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 東条くんじゃなくて、秀馬くんか……。うるせえと言われ無視もされたが、嫌われているわけではないのだとわかった。あとほんの少しで、東条……ではなく、秀馬くんと友だちになれる。仲良くなれる。誰かと繋がる喜びを味わうことができるのだ。

 教室のドアを開け自分の席に着くと、さっそく名前を呼んでみた。

「おはよう、しゅう……」

 がばっと勢いよく口を塞がれた。教室の隅に連れて行かれると、小声で秀馬が言った。

「言い忘れた。二人きりでいる時にだけ下の名前で呼べ」

 どきりとし、うんうんと首を縦に動かすと、東条の手が放れた。

「そんなの気にしなくていいじゃん」

 すずなが言うと、秀馬はじろりと目を向けてきた。

「周りが変な風に噂してくるだろ」

「変な噂?」

 すぐに浮かんだのは、恋人同士だということだった。

「あたしたちが付き合ってるって?」

 秀馬は頷き、目を閉じた。

「そういうのが大好きだからな。しかも一日で学校中に広まるんだぞ」

 学校中……。ということは、透也の耳にも入ってしまう……。

「ま、まずいね」

「だろ。だから近づいてくるなよ」

 すずなの頭の中に、があああんという音が響いた。仲良くしようと思っていたのに、近づいてくるなと言われてしまうとは……。

 ただ、二人きりでいる時は仲良くできるようだ。ぐっと強く拳を固めた。

 昼休みになると秀馬は大抵一人で昼食を食べている。有架に用があると言って、後ろから声をかけてみた。

「いきなり話しかけんなよ」

 珍しく焦っていた。秀馬のとなりに座ると、弁当箱を開けた。

「秀馬くんって好き嫌いある?」

 気軽に聞いてみると、秀馬は立ち上がった。

「脇田と食って来いよ」

「でも、いっつも秀馬くん一人で食べてるから」

「俺のことなんかどうだっていい」

 そう言い残すと、すたすたと歩いて行ってしまった。

 作戦失敗……。でも諦めるわけにはいかない。

 もし本当に有架の言う通りすずなに惚れて、ただ照れているだけなら話は早い。

「ねえ、秀馬くんって好きな女の子とかいる?」

 緊張しながら言ってみた。もしいると言ったら誰なのか気になってしまう。

 しかし秀馬はうんざりした顔を向けてきた。

「そんな奴いねえよ」

「本当?実はいるんじゃ……」

 言いかけるとまた口を塞がれた。

「くっだらねえことばっか考えてるから、テストで十点しかとれねえんだよ」

 はっと気付いた。あの酷すぎるテストを思い出し、顔が赤くなった。

「あれは……」

「もうこっち見んな」

 その時一瞬だけ、秀馬が照れたように見えた。すぐに顔を横に向け、恥ずかしがっているようだった。まさか……本当に、すずなに惚れているのか……。だから下の名前で呼べと言ったりしたのか。

 急に秀馬が可愛らしく見えた。気になる女の子に冷たいことを言うなんて、小学生の男の子が好きな女の子にちょっかいを出してしまうのと同じではないか。胸キュンとはこういう気持ちなのか。秀馬くんって可愛いねと言いたかったがもちろんやめておいた。意外な一面を知り、ますます距離が縮んだと感じた。

 さすがにこの話をするのは秀馬に悪いので、有架には「どんどん仲良くなってる」とだけ伝えた。

「最初は怖かったけど、けっこういい人なんだね」

 有架も嬉しそうだった。

「もし好きだって言われたらどうするの?」

 突然有架にじっと見つめられ、少しどきりとした。何と答えたらいいのかわからない。

「どうするって言われても……」

 すずなには既に透也という好きな人がいる。秀馬とはできれば友だちとして付き合いたい。

 秀馬が一瞬だが照れているように見えたのがとても意外で、あれは一生忘れないだろうと思った。そして、もっと秀馬の心の中を覗きたくなった。

「また話しかけてみよう。秀馬くんと友だちになれるように頑張るよ!」

 そう言うと有架もゆっくりと頷いた。

 秀馬にこっそり近づき、後ろからメガネを奪った。かけてみると、当たり前だが目のいいすずなにはぼやけて見える。

「ふうん……。本当に目、悪いんだねえ」

「勝手に人のもん取るな」

 秀馬が手を伸ばしてきたが、ひょいとかわした。そして、覗き込むようにゆっくり顔を近づける。

「な……何だよ、お前」

 秀馬があわてているのが面白くなった。こんな表情もするのかと少し驚いた。

「裸眼でどこまで行けば、あたしの顔わかるのかなあって実験したくなって」

 すずながそう言ってにやりと笑うと、秀馬は目をそらした。緊張しているような感じがした。顔が近くてどきどきしているのだろう。秀馬でもやはり女の子には勝てない。普通の男子高校生なのだ。

「もういいだろ。メガネ返せ」

 もう一度手を伸ばし、今度は取られてしまった。

「あーあ……。あたしも、おばあちゃんになったらメガネかけるんだろうなあ……。絶対似合わないよ」

 はあ、と目を閉じると、秀馬が声をかけてきた。

「別に似合わなくたっていいじゃねえか。俺は気にしなくていいと思うけど」

 心臓が跳ねた。つまりそれは、すずなをよく想っているということか。けれど恥ずかしいから素直に気持ちを伝えられない。何て可愛らしい……!もう小学生の男の子にしか見えない。秀馬がこんな性格だったとは夢にも思っていなかった。

 



  

 

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