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 秀馬がとなりに座る日々が再び始まった。いつも通り冷血男で、何だかもうそれが当たり前になっていた。

「あたしに何か言うことない?」

 聞くと秀馬は首を傾げた。

「特に思いつかねえけど」

 どれだけ礼儀がなっていない人なのか。結局会えなかったが、秀馬の家族はどんな人たちなのだろう。「あんな親」と言っていたがすずなには想像できなかった。だが別に会いたいわけではないので、すぐに考えるのをやめにした。

 この男がいなければ、もう透也と仲良くなれていた気がする。はあ、とため息を吐きとなりで本を読んでいる秀馬の横顔を見た。やはり誰かと似ている。特にこの瞳が……。

「人の顔じろじろ見んのが好きなのか」

 嫌味っぽく言われたが、すずなは見つめ続けた。

「好きじゃないよ。ただ、あんたにそっくりな人を見たことがあるなあって気になっちゃって」

 ふうん、と関心がなさそうに呟くと、また本に目を落とした。

「すっごく言いたくないんだけど、けっこう秀馬くんってかっこいいよね」

「は?かっこいい?俺が?」

「性格は悪魔みたいだけどね。せっかくいい姿で生まれたなら、もうちょっと他人と関わろうとか考えたらどうなの?そんなんじゃ恋人も見つからないよ」

 すぐに秀馬は首を横に振った。

「だからこの前言っただろ。本当に自分のものにしたいなら、口じゃなくて体で伝えろって。俺にはまだ取り返しのつかないことしてもいい女が現れてないんだよ。言っておくけどお前みたいにバカでチビな女は嫌いだからな」

「なに自惚れてんの。あたしだって、あんたみたいな冷血男と恋愛したくないわよ」

 そう。恋愛をしたいのは透也なのだと信じている。この男と離れて、王子様な透也と仲良くなりたい。もちろん彼女になれる可能性はないに等しいが。

 となりでにやりと笑っている秀馬に気が付いた。

「お前、俺のことかっこいいとか思ってんのか。悪いけど全然嬉しくねえな。ああそうですかって感じ」

 すずなはぎろりと睨みつけた。やっぱりこいつとは相性最悪だ……。まだ本性を知らない時、意識してしまったことが悔しくて仕方がない。

 とりあえずその話は置いておき、すずながやるべきことは新しく携帯を買うことだった。秀馬に壊されてもう一カ月以上経つ。本当は秀馬に金を出してもらいたかったが、仕方なく自腹を切った。学校帰りに電気屋に向かった。有架が使っているものが便利そうなので、デザインなどをいろいろと決めていると、ふいに視界の端に何かが映った。無意識に振り返ると透也が立っていた。常に人に囲まれている透也が一人きりで立っている。心臓の鼓動が速くなっていく。近づける絶好のチャンスだと確信した。見逃すわけにはいかない。

 だが突然会ったこともないすずなが話しかけてもいいのだろうか。こっちは何年も前から惚れている憧れの人だが、透也は名前も知らない赤の他人だ。馴れ馴れしくしたら嫌われたり、変人だと思われてしまうかもしれない。それにどうして自分のことを知っているか聞かれたらどう答えたらいいのだろう。

 迷っていると、透也は歩き出した。あわててすずなも後を追った。

 

 これは尾行ではないと言い聞かせながら、透也についていった。ただタイミングを待っているだけ。怪しい気持ちなど一つもない。幸いなことに透也はすずなには気が付いておらず、背後を振り返る気配はなかった。向かっている場所は、古い日本家屋が並んでいる住宅地だった。お金持ちしか住んでいないような大きな屋敷が建っている。そしてどの家も高級感で溢れていた。透也はお金持ちの息子と有架は言っていた。こんな場所で生まれ育ち、今でも住んでいるのが信じられない。完璧な人は何もかもが素晴らしいのだ。この住宅地の中に佐伯家があると思うと、期待で胸が熱くなる。自分だけが透也の実家を知っているという優越感に浸れるのだ。

 もう少し距離を縮めようとした時、ぐいっと肩を掴まれた。振り返ると、案の定秀馬が見下ろしていた。

「あ、あんた……」

「どうしてここにいるんだよ」

 もちろん正直に答えることなどできない。透也の後を追いかけて、佐伯家をこっそり見ようとしていたなんて知られたら大変だ。

「ちょっと散歩に……」

「散歩?こんなところでか」

 嘘だとバレバレだ。しかし事実を隠し通さなくてはいけなかった。

「別にどうだっていいでしょ。綺麗なお屋敷が並んでたから来てみたの」

 そっと前を見ると透也の姿が消えていた。があああん……という音が聞こえてきた。せっかくのチャンスを台無しにされてしまった。

「あんたのせいで、透也くんがいなくなっちゃったじゃない!」

 思わず叫んでしまい、しまったと手で口を塞いだ。

「トウヤ?親戚の?」

 ぐるぐると頭の中で答えを探した。

「違う。……友だちのトウヤくん……」

 動揺するすずなを見て、面白そうに笑った。

「お前の周りには、トウヤっていう名前の男がたくさんいるんだな」

 返す言葉が見つからず、すずなが立ち尽くしていると、秀馬は足早にその場から離れた。

 

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