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 秀馬が東条から佐伯になって二週間が過ぎた。休日に朝食をとっていると携帯が鳴った。見なくても秀馬だとわかった。最近電話をかけてくるのはほとんど秀馬だからだ。

「マンションに来い。手伝ってほしいことがある」

「手伝ってほしいこと?」

 しかし聞いても絶対に電話では教えてくれない。今回も話してくれなかった。

「マンションで詳しく言うから。すぐに来いよ」

 そしてぶちっと一方的に切られてしまった。仕方なくメイクをしバッグを掴んだ。嫌な予感がしていたが行かないと機嫌を悪くしてしまう。インターホンを押す前にドアが勢いよく開き、顔に当たりそうになった。

「危ないなあっ。ぶつかって怪我でもしたら……」

「遅い。早く来いよ。もたもたすんな」

 完全にすずなの気持ちは無視だ。言い返しても無駄なので黙ったまま足を踏み入れた。廊下にも部屋にもダンボールが並んで置いてある。

「何これ?どこかに引っ越すの?」

 驚いて聞くと秀馬はあいまいに答えた。

「引っ越すっていうか……」

「あ、屋敷に持っていくのね」

 はっと気が付いた。本当にあの屋敷が秀馬の実家だと今になって悔しくなった。

「で、荷物の片付けしろって言うの?」

「よくわかってんな。少しは賢くなったんだな。俺は食器片すから、お前は植木鉢の方よろしく」

「えっ、普通逆でしょ。植木鉢って重いし、たくさんあるし」

 だがダンボールを渡されると無理矢理奥の部屋に連れて行かれてしまった。一体すずなを何だと思っているのか。

「ううっ、重いっ」

 ベランダのプランターを掴み立ち上がろうとしたが尻もちをついてしまった。一生恨んでやると考えながらもう一度頑張るがやはり持てない。

「なーにやってんだよ」

 食器の片付けが終わったらしく秀馬がやってきた。むっとしながらすずなは怒鳴った。

「なーにじゃないよ!女の子に力仕事させる奴なんか、あんたしかいないよ!」

 何も言わずに秀馬はとなりにしゃがむと、ひょいとプランターを持ち上げた。

「ほらね。こういうのは男がやることなんだよ。最初からあたしがいなくたって……」

 突然口を塞がれた。しかも手ではなく唇でだ。一気に体が熱くなった。

「ねえ、何でこういう時にそういうことするの?キスするならもっとムードのあるところでしたい」

「キスじゃねえよ。うるせえから黙れって言ってんだ。でも手が塞がってるんだから口でするしかないだろ」

 しかし秀馬も照れている。本当はキスだが恥ずかしくて言い訳をしているのがわかった。周りにあるものが人ではなくダンボールでよかったとほっとした。唇をごしごしとこすっていると呆れた顔を向けてきた。

「あのなあ、どれだけバカなんだよ。いい加減にしろよ」

「えっ、何怒ってるの?」

 驚いて目を大きくすると軽く頭を叩かれた。

「お前のいいところはバカだとか、すずなだけはマンションにあがらせるとか、少しは好かれてるって察しろよ。それなのにいつか離れるって落ち込んで泣いてるし。俺はお前の子供っぽいところが好きなんだよ。頭がよくて大人なお前なんか見たくないんだよ」

 ばくんばくんと胸が高鳴った。さらに全身が炎のように燃える。

「じゃ……じゃあ好きだって素直に言えばいいじゃん。今のお前は理想の彼女とは呼べないとか言われてかなり傷付いたんだよ、あたし」

 立ち上がり指を差すと、ふいっと横を向いてしまった。

「うるせえな。そっちの小さい植木鉢だったら持てるだろ。さっさと終わらせるぞ」

「わかってるよ」

 動揺する心臓を落ち着かせながら片付けを再開した。初めて好きだとはっきり言われたのが嬉しくて興奮してしまう。一通りまとめると近くの喫茶店で休憩することにした。

「屋敷に戻ったらどうするの?」

 期待しながら聞いてみた。桔梗と透也とこれからどんな日々を送って行くのか気になった。

「別にどうもしねえよ。飯食ったり寝たり風呂入ったりするだけだ」

「そうじゃなくて、十年以上も会ってなかった家族とどう接するのって言ってるの」

 身を乗り出すと、秀馬は少し考えてから聞き返した。

「それなんだけど、母さんがお前のこと気に入っちゃって一緒に暮らしたいって言ってるんだけど、どうする?もちろん姉ちゃんとも」

「えっ」

 一瞬意味がわからなくなった。あまりにも予想していなかったことだった。

「あたしが、あのお屋敷に?」

「すずなのおかげで幸せが戻ったってものすごく喜んでるんだよ。だから是非とも嫁に迎え入れたいんだって言ってるんだ」

「嫁ってなに?高校卒業したら結婚するの?」

 緊張の糸が絡みついてきた。足元からぴきぴきと固まっていく。

「飛躍しすぎって俺も言ったんだけど、佐伯家には女がいないから俺たちが嫁を連れて来るのが楽しみなんだって。別に戦うわけじゃないんだからそんな顔すんなよ」

 だが鼓動は速いままで止まらない。椅子に座り直してから深呼吸をした。

「いきなり嫁なんて聞かされたらびっくりするよ。あたしも桔梗さんのこと好きだけど……」

 戸惑っていたが、頭の隅で屋敷に住めるなんて夢のようだと考えていた。憧れの佐伯家が自分の家になるチャンスを逃したくない。

「透也も、お前がいてくれると脇田が安心するんじゃないかって言ってるし」

 はっと目を見開いた。有架の名前が出てきたということは、もしかしたら二人は恋人同士になったということではないか。最近予定があると誘いを断ってくるのはデートがあるからかもしれない。

「……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな……」

 えへへ、と笑うと秀馬はしっかりと頷いた。アメリカで仕事をしている芹奈を大きなお風呂で癒してあげたい。今まで二人きりだったが一気に家族が増えるのだ。優しい人たちと繋がれるなんてすずなにとっては天国にも昇る想いだ。

「それならあたしもマンションの片付けしなきゃね。お姉ちゃんにも連絡しよう」

「今からやるぞ。面倒なことはさっさと終わらせた方がいいからな」

 勢いよく秀馬が立ち上がり驚いて目を見開いた。

「手伝ってくれるの?」

 周りがきらきらと輝いている感じがする。すずなの顔をじっと見つめながら秀馬は言い切った。

「誰かに頼ったり頼られたりして生きていくんだろ」

 人は持ちつ持たれつだとすっかり忘れていた。むくむくとやる気が溢れてすずなも立ち上がった。またダンボールに囲まれながらキスされるのかと無意識に考えていた。

「ありがと。秀馬、本当に変わったね」

 店を出てからにっと笑うと、秀馬は少し照れたように横を向いた。

 

 

 



 


 

 

 

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