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腹が減ったと秀馬がまたしてもわがままを言ってきたので、二人は食事をとることになった。
「もしかして、あたしが作るの?」
驚いて聞くと、こくりと秀馬は頷いた。
「お前、料理できるだろ」
完全にすずなを客人として扱っていないのがわかった。
「食べたいものとかある?」
「七草がゆが食いたい」
「えっ」
「七草がゆだよ。お前、おかゆ作れるだろ」
すずなは秀馬が風邪をひいた時を思い出した。初めての割にはうまくできたのを覚えている。
「でも七草がゆって、お祝いの日に食べるものだよね」
そう言うと秀馬は不機嫌そうな表情になった。
「別にいつ食ったっていいだろ。食っちゃいけないルールでもあるのか」
「いや、ないけど」
何となく秀馬は味が濃くて辛い中華料理などが好きな気がした。まさか七草がゆが出てくるとはかなり驚きだ。
「じゃあ材料買ってこないとだめだね」
すずなはバッグから携帯を取り出し、七草がゆの作り方を検索した。
大きめのスーパーに行き、ぶらぶらと歩いた。レシピで材料を選んでいると、後ろにいたはずの秀馬の姿が消えていた。あわてて探しに行くと、惣菜売り場で商品を見ている秀馬に声をかけた。
「勝手にどこかに行かないでよ。何見てるの?」
秀馬は俯いたまま答えた。
「一応こういうのも買っておいた方がいいと思って。失敗した時のために」
「そんなもの買わなくても、ちゃんと作るよ」
「どうかな。信じられねえな」
嫌味な態度で気分が悪い。この男の頭の中には、どれほど人を不快にさせる言葉が浮かんでいるのだろう。
「それに、そういうのって体に悪いんだよ。この前あたしにろくなもの食べてないって言ってたけど、それは秀馬くんの方でしょ。お弁当ばっかり食べてるんじゃないの?」
「食べてない。栄養失調になるだろ」
「じゃあ誰かに作ってもらってるの?」
だが秀馬は答えない。いつもと同じように不愛想な言葉が返ってきた。
「俺がどんな食事してようがどうだっていいだろ」
「病気になってからじゃ遅いよ。もしあたしでよければ作りに行こうか?」
「えっ」
目を丸くした秀馬を見つめ、もう一度言った。
「学校の帰りにマンションに寄って、ご飯作ってあげようか?」
「でも部屋に入るところを誰かに見られたらどうすんだよ」
「見られないように気を付けるよ。それにあんまりマンションの周り、人通らないでしょ」
秀馬は俯いて何か考えたが、すぐに顔を上げた。
「言っておくけど、金なんかやらねえからな」
「わかってるよ。あたしがやりたいからそう言ってるだけ」
はっきりとした口調で言うと、ようやく秀馬は首を縦に振った。
「変なもん食わせるなよ」
「うるさいっ」
睨むと秀馬はにやりと笑った。
学校が終わったら秀馬のマンションに行き、夕食を作ってから自宅に帰る。ただし時間が遅くなったりする時はそのまま帰宅する、と約束した。給料などは一切なくボランティアという感じだ。とりあえず一緒にいる時間が増えたのはよかった。
「おいしくできてる?」
七草がゆを食べている秀馬に質問してみた。
「まずくはないけどうまくもない」
以前と同じだ。むっとしながらすずなは言った。
「少しは嬉しくなるような言葉聞きたいんだけどな」
すると秀馬は手を止め固まった。心配になって顔を覗き込むと、独り言のように答えた。
「まあ……今まで食ってたものと比べればうまいな」
今まで食べていたものは何だろうか。お弁当のことだろうか。
「秀馬くん、自分で料理しようとか思わないの?あたし、ずっとお姉ちゃんがご飯担当でまだ全然できないけど、成功するとやってよかったって気になるよ」
そういえば透也は一人暮らしになった時のために勉強していると言っていた。秀馬だって覚えれば作れるはずだ。
「そういうの面倒なんだよ。絶対やりたくない」
「始める前から諦めちゃだめだよ。それに」
じっと秀馬を見つめながら続けた。
「そんなんじゃ、一人で生きていけないよ?」
皮肉交じりに言うと、予想通り不機嫌な顔になった。
「うるせえ。調子に乗んな」
「いいじゃない。これからお世話になる人に失礼だよ」
ふふんとすずなが笑うと、秀馬は横を向いた。




