14章 ミヨと喫茶店、名前のこと
「もしかして、それは赤い帽子の代用ですか?」と男はリンゴを指さす。
「えっ、はい、まあ、そうですけど」と私は言う。あれっ? なんで? えっ? この人が竹下舞?「竹下舞さん、ですか? 男の人だったんですね」
「ええ」と竹下さんは言い、前の席に座る。サイフをテーブルに置く。リュックサックは背負っていない。
「奇遇ですね」と私は言う。「図書館で会って、上野公園で会って、これで三回目です」
「ご注文が決まりましたら声をかけてください」とウエイトレスは言う。テーブルにはおしぼりが置かれている。
「では、コーヒーを一つ」と竹下さんは言った。
「アイスですか? ホットですか?」
「ああ、では、ホットで」
ウエイトレスは向こうに行く。なんでリンゴなんて 私はリンゴを手にとる。少し眺めて、ナップサックに入れる。竹下さんの手紙も入れる。テーブルには原稿とオレンジジュースとおしぼりとサイフがある。でも男の人だったんだ ブスではなかったし 地味ではあるけど だいたい というかこの人は そっか! 上野公園で会ったのも図書館で会ったのも必然だ 偶然じゃなく必然 だったらストーカーじゃん! ウエイトレスは胸が大きい。コーヒーを持ってきて、テーブルに置く。コーヒーからは湯気がたっている。私は店内をちらりと見まわす。竹下さん以外はみんな半袖を着ている。
「どうしてあんなところでお金を集めてたんですか?」と私はたずねる。「上野公園のあそこで」
「理由はいろいろあります。人の善意を確かめたかったから、暇だったから、あなたを待っていたから、小説を書くための材料を集めていたから。理由というものは効力を持ちます。行動の正当性になります。見知らぬ人からお金をせびることは恥ずかしいですが、〈これは小説の材料を集めるためだから〉という理由をつければ、恥ずかしさは減ります」
「ストーカーだったんですよね? 図書館で会ったのも上野公園で会ったのも必然だし、さっき〈あなたを待っていたから〉と言ったし、じゃあストーカーですよね?」
「たしかに少し尾行していました。しかし小説の材料を集めていたのです」
「なんですか?」
「あなたに手紙をだして探し物をさせたのも、図書館や上野公園で声をかけたのも、あなたとこうして会っているのも、すべて小説に書くためにしていることです。今日はその相談に来たのです」
「どういうことですか?」
「あなたを主人公にして小説を書こうと思っています。いいですか?」
「えっ? いいですよ、別に」と私は言い、コップを手にとる。
「あなたは尾行していましたよね?」
「えっ?」と私は言い、コップを置く。「尾行とは、あれですか?」
「あなたはある男を尾行していたでしょう? 僕も少し尾行していました。すみません。さきほども言いましたが、理由は効力を持ちます。僕は小説の材料を集めるためにあなたを尾行していたので、尾行中には申し訳なさはありませんでした。ただ、今は少し申し訳ないです」
「じゃあ、えっと、どういうことですか?」
「僕はあなたを主人公にして小説を書くつもりです。正確には一ヵ月ほど前から、少しずつ書いています。あなたから手紙をもらったときに思いついたのです、〈この子に探し物をさせて、そのことを小説に書こう〉と。初めは別の人を主人公にしようと思っていましたが、あなたを尾行しているうちに、あなたを主人公にすることにしました。それはあなたが〈ミヨ〉と呼ばれていて、興味を持ったからです」
「そうですか。なんか驚きです」と私は言う。「いや、なんていうか、うれしいです。私のことを書いてくれるなんて」
竹下さんはスプーンでコーヒーを混ぜている。私は竹下さんの手を見つめる。英人さんの手は 手は手でなければ洗えない 得ようと思ったら 竹下さんは手をとめる。視線はテーブルに向けられている。
「人生ってなんなんですかね?」と私は言う。
「さあ? なんでしょうね」
「小説家ってそういうことを考える人ではないでしょうか?」
「そういうタイプの人もいるでしょうね」
「竹下さんはそういうタイプではないんですか?」
「僕も人生について考えたことはあります。しかし答えは行動で示すものです。人生は過去ではなく未来にあります。これまでにこういう道を歩んできたという記憶ではなく、これからどういう道を歩むかという行動です」
「年をとってもですか? 八十歳になっても人生は未来にあるものでしょうか?」
「どうでしょう? わかりません。僕はまだ二十代ですから。あなたも二十代でしょう? もっと老いればわかってくるものです」
「年をとると、自分の人生より子供の人生を気にするようになると思います。子供が大人になるまでは、ですけど」
将来はどうするつもりなんだ? なんて言われても でも 竹下さんはテーブルに両肘をついている。視線はコーヒーカップにあてられている。私はコーヒーの表面を見る。香りはほとんどない。何を話せば こういうとき千絵なら 店内を見る。OL風の女性たちはしゃべっている。若い男女もしゃべっている。ウエイトレスはイスに座ってぼんやりしている。
「たしか昔にこんなことを書きました」と竹下さんは言った。「人生を楽しむコツは、人目を気にしないことと時間を気にしないこと。人生を豊かにするコツは、人目を気にすることと時間を気にすること」
「人生を楽しむためには考えるべきじゃなくて、人生を豊かにするためには考えるべきで、ならどうすればいいんですか? 考えた方がいいのか、考えない方がいいのか?」
「考えることがあれば考えるでしょうし、考えることがなければ考えないでしょう。それでいいと思います」
「ということは」と私は言う。「よくわかりません」
「考えるとは、意識的なものではなく、無意識的なものです。考えようと思って考えるのではなく、自然と考えることが思い浮かんで考えるのです。だから考えることがあれば考えます。考えることがなければ考えません。考えているときには人生を豊かにできます。考えていないときには人生を楽しめます」
「それって、屁理屈では?」
「そのとおりです。屁理屈です。だから人生は行動により示すものだと言ったのです。人生は語るものではないのです」
私はオレンジジュースを飲む。氷がとけていて味が薄くなっている。コップを置く。ウエイトレスは目をつむっている。喫茶店というところは平和だな 居酒屋はどんちゃん騒ぎだし でも図書館も平和で OL風の女性たちは立ち上がり、レジに向かう。背の高い女性は右手にサイフを持っている。ウエイトレスは立ち上がる。
「あのう、どんな小説を書きたいとかありますか?」と私はたずねる。
「売れるものを書きたいです。売れるものではなくても、芥川賞をとればそれなりに売れるでしょうから、それでもいいです。とにかくお金がほしいです」
「なにか買いたいものでもあるんですか?」
「特にないです」
「それでもお金がほしいんですか?」
「お金は安心を生みます。来年の生活費がなければ不安になります。僕はそういう性格をしているのです」
「私もお金がほしいです。お金持ちと結婚して、のんびり生きていけたら、なんて」と私は言う。「でも子供が生まれたら、子供に追われて、年をとっていって。でも子供は生きる意味になるし、だからそれでもいいかなって」
音楽が流れている。竹下さんは目の前のコーヒーを見ている。若い男女は楽しそうに見つめ合いながら話をしている。ウエイトレスは本を読んでいる。本の表紙にはブックカバーがある。
「幸せとはなんだと思いますか?」と私は言う。
「それも小説家が考えることですか?」
「まあ、そうですね。〈気持ちは変わっていくと思うけど、ずっと正直でいようね〉と書いてるじゃないですか? 愛ってそういうものですよね? だから幸せについても考えていのかと思って」
「幸せとは自信です。自分に自信がある、それが幸せです。不幸な人は自分に自信がありません。幸せと不幸の境界線は、相手の目を見ることができるかどうかです。あなたは相手の目をまともに見ることができますか? がんばって見るのではなく、自然に見ることができますか?」
「そうですね、相手にもよりますけど、見れないこともけっこうあるかもしれないです。だからちょっと不幸かもしれません」と私は言う。「一人でいるときはどうですか? 相手の目を見ようと思っても、そもそも相手がいないし」
「それは難しいですね。僕の考えでは、喜びや苦しみは他者がいなくてもありますが、幸せや不幸は他者がいないとありません。他者というより自我といった方が適切かもしれません。自我がなくても喜びは感じられますが、自我がないと幸せは感じられません。サルにも喜びや苦しみはありますが、幸せや不幸はありません。もしかしたら少しはあるかもしれませんが、しかし重要ではありません。人間は自我が発達したために、幸せや不幸が重要になったのだと思います。そして自我の核にあるものが自信です。自信の根拠になるものが、相手の目を見ることができるかどうかです。もちろんそれは僕の考えであり、誰にでも適応できるかどうかはわかりません」
「なんとなくはわかるんですけど。自我とはなんですか?」
「洗濯機の原理がわからなくても、洗濯機を使うことはできます。原理を理解する必要はありません。あなたには友達はいますか?」
「いちおう」
「いちおうとは、仲のよい友達はいない、ということですか?」
「仲のよい友達と言われても。仲がいいようでもあるし、そうでもないようでもあるし、絶妙の距離感というか」
「仲のよい友達とは、信頼している人のことです。一緒にいて自然体でいられる人のことです。自信はそういう友達により生まれます。だからそういう友達がいればいいのです。ただ、そういう友達がいない人でも、大きな自信を持っている人はいます。たとえば権力者がそうです。他人より優位に立っていれば、自信が生まれます」
私は千絵の前で自然体でいられてる? 私はオレンジジュースを飲みほす。コップの表面には水滴がついている。でも宗助の前では じゃあ英人さんの前では? 若い男女は立ち上がり、レジに向かう。二人は手をつないでいる。英人さんはあのあと恋人に
店内にはクラシック音楽が流れている。動物は数をかぞえられないから ウエイトレスはテーブルをふいている。私はウエイトレスの胸を見る。知的障害者は数を でも自由で 自由 自由 高等遊民 だから宗助と結婚できれば ドアが開く。鈴の音が鳴る。セミが鳴いている。中年男性が入ってくる。右手にカバンを持っている。私は横目で頭を確認する。ハゲてないな でも見込みはある
「ひきこもりだったんですよね?」と私は言う。
「ええ、ひきこもりでした」
「私もひきこもりでした。あのデビュー作が載ってる雑誌に、ひきこもりだったと書いてあって、だから手紙を送ってみて」
「ああ、そうでしたか」
中年男性はカバンから書類とメガネをとりだす。メガネをかける。竹下さんはコーヒーをまだ一口も飲んでいない。スプーンはコーヒーカップの中に置かれている。私は壁の時計を見る。もし でも 私だってあのとき 結婚ですべては 中年男性は書類に目をとおしている。ウエイトレスはテーブルにアイスコーヒーが置き、伝票を置く。中年男性は書類から目を離さない。ウエイトレスの胸は大きい。たとえばもし産まれてすぐ 違う 昔に母を
「たとえば」と私は言う。「私は物心つく前に母を亡くしてるんですけど、もし母が生きていれば、今とは違った性格になったと思うんです。それに、産まれてすぐ育児施設の前に捨てられていても、やっぱり今とは違った性格になって。私は人生について考えるとき、そういうことを考えるんです」
「あなたはもしかして生まれてすぐに育児施設に捨てられた方がマシだったと思っているのですか?」
「そんなわけじゃないですけど。なんていうか、私が言いたかったのは、私という人間はどうにでもなった、ということです」
「それは過去形ですか? 私という人間はどうにでもなる、とは思えませんか?」
「わかりません」と私は言う。人生は未来に 私は不愉快になっていた。
「一説によると、人格形成は二十歳までに行われるそうです。だから二十歳をすぎてしまえば、もう人格を変えることは難しいそうです。しかし人格とは入れ物です。その中に誰が入るかで、自分の色や重さは変わります。親友の前では明るい性格なのに、会社では暗い性格の人もいます。中身が違えば、性格も変わるのです。重要なのは自然体でいられる相手がいることです」
「それ」と私はコーヒーカップを指さす。「飲まないんですか?」
「夏ですから、ホットコーヒーはちょっと」
「じゃあアイスコーヒーを頼めばよかったじゃないですか?」
「まったくそのとおりです。間違えたのです」
間違えた? 間違えた? つまりそれは 間違えた ウエイトレスは本を読んでいる。中年男性は書類を読んでいる。中年男性はスーツを着ていて、ネクタイをしめている。それにしてもこんな夏にネクタイにスーツなんて 私は愉快になっていた。こんな夏なのにネクタイにスーツで おかしいのに おかしくなくて でもおかしくて どうかしてるはずなのに でも普通で そう 普通 窓の外を見る。コーヒーは香りを 竹下さんはコーヒーカップを見つめている。
「ふだんから口数は少ない方ですか?」と私はたずねる。
「今日はかなりしゃべったと思います」
「私は会話が苦手で。相手がしゃべってくれたらいいんですけど。そうじゃないときには沈黙が流れて」
「それでは、なにか話しましょうか?」
「あっ、はい。ぜひ」
「では、少し話しましょう」と竹下さんは言った。「世の中は不思議なもので、ずば抜けて優れた人物ではないのに、よい流れに乗ったことにより有名人になることがあります。坂本龍馬がそうです。坂本龍馬は今でこそ最も有名な歴史上の人物の一人ですが、昔は無名だったそうです。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』がベストセラーになったのをきっかけに有名になったそうです。知っていましたか?」
「いえ、知りませんでした」
「小説家にもそういう人はいます。芥川龍之介がそうです。芥川龍之介は十年単位で考えれば非凡な小説家ですが、百年単位で考えれば平凡な小説家です。つまり、当時は優れていた、ということです。しかし自殺したり教科書に載ったり芥川賞という有名な文学賞があったり、そういうことのおかげで、まるで百年に一人の天才であるかのようにあつかわれています」
「芥川龍之介は好きではないんですか?」
「いえ、好きです。好きですが、非凡な小説家だとは思いません。たとえば、もし芥川龍之介の未発表の作品が見つかれば、新聞やニュースで取り上げられるでしょう。そういうふうに過大評価されていると思います。結局、芥川龍之介には十年に一人か、それ以下の才能しかないと思います。それでも、平凡な功績しか残していなくても、よい流れに乗れば偉人になります。それが世の中の性質です。世の中は英雄を求めるものなのです。だから僕もよい流れに乗れば天才になるかもしれません。昔はそういうことを考えて、百年後に読まれる作品を書きたいと思っていました」
「〈昔は〉ということは、今はそうではないんですか?」
「今はもっと現実的に考えています。〈百年後の人は百年後の作品を読めばいい。百年前の作品を読む必要はない〉と考えています。僕は古典作品を崇拝する人たちが嫌いです。ただ、僕も昔はそうでした。つまらない名作を無理して読んでいました。そうすることで自分を少しでも高尚にしようと思ったのです。しかしそれは見栄です。自分を大きく見せるために、無理して名作を読んでいただけです」
芥川龍之介は 自殺するということは 自分一人では でも ウエイトレスは本を読んでいる。坂本龍馬は何をしたんだっけ? 新選組に襲われた? というか新選組ってなんだっけ? 革命家? それとも警察?
「あのう、トイレに行ってきます。すみません、言いにくいことですが、大きい方なので、少し時間がかかると思います」
竹下さんは向こうに歩いていく。サイフはテーブルに残されている。竹下さんはドアを開き、中に入る。私は原稿を手にとる。すぐに置く。サイフを手にとる。二つ折りの革のサイフで、片側が色あせている。中には一万円札が二枚ある。キャッシュカードと保険証と運転免許証がある。ふーん 平凡な名前 サイフをもとの位置に戻す。
中年男性はコーヒーカップを手にとる。指は太い。爪は整えられている。夏目漱石の夢は ブタに追いかけられて あれは結局 夢から覚めれば 店内の音楽が別のものになる。ウエイトレスは本を読んでいる。私は原稿を手にとる。あの夢は 夢の中でタイヤキを食べて 脳が錯覚して 人は脳の中で生きていて この世界も夢? 夢から覚めれば 私は原稿をめくる。
ドアの音がする。竹下さんは歩いてきて、イスに座る。
「それ、読みましたか?」
「いちおう」と私は言い、原稿をテーブルに置く。
「どうでした?」
「よかったです。これまでに読んだことのないような作品でした」
「そうですか。どう思いました?」
「どうって言われても」と私は言う。「なんていうか、〈私ではない私〉について考えました。つまり〈私ではない私〉というものは、他人にとっての私というか。そうですね、私は名取奈菜ですが、ミヨでもあるんです。ミヨというのは友達が作ったもので、頭の中に作ったものですね。私はミヨを演じていて、なんていうか、ミヨでいるときの方がイキイキしてるというか。意味わかんないですよね。感想を言うのは苦手です。不登校だったので、読書感想文を書いたことがほとんどないんです」
「感想には作品への理解は必要ありません。感想はある部分について感じたことを言えばいいのです。たとえば、この部分に共感したとか、この部分は違うと思ったとか、こういう世界の見方を知れたとか、そういうことです」
「ああ、そうですよね」
「はい」
「それ」と私はコーヒーカップを指さす。「もう冷めてると思いますよ」
「ええ」
竹下さんはコーヒーカップを手にとることはない。ウエイトレスは本を読んでいる。ページをめくる。本を読むことは 英人さんは本は読まない その代わりに 中年男性は立ち上がり、レジに向かう。ウエイトレスは本を置く。中年男性は何かを言い、ウエイトレスは小さく笑う。
「竹下舞ってペンネームですよね? どうして女性の名前をつけたんですか?」
「女性を主人公にする方が多いからです。作者が男か女かで、読者にとって作品の印象は変わります。たとえば『鋼の錬金術師』という少年漫画がありますが、作者の名前は荒川弘という男性的な名前です。しかしその方は女性です。少年漫画なので、男性的な名前の方が読者はすんなりと読めるのでしょう。僕の場合は逆です。僕の小説は主人公は基本的には女性なので、竹下舞というペンネームを使うことにしたのです」
「そうだったんですか」
「はい」と竹下さんは言い、勢いよくコーヒーを飲みほす。「そろそろ帰ります。なにか言っておきたいことはありますか?」
「そうですね。えっと、私のことを小説に書くんですよね? それは読ませてくれるんですか、本になる前に」
「はい、あなたに読んでもらって、それから編集者に見せるつもりです」
「そうですか。あのう、小説のよさってなんですか? 別に小説を読まなくても漫画を読めばいいし、漫画の方が魅力的というか、疲れないというか」
「僕の経験から言わせてもらうと、小説は心の友になります。一冊の本が最良の友達になることもあります。小説の特徴はイメージが鮮明ではないことです。鮮明ではないからこそ、自分だけのものになりやすいのです。漫画の場合は鮮明なので、みんなの共有物になってしまいます。小説と漫画の大きな違いはそういうことだと思います。ほかに何かありますか?」
「そうですね。もうないと思います。あっ、いちおう好きな女性のタイプも聞いていいですか?」
「好きな女性のタイプですか。難しいですね。どちらかというと、口数は少ない方がいいですが、口数が多くてもいいこともあります。悪口を言う人は好きではありませんが、悪口を言う人でも好きになることもあります。わがままな人よりやさしい人がいいですが、やさしさよりわがままに惹かれることもあります。よくわからないのです。自分のことなのに、よくわからないのです。だから小説を書いているのかもしれません。では、僕は帰ります」
「どうもありがとうございました」
「小説を書き終えたら、あなたの家に送りますから。もし気に入らなければ、発表はしませんので」と竹下さんは言い、サイフと伝票を手にとる。「今日は楽しかったです。お世辞ではなく本当に楽しかったです。さようなら」
「さようなら」




