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 考えないようにしていても、秀馬の風邪が気になって仕方がない。学校の宿題はもちろん、テレビも観ず食欲も沸かず、ベッドに横になった。正確な体温は計っていないが、どう見てもしんどそうだった。熱だけではないとも思えた。とても外に出られる状態ではなかった。

 そして何より不思議なのが、あの花の植木鉢だった。男子高校生の部屋に、花の植木鉢がたくさん置いてあるということが想像できなかった。それとも、意外と花を育てるのは流行なのだろうか。自分が弱っていても花の水やりを優先するのもおかしい気がする。そんなに花が大切なのか。

 家族がいないというのも変だ。国内に住んでいないから「いない」と言ったのだろうか。しかしいくら聞いても「関係ない」の一言で終わるのは目に見えている。

 ゆっくりと起き上がると、また明日も秀馬のマンションに行くと決めた。絶対に面倒くさがられるのはわかっているが、気が済まなかった。

 放課後有架に先に帰ることを伝えてから、スーパーでおかゆの材料を買い薬局で風邪薬を買った。急いでマンションに行きインターホンを押すと、しばらくしてから不機嫌そうな声が聞こえた。門前払いをされると思っていたが、意外にもドアを開けてくれた。

「薬買ってきた。あと、おかゆ作るから」

 強引に中に入ると、真っ直ぐ台所に向かった。

「何で来たんだよ。俺のことなんかどうだっていいだろ」

 横たわったまま秀馬が言ってきたが、無視をして手を動かした。実は料理は苦手で、おかゆを作るのも初めてだった。しかしやるしかない。

 時間をかけてようやくおかゆはできた。ベッドのそばに持っていくと、既に秀馬は起き上がっていた。

「頑張って作ったんだから、ちゃんと最後まで食べてよ。残されても困るし。これ食べたら薬飲めるからね」

 秀馬はじっと黙って何か考えていた。すずながどきどきして待っていると、ゆっくりと食べ始めた。素直に食べてくれたのが嬉しくて、達成感が心に溢れていた。

「おいしい……?」

 そう言うと、秀馬は手を止めた。

「まずくないけど、うまくもねえな」

「ひっど!ありがとうとか言えないの?」

 聞こえなかったフリをして、秀馬はまたおかゆを食べた。

 皿が空になると、いつもすずながお世話になっている風邪薬を飲ませた。

「この薬なら、もう明日から学校行けるよ」

 秀馬はにやりと笑い、嫌味な口調で言った。

「俺はお前みたいに単純にできてないんでね。もう少し休まなきゃいけねえな」

「じゃあ、完全によくなるまで、またここに来るから」

「もう放っておいてくれ。これでまた仲良くなれたとか誤解されたら面倒だし」

「そんなこと思わないよ。大っ嫌いって言ったでしょ」

「ならいいけど」

 すずなは小さく息を吐きながら、自分は何てお人好しなのだろうと後悔していた。この男のためにいろいろとやってしまって、本当にバカみたいじゃないか。

「あんたって、小さい頃からそうなの?一人で生きていけるって信じてるの?あたし、あんたの親見てみたいわ……」

 独り言のように呟くと、秀馬は手のひらで目を押さえながら答えた。

「親なんかいねえよ。あんなの親じゃねえ」

 また心臓がどくんと跳ねた。鼓動が速くなっていく。

「親じゃないって……」

 きっと言うだけ無駄だと思い、すずなは聞くのを中断した。

 あんなの、とはどういう意味なのだろう。まさか暴力でも振るわれていたのか。そうだとしたら悲しすぎる。

「……お花、見てもいい?」

 奥の部屋を見ながら言うと、「散らかすなよ」というぶっきらぼうな答えが返ってきた。

 ドアを開けると、植木鉢の花を一つ一つ観察してみた。亡くなった母も花が好きだった。すずなと芹奈は春の七草から取ったものだから、植物全てが好きだったんだろう。

 こうして様々な花に囲まれていると、不思議な気分になる。まるで自分も花になったような錯覚に陥る。ぼうっとしていると眠くなってきた。座った状態でうつらうつらしていると、秀馬に肩を叩かれた。

「寝るんだったら、自分の家で寝ろよ」

「ああ、うん……」

 そっと立ち上がりよろけてしまった。近くにあったテーブルの角に頭をぶつけそうになったが、秀馬が支えてくれた。

「危ねえな。気をつけろよ」

「ご、ごめん」

 そういえば図書館で脚立から倒れそうになった時も助けてくれたのを思い出した。あの時は秀馬がこんなにも性格が歪んでいる冷血男だと夢にも思っていなかった。

 しっかりと床に足をつけ、真っ直ぐ前を向いた。その時あることに気が付いた。秀馬に女だと思われていないと言われたが、実はすずなも秀馬を男だと思っていなかった。確かにあてはまる言葉が見つからない。自分にとって秀馬はどんな存在なのだろう。

 すずなが考えていると、秀馬が見下ろしながら言ってきた。

「お前、背低すぎだな。小学生みたいだ」

「酷い!背が低いのは認めるけど、小学生はないでしょ!それに、女の子は背が低い方が可愛いって」

「世の中の男はそう思ってるらしいけど、俺はチビな女は嫌いだな」

 悔しくなった。昔からすずなは背が低いのが悩みだった。牛乳を飲んでも運動しても、やはり体つきは自由に変えられない。

「背なんかどうだっていいじゃん。秀馬くんが無駄にデカいだけでしょ」

「無駄って何だよ」

 まだ薬を飲んで一時間ほどしか経っていないのに、すっかり元気になっている。ずっと風邪をひいたままにしておけばよかったと小さく嘆いた。

「あたし、もう帰るっ」

 くるりと後ろを振り返り玄関に向かうと、すぐに外に出た。やはりこの男は嫌な奴だと改めて思っていた。


 


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