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恋人のフリとは言っても、具体的にどんなことをすればいいのか。秀馬に質問してみると、意外にも返事が早かった。
「何もしなくていいだろ。姉ちゃんの前だけなんだから」
確かに芹奈は学校にはいないし、秀馬がマンションに行かなければ会うことはない。
「それもそうだね。じゃあ改めてよろしく」
なぜか心の中にぽっかりと穴が開いていた。何もしないということは、優しくしたり護ってくれたりするわけではないのだ。彼女に対してどんな態度をとるのかと少し期待していたのでがっかりした。
そして彼女でいられるのもたったの二週間だ。誰にも公開せずに十四日間恋人のフリをするなんて、何だか空しくなる。
「姉ちゃんがアメリカに帰ったら、本当に元に戻るんだよな」
「えっ、ああ……まあ……」
曖昧に頷くと探りを入れる目を向けてきた。
「まさか俺と付き合いたいとかバカなこと考えてるんじゃねえだろうな」
すぐにすずなは首を横に振った。
「ふざけないでよ。あたしがあんたみたいな冷血男と恋愛するわけないじゃん。秀馬もバカなこと言わないでよ」
少しむきになっていた。また心の中の穴が広がった気がした。
「それならいいけど。勘違いだけはするなよ」
黙ったまま俯いた。別に何ともないはずなのに、胸が疼いている。この気持ちは何なのか。この想いの名前は何だろう……。
「……秀馬は、もし運命の女の子が現れたらどうする?睨んだり怒鳴ったりしないでしょ」
試しに聞いてみると秀馬はうーんと腕を組んだ。
「まあそれなりに優しい態度をとるように心がける。他の男に取られないように一日中そばに置いておく」
そばに置いておく……。ではいつもとなりにいるすずなはどんな存在なのか。
「ふうん……。あんたの運命の相手はこの世にいるのかな。花の方が興味あるんでしょ。一生独身じゃない?それとも花と結婚する気?」
しかし秀馬は真剣な表情ですずなを見つめた。
「いるし、必ず出会う。もしかしたらもう出会ってるかもしれねえな」
どくんと心臓が跳ねた。どういう意味だろうか。
「えっ、嘘でしょ。秀馬好きな女の子いるの?へえ……誰にもバラさないから名前教えてよ」
わくわくしながら言ってみるとなぜか黙ってしまった。
「いたとしても、絶対お前には言わねえ」
「何でよ。いいじゃない。応援してあげるよ」
自分がとても焦っているのに気が付いた。声が掠れて体が小刻みに震えてしまう。
「うっせえな」
ふいっと横を向くとそのまま歩いて行ってしまった。
残されたすずなはその場に立ち尽くしたまま考えていた。いつか秀馬に恋人が現れて、すずなと別れる日が来るのだ。もし恋人ができてしまったらすずなはそばにいられなくなる。秀馬がいない生活を送れるのか。
何だか元気ないね、と芹奈が心配そうに聞いてきた。
「どうしたの?具合悪いの?」
すずなは下を向いたまま呟いた。
「ちょっと勉強で疲れただけ」
「東条くんとケンカでもしたの?」
ばっと顔を上げた。秀馬の名前が出てくるとは思わなかった。
「ケンカなんかしてないよ」
「そう?寂しそうな顔してるけど」
有架にも同じことを言われた。クラス替えで席が離れて頭が空っぽなすずなを見て、秀馬が好きなのではと聞かれた。
「お姉ちゃんがいるのに寂しいわけないでしょ」
無理矢理笑顔を作ったが芹奈には通用しなかった。
「はっきり言っていいんだよ。お姉ちゃんなんだから」
穏やかな口調に一瞬気持ちがぐらついた。もう少しで全て話すところだった。
「本当に何でもないの。放っておいて」
早口で言うと自分の部屋に逃げた。




