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 東条の利き手が右なのは知っていたが、目が悪いのは知らなかった。ある朝学校に行くと、東条がメガネをかけていた。

「あれ?東条くんって、目が悪かったの?」

 すぐに東条はぶっきらぼうに答えた。

「そうだよ。それがどうかしたか」

「別にどうってことじゃないんだけど。じゃあ今までコンタクト付けてたんだね」

 じっと東条の顔を見つめた。メガネをかけているのが不思議な感じがする。すずなも芹奈も目がいいので、どのような見え方をするのかわからない。

「えっと……エンシとかいうやつ?」

「近視だよ」

「キンシ?」

 もっとわからなくなってしまったが、不便なのは伝わった。

「大変だね。で、どうして今日はコンタクトじゃないの?」

 すずなが聞くと、不機嫌そうな答えが返ってきた。

「失くしたんだよ。しばらくメガネだな」

「そっか……。早く見つかるといいね」

 東条はコンタクトよりもメガネの方が似合うとすずなは思った。頭がよく見えるのだ。頭がいい人は、みんな目が悪い気がする。生まれつきというのもあるが、目が悪くなるほど勉強しているのか……。

「東条くん、これからもメガネでいてよ。メガネの方が似合う」

 素直にそう言うと、東条は小さく息を吐いた。

「メガネなんて面倒くせえよ。いちいちかけたり外したりしなきゃいけないし。だからコンタクト付けてるんだろ」

「だけどコンタクトって痛そうじゃん。目に直接くっ付けるなんて怖いよ!もっと悪くなりそう!」

「うっせえな。近くで大声出すな」

 さらに気分が悪くなってしまったようだ。

 ふとあることを思いついた。

「じゃあ、あたしがかけたり外したりしてあげるよ」

「はあ?」

 呆れた顔で東条は言った。

「どうしてお前がそんなこといちいちするんだよ」

「いいじゃん。この前数学教えてくれたお礼!」

 誰かに頼ったり頼られたりしながら生きていくのだから、と心の中で続けた。すずなも東条に何かするべきだ。

「すげえ面倒なことになると思うけど……」

 声は低かったが怒っているわけではないようだった。

 もっと東条と近づきたい。東条のためなら何でもしよう。仲良くなるにはそれくらいやらなくてはいけないのだ。

 しかし東条の言う通りになった。まず二人の身長差だ。すずなは低く東条は高い。座っている時は問題ないが、立つ場合は東条がしゃがむしかない。

「すっごく面倒だね……これ……」

「だから言っただろ。メガネ返せ」

 東条にメガネを奪われ、残念な気持ちになった。

「どれくらい悪いの?そんなに見えないの?」

 少し考えてから東条は答えた。

「確か0.1くらい……」

「ええっ?やばくない?将来見えなくなったらどうするの?」

 どきりとした。もしそんなことになったら……。

「それは絶対にねえから」

 きっぱりと言われ、ほっと安堵の息を吐いた。

「目が悪い人って、メガネやコンタクトがなくなったらどうするの?ずっとぼんやりしながら生きていくの?」

「まあ、そうだな」

「文とか読めないんじゃないの?」

「読めないな。人の顔もよくわかんねえし」

「人の顔も?ええっ!それって」

 突然東条がじろりとした目つきになった。

「お前、今日すごくうるせえ」

「うるせえって」

 言いかけると東条に口を塞がれてしまった。すずなが黙ると東条はゆっくり立ち上がり、その場から離れてしまった。

 なぜ仲良くしない……。すずなは不満で仕方がなかった。

 有架に相談すると、意外な答えが返ってきた。

「もしかして東条くん、すずちゃんが好きなんじゃないの?」

「えっ」

 驚いて目を見開いた。有架は身を乗り出して続けた。

「だって、話しかけてちゃんと答えてるのってすずちゃんだけだよ。毎日となりにいるから、好きになっちゃったんだよ」

 嬉しそうに言う有架を見て、すずなは首を傾げた。

「そうかな?うるせえとか言うのに、好きなのかなあ?」

「恥ずかしくてそういうこと言っちゃうんだよ、きっと。照れてるんだよ」

 だがぴんと来なかった。というか既に透也がいるので、東条に好かれたら困る。

「ただ友だちになってくれればいいの。恋人じゃなくて友だちね。……もうちょっと自分について教えてくれないかなあ……」

 東条は自分の話はほとんどしない。質問してもはぐらかされてしまう。

「いつ東条くんと仲良くなれるんだろう」

 そう言うと有架は首を傾げた。

 翌日も東条はメガネ姿だった。すずなの顔を見るなり、うんざりした口調で言ってきた。

「今日は面倒なことするなよ。もうあんなのごめんだからな」

 すずちゃんが好きじゃないの?と有架は言っていたが、やはりそうは感じない。わかってるよ、と答えると東条は大きく頷いた。

 その日は全く会話できなかった。また余計なことを言われると考えているのか、話しかけても無視されてしまう。どうしてこんなに繋がるのが難しいのだろう。

 しかし帰り支度をしていると、東条にじっと見つめられているのに気が付いた。

「ちょっといいか。言いたいことがあるんだけど」

 東条から声をかけるのは本当に珍しいので、どきどきした。まさか友だちになってくれと言うのかと期待した。

「これから、東条って呼ぶのやめてくれるか」

「えっ」

 目を丸くした。どういう意味だろうか。

「じゃあ秀馬くんって呼べばいいの?」

 そうだ、と言うように東条は頷いた。

「俺は東条って名前が嫌いなんだよ。秀馬だって嫌だ。気分が悪くなる」

 不思議な気持ちになった。どうしてそう思うのかわからない。すずなは自分の名前を気に入っている。理由は名付け親が亡くなった父と母だからだ。すずなも芹奈も春生まれなので、春の七草の中から取ったらしい。もう二度と会えない両親からの大切な贈り物だと思っている。それに名前は死ぬまで付き合っていくものだ。

「あ……じゃあ、あたしのこともすずなって呼んでくれない?すずなって呼ばれた方が嬉しい」

 下の名前で呼び合うなんて、もう友人と同じじゃないか。期待がむくむくと大きくなっていく。

 女の子が男の子の下の名前を呼ぶのは割りとすぐできるが、その逆だと何となく周りの目が気になってしまうイメージがある。それでもきっと東条はすずなと呼んでくれるはずだと確信していた。

 

 

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