15
「ねえ、有架は好きな男の子っている?透也くん以外で」
喫茶店でお茶を飲みながら、すずなは質問してみた。有架は同じ女だし、一番親しい友人だ。何だって聞いたりできる。
有架は目を丸くした後、首を横に振った。
「いないなあ……。やっぱり透也くんが大事だから」
「だよねえ。透也くんに勝てる男の子なんていないよね」
背もたれに寄りかかりながら呟くと、有架が聞き返した。
「もしかしてすずちゃん、好きな男の子ができたの?東条くん?」
期待しているような笑みだった。そういえば有架は秀馬の本性を知らない。まだいい人だと勘違いしている。
「東条くんじゃないよ。未だに友だちになってくれないしね。もうしょうがないから、東条くんと繋がるのは諦める」
苦笑しながら手を振ると、有架は残念そうな顔をした。
「せっかくとなり同士になれたのに。すずちゃんだって、東条くんと仲良くなりたいって言ってたじゃない」
「だけど、やっぱり男の子って何考えてるかわかんないし……。ついていけないっていうか」
そっか、と有架は俯いた。もしかしたらすずなが秀馬と友だちになれば、自分も仲良くなれると思っていたのかもしれない。そうだとしたら悪いことをしてしまった。
「そういえば、まだすずちゃん知らないよね?透也くんのお家のこと」
「えっ?」
すずなが身を乗り出すと、有架は頷いてから口を開いた。
「透也くんって、お金持ちのお家の息子なんだって。お父さんは海外で暮らしてて、お母さんはとっても綺麗でおしゃれで品があって、お嬢様なんだって」
「うわあっ、お嬢様!会ってみたい!」
透也の素晴らしさが改めて感じられた。この世にお嬢様がいることにも驚いていた。
「あたしも!でも、すっごく難しいだろうけどね。名前も顔もお家もわからないんだから」
だよね、と言ってすずなは目を閉じた。
……いつか、一度でいいからそのお家を見てみたい。大好きな透也が生まれ育ち、今もそこに住んでいる場所。奇跡でも起きない限り、見つけることはできないが……。王子と繋がれるのは選ばれた人しか許されない。
それからちょうど一週間後、秀馬が学校を休んだ。理由は体調不良だ。きっとろくなものを食べていないからだと思っていたが、普通の風邪のようだ。となりの席ということで、担任からノートやファイルが入っている紙袋と、秀馬の住んでいる住所のメモを渡された。
「じゃあ、よろしくね」
担任の顔を見ながら、すずなはうんざりしていた。なぜあの男のためにわざわざ面倒な仕事をさせられなくてはいけないのか。透也の家だったら喜んで行くが、秀馬はお断りしたかった。しかし頼まれたのだから行くしかない。メモを見ながら、秀馬の家を探した。近い場所にある新しいマンションだった。すずなの住んでいるマンションは古いので、少し悔しくなった。
一歩進む度に緊張の糸が絡んでいく。秀馬の家族はどんな人なのだろう。あの男と同じように血も涙もない人たちだったら……。不安で冷や汗が滲む。
だが首を振ってその思いを消した。別に玄関の前で紙袋を渡して、お大事にと伝えるだけだ。たった一分ほどで全て終わるのだから暗くなってはいけない。怖がる必要などない。自分に強く言い聞かせると、エレベーターに乗り込んだ。
七階の一番右端のドアに「東条」と書かれた小さな表札が貼られていた。このドアの向こうに奴がいる。深呼吸してからインターホンを震える指で押した。風邪といっていたがどれくらい酷いのか。起き上がれないほど苦しんでいたら……。
しかし誰の声も聞こえない。もう一度押してみたが反応がない。まさか部屋を間違えたのだろうか。そうだとしたら自分はどこへ行けばいいのだろう。どくんどくんと心臓が激しく鳴る。学校に引き返し、また住所を確認すればいいのはわかっているが、動揺で足が動いてくれない。
石像のように立ち尽くしていると、背後から目線を感じた。ゆっくりと振り向くと、不審者を見るような目で秀馬が見つめていた。風邪をひいているのに外に出ているとは思いつかなかった。
「……これ、学校のノートとファイル。持ってきたんだけど」
すずなが恐る恐る手を前に出すと、無言で受け取った。
「秀馬くん、風邪ひいてるのに、外に出ちゃだめだよ。大丈夫なの?」
「大丈夫だから出たんだよ」
ぶっきらぼうな返事が飛んできた。
「部屋にいた方がいいよ。もっと酷くなるよ」
「うるせえな。もう用が済んだんだから、さっさと帰れよ」
むっとした。せっかく心配しているのに、その態度は失礼すぎだ。ありがとうの一言も言えないのか。
「ちょっと、あんたねえ……」
突然秀馬はしゃがみ込んだ。はあはあと荒い息をしている。顔が真っ青だ。
「ど……どうしたの?」
あわててすずなもしゃがみ、背中をさすった。
「き、気持ち悪いの?」
「うるせえ。早く帰れって言ってんだろ」
さらに苦しそうな息づかいになった。
焦りと迷いがすずなの体に駆け巡った。今自分が何をすればいいのかという疑問で、すずなも具合が悪くなりそうだった。
「へ……部屋入ろう!とりあえず!鍵どこにあるの?」
思わず叫んでいた。秀馬は諦めたように項垂れると、持っていた鞄から震える指で鍵を取り出した。