8
授業が終わり休み時間になると、すずなは必ず携帯を見ている。初めて有架に見せられた透也の写真を保存してある。やはり透也はかっこいい。早く会話をしてみたい。できたら名前も覚えてほしい……。
ぼんやりと眺めていると、横から目線を感じた。秀馬が写真を覗き込むように見ていた。
「誰だ、そいつ」
驚いて体が固まってしまった。あわてて携帯を閉じ、動揺を隠しながら笑った。
「えーっと、あたしの親戚の人。とってもかっこいいの。頭も良くて、運動もできて」
「へえ……。名前はなんていうんだ?」
なぜか秀馬は探るような目つきをしていた。
「佐伯透也くん。名前もかっこいいでしょ」
「この前、早く会いたいって言ってた奴か」
秀馬がそのことを覚えているのにどきりとした。
「うん。なかなか会えなくてね。今度遊びに来るって言ってたから楽しみにしてるの」
言い終わってから、はっとあることが頭によぎった。透也は人気者で、この高校に通っている生徒だったら誰だって知っている。秀馬もその一人なのだ。
「秀馬くん、透也くんと会ったことある?」
まずい、とすずなは不安になった。背中に冷や汗が流れ出す。
しかし秀馬は首を横に振り、ぶっきらぼうに答えた。
「何で俺が、お前の親戚と会ってるんだよ。おかしいだろ。知らねえよ、そんな奴」
「そ、そうだよね」
びくびくしながら作り笑いをすると、秀馬はいじけた口調になった。
「……早く来るといいな」
「う、うん。一つ年上だから、勉強教えてもらおうって思ってる」
すると突然秀馬は立ち上がった。いったいどうしたというのか。
「秀馬くん?」
呼んだがそのまま歩いていってしまった。
すずなの胸の中がじわじわと熱くなった。もしかして秀馬は透也に嫉妬したのではないか。気になっている女の子が他の男子の話をしているのが嫌になったのではないか。
有架には全く気がないと言っているが、秀馬も頭はいいし運動もできる。他人に心を開けないのを治せば、女の子にモテると思う。それに、可愛らしい少年のような表情を見せたりする。もしそんな秀馬に惚れられていたらと思うと、優越感に浸ってしまう。
もう一度透也の姿を見ようと携帯を開くと、チャイムが鳴ってしまった。
「どこに行ってたの?」
席に戻ってきた秀馬にこっそり聞いてみた。すると不機嫌な言葉が返ってきた。
「そんなことどうだっていいだろ。もう授業始まってんだから……」
「そこ!なにしゃべってるんだ!」
教師の厳しい声が飛んできた。はい、とすずなは前を向いた。秀馬からはほらな、と目線で伝わった。
本当にこの人は、自分が好きなのだろうか……。悶々と疑問が溢れ、毎日の授業は右から左へ流れていく。
あれよあれよといううちに、季節は夏真っ盛りになっていた。夏休みに何をするか有架と話し合っていると、となりに秀馬が座った。無意識にすずなは秀馬に聞いていた。
「夏休み、どこに行こうか決めてる?」
質問されるとは思っていなかったらしく、秀馬は目を見開いた。
「知って何になるんだよ」
「まあまあ。ちょっと教えてよ」
有架が緊張した顔でそっと手に触れた。やめようよ、と言いたいのだ。しかし仲良くなるにはそういう話も必要だ。
「もしよかったら、あたしたちとお祭りに行かない?」
すずちゃんっと有架の手の力が強くなる。秀馬は黙っていて答えそうにない。
「じゃあ、約束ね」
そう言うとすぐに話を終わらせた。
「すずちゃん、本気?」
有架が不安な表情で囁いた。
「大丈夫だって。ライオンじゃないんだから」
「でも嫌だって感じだったよ。やっぱりやめた方が……」
「有架」
すずなは腕を組み、口調を固くした。
「そうやって見た目だけで判断するの、よくないよ。ずっと前から言ってるでしょ。あたしは秀馬くんと友だちに……」
はっと気が付いた。「秀馬」と下の名前で呼ぶのは二人きりの時だけと言われていた。有架も聞き逃さなかったらしく、驚いていた。
「秀馬くん?」
「あー、いや、ちょっと呼んでみただけだよ」
ははは、と小さく笑った。秀馬にばれないように気をつけなくてはいけないと思った。
よく夏祭りで気分が高揚して、好きな人に告白してしまうと聞いたことがある。もしかしたら自分もそんな経験ができるかもしれない。
いや、でも本命は透也くんだけど……。すずなは改めて恋人と友だちは違うと考えた。
だが残念なことに、祭りは雨で中止となった。浴衣を買ってうきうきしていたすずなは、かなりのショックを受けた。
せっかくの夏休みで、秀馬ともっと近づきたいのに……。どうしてうまくいかないのだろう。天候までも邪魔をしてくるのが許せなかった。
そんな想いでいたある日、一人で買い物をしていると秀馬とばったり出会った。
「お、お久しぶり……」
動揺しながらそう言うと、相変わらず秀馬はぶっきらぼうに答えた。
「一人で買い物してんのか」
「うん。暑いけど、外出てないともったいないなあって思って。秀馬くんはどこに行くの?」
「別に。本借りに行くだけ」
すずなの全身が震えた。これは最大のチャンスだと確信した。
「あたしもこれから本借りに行こうと思ってたの。もしよかったら夏休みの宿題とかも一緒にやらない?」
だがすぐに秀馬は首を横に振った。
「悪いけど、もう終わってるから。脇田とやれば」
がああん……と残念な音が心の中で響いた。頭がいい人は、こんなに早く終わらせるのか……。まだ夏休みが始まって二週間ほどしか経っていない。すずなは遊んでばかりで、まだ一つも終わらせていない。
「そうかあ……。でも、一緒に本借りに行くのはいいよね」
少し黙ってから、秀馬は小さく頷いた。