10章 ミヨとベンチ、信仰心のこと
トンボが飛んでいる。トンボは変温動物なんだっけ? いや でも冬には飛ばないし 寒さには弱い? トンボは柵にとまる。私は地図を見る。セミが鳴いている。地図から顔をあげ、歩いていく。トンボはまだ柵の上にいる。向こうには人がいる。子供が走っている。日差しは強い。どうして麦わら帽子をかぶってこなかったんだろう? 暑いことはわかってたのに バカだ バカだ それにしてもあの人は
木製のベンチがある。地図を見る。あそこだな赤マル でも人が ベンチのそばには若い男が立っている。私は歩いていく。男はこちらを向き、私に紙を見せる。
お金をいただけないでしょうか?
できるだけ多くがいいですが、少しでもありがたいです。
なぜなら大切なのは好意をもらえることだからです。
お金がほしくてこういうことをしているのではなく、
人の善意を確かめるためにこういうことをしているのです。
私は男の方を見る。この人は耳が それよりどこかで見たことが いや 誰かに似てるのかも
「あのう、いくらくらいがいいですか?」と私はたずねる。
男は何も言わず、紙の〈できるだけ多くがいいですが、少しでもありがたいです〉という部分を指で引く。聞こえるの? 聞こえないの? 男は背中に大きなリュックサックを背負い、右手に紙を持ち、左手には白色のカップを持っている。カップからは千円札が一枚はみでている。あの千円は自分で入れたのかも でも悪い人ではなさそうだし いや 見た目で判断したら
私はベンチに座る。ナップサックからサイフをとりだし、中身を確認する。時給何円なんだろう? でもユキチを入れてくれる人がいたら ユキチ ユキチ ユキちゃん 君はベイビー ベイビー 赤ん坊 男は座ることなく、池の方を見ている。私は百円玉を持った手をさしだす。男はこちらを向き、カップをさしだす。私は百円玉をカップの中に落とす。小さな音がする。
「耳、聞こえないんですか? 余計なお世話かもしれませんけど、もう少し人通りの多いところでしたらどうですか? 駅前とか。その方がお金は集まると思いますよ」
「駅前は無理でしょう」と男は言った。しゃべれんじゃん!「よく考えてみてください。人がたくさんいる中で、サイフからお金をとりだし、それをこの中に入れるのは恥ずかしくありませんか?」
「ああ、そうかも」
「駅前でアコースティックギターを弾きながら歌っている人がいますが、あれも大きな駅でするよりも小さな駅でする方が、人は集まりやすいようです。それに、駅前でしていると警察官から指導されます。物乞いは軽犯罪ですから」
男は私のとなりに座る。リュックサックを背負っているので、姿勢がいい。二人のあいだには少しのスペースがある。私は背筋をのばして姿勢を正す。横目で男の方を確認する。それでも僕はやってない いや それでも私はやられたのです ナップサックから催眠スプレーをとりだすイメージをする。男は視線を少し下に向けている。どっか行ってくれないかな でも別に 友達とゲームをしてるんです 私はナップサックのひもをいじる。若い男女が歩いている。池の水はにごっている。池にはカモが泳いでいる。そうだ! 図書館で会った人だ! 横目で男の方を見る。いや 違うか でもアイドルになったら握手会とかで気持ち悪い男と握手しないといけなかったり でも清潔感があれば いや アイドルになんて 清潔感があれば 清潔感が 結局どっちでもいいんだ
「いい天気ですね」と男は前を見たまま言った。
「それ」と私はカップを指さす。「その千円、自分で入れたんですか?」
「いい天気ですが、少し暑すぎるかもしれません」
「どこかで会ったことありませんか? なんとなくそんな気がして」
「映画のセリフみたいですね」
私は視線を落とす。映画のセリフって でも人違いかも エイプリル・マーチって知ってますか? そうですか やっぱり人違いでした セミの声がある。子供たちの声がある。エサやり禁止の看板がある。池にはカモがいる。向こうにはボートがある。というかあのとき私は だったら いや よく騒ぐものだ こんな暑いのに どうして 私は不愉快になっていた。トンボが飛んでいる。でも そんなことは (千絵)考えすぎると便秘になるよ トンボは柵にとまる。あれはあれか それとも別の チョウチョの寿命は短くて 一週間くらいで どんどん変わっていって 世代交代 男は前を見ている。
「あのう、ハーバート・クエインって知ってますか?」
「アメリカの小説家ですね」
「読んだことは?」
「はい、あります」
やっぱりあの人だ 老夫婦が歩いてくる。妻の方は日傘をさしている。二人は私たちにかまうことなく、とおりすぎていく。私は二人の後ろ姿を見送る。この人と恋人に思われたかも まあいいけど というか私のせいでお金を恵んでもらう絶好の機会を 老夫婦なんて絶好のカモだし いや でも年をとってる人ほど あんがいギャルっぽい人の方がこういうのは カモが泳いでいる。
「ゲーテが〈手は手でなければ洗えない。得ようと思ったらまずは与えよ〉という言葉を残していますが、知っていますか?」
「あっ、はい、いちおう」と私は言う。
「知っているのですか?」
「えっと、そのう、『カウボーイビバップ』というアニメの中で引用されてて。それでなんか聞いたことがあって」
「そうですか。手は手でなければ洗えない。得ようと思ったらまずは与えよ。そういうことですよ」
「はあ」
「ハーバート・クエインを読む上での心構えです」
「ああ、そうですか」
横目で男の方を見る。男は背筋をのばして、遠くに目を向けている。でもアイドルになったら忙しくて めちゃくちゃ忙しくて でも宗助と いや まあそうか たぶん千絵がいたから私もアイドルになろうなんて 強い風が吹く。セミが鳴いている。池にはいろいろなボートが浮かんでいる。手は手でなければ洗えないってどういう意味なんだろう? 意味不明
「ありがとうございました。人から善意を受けることは気分がいいものです」と男は言い、立ち上がる。「では、さようなら」
「はい、さようなら」
男は向こうに歩いていく。でもあの人は ハーバート・クエイン 私はナップサックからハンカチをとりだす。首の汗をふく。池で鯉が跳ねる。あの人はやっぱり いや もしかして図書館で私よりも先に指令書を読んで 三四郎池の指令書も私よりも先に それでここで待ち伏せしてた? ストーカー? そんなわけないか
座ったままベンチの下をさぐる。紙らしきものが手にあたるが、うまくとれない。ベンチの下をのぞきこみ、封筒をとる。あけられた痕跡は ない ないな じゃあ勘違いか いや でも封筒をあけて中身をとりだして 別の封筒に入れてベンチの下に貼りつけたとか? 私は愉快になっていた。周りを見まわす。ピンク色の白鳥のボートが進んでいる。白色の白鳥のボートが進んでいる。
私は封筒をあける。三つ折りの紙が入っている。そこには〈パンダ橋のそばに、パンダ橋と記されている大きな石があります。そこにコインロッカーの鍵があるはずです。上野駅のものです。パンダ橋を渡った向こうにあるコインロッカーです。竹下舞より〉と書かれている。パンダ橋 上野駅のあれだっけ? じゃあすぐそこか というか今回もお金はなしか それともあの人がお金をとった? 三四郎池のお金も? じゃあ図書館のお金はなんであった? 周りを見まわす。封筒をナップサックに入れる。外国語が聞こえる。後ろに人がとおりすぎる。いや あれはインセンティブか 私が宝探しをサボったから でも 最初は竹下舞さんと宝探しをしていて いつのまにかあの人が別に指令書を書いて 私はそれに気づかずにあの人と宝探しを ナップサックから封筒をとりだし、紙をとりだす。筆跡は あの人のとぜんぜん違うし 善意を受けとるためにしてるのです でも筆跡を変えたとか 考えすぎると便秘に 封筒をナップサックに戻す。腕時計を見る。ナップサックからボトルをとりだし、日焼け止めを肌に塗る。でももしあの人が先に指令書を読んでたら今頃パンダ橋のカギは まあそれはそれで そう 私と竹下舞さんの宝探しが あの人と竹下舞さんの宝探しになって カメラを持った人がいる。手をつないでいる人がいる。池にはボートがある。後ろを見る。鳥にパンをやっている人たちがいる。彼女たちは少しはしゃいでいる。エサやり禁止の看板がある。日本語と英語で書かれている。こういうときは注意すべきなのか? でも外国人だったら いや外国人でも別に
セミの声がある。さきほどの男がこちらに歩いてきている。なんで? 逃げようか いや どうして逃げる必要が 私は男とは反対の方を向く。息を大きく吐き、ゆっくりと吸う。こういうときにこそ催眠スプレーをとりだすべきで でも私のカバンには催眠スプレーは入ってないし 完璧主義者にはほど遠い でも あの人はここでお金集めをしてたわけだし 私がどっか行くべきだったんだ
「まだいたのですか?」と男は言い、私のとなりに座る。
「はい」
「暇なのですか?」
「まあ」と私は言う。「さっきも言いましたけど、会ったことありますよね? 図書館で会いましたよね? 図書館で私に声をかけませんでしたか? というか、私が本を戻したら、あなたがその本をとって。覚えてませんか? えっと、三日前のことです」
「ハーバート・クエインの『エイプリル・マーチ』ですか?」と男は言った。私はうなずく。「覚えています。たしかあなたは麦わら帽子をかぶっていました」
「はい。ストーカーなんですか?」
「誰がです?」
「あなたがです」
「どうしてです?」
「私は探し物をしてて」と私は言い、ナップサックから封筒をとりだす。「友達と遊んでるんです。友達が指令書を隠して、ハーバート・クエインの『エイプリル・マーチ』に指令書があって、そこに次の指令書の在り処が書かれていて、それで三四郎池に行って、次は上野公園のベンチの下で。これが今回の指令書です」
「はい」
「だから、だからストーカーかと思ったんですけど。さきに指令書を読んで、待ち伏せして、だからここで会ったのかと」
「ああ、そうですか。次の指令場所はどこですか?」
「えっと、次は〈パンダ橋〉と書かれている石です」
「そうですか。あそこですよね?」と男はあちらを指さす。
「たぶん」
「その友達というのは茶髪の若い女性ではないですか?」
「えっ?」
「さきほどパンダ石の前に何かを置いた人がいました。近くまで行くと、パンダ石の前には何かのカギがありました。あの茶髪の若い女性は、あなたの友達では?」
「えっ、じゃあ――」
じゃあ竹下舞さんはすぐそばで 私がここに来たのを見届けて コインロッカーに何かを入れて カギをパンダ石に置いて 私は封筒をあけ、指令書を確認する。今もどこかで 私は周りを見まわす。ボートはすいすいと進んでいる。ボートには若い男女が乗っている。指令書を封筒に戻す。封筒をナップサックに入れる。空に目をやる。大きな雲がある。地面に目をやる。小さな石がある。(千絵)アリは巣の位置をちゃんと知ってて 身体機能は 砂糖を感知する機能 あんな小さな体にそれだけの機能が
「パンダ石には行かないのですか?」
「まあ。もう少しして行きます」
「それなら話をしてもいいですか?」
「えっ? はい」
「僕はこうやってお金を恵んでもらっているわけですが、そういうことをするようになった理由を話しましょう。それとも聞きたくないですか?」
「いえ、聞きたいです」
「それなら話します」と男は言った。「誰もが信仰心を持っています。信仰心とは根拠のない思いこみのことです。信仰心から外れたときには、自分の中に〈有害な何か〉がめばえます。たとえば、生物を痛めつけてはならないという信仰心を持っている人がいたとして、その人はゴキブリを平気で殺す人を目の当たりにしたら、自分の中に〈有害な何か〉がめばえます」
「有害な何か?」
「いらだちやストレスや不満や不安や罪悪感などです。そういうものをまとめて、〈有害な何か〉と言ったのです。例をたくさんあげた方が理解しやすいと思いますので、ほかにも例をあげます。電車内で化粧をする女性を見かけたら、不満を感じる人がいるでしょう? それも電車内で化粧をするのはいけないという信仰心を持っているためです。あるいは、食事中の咀嚼音もそうです。クチャクチャと噛んだりズルズルとすすったりする人がとなりにいたら、イライラしてストレスがたまります。それも信仰心により〈有害な何か〉が生じるためです」
「でも、音をたてて食べることは悪いことではないですか?」
「それはあなたがそういう信仰心を持っているからです」
「いえ、信仰心とかそういうんじゃなくて。なんていうか、本能的にというか。人を殺すのは悪いですよね。それと同じで、本能的に悪いことではないですか、音をたてて食べることは」
「普遍的な悪はありません。善悪は時代や地域によって変わるものです。昔の人は敵国の人を平気で殺していました。相手が子供であろうが女であろうが、かまうことなく殺していました」
「それは、昔の人は、なんていうか――」
「昔の人は野蛮だった」と男は言った。「ただ、昔の人を野蛮だと感じるのも、そういう信仰心を持っているからです。数百年後の人からすれば、現代人も野蛮です。実験用マウス、犬や猫の殺処分、数百年後の人はそういうものを野蛮だと感じる信仰心を持っているかもしれません。結局のところ、普遍的な悪はありません。共通の信仰心が悪を決めるだけで、悪は時代や地域によって変わります。納得いきましたか?」
「まあ、なんとなく」と私は言う。浮気もそうだ 浮気がいけないなんて
「みんなが同じ信仰心を持っているなら、うまくいきます。しかし、そうはいきません。信仰心の違いはあります。そして、自分の信仰心が周りの人たちの信仰心から外れているほど、〈有害な何か〉がめばえる可能性は高くなります。僕の問題はだいたいそういうことです。自分の信仰心が周りの人たちの信仰心から外れているものだから、人と接して生きていると、どうしても自分の中に〈有害な何か〉がめばえてしまうのです。不満や不安がめばえ、ストレスがたまっていくのです。もちろん誰もが少なからずストレスをかかえて生きています。しかしそれは自殺を考えるほどのストレスではありません。僕は問題を解決するためには自殺しかないように思えるのです。しかし死にたくはないので、まずは人の善意を感じることから始めようと思ったのです。それがこれです」
「けっこう集まってますね」と私は男のカップを見る。
「まずまずです。お金をもらうにしても、声をかけるより、こうして紙を見せる方がいいようです。耳が聞こえないフリも有効です」
ニートであることも有害な何かか 私はナップサックのひもをいじる。地面には何もいない。働かざる者食うべからず 自分のエサは自分で確保しなさい 私はいいの 女は生きているだけで偉いんだから セミが鳴いている。男はカップを見つめている。リュックサックを背負っているので、姿勢はいい。でも働くことこそが重要で 働いてない人は軽蔑されて どうして? 高等遊民は時代遅れで どうして八時間労働を週五も 四時間の週四くらいでいいのに わからない わからない まったくわからない というか昔は土曜も働いてたわけだし
「あなたは『ライ麦畑でつかまえて』はご存知ですか?」
「あっ、なんとなく知ってます。読んだことはないけど。『攻殻機動隊』の中に少し出てきて、それで知ってて」
「それもアニメですか?」と男は言った。私はうなずく。「じつは僕も読んだことはないのですが、だいたいの概要は知っています。主人公は世の中のインチキが目について、だから世の中に居場所がないのです。そうなると、親しい友人という小さな世界と、本やインターネットという大きな世界としか関わりたくなくなります。そのあいだにある学校や職場などの世の中とは関わりたくなくなります。僕の場合は親しい友人がいなかったものだから、ひきこもりになったのです」
「ひきこもりだったんですか?」と私は男を見る。
「日本には数十万人ほどいるそうですよ。百万人を超えているという推測もあるようですが。僕は自分が悪いようには思えないのです。自分が絶対的に正しいと思っているわけではありませんが、どうも世の中に問題があるように思えるのです。世の中は理不尽なものです。決定的な欠点があります」
「決定的な欠点?」と私は言う。語呂がいいな 決定的な欠点
「個人より集団が優先される、ということです。一対一の関係を築くのには時間がかかりますし、集団の関係により社会は成り立っているのです。たとえばウワサは集団の関係により起こることです。個人を優先にするなら、ウワサは成り立ちません。いじめもそうです。いじめっ子全員がいじめられっ子を憎んでいるわけではありません。ときには誰もいじめられっ子のことを憎んでいないのに、いじめが起きることさえあります。それは一対一の関係の前に、集団の関係が築かれるためです。集団に流されて、いじめが起きるのです。世の中の決定的な欠点とは、そういうことです。その欠点を支えているのが信仰心です。そうなると個人ではどうすることもできません」
「よくわかりません」
「わかる必要はありません。洗濯機の原理がわからなくても、洗濯機を使うことはできます。社会の原理を理解する必要はありません」
「はあ」
セミが鳴いている。男は少し下を見ている。左手にはカップを持っている。それにしても暑い どうして麦わら帽子を 空には雲がある。カラスの鳴き声がある。私は立ち上がり、ナップサックを背負う。
「あのう、私、もうそろそろ行きます。がんばってください、お金集め」
「さようなら」
「はい、さようなら」
私は早足で歩いていく。ひきこもりから脱出して 浮浪者になって どこに住んでるのかな? あんなリュックを背負って ネットカフェ難民? 私は振り向く。男はこちらを見ることはない。私は歩いていく。枯れたアジサイがある。決定的な欠点 決定的な欠点 前から女性とチワワが歩いてくる。(宗助)猫のいいところは散歩をしなくても それなら犬のいいところは散歩をできるところで 散歩をできるペットなんて犬くらいだし ウサギもハムスターも九官鳥も散歩できない ニワトリもイグアナも熱帯魚も 小さな橋がある。池にはたくさんの鯉と亀がいる。
横断歩道をわたる。階段を上がっていく。男性をすれ違う。振り向き、後頭部を確認する。私は愉快になっていた。たたくといい音が出るだろうな あれは絶対はいいハゲだ かなりいいハゲだ 階段を上がっていく。赤い寺がある。それにしても スズメがいる。ゴミ箱がある。トイレがある。大きな墓がある。男性が歩いている。おでこって光るね ほっぺたは光らないけどおでこは光る やっぱりいいハゲだ というかあれって桜の木だっけ? 春になれば花見で ホームレスは空き缶を集めて でもホームレスも犬を飼ってて ペットは心の友達で ホームレスでもペットを 歩きタバコ禁止の看板がある。
ステンレスの柵の中には〈パンダ橋〉と書かれた大きな石がある。その周りには植木がある。たしかにあるよカギ でも柵の中だし どう考えても入っちゃいけなさそうだし 私は周りを見まわす。こちらを見ている人はいない。柵にもたれかかり、思いっきり手をのばす。カギをつかみ、姿勢を戻す。早足で歩いていく。
コインロッカーはパンダ橋をわたった向こうのもので まあ それにしても 私は歩いていく。人が多くいる。みんな半袖で、汗が流れている人もいる。あの人は今ごろ ホームレスが配る雑誌 コインロッカーが並んでいる。ここか ってこれか おおこれだ こんなにもあっさりと 私は周りを見まわす。やっぱりいないか コインロッカーをあける。中には大きな封筒が入っている。封筒をあける。そこには手紙と地図と紙の束が入っている。
もしよろしければ、
七月二十七日金曜日午後二時に、
地図の赤丸の場所に来てください。
目印のために机に赤い帽子を置いておいてください。
その原稿は『私ではない私』という短編小説です。
あなたのために書いたわけではありませんが、
ちょうど完成したので同封することにしました。
読む気がないならそれでもかまいません。
竹下舞より
地図を見る。この喫茶店で待ち合わせってこと? 今日は火曜だから 紙の束を見る。私ではない私 パラパラとめくる。手紙と地図と原稿を封筒に戻し、封筒をナップサックに入れる。これでゴール? 結局ゴールとは竹下舞さん自身だったのか じゃあそこに行けば そうそこに行けば とっぴんぱらりのぷ ああそうか でも赤い帽子なんて 普通の人は赤い帽子なんて持ってないよ 男性が歩いている。私は愉快になっていた。それにしてもおでこは光るからね ほっぺたは光らないけどおでこは光る




