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久しぶりに有架と放課後カフェをした。女同士での会話はとてつもなく気楽だと改めて感じた。
「告白しても冗談だってとられたりするかもって考えちゃって……。あたしバカだし、全然可愛くないし」
女だと見てもらっていないのだ。秀馬の目には、すずなはどういう姿で映っているのだろう。
「可愛くないなんて言っちゃだめだよ。すずちゃんとってもおしゃれだし、いろんな服持ってるし、自信なくしたらいけないよ」
必死に励まそうとしている有架に心の底から感謝した。しかし秀馬にはそう言ってもらえない。これまでどれほどすずなが綺麗な格好をしたりメイクも決めたりしたが、一度も女だと認めてくれなかった。外側が整っていても中身ができていないということだ。外も中も完璧でないと、いつまで経っても『磁石』なのだろう。
「ありがと。でもあたしに魅力なんて一つもないんだよ」
あの男の本性を知らない有架には意味がわからないだろう。女子に女だと思っていないなんて言う人間はほとんどいない。
「別に恋人になりたいわけじゃないの」
「でもそれじゃあ、他の女の子に取られちゃうよ。彼女と一緒にいるところを見るなんて辛いよ」
それも既にわかっている。返す言葉を探しながら、そっと息を吐いた。
「……やっぱり勇気が出ないんだよ。初恋は実らないとかいうし、次の恋を待つよ」
ははは、と苦笑すると有架は身を乗り出した。
「待ってるなんかだめだよ。青春って一度しかないんだよ?次の恋なんかいつやって来るの?待って待って、気が付いたらおばあさんになってたなんて絶対に嫌でしょ?それともすずちゃんは一生誰とも付き合わないで生きていきたいの?」
ここまで有架が真顔になったのは初めてで少し驚いた。
「人は一人きりで生きていけないって言ったのはすずちゃんじゃない」
その通りだ。今まで口癖のように一人では生きていけないと繰り返してきたのは自分なのだ。秀馬がいなくなり芹奈もいなくなり有架もいなくなってしまったら、すずなは深い穴に沈んでしまう。
「じゃあ告白しろっていうの?告白してフラれて来いって?」
尖った口調になった。有架は浮かしていた腰を椅子に戻し、下を向いてしまった。
「……ごめん。どうすることもできないの。片想いでいいって諦めてる。だから心配しないで」
黙ったまま有架は小さく頷いた。何て酷いことをしてしまったのかと強く自分を責めながらすずなは帰ることにした。喫茶店の前で無言のまま二人は別れた。
「恋愛って面倒くさい……」
そっと独り言を漏らした。恋人にも周囲の人間にも気を遣って、緊張したり不安になったり全く楽しくない。結婚したらもっとうんざりするはずだ。それでいて離れるのは一瞬で終わる。だったらしなければいいのではないか。今まで一人きりはいけないと信じていたが、むしろ一人きりの方が幸せだと考えていた。
始めから秀馬と仲良くなろうと思ったのが間違いだった。そんなにうまくいくわけがないのに、きっと繋がれるはずだと期待してしまった。
「あたしって、本当にバカだな……」
呟くとまた瞼に涙が溢れてきた。ごしごしと手でこすってから、頭を横に振り何度か瞬きをした。しっかりと足に力を入れて、ずんずんと帰り道を歩いた。
決心した通り、秀馬のマンションには一度も行かなかった。なぜか秀馬も言ってこない。向こうもそういう関係だと考えたのかもしれない。秀馬のそばにいる時間がめっきりと減ったが、割と元気に過ごしている。こうして一つずつ秀馬を忘れて、一人きりに慣れていけばいい。何年かしたら芹奈も帰って来るし、何より安心していられる。
「アルバイト辞めたんだ。これからは一緒に帰ろう」
有架にそう言うと、目を輝かせて喜んだ。
しかし事件は起こってしまった。休日にすずなが歩いていると、誰かに見られている感じがした。どきりとして足を速く動かすとその人物も速くなった。ちらりと後ろを振り返ろうとした瞬間、腕を掴まれた。予想した通り秀馬だった。
「どうしてマンションに来ないんだよ」
かなり荒々しい声だった。怒っているというより焦っているようだった。
「いつまで経っても来ない。どういうことか説明しろ」
「どうしてもこうしてもないでしょ。行きたくなくなったから行かないだけ」
「行きたくなくなった?」
珍しく驚いていた。掴んでいる手の力が強くなった。
「もうこれ以上そばにいられないと思ったの。あたしがいるせいで運命の女の子が現れないんだよ、きっと」
体から汗が噴き出していた。自分がおかしな言葉を口走らないか緊張していた。
「またそうやって俺の恋愛の話……」
「それにあたしには好きな人がいるの」
とっさに作り話を思いついた。うまくいくかはわからないがこれしか方法がなかった。
「好きな人?透也か」
「違うよ。透也くんはもういい。中学生の時に知り合った子で……」
「透也に出会う前は男に興味なかったって言ってたじゃねえか」
ぎくりとした。余計なことを話してしまったと後悔した。結局続けられず口を閉ざした。
「まあ別にいいけど。……もう二度と来ないつもりか」
「うん。秀馬に迷惑かけたくないし」
何とか声を絞り出した。秀馬も戸惑っている表情に変わった。
「お前のバカ話聞いてるの楽しかったけどな。嫌われたなら仕方ねえな」
「き、嫌いになったわけじゃないよ。その……運命の相手を探すのに、あたしがいると邪魔だから」
あわてて言うと秀馬は真っ直ぐすずなの目を見つめた。
「邪魔じゃない。俺のそばにいてほしいんだよ」
体が小刻みに震えた。秀馬がこんなことを言うとは夢にも思わなかった。
「じゃあさよならだな。運命の相手が見つかるといいな」
くるりと振り返り、走って行ってしまった。その後ろ姿を見ながらすずなは衝撃を受けていた。もしかして秀馬もすずなに惚れていたのか。
そばにいたいんでしょ。一緒にいられるだけで嬉しいんでしょ。それって好きだって気持ちだとあたしは思うよ。
頭の隅から有架の声が聞こえてきた。マンションにあがらせていたのは、花の水やりやご飯作りのためではなく、すずなと一緒にいたかったからなのか……。




