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 夕食を食べながら、東条が教えてくれた問題をおさらいした。とてもわかりやすい説明で、数学がだめなすずなでも充分理解できた。

 そしてある考えを思いついた。今日のように勉強を教えてもらいながら仲良くなる作戦だ。東条がどんなものが好きで趣味が何なのかわからないから、どうしても会話が続かない。だが勉強ならいつまでも話すことができる。ただし、自分が勉強ができない「おバカ」なのはばれてしまうが……。仲良くなるには仕方がない。

 突然携帯が鳴った。有架だとすぐにわかった。すずなの携帯には有架と芹奈のメールアドレスしか登録されていない。開くと有架の顔文字付きのメールが表示された。

『今度の日曜日、ケーキバイキング行こうよ。新しく駅前にできたみたいだから、一緒に見に行こう。』

 有架の笑顔が頭に浮かんだ。ちょっとしたメッセージでも、有架のものだったら嬉しい。それほどすずなは有架が大好きだ。家族がいないから余計に人との付き合いが大事なのだ。誰かと仲良くなり、友だちになり、繋がることがどんなに幸せなのか、すずなはずっと小さい頃から知っている。

 人はねえ、家族や友だちや仲間がいるから暮らしていけるんだよ。誰かに頼ったり頼られたりしながら生きていくの。ずっと一人ぼっちでいることなんかできないんだよ……。

 芹奈の言葉が胸の中で響く。自分が優しくすればお友だちも優しくしてくれるということは、東条に優しい想いで接していれば、もっと近づけるのでは……。有架のメールを眺めながらすずなは想像した。

 せっかく東条が教えてくれたのに、すずなはテストで生かせることができず、いつもと同じように半分までしか解けなかった。こんなにも自分はできそこない人間なのか……。いつも痛感するが、今回はかなりのショックを受けた。

 東条がじっと見ているのに気付き、ぎくりとした。聞かれてもいないのに勝手に口から言葉が出ていた。

「ま、まあ、テスト勉強頑張ったし東条くんにも助けてもらったし。いい点とれると思うよ」

 返ってきたテストは絶対に見られてはいけないと強く心に決めた。

 今まで東条に解けなかった問題はほとんどない。なぜ魔法のようにすらすらと答えを出せるのか不思議だ。毎日家で猛勉強している感じもしない。

「あたしも東条くんみたいに、数学得意になりたかったな……」

 独り言を漏らしため息をついた。すぐとなりに本人がいるのを忘れていた。

「まあ、でも」

 東条の声が聞こえ、びくっとした。横を向くと目線がぶつかった。

「女子は数学苦手な奴が多いし。気にすることねえと思うけど」

 どきどきと胸が高鳴る。こんなに長い台詞を聞いたのは初めてだ。目の前が光り輝いているような感じがする。かなり距離が縮んだと確信した。あともう少しで友だちになれる!友だちになりたい!もっと人と繋がりたい!強く拳を握り、早くその時が来るのを願った。

それにしても……一体いつになったら透也と出会えるのだろうか……。二年生の教室に行くのは可能だし、クラスは知らなくても校内のどこかにいるのはわかっている。有架は引っ込み思案で、なかなか教室に行く気になれないため、結局会えずにいる。さらに透也は人気者で常に周りに人がいて、簡単に近づけそうにない。何のためにこの学校に入学したのか。

「早く会いたいな……」

 無意識に声を出すと東条が反応した。

「会いたい?」

 はっとして横を向き、手を振りながら作り笑いをした。

「何でもないよ」

 自分が好きな人を誰かに言うのは恥ずかしい。しかも東条は男子だから余計言いづらい。

 東条くんって、好きな女の子とかいないのかな……。

 小さな疑問が生まれたが、もちろん本人に聞くことはできない。みんな東条を避けている。関わりたくないと思っている。どうしてそんな悲しいことを言うのか。人は一人では生きていけないから、誰かと繋がらなければいけないのに……。

 自分は東条を信じよう、とすずなは決意した。


 返ってきたテストを見て、すずなは愕然とした。何と十点しかもらえなかった。有架にも言えないほどの酷い点だ。となりで東条が見ているのに気付き、あわてて机の中に入れた。

 東条は相変わらず高得点をとっていた。羨ましいとすずなは毎回嘆いている。だがこれでまた話しかけるきっかけができた。

「東条くんって、いつ勉強してるの?どんな勉強方法?」

 東条は目を丸くし、ぶっきらぼうに答えた。

「勉強なんかしなくても、教科書見てしっかり授業受けてれば、だいたいわかるだろ」

「えっ……そうかな?あたしは全然解けないんだけど……」

 もうこれは生まれつきなのかもしれないと諦めながら言うと、東条は痛いところをついてきた。

「家でずっと遊んでるんだろ。テスト勉強だって一つもやってないんじゃないのか?」

 心にグサリと槍が刺さった。大当たりなので違うとは言えない。

「つ……次は頑張るよ……」

 誓うように言ったが、東条の耳には届いていないと感じた。

 有架にテストの点を聞かれたが、「またいつもと同じ」と言って、はっきり答えなかった。ちなみにいつもは五十点くらいで、どんなに高くても七十点くらいしかいけない。

「有架は何点だった?」

 聞いてみると八十点だと言われた。かなりショックで目の前が暗くなった。

「もっと真面目に勉強しよう……」

 そう言うと有架に「頑張って」と肩を叩かれた。

 こういう時、普通の子供はどうするのだろう。父や母に教えてもらうのだろうか。きっと学校よりも細かく説明してくれるはずだ。すずなは、また寂しいと傾きそうになる自分に芹奈の言葉を言い聞かせた。それに東条はどうやら一人で勉強しているようだ。親がいなくても勉強はできる。

 教科書を見ればだいたいわかると東条が言っていたので、ぱらぱらとページをめくってみたが、やはり一人では無理だ。というか、気持ちが数学より東条に向いてしまって集中できない。

 また明日やればいいや、とすずなは教科書をしまい、ベッドに寝っ転がった。

 今自分が考えているのは東条についてだ。東条秀馬。いつもとなりに座っている、何を考えているのかわからない謎の人物。彼と仲のいい友人になれる日はいつだろう……。

 いろいろと想像しているうちに、いつの間にか眠ってしまった。

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