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 ぼんやりと空を眺めていると、とても不思議な気持ちになる。どこかで父と母が見ているようで安心する。何も考えずに自分だけの世界が広がって、完全に無心になれる。秀馬のマンションのベランダで夜に変わっていく空を見ていると後ろから声をかけられた。

「もう中に入れよ。三十分以上経ってるぞ」

 はっと我に返って足元に置いたジョウロを掴んだ。プランターの水やりをしていたのを思い出した。

「うん。……ごめん……」

 下を向いて呟くように言った。透也の話を聞いてから、真っ直ぐ秀馬の目を見られなくなってしまった。

「今日は夜ご飯、作らなくていいんだよね」

 確認すると秀馬はゆっくりと頷いた。

「もうすぐ五時だし、姉ちゃんにどこに行ってたのか怪しまれたらまずいしな」

 頭の中でまた答えの出ない問題を考えていた。透也の言葉を信じてもいいのか。ただ花の水やりをさせるため、ご飯を作らせるためにここに連れてきていると思っていたが、もっと違う理由があったのでは……。

 秀馬がじろりと探る目で顔を見つめてきた。

「お前、何か隠しごとしてねえか」

 ぎくりとして冷や汗が流れた。すぐに首を横に振った。

「どうしてあたしが隠しごとなんかするのよ。変なこと言わないでよ」

 だが動揺しているのはバレバレだ。さらに秀馬は目つきを鋭くする。

「姉ちゃんがアメリカに帰ったら、俺たちも元に戻るんだよな」

「そうだよ。こうして恋人のフリをしてるのは全部お姉ちゃんに喜んでもらうため。愛情なんてこもってないの。あんたみたいな冷血男と付き合う気なんか全然ないし」

 言わなければよかったと後悔した。せっかく距離が縮んだのに、無理矢理遠ざけてしまったと感じた。

「あたし、秀馬が女の子と付き合うようになったらマンションにも行かないしおしゃべりもやめるって決めた。無関係なのに一緒にいたら迷惑だし邪魔でしょ。それに秀馬が他の女の子と仲良くしてるところ見たらショックだし」

 はっとして目を見開いた。つい口走ってしまった。秀馬も驚いている表情に変わっていた。

「ショックって……どうして」

「いや、今までそばにいたのはあたしなのになあっていうか……。好きな女の子には優しくしてあげるんだみたいな。まあ別にどうでもいいんだけど」

 もうぐちゃぐちゃだ。こういう時頭のいい人はうまい言い訳を瞬時に思いつくのだろう。何も考えられず黙っているとがばっと勢いよく腕を掴まれた。そのまま秀馬の胸にもろに当たり抱き付いている格好になった。

「お前って本当にバカだな」

 耳元で秀馬がそっと囁いた。どきどきして全身が熱くなっていく。離れようとしたが秀馬の力が強くて身動きできない。

「俺に優しくしてもらいたいなら、もっと女らしくして勉強もしっかりできないとだめだ。大声で怒鳴り散らしたり子供みたいに泣いたりしてるんじゃまだまだ修行が足りねえよ」

 むっとしたが何も返す言葉が見つからない。じっとしているしかない。

「まあ、そのバカで子供っぽいのがお前のいいところだけどな」

 ぼっと炎が上がるように赤くなった顔を隠すために急いで下を向いた。そうして突然態度を変えられると本当に困る。冷血男ならずっと冷血男のままでいてほしい。透也もいきなり別人になるので驚いてしまう。

 やっと手を放してくれたが、帰りたくないと思っていた。しかし今は芹奈がいるので泊まることはできないし秀馬も迷惑だろう。仕方なく玄関に向かうとからかうように言ってきた。

「女に見てもらえるように努力しろよ」

「いちいちうるさいな」

 嫌味な口調だったが悪い気にはならなかった。むしろ胸の中が暖かくなっていた。いつからこうなったのか自分でもわからない。


 ベッドの中で秀馬が伝えたかったことについて考えてみた。バカというのは、ただ勉強ができないという意味ではないと感じた。すずなが大事なことに気が付いていない、気付いているのに無理矢理否定していると言いたいのか。それなら秀馬が口で話してくれればいいのにと思ってしまう。なぜ回りくどい言葉を使うのだろう。それとも秀馬もすずなと同じく悩んでいるのだろうか。

 秀馬に優しくしてもらうにはかなりの努力が必要らしい。だが透也のように穏やかに笑っている秀馬は見たくないとも思った。冷たくて意地悪だから一緒にいたいのだ。睨んだり怒鳴ったりするのが秀馬のいいところだ。始めからすずなと秀馬はそういう関係なのだろう。




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