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 校門の前で有架に話しかけられ、おしゃべりをしながら教室へ向かい、自分の席に座ってじっと秀馬の姿を見つめるというのがすずなの毎朝の過ごし方だ。その日はまだいなかった。早く会いたいという気持ちが増えていく。二人きりでいる時と周りに人がいる時とでは態度が違うのが愛おしく感じる。外では冷血男なのにマンションの中では優しい人に変わって、すずなを特別な存在だと想ってくれているのが嬉しい。

 だがいつまで経っても現れない。遅刻してくるのかとも考えたが結局欠席になってしまった。寂しくなったが放課後マンションに行けばいいと我慢した。昼休みに電話をかけてみたが出なかった。留守電も入れたが聞いていないようだ。少し心配になってメールを送り『必ず返信してよ』と書いたが反応なしだ。帰り道の途中でまたかけたがやはり出ない。

「どうして……」

 嫌な予感の波が襲いかかってきた。呆然として立ち尽くしているとぎゅっと背中から抱きしめられた。

「秀馬にやるもんか。すずなさんは俺のものだ」

 うんざりしてため息を吐いた。

「いい加減にしてくださいっ、しつこいっ」

 振り払おうと腕を上げると、素早く透也にキスされた。

「すずなさんは間違ってる。あいつは一人で生きていけるんだ。あんな奴と付き合うなんてだめだ」

「一人で生きていける人間なんかこの世にいませんっ。あたしに構わないでくださいっ」

 早口で怒鳴ると秀馬のマンションまで全力疾走した。はあはあと息を荒げ、エレベーターに乗り込んだ。深呼吸を繰り返してからインターホンを押したがなぜかドアが開かない。もう一度押したが同じだ。試しにドアノブを引いてみたが動かなかった。というか部屋の中に人間がいる気配がしない。愕然として目の前が真っ暗になった。まさかどこかへ行ってしまったのか。せっかく繋がれたのにやはり自分は一人で生きていくと思い直してマンションから出て行ったのか。

 ドアをドンドンと叩きながら泣き叫んだ。意味がないのはわかっているが止められなかった。

「嘘つきっ、裏切り者っ。どうして出て行っちゃったのよ!バカ男!冷血男!そばにいてほしいって言ってたくせに!何でこんなに酷いことするのよ……。いつもいつも冷たくって意地悪で。あたし秀馬がいてくれないとだめなのに。二度と会えないなんて絶対に嫌だよ。理想の彼女になるために頑張るって……」

「何やってんだよ」

 真上から声がかけられた。我に返り見上げると呆れた表情の秀馬がいた。

「近所迷惑だろ。後で怒られんのは俺なんだぞ。しかも恥ずかしいことべらべら叫んで」

 がくがくと足が震えて倒れそうになった。

「あんた……どこに行ってたのよ」

「コンビニだけど。ちょっと腹減ったから食い物買って来ようって」

「じゃあどうして学校に来なかったの?電話もメールも反応なしだったの?」

 ふあああと欠伸をしてから面倒くさそうに答えた。

「眠かったからだよ。どうせまたテストの点が悪かったから家庭教師してくれって話だろうって思ったんだよ」

 信じられないという気持ちが怒りに変わった。くだらないことで不安にさせられたのが悔しかった。

「紛らわしいことしないでよ!どこかに行っちゃったのかってすっごく心配したんだよ!」

「俺がどこに行くんだよ。その妄想癖早く治せよ」

 ぼろぼろと涙がこぼれる。手の甲で拭ってから秀馬に抱き付いた。

「だって学校には来ないし電話もメールもだめだったら怖くなるでしょ。また一人で生きていくって考えたのかなって。お前とは繋がりたくないって嫌われたのかなって。もうぐるぐる振り回さないでよ。もっと穏やかに暮らしたいよ……」

 今度は秀馬の服で涙を拭った。不機嫌な顔で秀馬は口を開いた。

「俺がいつ振り回したんだよ」

「初めて会った時から振り回してるよ。気まぐれで自分勝手で。あたしの身にもなってよ……」

 本当に言いたい放題やりたい放題なのだ。しかしそこが秀馬の魅力でもあるのだ。

「うるせえな。人の服で拭くなよ。あんまり泣いてるとお前の言う通りマンションから出てどっか行くからな」

 全然優しくない。意地悪で冷たくて、なぜこんな男が好きなのか自分でもわからない。

「ごめん……」

 そう言うとそっと髪を撫でてきた。何だかんだいっても秀馬もすずなと同じ想いなのだろう。素直に言えないのでこういうちょっとした仕草で伝えているのだ。

 部屋の中に入るとコンビニで買ってきたものをテーブルに並べながら聞いてきた。

「で、用は何だ」

 水を飲んで落ち着いてからすずなは答えた。

「用なんてないよ。電話には出ないメールの返信も来ないなら直接会うしかないじゃない」

 透也にキスをされたことは言えなかった。機嫌が悪くなるのは知っているしすずなも早く忘れたい。

「逃げるためじゃないのか」

 ぎくりとして持っていたコップを落としそうになった。

「キスされてただろ」

 後ろめたい思いが胸の中に溢れた。同時に透也の恨みも生まれた。

「コンビニに行ったって言ったけど、本当はお前の顔見たくなって学校に行ったんだよ。そうしたらいきなりキスなんかしてて正直驚いた」

 あわてて頭を下げた。悪いのは透也の方だが、すずなも謝らなくてはいけないと考えた。

「油断してたよ。まさかあんなことされるなんて……」

 だがからかうように秀馬はにやりと笑った。

「別に構わねえよ。いちいち気にして悔しがるなんて嫌だしな」

 バカにされていると感じ、顔を上げて言い返した。

「他の男と仲良くするなって言ったくせに」

 一気に笑みが消え、じろりと目を向けてきた。

「女ってどうでもいいこといつまでも覚えてるんだよな。付き合って何年とか変な記念日作るし」

「どうでもいいことじゃないよ。あたし秀馬に俺のものだって言われた時すっごく嬉しかったんだから。そういう気持ちってずっと思い出に残しておきたいじゃない」

 顔を隠すように横を向き黙ってしまった。もしかして照れているのだろうか。奥の部屋のドアを開くと中に入り、すぐにすずなもとなりに並んだ。

 たくさんの花の中で一際目立っているのは桔梗と撫子だ。しっかりと手入れをしているのがわかる。ふとあることに気が付いた。すずなの母親の名前は撫子だ。秀馬の母親は桔梗という名前なのではないか。離れ離れの母親が恋しくて代わりに桔梗を育てて、会いたいと願っているのかもしれない。しかし口に出すのはやめた。聞いてしまったら繋がっている糸が断ち切られるからだ。そっと指に触れると秀馬も握り返してきた。

 



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