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目を覚ますと秀馬がテーブルに突っ伏して眠っていた。立ち上がり肩を揺らすとすぐに起きた。
「あ……もう朝か……」
「ちゃんと寝たの?今日も明日もテストだよ?」
「誰かにベッド占領されたんだから仕方ないだろ」
言い返したかったがすずなは頭を下げた。
「助かったよ。一人で帰るの怖かったから。たまには優しいところあるんだよね。ずっとその気持ちで人と接すればいいのに」
じろりと目を向けてきたが冷たいものではなかった。
「じゃあ早く学校に行かないと」
腕を掴まれた。振り返ると秀馬はにやりと笑っていた。
「いや、今日は休みだ」
「えっ、テストあるのに」
「あるから休むんだよ。勉強なんか人生において全く必要ないものばっかりだからな。真面目に受けてる方がバカだ」
すずなの思いと一緒だ。すずなも勉強をするためではなく、有架と透也に会うために学校へ通っている。
「休んでどうするの?どこか行くの?」
見つめると秀馬は首を横に傾げた。
「お前はどこに行きたい?」
「えっ?そんなこと急に聞かれても」
戸惑ったがすぐに答えは見つかった。
「……とりあえず外に出たいかな」
一刻も早くこの部屋から逃げ出したかった。マンションに帰ってもう一度お風呂に入りたい。
「俺も外に出たい。この部屋にいると気分が悪くなってくる」
それは自分の帰るべき場所が佐伯家だからではないか。なぜ屋敷に帰らないのか。幼い透也と共に写っている母親を思い出した。とても綺麗な女性で優しい瞳をしていた。息子を見捨てるような残酷な性格には見えなかった。絶対に何か事情があったはずだ。
「お前、両親が死んじまったんだよな」
はっと我に返り、うん、と小さく頷いた。
「二歳の時にね。たった二年間しか一緒にいられなかった。甘えることもできなかったよ。だって死んじゃったんだから」
しかし自分の周りには愛する人がたくさんいて、しっかりと繋がっている。みんなすずなを想ってくれて優しい。
「俺はお前が羨ましいな」
「えっ、どうして……」
驚いて目を見開くと、秀馬はきっぱりと言い切った。
「親がいなくなれば完全に一人になれる。誰とも繋がらなくていいし、他人にうんざりしたり迷惑かけられたりしなくて済む」
すずなの体がまた熱くなったが、心の中はしんと静まり返っていた。そのすずなを見て秀馬は意外そうな表情になった。
「何だよ。ついこの間は鬼みたいな顔で怒鳴りつけてきたのに」
だが動揺せずにすずなは言った。
「好きにすれば」
「は?」
「一人で生きていけるなら、そうやって生きていけばいい。あたし、もうあんたと付き合ってられない。もうここには来ない」
バッグを掴み玄関に向かった。すぐに秀馬の手が伸びてきた。
「ふざけんなよ。花の片付けしろって……」
「じゃあ嘘つくのやめて」
上目遣いで秀馬を見つめた。固い口調ではっきりともう一度言った。
「お前には関係ないって言うの禁止。秀馬くんがこのまま黙ってるなら、あたしも片付けない」
とっさに思いついた。これなら秀馬の心の中が開けるかもしれない。
「いいよ、来なくて」
秀馬は即答した。驚いてすずなはどきりとした。
「ちょっと待ってよ。片付けしてほしいんじゃないの?」
「お前が来なくても別にいい」
「そうじゃなくて……」
ということは秀馬の話は聞けずこの部屋にも来れなくなってしまう。こうなるとは予想していなかった。それほど秀馬の心の壁は固いのか。
「その変な妄想する性格治した方がいいぞ」
「じゃあ秀馬くんも秘密主義やめなよ」
透也にも同じことを言った。いつものように不機嫌な顔に変わった。
「嘘なんかついてないしごまかしてもいない。俺もあいつも兄弟じゃないって言ってるのにどうして納得しないんだよ」
すずなは口を閉ざし俯いた。確かにその通りだ。秀馬も透也も兄弟なんかいないと言っているのだ。
「……わかった。もう秀馬くんと透也くんが兄弟だって決めつけるのやめる」
ふっと秀馬は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「そうだよ。始めからそう言えばよかったんだよ」
心の中が黒いもやで覆われた。何も言わずにドアを開け外に出た。




