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予期せぬ事態

「やれやれ」

 エイミーって、お嬢様キャラだと思ったけど、暴走キャラなのか?


 坑道内では常に後方に控え、支援ばかりしていたエイミーは、少しばかりストレスを感じていたようだ。流石に坑道内での魔法攻撃は味方に当たるという誤爆的なものが発生する恐れがあるために我慢していたようだがアスラの闘う姿に見惚れ、S・W(スイッチ)が入ってしまったという訳だ。


「おーい。エイミーの説教はそれくらいにして、ちょっと手を貸してくれ」


 アスラの呼びかけにエイミーの説教を中断し、アスラに駆け寄ってくる。


「悪い悪いアスラ」

「エイミー後で説教だかんな」

「ホントよもー!」

「アスラ君、いったいどうしたのである?」

「アスラさん助かりましたわ」ホッ


 エイミーは全く反省していないようだ。


「それよりもあなたねー何勝手に単独行動してるのよ!」

「今はそんな事どーでもイイだろ?そんな事より、ファニーの兄貴達は生きてるぞ」

「えっ!」

「本当かっ!?」

「マジかアスラっち!?」

「生存しておるのであるか!?」

「本当ですのアスラさん?」


 アスラの一言にここへ来た本来の目的を思い出す。


「あー本当だ。そこの他とは違う壁の奥に身を潜めているぞ。恐らく逃げ込むスペースがあって土系の魔法で蓋をしたんだろ」

「この中に?」

「あーその壁の中だ。呼びかけて救出してやってくれ。俺は残党の始末をするから…デコとハンズ、手伝ってくれ」

「任せるのである」

「あいよ!任せなアスラっち!」



 一方こちらでは


「ファミーユさん!今の轟音は!?」

「分からん」

 激しい戦闘のような音も聞こえたが……まさか昨日の今日で救出が来たとは考えられん……

「誰かがゴブリンと戦っていたんじゃ……」

「人の声もしなかったですか?」

「ゴブリンの悲鳴も聞こえたような?」


 バートルは恐る恐るファミーユの作り出した壁に耳を澄ませば、壁の向こう側から「おーいおーい」と微かに人の声が聞こえた。


「ファミーユさん!間違いないです。人の声です!」

「本当かっ!?」


 慌てて自分の作り出した壁に耳をやれば確かに人の呼びかける声が聞こえた。

 ファミーユはすかさず魔法を発動し自分が作り出した壁を崩していく。

 バラバラと崩れた壁の向こうに確かに人が居た!しかし救出に来てくれた者達を見た瞬間、嬉しさよりも驚きの方が先に来たようだ。

 それもそうであろう。今ここに、目の前に立っている者達は冒険者ギルドで1・2を争う強者(つわもの)パーティー、憧れの【紅蓮の熱き誓い】なのだから。


「無事かみんな?」

「どっ、どうしてあなた達が!?」

「今はそんな事どうでもいい。エイミー、リーン!負傷者の手当てを!」

「ハイですわ」

「任せて!」


 エイミーの回復魔法でひと通りの回復も終わり、パーティーの代表であるファミーユが改めて、礼を言おうとした時に、外の様子をふと見て驚いた!それはファミーユだけではなく他のメンバー達もだ。

 自分達では歯が立たず、ゴブリンに対し、ただ逃げ惑うだけの状態でしかない敵を全て全滅状態にまで追いやっている光景に。


「私は、このパーティーのリーダーを務めているファミーユです。改めて礼を言わせて下さい。本当に助けていただきありがとうございます」ペコ

「「「「ありがとうございます」」」」ペコ

「それにしても凄いですね。流石紅蓮の熱き誓いの方達は……私達では歯が立たない敵を」

「いやほとんど彼がやったんだ。あの黒髪の彼がね」

「えっ……彼が?彼は新しいパーティーメンバーですか?」

「パーティーメンバーじゃないわ。倒したのはアイツよ、腹が立つけど真実よ」

「本当のことですわ」


 驚きと驚愕のメンバー達だった。


「リップスさん、つかぬ事を伺いますが、昨日の今日でギルドが私達の救出に動いたとは到底思えません。別の依頼でこちらに?」

「リーダー私が話すわ。それはあなた達の救出?んー捜索と言った方が良いわね。ファニーちゃんって子がお兄さんを捜してほしいって依頼をしたのよ」

「えっ!?ファニーが!」


 リーンの一言に兄バートルだけではなく助け出されたメンバー全員が驚いた!


「あなたがファニーちゃんのお兄さんね。帰ったらファニーちゃんに感謝しなさい」

「あっハイ。でもどうしてファニーが?」


 リーンは事の経緯をバートルを含め、助け出した全員に話をした。


「そっ。だからあなた達が助かったのはファニーちゃんと最初に動いたアイツのおかげよ」


 そんな事を話をしているうちにアスラ達が痙攣し伸びている残党を全て始末をして帰って来た。

 その手には縄で縛られたアル手荷物を持って。


「よう。後始末は片付いたぞ」

「バッチリだぜ」

「終わったのである」


「あなたがアスラさんですか。妹の依頼を受けてくれてありがとうございます」

「ファニーの兄貴か?早く帰って無事な姿……まぁ早く帰って安心させてやれよ」

「はい!この腕の事は仕方ないです。生きて帰れますから……」


 バートルはグロウを庇い右腕の肘から先が食い千切られていた。今はエイミーの回復魔法で傷口は完全に塞がっている。

 アスラは他のメンバーも見渡し指が数本無くなっている者も見つけたが、今は敢えてヒーリングをかけようとしない。

 そして虚ろな瞳をしている女性達に目を向ければリーンとエイミーが励ますように優しい言葉をかけながら慰めていた。


 アスラは暫し何かを悩んだ様子で考え込み、悩んだ末に意を決し、スーっとリーン達が居る方へ歩いて行く。

 アスラが近づく姿を見てリーンとエイミーはゴブリンに襲われた彼女達に自分達と同じようにアスラも励ましの言葉をかけるものと思ったようだ。


「そんな同情的な言葉は無意味だ」


 アスラの一言に全員が振り返り「エッ!?」という表情になる。


「ちょっ!あなた何言ってるの!?」

「同情心から励ましたり慰めても無駄だって言ってるんだよ」

「あなた今、何を言ってるのか自分で理解しているの!」

「そうですわアスラさん。言っていい事と悪い事がありますわ」

「そう言うオマエ達も彼女達を見て理解して言ってるのか?彼女達は既に心が死んでいる。オマエ達二人が、もし彼女達と同じ目に遭った場合、そんな同情的に哀れんでほしいのか?」

「そんな事はあなたに言われなくても……」

「酷いですわ!追い討ちをかけるような事を言うなんて……」


 アスラの一言で場の空気が凍りつき誰一人声を出す者が居ない。


「オマエ達は本当に分かっていない。ゴブリンに襲われ助け出された女性の末路を……よほど心の強い奴でもない限り一生未来なんて来ない。残された道は慰み者に堕ちるか……無事に故郷へ帰れたとしても、最初こそ同情的な言葉をかける奴らも陰では奇異な目で見る。蝕まれた心でそれに耐えられるほど人間は強くない」

「だからって!」

「その場しのぎの安っぽい同情は今は要らない」

「じゃーあなたはどうするのよっ!彼女達を助けられるの!救えるとでも言うの!」


 アスラは徐にバッグからナイフを取り出す。


「ちょっと!彼女達に死ねって言うのっ!」

「リーン。少しは黙っててくれ」


 アスラはリーンにそう言うとリーダーに目配せしてリーンを下がらずように促す。

 リーダーはリーンに、ここはアスラに任せてみようと説得している。


 俺は彼女達と同じ目線で話しかけた。


「いいか良く聞け。はっきり言って俺はオマエ達を励ましたり優しい言葉をかける気はない」


 アスラは言葉を発しながら心にも問いかけていた。


「オマエ達は今、二つの選択を迫られている。このまま死ぬまで日陰者として一生を過ごすか、これからどんな困難が待ち受けようとも自らの力で立ち向かい、本気で生き抜きたいかだ」


 アスラは彼女達の心に生きたいのか死にたいのかの選択を問いかけた。


「本気で生きたのなら俺は手を貸そう」


 決して慰めでもなく哀れみでもないアスラの真の言葉に心揺らぐ。


「い…生きたい」


 先ほどアスラが取り出したナイフを彼女達に握らしアスラは言葉を綴った。


「生きたなら闘うしかない。オマエ達をこんな目に合わせた奴と闘うしかない。出来るか?」

「わたしは…生きたい…闘う」


 決して優しい言葉すらない寧ろ厳しい言葉で問いかけるアスラであったが彼女達の心の奥深くに優しく温かいものが流れいく。


 アスラはデコとハンズに目配せし、先ほどの手荷物、そうゴブリンの子供を縛り上げたものをここへと促した。


 一瞬ビクッとした彼女達であったがアスラがそっと彼女達の震える手に自分の手を添えて再度問いかける。


「今からコイツらを殺してもらう。できるか?」


 アスラの一言にその場に居る何人かは嫌悪感を抱いた。

 その事を察したアスラは、その場に居る全員を見渡し――


「いいかオマエ達も良く聞け、コイツはゴブリンだが、まだ子供だ。当然()は罪が無い。罪が無いゴブリンの子供を殺す事に嫌悪感を抱くのは当然だと思う。可哀想だと言ってこのまま逃せばいずれコイツらは必ず襲って来る。人間にされた事を決して忘れず更に凶暴になり必ず襲って来る、そういう生き物だ」


 アスラの真実にも迫るその話に誰もが"身内の誰かが被害に遭い"だからこその話なんだろうと、思った。いや勘違いをした。

 アスラの語る真実にも迫るその話は全て愛読している漫画からの知識でる。


 それはさておきアスラはそこで言葉を止め、再度彼女達に視線を戻す。


「殺す事が怖いか?それとも可哀想だと野放しにするか?野放しにすれば当然オマエ達のような第二第三の被害者が出る。それによく考えてみろ。ここにいた群れが最初に襲うのは何処だと思う?当然ここから一番近い村だ。オマエ達の家族も親しい友人も知り合いも襲われ大切なものが一瞬でなくなる」


「わたしは…たたかう…」

「わたしも…たたかう」

「これ以上…大切なものを…奪わせない」

「わたしもたたかう…」


 アスラが話し終え、虚ろな瞳から正気が戻りだしポツリポツリと彼女達が言葉を発する。


「ひとつだけ言っておく。これは復讐じゃない。あくまでオマエ達に、これからも戦い抜いて生きてほしいだけだ」


 彼女達は頷きアスラから渡されたナイフを握り直し震える手でゴブリンの子供を突き刺し殺していった。


 静寂に包まれる中、彼女達がゴブリンの子供を一匹、また一匹と始末していく姿を黙って見守る冒険者達。若干一名は、アスラを睨み納得いかない様子だが……



「さてと、ここにはもう用がないから帰るぞ」

「そうだな、こんな所に長居してもしょうがないから戻ろう」

「そうであるな、帰るのである」

「そーいやー鉱山の入口までの帰り道って覚えてんか?」


 ハンズの一言で全員がハッとなり顔を向け合い「覚えているか?」「覚えていない」と会話をしている。


「そんな事だと思って来た道に目印してるよ。本当にオマエらどうしようもないな」


 アスラはやれやれとため息をつく。アスラが先手を打った細工とは、この事だったようだ。

 廃坑の入口に到着後、土系の魔法が使える者が二度と魔物の巣穴にならないよう完全に入口の封鎖を行なった。



 廃坑を出た俺達は、村へ戻り依頼主である村長に会い、今回廃坑で起きていた事情を詳しく話をした。

 村長は大変驚き何度も何度もお辞儀をして感謝していた。一歩間違えれば村はゴブリンの群れに襲われ一巻の終わりだったからだ。

 攫われた村娘の家族も生きて娘に会えたことに泣きながら大変喜び、俺達にお礼を言っていた。

 デネブ村では二人の娘が攫われ、他の二人の娘は隣村の娘らしい。村長が責任を持って隣村まで送ってくれると言っていた。


 村を離れる前に助け出した彼女達が俺のことろへやって来て「救っていただきありがとうございます」と頭を下げて来た。本当の意味で救えたのかは俺にも分からなかったけど「絶対くじけず負けるなよ」と声をかけた。

 リーンは俺に張り合うように「何かあったら私達を頼りなさい」って声をかけていたなぁ〜。どーでもいいけど。


 さてと陽が沈む前に王都へ帰りますかー!


 今から馬車で走らせれば、なんとか陽が暮れる前に王都へ着きそうだからね。早くバートルを連れて帰ってやらないとな、妹のファニーも心配してるだろうし。


 ガタゴトと揺れる馬車で俺はぼんやり帰り道での景色を眺めていた。御者にはイーブンとグロウが進んで買って出てくれた。


 村娘達の強引な立ち直らせ方がよほど酷かったのか?誰も俺に話しかける者がいない。

 まぁ多少は俺もキツイ言い方もやり方もしたと思うけど仕方ないじゃん。


 普通にサイコセラピーを施しても全く反応なかった訳だし。

 襲われた女の子の対処法なんて描かれてなかったし。

 まさかの時の保険まで使う羽目になっちゃうし。


 まぁ多少は彼女達も立ち直れた傾向があるから結果オーライかな?そんな事を思っていたら――


「アスラさん。あのような形で彼女達を救うなんて、わたくし感服しましたわ」

「そうであるな、吾輩も感銘を受けたのである」

「しっかしよーまさか捕らえたゴブリンのガキをあんな風に使うとはオイラも思わなかったぜ」

「そうだな。最初は何故ゴブリンの子供を生かしたまま捕らえているか疑問に思ったが、あー言う事だったのか」


 あくまで保険だった訳だけどな。


「私は納得いかないわ!あんなやり方なんて。他にもっとやりようがあったはずよ!……彼ならきっと別の方法で彼女達を救ったはずよ」

「はぁ…多少俺も強引なやり方だと思ってるけど、まぁあの場じゃ仕方ないじゃん。で、その彼って誰のことだ?」

「彼は彼よ!あなたには関係ないわ」

「なんだそれ?」

「アスラ君、リーンが言う彼とは、おそらくイナリ殿の事である」

「アスラさんは英雄イナリをご存知ないのですか?」

「あぁ〜…アイツか。アイツなら俺と同じようなやり方とったと思うぜ」

 だってイナリって俺だもん。


「そんな事ないわ!彼はあなたと違って無神経じゃないわ」

「無神経って!酷い言われようだな、アイツと俺じゃ大差ないけど」

 だって本人だから。


「そういえばアスラ君は、イナリ殿に雰囲気が似ているのである」

「そうですわね、わたくしも何となくそんな感じがしていましたわ」

「オイラも思ってたんよ。喋り方なんてイナリに似てんしな」

「そう言われれば似てるな。アスラがイナリだったりして。っと!冗談だよ冗談!そんなに睨むなよリーン」

「リーダー!彼に対して失礼よ!」

「はいはい分かりました。彼に失礼ですね。リーダーも冗談キツイな〜」

 って、ヤベー!一瞬バレたかと思ったじゃん。つーか、リーンは相当俺に対して否定的だな。俺って、リーンに嫌われるようなことしたかな?


「皆さんは英雄イナリと、お知り合いなのですか?」

「んー知り合いってほどでもないかな?とある依頼で一緒のパーティーというか、動向した仲かな?その時は殆ど会話もしてないし。どちらかと言うとリーンとエイミーの方が俺達より面識があるな」

「本当ですか!」

「大丈夫よファミーユ。バートルとダリアの傷の治療でしょ?彼を見つけたら私から彼に話をしておくわ」

「よろしくお願いします。英雄イナリと面識のあるお知り合いの方が居てホッとします。私ではどの方が英雄イナリなのか、全く分からないので」


 今のリーンの話を聞いたファミーユとバートル、ダリアは希望を見出したようだ。


「そうであるな。イナリ殿に扮する不届き者が多いのである」

「そうですわね。国から新たな法が制定さたにも関わらず、英雄イナリに扮する方が一向に減りませんわね」

「ところでリーン。本物のイナリっちの見分けつくん?仮面もちょいちょい変えてんだろ?」

「当たり前じゃないの!私が彼を見間違う訳ないじゃないの!一目見たら直ぐに彼だって分かるわ!」

「恋する乙女であるか」

「ちょっデコ!そんなんじゃないわ!彼は私の尊敬する人なのよ!あくまで一人の人としてよ」

「そうであるのか?吾輩はてっきりリーンがイナリ殿に恋していると思ったのである」

「オイラも、そー思ったぞ」

「リーンはイナリの話題になると凄く熱く語るからな。オレの勘違いか?」

「ちょっ!リーダーまでやめてよ!もう」

「ふふ、ですわ」


 ったく。コイツらってアホな会話をしてるぜ。まぁバートルとダリアは王都へ帰ってから、こっそりイナリに扮して治してやろうと思ってたけどな。しかし……リーンの一目見たらイナリだと分かるってウケるし笑えるー!オマエが一番(いっちゃん)俺がイナリだと見抜けてないじゃん。ププ


「なによその目は!」

「いや〜一目見て、イナリだと見分けがつくのが凄いな〜と、思ってさ」

「当たり前じゃないの!あなたのその傲慢で粗暴な態度を正してあげるわ!彼を見つけた暁には、あなたに彼の爪の垢を煎じて飲ませてあげる!覚悟しなさい」

「へいへい」

 傲慢で粗暴な態度って……俺は毎日清潔にしてるから爪の垢なんて有りませんよー。


 何故かそのあと、英雄イナリの話で盛り上がっている。イナリの話で盛り上がるなんて……コイツらホント暇だなぁ〜もっと別の話題がないのかよ。俺はボロが出ないように知らん顔してよ。


 そんなアスラと冒険者達であったが、この後に起こる事態に誰もが想像もしなかっただろう。




 アスラ達が馬車を走らせ王都まであと少しというところで、後方から馬を走らせ追って来る者が居た。


「おーい!そこの馬車止まれー!」


 最初に気づいたのはデコのようだ。


「後方から追って来る者が居るのである」


 その一言で全員後ろを振り返り後方を見た。追って来る数馬の騎馬には騎士風の姿を確認したようだ。

 何事かと、御者を務めるイーブンとグロウに馬車を停止するよう促す。


 馬車を止め、全員が何事かと思案している中、アスラは一人嫌な予感がしていた。後方の騎馬は馬車に追いつき横付けに停止させた。


 そして停止した騎馬に乗る騎士風の人物を見るや全員が一斉に驚き馬車から凄い勢いで降り、跪き顔を伏せた。もちろんアスラも右へ倣えである。


 そう、騎馬から颯爽と下馬した騎士風の人物とは!ランバー国第四王子デリックだったのだ。第四王子とは言え、王位継承権を持つ王族なのだから。


「あーお前達、そんなに畏まらなくて良いぞ。知り合いを見かけたから声を掛けただけだ」


 デリックの一言に“誰が王子と知り合いなんだ?”と顔を伏せたまま思ったようだ。アスラは心の中で(チッ)っと舌打ちをしていた。


「そこの男、顔を上げろ」


 デリックがそう言い放っても誰一人として顔を上げる者が居ない。


「黒髪のお前だ。顔を見せろ」


 この場に居る黒髪の男とは、アスラ一人しか居ない。ピンポイントで特徴を言われたアスラは、渋々顔を上げ睨むようにデリックに顔を向けた。


「おっ!やっぱりイナリじゃあねーか!」

「いえ、()()()でございます。デリック殿下」


 デリックの一言で、護衛の騎士はギョ!っとなり、紅蓮のメンバー、ファミーユパーティーはエッ!?と思ったがアスラの即答で、なんだ殿下の勘違いか、と思ったようだ。


「アハハ!どこか頭でも打ったのか?変な喋り方までして。どこからどう見てもイナリじゃねーか!俺は目がいいから遠目で直ぐにイナリって分かったぞ」


 アスラは額に青筋をたてながら、このヤローと思い文句を言おうとした時、デリックの後方で控えていた護衛の騎士がデリックの耳元でボソボソと何かを苦言した。

 その騎士の苦言で「アッ!」っとデリックは何かを思い出した。そう、王とアルフに城の外ではアスラの事をイナリと呼ばず、出来るものなら他人のフリをしろと。


 その忠告を思い出したデリックは、愛想笑いを浮かべながらアスラに「イナリ…じゃなかった、アスラ!俺は城へ帰るから今日の事は親父と兄貴には内緒な」と言い、そそくさと馬に跨り立ち去ろうとした。


「おい!デリック。王様には一応伝えてるけど、アルフや他の兄貴達にも伝えといてくれ。暫く冒険者ギルドに通うから城には帰らないって」

「おっ、おう分かったぜ!英雄伝説期待してるからな、じゃあな」


 そう言い残しデリックはそそくさと立ち去った。


 デリックの後方で控えていた騎士はアスラへ、この事は王様とアルフ様にキッチリ報告しますと目で合図をし、アスラへ一礼をしたのち、デリックを追いかけるように王都へ向かった。


 残された紅蓮のメンバーと、ファミーユ率いるパーティーは、王子とアスラのやりとりの会話に目が点となり唖然としているようだ。


 そしてアスラは、そんな彼等に振り返り――


「まっ、そーゆー事だ。俺がイナリだ」

「「エッ!エエエエエエエエエエエエエ!!?」」


 王都へ向かう平原に、紅蓮の熱き誓い、そしてファミーユパーティーの大きな驚きの声が響き渡ったのであった。

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