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土曜日の朝、秀馬から電話がかかってきた。必ず出なくてはいけないのでまだ眠っていたかったが携帯を耳に当てた。
「昼頃駅前の喫茶店の前で待ってればいいんだな」
「うん……。迎えに行くから」
「わかった」
短く答えるとすぐに切れてしまった。
平日でも休日でも振り回されてすずなの疲労は限界に近付いている。遅れると文句を言われるのでそのまま起き上がった。部屋から出ると芹奈が一足先に朝食を食べていた。
「あれ、いつもよりやけに早いね」
どきどきしながら口を開いた。
「今日、東条くんが家に来ることになったんだけど……」
「えっ」
驚いてからまた嬉しそうに微笑んだ。瞳がきらきらと輝いている。
「東条くんとお話ししてみたかったの。ちょうどよかった。いつ頃来るの?」
「お昼頃に駅前で待ち合わせしたから、後で連れてくるよ」
秀馬がどんな顔で芹奈を見るのか不安になった。もう任せるしかない。すずなができることは何もないのだ。
喫茶店に向かいながら心臓の鼓動が速くなっていった。まともに会話できるのか怖くて堪らない。もし暴れたりしたら大変だ。秀馬はいつもよりしっかりとした服装で、すずなと同じく緊張しているのがわかった。
「もう一度言う。絶対に怒鳴ったり睨んだりしないで。お姉ちゃんはあんたが血も涙もない奴だって知らないんだから」
「うっせえな」
口調がかなり固い。別に付き合っていないと伝えるだけなのに、どうしてこんな思いになるのか不思議だ。マンションの前に着くと二人で深呼吸した。
「俺たちは付き合ってない、ただのクラスメイトって言えばいいんだよな」
確認するように聞いてきたので、すずなは大きく頷いた。
「お姉ちゃん、東条くん来たよ」
ゆっくりとドアを開けると、すぐに台所から芹奈が出てきた。
「初めまして。すずなの姉の芹奈です。来てくれてありがとう。ゆっくりしていってね」
秀馬は何も言わず小さく首を縦に動かした。
「お邪魔しますって言って」
横でこっそりとすずなが囁くと、消えそうな声で「お邪魔します」と呟いた。
そのまま芹奈に促され二人は居間に向かった。テーブルにはいろんな料理が乗っている。
「好きなものたくさん食べていいからね」
にっこりと笑う芹奈に、すずなも秀馬も返す言葉が見つからない。
「ほらほら早く座って。遠慮なんかいらないからね。だって東条くんは」
「付き合ってません」
真っ直ぐな声で秀馬が話し始めた。
「俺たちはただのクラスメイトです。恋人同士ではありません。勘違いしないでください」
秀馬にしてはよくできたとすずなは感心した。芹奈はきょとんとした顔をした。
「別に恥ずかしがらなくても」
「恥ずかしがってるんじゃないんです。本当に何もないんです」
「お姉ちゃん、信じてよ。あたしと秀……東条くんは無関係なの」
すずなも言った。二人がこう言えば大丈夫だと考えた。
「じゃあお友だち?」
「ただのクラスメイトです」
なぜこんなに面倒なことをしなくてはいけないのかといらいらしているのがひしひしと伝わってくる。
「そう……なの……。じゃあせっかくだから、お付き合いしちゃえば?」
一瞬時が止まった。真っ白な世界に飛んで行った気がした。はっとしてとなりにいる秀馬を見た。
「はあっ?どうして俺がこんな奴と付き合わなきゃいけな……」
「ちょっ……、やめてやめて!黙って!」
叫びながら大急ぎで秀馬の口を塞ぐとあわてて立ち上がり玄関に向かって走った。外に出ると手を放した。
「絶対にだめって言ったでしょ。どうして抑えてられないの」
「付き合えばなんてふざけんなよ!」
「冗談だよ。後であたしから注意しておくから。機嫌直して」
頭を下げると、秀馬はちっと舌打ちした。
「この前も言ったけど、お姉ちゃんはあたしが幸せになってほしいっていつも願ってるの。だから許してあげて」
もう一度言うと、じろりと目を向けてきた。
「バカな奴の姉はもっとバカなんだな」
「バカって……、失礼でしょ!」
しかし無視をして後ろを振り返ると歩き出した。
「待って、まだ終わってないよ。誤解されたままでいいの?」
「お前が一人で何とかしろ。もとはと言えばお前が誕生日にどこかに行きたいって言ったからだろ」
「何それ」
むっとしてすずなは口走ってしまった。
「そうやって酷いことばっかりするなら、お姉ちゃんに実は付き合ってるって言っちゃうから!」
ぴたりと秀馬の足が止まり、顔を向けてきた。睨んでいたが怒鳴りはしない。あまりの衝撃に何も考えられないようだ。すずなはすぐにドアを開けるとマンションの中に逃げ込んだ。




