表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/69

54

 部屋に飛び込むと両手で顔を覆った。涙でぐしゃぐしゃになっていた。壁にもたれかかりながら床にしゃがみ込み、電気も付けず暗闇の中で声を出して泣き続けた。

 底が見えない深い穴に落ちていく感じがした。穴の上の方ではみんなが幸せそうに笑っている。秀馬も透也も芹奈も有架も、明るい光に当たって輝いている。だがすずなは真っ暗な穴の一番下に一人で寂しく座っている。暗いので誰もすずなに気付いてくれない。みんなと同じところに行きたくても、あまりにも遠くて這い上がれない。どんなに頑張っても明るい場所には行けない。もう何もかもが嫌になった。この世から消えてなくなりたいとさえ思っていた。すずながいなくなっても悲しむ人なんかいない。

 秀馬も同じことを言っていた。母親に家から追い出され、こうして深くて暗い穴に落ちたのではないか。しかしそれでも一人で生きてきた。例え孤独になっても秀馬は過ごしてこれたのだ。明るい場所へ這い上がるのにどれだけ努力をしたのだろう。すずなはそんな力も知恵も持っていない。

 机の上で両親が笑顔ですずなを見つめていた。もし父と母がいたらどんなによかったか。現実は恐ろしく残酷だ。

「あのマンションには二度と行かない」

 口に出して決意した。あそこにいると秀馬に愛されていると錯覚してしまうからだ。しっかりとけじめを付けるならまずマンションに行かないのが一番だ。以前もマンションには行かないと決めたが、また通うようになってしまった。今度は本当にやめると自分に厳しく言い聞かせた。秀馬には何も伝えないことにした。必ず質問されるはずだし答えられる言葉も見つからない。

 涙の跡が残る顔を洗いに洗面所に行った。鏡に映った情けない表情が嫌で嫌で堪らなかった。もう二度とこんなふうに子供みたいに泣いたりはしない。

 気分転換などできるわけないがテレビをつけてみると、甘い恋愛ドラマがやっていた。ぼんやりと眺めながら普通の人間はとても簡単な恋をしているなと考えていた。秀馬と繋がれる人は本当に数人しかいない。透也と仲良くなれる人も数人だ。あの二人には限られた人数しか近づくことができないのだ。すずなの恋愛は複雑でいつまで経っても悩みは解決しないし、教えてくれたり協力してくれたりする人もいない。全てすずなが自分で答えを探すしか方法がない。

 ドラマに飽きてテレビを消した。きっと片想いのまま秀馬と別れ透也とも離れるのだろうと想像した。初恋は実らないというのは事実のようだ。何も考えず頭の中を空っぽにしてから、ベッドに寝っ転がり目を閉じた。


 学校に行くと校門の前で肩を叩かれた。振り返らなくても秀馬だと気が付いた。

「ああ、おはよう」

「おはようじゃねえよ。昨日の夜のことについて聞きたいんだよ。どうして逃げたんだ」

 抑揚のない声ですずなは答えた。

「泊まったら悪いと思ったからだよ」

「泣いてただろ、お前」

 驚いてどきどきと鼓動が速くなった。記憶を蘇らせてみたがうっすらとしか覚えていない。

「な……泣いてないよ」

 覗き込むように顔を見つめてくる。逃げようと思ったが足が動かない。涙が溢れないように気を付け、できる限り冷静な態度をとった。

「どうだっていいでしょ、そんなこと」

「よくねえよ。はっきり答えてくれないと、もうマンションに入れないぞ」

 別に怖くはなかった。既にそう決めたのだから慌てたりしない。

「秀馬には関係ないことだよ。だからいちいち気にしないで」

 震える口調だった。関係大ありだがまさか言えるわけがない。

「俺が悪いのかよ。俺が言ったことが……」

「いい加減にしてよっ」

 くるりと後ろを向くと、その場から走り去った。本当はそばにいたいのに心の中が見透かされそうで怖くなる。この想いがバレてしまったらもう秀馬の顔を真っ直ぐに見られない。足を止めると優しくて穏やかな有架の声が聞こえた。

「どうしたの?何かあったの?」

「何でもない。何でもないけど、ただすっごく……寂しいの……」

 俯くと涙がぽろりと流れた。ボロボロになっていく自分を有架が癒してくれる。

「悩みごとがあるならいつでも相談に乗るよ。あたし、すずちゃんのためなら何だってするから」

 うん、とすずなは何度も頷いた。有架の想いが壊れそうな心に流れていく。

「好きな人がいるんでしょ」

 はっとして顔を上げた。こういうことは女同士だと気が付くものなのだろうか。

「そばにいたいんでしょ。一緒にいられるだけで嬉しいんでしょ。それって好きだって気持ちだとあたしは思うよ。この人と離れたくないって感じるのは惹かれてるからなんだよ」

 名前は出さないが、有架はもう秀馬だとわかっているだろう。すずなもあえて言わなかった。

「惹かれてるから……」

 呟くと力強く有架は頷いた。絶対にそうだと目線で伝わった。

 秀馬に惹かれているのは既に確信している。すずなが抱えている問題は秀馬に運命の相手が現れた時すずなはどうすればいいのか、そうなる前に想いを伝えるべきなのか、どうしたら本気だと伝わるのかという、数学や英語よりもずっと難しいことだ。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ