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 すずなの苦手な教科は数学と英語だ。特に数学はかなり苦手だったし、大嫌いだった。英語の能力は芹奈に全て取られてしまい、必ずおかしな文章になってしまう。テストで百点をとったことは一度もない。

 その日は数学の小テストがあった。みんなと同じ勉強をしているのに全くわからず、半分までしか解けなかった。小テストだからと油断していたところもあるが、やはり数学は恐ろしい。

 休み時間になると、そっと東条に聞いてみた。

「今のテスト、全部解けた?すっごく難しかったよね」

 そうだな、と言ってほしかったが、東条はあっさりと答えた。

「普通にできたけど。解けなかったのか?」

「いやいやいや!違うよ!」

 すぐに否定したが嘘なのはバレバレだ。

「えっとね……、あたし、数学と英語めちゃめちゃ弱くって……。お姉ちゃんに取られちゃったから」

「お姉ちゃん?」

 少し驚いた目をした。姉がいたことが意外だったのだろうか。

「うん。アメリカでお仕事してるんだ」

「へえ……」

 関心がなさそうに東条は呟いた。

 男子に自分のことを話したのは初めてだ。東条にどう見られているのか気になった。ただの頭が悪い女子だと思われていたらと不安になった。

 仲良くなるにはもっとお互いを知り合わなければいけない。東条も自分の話をしないかと、どきどきした。

「ねえ、東条くんって怖くない?」

 有架が心配そうに聞いてきた。すずなは、うーん、と首を傾げた。

「確かにちょっと怖いなあとか、とっつきにくいなあとか思ったりするね。いつもとなりにいるけど、未だに何考えてるかわからないし」

「やっぱり……。すずちゃん、大丈夫?」

 困った顔になった有架を見て、すずなは首を横に振った。

「全然大丈夫だよ。最近はよくおしゃべりしてるし」

「ええっ?東条くんとおしゃべり?」

 有架の反応に、すずなも驚いた。

「何かおかしいかな?」

 不思議な気持ちで聞き返すと、緊張した声で有架は答えた。

「おかしいっていうか……、東条くんって話しかけてもちゃんと答えてくれないから、みんな避けてるんだよ。あんまり仲良くなりたくないってよく言ってる。だから、すずちゃん毎日一緒にいて大丈夫かなって心配してたの」

 どきりとした。東条は話しかけても答えてくれない。けれどすずなには返事をしてくれる。これは……これは、東条もすずなと友だちになりたいと思っているからではないか?

 急に胸の中がぱっと明るくなった。目の前がきらきらと輝いた。

「あたし、東条くんと友だちになりたいって思ってるの。もっと仲良くなりたい。いろんな話したい。もっともっと東条くんのことが知りたい」

 期待で胸が熱くなっていく。初めての男友だちができるかもしれない。

「きっと人と付き合うのが苦手なだけだよ。まだちょっとしか一緒にいないから本当のことはわからないけど」

 目を丸くした有架がじっと見つめてきた。

「……すずちゃん、それって東条くんのことが好きだから?」

 すぐにすずなは手を振った。

「違う違う。そういうんじゃなくって。ただのお友だちってことで。あたしが好きなのは透也くんだよ!」

 ふと背後から誰かの目線を感じた。振り向くと東条が真っ直ぐすずなを見ていた。目が合うとすぐにそらしてしまった。もしかして今の話を聞いていたのではないか。東条くんと友だちになりたい。もっと仲良くなりたい。いろんな話をしたい。もっともっと東条くんのことが知りたい……。

 チャイムが鳴り、有架は自分の席に戻っていった。そして東条もすずなのとなりに座った。東条の顔をこっそり見ながら、すずなはどきどきしていた。


 いつも東条と話をする時はすずなの方から話しかけるが、ある日数学の授業ですずなが難しい問題に苦しんでいると、横から声が飛んできた。

「違う。そこはかけるんじゃなくて割るんだよ」

「えっ?」

 突然だったのでどきりとした。東条に見られていることに気が付いていなかった。

「答えがおかしくなるのはここが違うからだよ」

「あ……、そっか……」

 緊張して指が震えてしまう。せっかく教えてくれているのに内容がほとんど頭の中に入ってこない。

「えーっと……割るんだよね?」

「そうだよ。あと、ここも間違ってる」

 東条が指摘したところは、すずながいつもつまずく場所だった。はっきり言って教師より教え方がうまい。そして距離が縮むのを感じて嬉しい。

 授業が終わると、すぐにすずなは東条に言った。

「ありがとう。東条くんのおかげで、もう解き方覚えられた。助かったよ」

「そうか」

 短く答えると目をそらしてしまった。

 どうして教える気になったのか。やはりすずなと親しくなりたいからか。「友だちになりたい」という想いが強くなっていく。この気持ちを言ってしまおうか。東条は何と答えるだろう……。

「ねえ、とう……」

「すずちゃん!」

 すずなの声を遮り、有架が声をかけてきた。にっこりと笑いながら近づいてくる。

「今日の問題、いつもよりすっごく難しかったよね。あたしわからなくて大変だったよ。すずちゃんは?」

「あ、あたしは」

 そこまで言って口を閉ざした。東条に教えてもらったと言うのがもったいないような気がした。なぜか誰にも話したくないと思った。二人だけの秘密にしたかった。

「すずちゃん?」

 もう一度聞いてきたので、すずなは苦笑しながら答えた。

「あたしも難しくって大変だったよ。もうわけがわかんなくて……」

 そっととなりを見ると、いつの間にか東条はいなくなっていた。

 友だちになりたいと伝えたかったのに……。大きなチャンスを逃したと悔しい思いでいっぱいになった。有架に悪気などないのはわかっているが、残念で仕方がない。

 まあ、またチャンスはやってくるだろう。となりの席にいるのだから……。そう自分に言い聞かせて、考えないように決めた。


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