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昇降口で靴を履き替えていると、まるでずっと待っていたかのように透也が立っていた。はっとして目を丸くすると微笑みながら近づいてきた。
「もう帰ったのかって思ってたよ。渡したいものがあるんだ」
バッグからリボンがかけられている小さな箱を取り出した。
「五月一日、誕生日だったんだね。遅くなったけどおめでとう」
なぜ透也がすずなの誕生日を知っているのだろう。そういえば前にも堀井さんの下の名前はすずなというんだねと言ってきた。あの時はどこかで偶然聞いたのだろうと思っていたが、誕生日も知るのはおかしい。
「開けてみて」
透也に言われゆっくりと包みを剥がした。花の形のバンスクリップだった。
「すずなさんに似合うと思って。どうかな」
透也の話が耳に入ってこなかった。欲しいものまで一致しているのはありえない。すずなが黙っていると透也は苦笑した。
「もっと他のものがよかったかな」
「えっ?いえ、すっごく嬉しいです。ありがとうございます!」
あわてて頭を下げると穏やかな笑顔に戻った。
「よかった。じゃあこれで」
くるりと向きを変えるとすたすたと歩いて行ってしまった。残されたすずなはその場に立ち尽くしていた。自分の誕生日を透也に教えた覚えはない。バンスクリップが欲しいというのは有架にも話していない。全て知っているのは秀馬だけだ。やはり二人は無関係ではないし、透也は秀馬からすずなについて聞いているようだ。以前携帯で話をしていたのも透也だったのだと確信した。大好きな透也から誕生日プレゼントをもらったとすずなを喜ばせたかったから、バンスクリップのことを伝えたのかもしれない。
じわじわと胸の中が熱くなっていく。透也ではなく秀馬の顔がずっと心の中に浮かんでいた。マンションに帰ると芹奈がバンスクリップを見て目を丸くした。
「あら、お誕生日プレゼント?有架ちゃんから?」
すずなは答えなかった。既に東条秀馬という彼氏がいるのに透也の名前を出したら複雑になってしまう。芹奈と目を合わせずに自分の部屋に入った。それよりも頭の中で飛び交っていることについて考えたかった。
無意識にバッグから携帯を取り出すと秀馬の電話番号を押し耳を当てた。何だ、とぶっきらぼうな口調は相変わらずだ。
「あのね、聞きたいんだけど、あたしって本当に透也くんのことが好きなのかな」
「は?何だよそれ」
「そのままだよ。あたしは透也くんのことが好きなのかなって」
「どうして俺に聞くんだよ。女じゃないんだからわかるわけないだろ」
驚くのは当然だ。いきなりこんな質問をされてすぐに答えられる人なんかいない。
「そうなんだけど、誰にも聞けなくて。でも秀馬になら話しても大丈夫かなって思ったの」
「誰にも聞けない?」
反応したのでもう一度はっきりと言った。
「今まで透也くんっていつも優しくて穏やかで王子様だって信じてたの。でも冷たいところもあって、もしかしたら怖い人なんじゃないかって考えちゃって……」
すぐに凍り付いた返事が飛んできた。
「俺の言った通りだろ。人は平気で裏切るって」
「裏切られたとは思ってないよ。ただちょっとショックなだけ。……それであたしは本当に惚れてるのかなあって不安になっちゃったんだ」
素直に全て吐き出すと、少し黙ってから秀馬は答えた。
「常にいい人って思われたいから仮面被ってるんだろ。人気者になる奴ってその時々で一番最適な仮面を被って嘘ついてたりするんだよ。で、周りはそれに気付かずにだまされて、突然本心がバレて幻滅する。大人気でチヤホヤされてたのにどんどん人が離れていって最後は孤独になるんだ」
秀馬の言う通りだと思っていた。透也が孤独になるのは嫌だが、確かにもう一つの顔を知ってしまい残念な気持ちになっているのは当たっている。
「秀馬ってよくわかってるね。全然人と付き合ってないのに」
「だまされないように気を付けてるからな」
偉そうだったが言い返す気はなかった。ふと透也に出会う前の自分を思い出した。
「……実は、あたし男の子に興味なかったんだ。彼氏なんかいらないって。やっぱりあたしには恋愛なんてできないんだね」
「他にも男はいるだろ」
すかさず秀馬は答えた。驚くほど優しい声だった。
「透也以外にも男はたくさんいるだろ。恋愛は一度きりじゃない」
すずなを励ましているのだと感じた。心の中が暖かくなり、ほっと息を吐いてから呟いた。
「そうだよね。一回で終わりじゃないんだもんね……」
「もっと周りを見てまた新しく誰かと恋愛すればいいだろ。諦めるなんて絶対にもったいねえことすんなよ」
そして電話は切れた。携帯の画面を見つめながら今聞いた言葉を頭に浮かべた。常にいい人と思われたくて透也は仮面を被っている。ということはもしかしたらすずなに向けていた笑顔は全て嘘だったのかもしれない。それに気づかずに有頂天になってはしゃいでいたらバカみたいだ。
よくよく考えるとすずなは透也のことについて何も知らない。ずっとそばにいるのは秀馬だ。秀馬がいるから透也について深く考えないのだ。透也はどうでもいいのに秀馬の心の中が見たくて堪らない。何度泣かされたり振り回されたかわからないし、相性最悪でケンカばかりしているのに、席が離れただけで気持ちがぐらついてしまう。こんな想いになるのはなぜなのか。




