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 数学の授業が終わる直前に、教師が悪魔の囁きともいえる言葉を言った。明日と明後日、テストが二日続けであるというのだ。すずなは体から血の気が引いていくのを感じた。花を育てていてテスト勉強などできない。

「すずちゃん、一緒に勉強しよう」

 有架に誘われたが頭を下げた。

「ごめん。バイトで忙しくって」

「そのバイトって何なの?」

 有架は探る目で見つめてきた。すぐにすずなは答えた。

「いや……ちょっと変わってて」

「お手伝いできない?」

 だがすずなは頭を横に振った。絶対に誰にもバレてはいけないのだ。

「有架には無理なの」

「どうして?あたしだって頑張れば……」

 口を閉ざし俯いた。これ以上言っても無駄だと考えたのだろう。有架と一緒にいられたらどれだけ気楽だろうとすずなも俯いた。

 いつものようにマンションに行き奥の部屋のドアを開けると、秀馬が腕を掴んできた。

「今日はいい」

「えっ?いいの?」

「テスト勉強の方が大事だからな。また酷い点とらないように教えてやるよ」

 時々優しくなるこの感情は何なのだろうか。秀馬と向かい合わせに座ると教科書やノートを広げた。

「途中で一人でやれとか見捨てないでよ」

「あれはお前が余計な話してきたからだろ」

 すずなは聞こえなかったフリをしてペンを動かした。教え方はとても厳しいがやはりわかりやすい説明で、何とか終わらせた。

「秀馬くんはやらなくていいの?」

 聞くとぶっきらぼうな答えが返ってきた。

「どっかの誰かとは出来が違うんでね」

 むっとしたが言い返さなかった。時計を見上げると九時を過ぎていた。夢中だったので時間が経つのを忘れていた。

「どうしよう。一人で帰れるかな……」

 呟くと秀馬も失敗したという表情になった。

「さすがにこんな時間で外うろうろするのは危ないかもな」

 ふっと小さく息を吐いてから決意したように固い口調で言った。

「ここに泊まるしかねえか」

 どきりとした。以前佐伯家に泊まったことがあったが、あの時は広かったしベッドもたくさんあった。しかしマンションは狭くベッドは一つしかない。

「そうするとどっちかが床で寝ることになるよ」

 すぐに秀馬は答えた。

「俺が床で寝る。というか、寝ないで起きてる」

「起きてる?明日辛いよ。テストあるし」

「慣れてるからいい」

 どういう意味だろう。何度も徹夜をしているということか。

「……じゃあベッドで寝かせてもらうね」

 そう言うと秀馬はゆっくりと頷いた。

 風呂はジャンケンで決めすずなが先に入った。制服を脱ぎながら同い年の男子の部屋にこうして泊まっていいのかと考えていた。透也の時はなぜ思わなかったのかも不思議だ。好きな人と嫌いな人と過ごす夜はかなりの差があるからかもしれない。

 秀馬は女の子には興味がなくすずなを嫌っているし、おかしなことなど何もないのはわかっているのに緊張してしまう。それにベッドを使うと言ったはいいが、いつも秀馬が眠っている場所に安心して横たわれるか。どくどくと鼓動が速くなり無意識に体をごしごし洗った。万が一に備えて清い状態にしておいた方がいい。頭の中は「取り返しのつかないこと」でいっぱいだった。自分のものにしたいなら口ではなく体で伝える。取り返しのつかないことをしても幸せだと思える人が運命の相手。すずなはその運命の相手は透也だと信じているが、なぜかもやもやしている。

 のぼせないうちに風呂から出ると、秀馬は椅子に座っていつもの英文の本を読んでいた。

「お、出たか」

「気持ちよかった。ちょっと入り過ぎちゃった」

「そうだな。顔真っ赤だし」

 両手で頬に触れた。風呂の熱さだけではないのは絶対に言えない。

「俺も入ってくる」

 うん、と頷くと秀馬は立ち上がった。後ろ姿を見ながら、同い年の女の子と同じ部屋で眠ることについて秀馬はどう思っているのか想像していた。全く動じていないのはすずなを女だと見ていないからだろうか。秀馬が手に入れたい女の子はどんな子だろう。あの冷血男を本気にさせるなんて魔法でも使わない限り無理だ。

 ベッドの上に座ってみると、とても柔らかかった。枕もふわふわだ。今夜ここに眠るのだともう一度恥ずかしくなった。

「何ぼけっとしてんだ」

 声をかけられ飛び上がりそうになった。もう出たのかと驚いた。

「やっぱりあたしが床に寝るよ」

「ベッドがいいって顔に書いてあるぞ」

 急に秀馬がにやりと笑った。

「もしかして襲われるとか心配してんのか」

「してないよ。バカじゃないの」

「それならいいけど。俺が好きなのは女じゃなくて花だし、お前のこと女だって思ってないし」

 緊張の糸が緩んだ。この男はこういう性格だったと改めて考え直した。

「そろそろ眠った方がいいんじゃねえか」

 時計を見ると、もう十一時だった。あわてて布団に潜り込み秀馬を見つめた。

「じゃ、おやすみ」

 それだけ言うと目を閉じた。


 

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