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秀馬をちらりと見ながら小さく深呼吸した。電話をしていたところを見てしまったのをバレてはいけない。
「ちょっと、あたしの話聞いてくれない?」
すぐに秀馬は目を向けてきた。もう一度深呼吸をしてから口を開いた。
「あたしの両親の話。言ってなかったよね。お父さんとお母さんが死んじゃったってこと」
ぐっと拳を固め、動揺してしまいそうな気持ちをしっかりと支えた。
「まだあたしが二歳の時に、事故で死んじゃったの。だから今生きてる家族はお姉ちゃんだけなの」
秀馬は微動だにしない。だが何か言われるよりは黙ってくれた方がいい。
「声も覚えてない。顔だって写真でしか見たことない。育ててくれたのは叔父さんと叔母さん。小学生になるまで、あたしはずっとその二人が本当の親だって思い込んでた。でもお姉ちゃんから本当のことを聞いて、すっごくショックだったよ。まさか死んじゃって二度と会えないなんてって信じられなかった」
まだ秀馬は口を開かない。すずなは続けた。
「もうこの世で独りきりなんだって泣いてたよ。孤独なんだって悲しかった。だけど間違いだった。可愛がってくれた叔父さんも叔母さんもいるし、優しいお姉ちゃんもいる。両親がいなくたってあたしはいろんな人たちと繋がってるんだなって気が付いたの。だから人は一人きりで生きていけないって言ってるのよ」
心の中の言葉を全て吐き出した。そして秀馬をじっと見つめた。
「秀馬くんは、ちゃんと家族が生きてるんでしょ。言っておくけどあたしより秀馬くんの方が幸せな人生歩んでるよ。自分は邪魔な奴とか、どうして後ろ向きにしか考えられないの?家から追い出されたとしてもちゃんと家族が生きてるなんて、あたし羨ましいよ」
「じゃあ母親に会いに行けって?」
尖った口調でようやく秀馬は言った。
「今さら会えるわけないだろ。向こうだって嫌だろうし」
「子供と会いたくない母親なんかいないよ。お腹を痛めて産んだ子が可愛くないなんて絶対にありえないよ」
無視をして秀馬は後ろを振り返り、奥の部屋のドアを開けた。植木鉢は転がり花びらが散乱している。すずなが荒らしたまま手を付けてないようだ。どうすることもできなくて放置しているのだろう。
「これ、お前が片付けろよ」
「えっ」
「当然だろ。お前がやったことをどうして俺が片付けなきゃいけないんだ」
焦ってすずなは立ち上がった。
「待ってよ、片付けなんかできないよ。困る……」
がんっと大きな音が聞こえた。秀馬が壁を踵で強く蹴ったのだ。どくんと心臓が跳ねた。秀馬の楽しみは花を育てることだけだ。それをすずなに壊されたのだから怒りは相当なものだろう。
「ご……ごめん……」
「そうやってごめんの一言で全部丸く収まるって思ってるのがイラつくんだよ。完全に元に戻るまでここに通えよ」
すずなも悪いがあまりにも酷い話だ。氷のような冷や汗が流れていく。
「でもあたし元の部屋がどんなだったかわからないよ」
「それは俺が見る。お前はただ花を咲かせる努力をしろ」
何と気が遠くなる……。すずなの全身から力が抜けていった。それほどの覚悟がないと、この男と繋がるのは無理だということだ。
毎日学校が終わるとすぐに秀馬のマンションに向かった。部屋の掃除をして花の種を植木鉢にまき観察した。花を育てた経験がなかったため、秀馬に口を出されながら頑張った。
「いつ頃芽が出るんだろ……」
独り言を漏らすと秀馬が話しかけてきた。
「綺麗に咲くまで来てもらうからな」
「わかってるよ」
もう泣くことはほとんどなくなった。さらに透也の名前も出なくなった。そんな話をしている暇などないからだ。しかしまだ心の中には質問したいことが山ほどあった。聞いても嫌な顔をされるだけで答えは返って来ないのが既にわかっているので、あえて口に出さないようにした。なぜ秀馬も透也も自分について一切言わないのだろうか。頑なに隠す理由がわからない。
そして我が子を家から追い出した母親にも会ってみたかった。本当に一人で生きていけると言ったのか、邪魔な奴だったのかと直接聞きたかった。絶対に何か事情があったに違いない。
すずなの両親が亡くなっていると知って、秀馬はどう感じたのか。家族が生きているのがどれほど幸せなのか気付いてほしかった。




