕はピラフ定食にする。そこのやつ」

「じゃあ、私もそれに」

「SMLとあるけど、どれにする? Sはこれくらいで、Mはこれくらいで、Lはこれくらい。わかる? まあ、Mでもそんなに多くはないと思う。もちろんLが食べたいならそれでいいよ」

「いえ、じゃあMにします」

「そう。食券を買いに行こう。あっちね」

 英人さんは歩いていき、券売機の前に立つ。ポケットからサイフをとりだし、お金を入れる。あれっ カバンは持ってないのか 英人さんは歩いていく。私はついていく。階段をおりる。キザすぎるにしても でも いいことってのはサトミと会えたこと? いや違うか 違うよね えっ? というか今日は弁当じゃないんだ? それに水筒も

「今日はお弁当ではないんですね」

「うん、今日はほとんど用事がないから。ちょっと教授に会いに行かなきゃいけなくて。今朝いきなり呼びだされて、ホントはすぐに行った方がいいんだけど、まあ、ごはんを食べてからでもいいよ」

「いいんですか?」

「いいよいいよ。もうここまで来て」と英人さんは言った。「大学の教授って厳かな感じがあるでしょ? 真面目で、常識があって、エリートみたいな感じが。でも東大の教授になるくらいの人って、どこか変わってるところがあって。もちろんそうじゃない人もいるよ。でもすごく非常識な人もいる。こんなんでよく教授になれたなって人もね。まあ、だから遅れていいよ」

「そうですか」と私は言う。

「はい、どうぞ」と中年女性は言う。あっミニトマト

「どうも」と英人さんは言い、トレイをとる。

 私は微笑みを見せて、トレイをとる。ミニトマト でも私は でもミヨは 英人さんはトレイにナイフとフォークとスプーンと箸を乗せる。私はトレイにスプーンと箸を乗せる。お茶をくむ。テーブルとイスが規則正しく並んでいる。英人さんと向かい合わせに座る。私はナップサックをとなりのイスに置き、その上に麦わら帽子を置く。

「じゃあ、食べようか。いただきます」と英人さんは手を合わせる。

「いただきます」と私は手を合わせ、スプーンを持つ。「英人さんはカバンを持ち歩かないんですか?」

「カバン? 今日は荷物はないから。でもバンソウコウはサイフに入れてるから大丈夫。完璧主義者だから」と英人さんは言った。私は笑った。「冗談じゃないよ。本当に入ってるから。ほらっ、三つもある」

「ホントだ」と私は笑った。

「そのカバンの中に何が入ってるか聞いてもいいかな?」

「えっと」と私は言い、ナップサックをさわる。「普通ですね」

「なら、本は入ってる?」

「普通は本が入ってるものですか?」

「もちろん。普通のカバンには本が入ってるものだよ」

「本は一つ入ってます。竹下舞という小説家の本で。知ってますか、竹下舞?」

「いや、知らない。僕は小説はほとんど読まない。映画はよく見るんだけどね。これまでにいろんな人に小説のよさを聞いたんだけど、みんなロクな答えをしなくて、〈人の心理がこまかく書かれている〉とか〈小説を読むことは体験すること。だから読み終えたあとに世界が少し違って見える〉とか。漫画でも人の心理をこまかく書いてるものはあるし、体験なら映画でいい。こういう話は退屈かな?」

「いえ」

「本当に?」

「はい、退屈じゃないです」

「そっか」と英人さんは笑った。「とにかく小説が特別に優れてるわけじゃないし、それでも世の中には〈小説は映画や漫画に比べて高尚だ〉という風潮があるでしょ? 小説はそういう風潮に支えられてるんだよ。まあ、それでもいいんだけどね。僕は映画が好きだから少し違和感があって。で、ミヨちゃんは小説のどんなところが好きなのかな?」

「私も小説はあまり読まなくて。だいたい漫画ばかり読んでます」

「そうなんだ。じゃあ、そのう、竹下さんだっけ? その人が特別に好きなのかな?」

「ああ、それはですね、えっと、昔に小説を書いてみて、それを新人賞に応募してみたんです。私のは落ちて、竹下舞という人のが受賞して、だから竹下舞さんに手紙をだしてみたんです、興味本位に。それで返事が来て、だから思わず本を買って」

「そうなんだ。どんな手紙をだしたの?」

「いや、たいしたことは書いてなくて。なんとなく日常的なことを書いて」

「へー。どんな小説を書いたの?」

「あっ、それもたいしたものじゃなくて。なんとなく暇だったから」

「そっか」

 私は箸で野菜サラダを食べる。英人さんはフォークとナイフで鶏肉を切っている。指は細くて長い。私は自分の指を見る。英人さんはミヨのトマト嫌いを知ってる? ああブログに書いてるか なら 私は箸を置き、スプーンでピラフを食べる。お椀にはミニトマトが残っている。妖精の卵みたいだ 妖精というか怪物 赤い怪物 ピッコロは緑で シュレックも緑で 赤は? ああガチャピンのとなりのやつ でもガチャピンも緑で 私はスプーンを置き、ミソ汁のお椀を手にとる。ってやっぱりあれも浮気なのかな? でも浮気をしても別に 知らなければ そう 知らなければ

「ずっと気になってたんですけど」と私は言う。「このまえ会ったときに〈浮気をした〉って言ったじゃないですか? あれって本当なんですか?」

「もしかしてウソだと思ってるの?」

「少しは。本当かもしれないし、ウソかもしれないし。脚本を書く人だし」

「それは困ったな。そうなるとイエスと答えてもノーと答えても同じになる」

「どういうことですか?」

「もう一ヵ月も前になるのかな、あれは。〈浮気をした〉と打ち明けたけど、それを信じるかどうかはミヨちゃん次第だよね。もし僕が今〈浮気をしたのは本当だ〉と言っても、逆に〈浮気をしたと言ったのはウソだ〉と言っても、それを信じるかどうかもミヨちゃん次第だよね。一ヵ月前の言葉を信じられないのなら、今の言葉だって信じられないはずだし、だからイエスでもノーでも同じになる。そうなると、物的証拠か浮気相手の証言か、そういうのを示すしかない。でもそれは難しい」

「じゃあ、別の質問をしてもいいですか?」

「どうぞ」

「なんていうか、英人さんってモテますよね?」

「おもしろい質問だ」と英人さんは笑った。「ごめんごめん、そんな質問をされたことがなかったもんで。ミヨちゃんはどうなの? モテるの?」

「えっ、私ですか? 私はモテないですね、ぜんぜん」

「フラれたことは何回ある?」

「えっと、一回もないです」

「じゃあモテないわけじゃないね」と英人さんは笑った。「ミヨちゃんはどうして僕がモテると思うのかな? どこらへんが?」

「どこらへんと言われても、なんとなくそう思って」

「まあ、僕はけっこうモテるよ。中学生のとき、バレンタインデーに岡田准一が好きな女の子からチョコレートをもらったことがある」

「はあ」

「ごめんごめん、冗談を言うタイミングを間違えたね。でも岡田准一のファンの子からチョコレートをもらったのは本当だよ。中学のときにね。義理チョコだったけど」

「そういう冗談がうまいし、モテるんじゃないかと思って」

「なるほど。でも僕の冗談をくだらないと思う人だっているし。相性の問題だから、そういうのって」と英人さんは言った。「真面目な話をするとね、僕はモテるかどうかはわからないけど、相手から好意を得ようとは努力してる。たとえば〈好きなものを最初に食べるか最後に食べるか?〉という質問があるでしょ? 僕はそういう質問はしない。代りこうする。食事を終えた相手に〈好きなものを最後に食べるんだね〉と指摘してあげる。そうすると相手は〈この人は私のことをちゃんと見てくれている〉と思って、気がきく人に思われるんじゃないかな、たぶん」

「ああ、たしかに」

「ミヨちゃんは好きなものは最後に食べるのかな?」

「いえ、これは」と私はミニトマトを見る。「これはですね、私は嫌いなものは最後まで残すタイプです」

「そっか」と英人さんは笑った。「大人になったら、それができるよね。子供のころは嫌いなものでも食べるように強要されるけど、大人になったら残すことができる」

「まあ、そうですね」

「で、モテるという話だけど、モテるためにはサインを見逃さないことが大切だよね。たとえばね、ある女性から〈英人さんってモテますよね?〉と言われたとすると、その女性は僕のことを好意的に思ってるはずだよね? 恋愛としての好意かどうかは別として、少なからず気にはなってるはずだよ。関心とか好奇心とか、そういうのはある。それからもう一つ。ミヨちゃんはさっき〈少し話をできませんか?〉と僕を誘ったけど、そういうのも好意だよね。もちろん恋愛としての好意かどうかは別だよ。ただ、嫌いな相手を誘うことはないし。〈お金貸してくれない?〉とか、そういうのは別としてね。基本的には人を誘うことは好意の表れだよ。まあ、僕はそういうサインを見逃さないようにしてて、そうしてるとたまに好意が実ることがある。ごくごくたまにだけど」

 私は不愉快になっていた。でも私が誘ったのは スプーンがお皿にあたる音がする。私は宗助と 向こうの席には女性が三人いる。明るい声で話している。一人はうどんを食べている。私はミソ汁をすする。スプーンを手にとる。

「ごめんね。なんか余計なことを言ってしまったかな」

「英人さんって」と私は英人さんの目を見て言う。「意外と性格が悪いですよね」

「ホントに? 初めて言われたよ、そんなこと」

「ならいいんですか?」

「僕はミヨちゃんとは違って〈残さず食べる〉をモットーに生きてるからね」と英人さんは言った。私は愉快になっていた。「それ、ホントに食べないの?」

「ミニトマトは、なんていうか、見た目をよくするためについてるだけで――」

「いや、パセリは飾りだけど、ミニトマトは食べ物だよ、れっきとした。じゃあ、もらってもいい? それともそういうことを不潔に思う人?」

「いえ、別に」

「僕は完璧主義者だから、ぜんぶ片づけてしまいたいわけ」と英人さんは言い、お椀を手にとる。「こういうのも好意の表れだよね。人のお皿のものを食べることも。もちろん恋愛としての好意かどうかは別だよ」

 英人さんはお椀をトレイに戻す。向こうの女性たちは陽気に話をしている。でも今回はお金はなかった 宝探しはいつまで 時計を見る。上野公園で終わりか それとも? ゴールには何が? ワンピースとは?

「ミヨちゃんは言い訳をすることはある?」

「そうですね。しないと思います。でもしてるかもしれません、知らないうちに」

「なんなんだろうな」

「何がです?」

「いやあね、ミヨちゃんは、そのう、どことなく特別な感じがある。なんなんだろうなって。自分の意思をちゃんと持ってるのかな?」

「いや、私はけっこう優柔不断ですよ」

「雰囲気と言えばいいのかな、ちゃんとした芯みたいなものを感じる。千絵はね、ミヨちゃんのことがすごく好きみたいで、それってたぶんミヨちゃんの雰囲気に惹かれてるんだと思う。外はもっちり、でも中には小さな硬い石がある、みたいな」

「それって褒めてるんですか?」

「バカにしてるように聞こえた?」

「いえ、褒められたように聞こえました」

「そういうところだと思うな」

「えっと、何が?」

「千絵がミヨちゃんのことを好きなのは。冷めてるけど温かい、そんな雰囲気というか、ミヨちゃんは相手に安心感を与える雰囲気があるよ、まえにも言ったけど」

「そうですか?」

「そうですよ。まったくそうです。ミヨちゃんには安心感がある」と英人さんは言い。ミソ汁を手にとり、すする。「浮気の話をしてもいいかな? あまりしたくないんだけど、まあミヨちゃんが相手なら言ってもいいかなと思って」

「ああ、はい」

「浮気するにしても、自分から誘うのと相手から誘われるのとでは、ぜんぜん違うよね。自分から誘って浮気をするのは、どうしようもないよ。そういう人ってナルシストなんだよ。まあ、要するに〈モテてる俺、カッコいい〉ってことだね。〈女を口説き落とせる俺、イケてる〉みたいな」

「英人さんはナルシストなんですか?」

「どうかな? ごちそうさま」と英人さんは手を合わせた。「少しはそういう面もあるかもね。でも違うと思うな。ナルシストじゃないと思う」

「ごちそうさまでした」と私も手を合わせる。「英人さんって、相手に合わせて食べてるんですか?」

「何?」

「だって、私とほぼ同時に食べ終えたし」

「ああ、そういうことか。千絵に聞いたの?」

「あっ、はい」

「こうやって二人きりで食べるときには、相手より早く食べ終えると、相手が気まずくなるでしょ? まあ、そういうことを気にしない人もいるよ。でも気にする人もいる。特におとなしい人とか。だから僕は相手のペースに合わせて食べて、同時に食べ終えるようにしてる。もう癖になってるんだよ。そろそろ教授のところに行こうと思うんだけど、ミヨちゃんはどうする? もう少しここにいる?」

「そうですね、じゃあ、私も帰ります」

 私は立ち上がり、ナップサックを背負い、麦わら帽子をかぶる。トレイを持ち、英人さんと並んで歩き、返却口に置く。まだ向こうの女性たちは楽しそうにしゃべっている。どっちでもいいけど でもなんであんなことを? もう (千絵)考えすぎると便秘になるよ 私は階段を上がっていく。でもあれは 知らなければ 浮気されても知らなければそれはそれで 知った瞬間にすべては

 地上に出る。私はサングラスをかける。空は晴れている。風はなく、日差しは強い。セミが鳴いている。英人さんと並んで歩いていく。考えすぎると たしか心理学者が なんだっけ? ほどほどに 千絵は でもやっぱり いや でもやっぱり あれは知らない方が 知らなければ 人はほとんどいない。男女が手をつないで歩いている。日傘をさしている中年男性がいる。テストは来週で じゃあ今日は

「じゃあ、僕はあっちだから」

「はい」

「じゃあね」

「さようなら」

 英人さんは歩いていく。私はナップサックから紙をとりだす。次は上野公園か 明日にしようか でも近くだし でも明日に 英人さんの後姿が建物の中に消える。私はナップサックに紙を戻し、ゆったりと歩いていく。私は妹の友達だし ちょうどいい関係 マスクをつけている人が歩いている。セミが鳴いている。地面には木の影がある。千絵は夏休みか なら千絵の家に でも今日はバイトがある日だし でも まあ 今から千絵の家に行って 夕方に あっ ごちそうさまを言うべきだった おごってもらったんだから 別れるときに 大人女子の心得その一 おごってもらったときには愛想よくごちそうさまでしたと言う

 私は振り向く。誰かにつけられてる? そんなわけないか ゆったりと歩いていく。嫌な予感がするのは 本能が 犬は飼い主が帰ってくるとなぜか玄関で待ってて 本能が何かを感知して 私は振り向く。不審な人はいない。ゆったりと歩いていく。一度気になったら そう 時計の音に気づいたら 眠れない夜に時計の音に気づいたら チクタクチクタクチクタクとまらなくて でも眠れない夜なんて 昼寝は趣味になって 睡眠も趣味で じゃあ いや やっぱり帰ろうか

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