一ノ瀬 勇太[三日目]
明朝、俺は震える手で牌を捨てた。
「ロン。国士無双です♪」
震えているのは確かに徹マンで眠さがピークと言うのもあるが何よりも…
「一ノ瀬さん。これで約一億の借金ですよ♪」
宮里さんの驚異的な強さにあった。
異常と言うしか無い。
今までさまざまな奴と雀荘で戦い負かし負かされたがここまで圧倒的な強さの人間は初めてみた。その異常者は当初の元気のまま今もジャラジャラと無邪気にかき混ぜていた。
しかしジャラジャラとかき混ぜているとピピピと電子音が流れた。
宮里さんは音を発している時計を止めると俺達を見つめて残念そうなしかし満足した顔をしていた。
「あら残念です。それではそろそろご飯の準備しますね?」
そう言うと宮里さんは席を立ち上がりキッチンへと向かった。
宮里さんが居なくなりいつの間にか張りつめていた空気が緩和した。
「分かりましたかな?宮里さんの怖さが…」
「ええ…痛いほど、と言うか半ばトラウマになりそうです」
「それより一ノ瀬くん、どうすんの?」
「はい?」
「私達は若い子から取らないと言うより可哀想だから取らないけど宮里さんに負け分、一億あるわよ?」
確かにきついが俺に払え無い事は無い金額だった。
俺は場違いと思われようが遊杏島に来れるほどは金はあるなのだ。
「いえ皆さんの分も払いますよ」
「…そう。まぁ良いわ。私は少し自分の部屋で寝てくる」
「私もそうさせてもらいますかな…」
さすがに疲れたのか二人ともよろよろと歩きながら部屋を出ていった。
俺も雀牌とマットを片付けると裏庭に向かった。
裏庭に続く扉を開けると暖かく清々しい空気が俺を撫でた。
俺はその気持ち良さに誘われるまま縁側にある長椅子に座った。
そのまま目を閉じると暖かく清々しい風に運ばれてくる海の香りと森のざわめきが先程の疲れを癒してくれた。
そんな中、がさがさと草を掻き分ける音が聞こえた。
目を開くと神住森に消えて行く尻尾が見えた。
俺は急いで長椅子から立ち上がると神住森の入り口まで歩み寄った。
近くで見ると神住森は威厳を出し俺を威圧的に見下ろしている。
神住森に耳を澄ませてみるとやはり何モノかが草を掻き分ける音が聞こえた。
威圧的な神住森による恐怖が俺の全身を駆け巡った。
だが…もしもあの尻尾の持ち主が山田さんならバレないように連れ戻さなければ近い内に宮里さんによる犬鍋が…
しかし『…だから神罰を森に置いて行ったのです。
立ち入る者と立ち入る者が出会った者全てに掛かる神罰を…』と言う宮里さんの声を思い出した。
草を掻き分ける音が止んで俺は神住森に踏み込んでいた。
きっと最初の一歩だけは山田さんを想っての一歩だったはずだ。
その後の歩みは間違いなく俺の好奇心に違いない。
神住森は草が高くまで伸びている以外は至って普通の森で変わった所はなかった。
草が揺れる所を探していたがなかなか見つからず俺は草が他に比べたら低くなっている神住森のたぶん真ん中に着いて周りを見渡した。
「………」
見渡してから失敗した事に気付いた。
方角が分からなくなったのだ。
どこを向いても同じ景色、更に足場は高い草により見えず自分がどちらから来たのか分からなくなってしまった。
俺は軽く溜め息を吐き出すと歩き出して転けた。
九
俺は目を覚まして起き上がり辺りを見渡した。
そして気が付いた。
俺はまぬけにも転けて意識を失っていたと言うことに…
そんな自分に苦笑いを浮かべると転けた原因の足元を見つめた。
俺はそれを見て脂汗を掻きながら手に取った。見間違いなら大いに助かるからだ。
「うわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
俺は慌てて立ち上がるとがむしゃらに神住森を走り抜けた。
間違いない。
アレは人間の白骨だ。
いったいどういう道を走り続けたのかは分からないが俺は遊杏館に戻ってこれた。
神住森を抜けてから見た遊杏館はどこか違和感を感じさせていた。
俺は自室に戻ると洗面用具と着替えを持って温泉に向かった。
いち早くこの嫌な汗を流したかったからだ。
脱衣場を抜けて温泉に着くと俺は目を見開いた。
浴槽のお湯は昨日見た時とは違い赤くそして真ん中にはうつむせで浮かぶ中年の後ろ姿があった。
たった三日しか一緒に過ごして無いが分かった。
杉山 智春さん…その人なのだ。
俺は脱兎のごとく脱衣場に向かうと腰にタオルを巻きながら叫んだ。
「斎藤さん!宮里さん!来てください!」
しかし誰かがこちらに向かう気配を感じなかった。
俺は違和感を感じて『風花の間』まで走った。
「斎藤さん!斎藤さん!大変なんです!」
俺は叫んで少しだけ待ってみたが中から返事は聞こえなかった。
俺は我慢出来ずに引き戸を開けた。
むわっとする異臭で思わず胃にあるモノを吐き出しかけた。
「なんですか!この臭い…は…」
だがそれを我慢して部屋を見つめると体をテーブルに突っ伏した状態で斎藤さんは倒れていた。
そしてあり得ない事にテーブルから斎藤さんの頭が生えていたのだ。
俺は斎藤 美菜さんのなれの果てと目が合い思わず胃にあるモノをその場で吐き出してしまった。
「はぁ…はぁ…」
俺は荒くなった呼吸を落ち着かせると管理人室に向かった。
四人しか居ない孤島の遊杏島で二人が死んでいる。
そして残る二人の内一人は俺…
なら、犯人は…
俺は近くに在ったモップを構えて管理人室を開けた。
中は可愛らしく飾られた子供部屋みたいな部屋だったが部屋の主は居なかった。
俺は少しふらつきながら食堂に向かった。
食堂の中に入ると俺は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
食堂のあちらこちらに血が飛び散っていてそこは今朝までの食堂とは明らかに異質な空間になっていた。
その部屋の片隅で遊杏島管理人、宮里 綾瀬さんがぐったりと倒れていた。
宮里さんから少しだけ離れた所で全身に傷を負いながらも宮里さんを守ろうとして力尽きた山田さんが横たわっていた。
「あ…はは…」
俺は乾いた笑いを漏らしながら脱衣場に向かい衣服を着て着陸場に向かった。
俺はその場で座り込んだ。
着陸場では船が燃え盛っていたのだ。
もう何も考えれなかった。
助けすら期待できない孤島で俺は一人になったのだ。
俺はふらつきながらも『月光の間』に向かった。
そして俺は筆と紙を取り出して今までの事を書いた。
?
きっとこの事件の犯人は俺なんだろう…
生き残っているのは俺しか居ないのだから…
ただコレを読んだ貴方、俺が犯人じゃないと思うなら犯人を探して下さい。
ただ窓には近付かないで下さい。
後、目立つ行動も避けてください。
もし俺以外に犯人がいるなら貴方を狙うはずですから…
無責任な事を言う俺を許して下さいとは言いません。
ただ俺は貴方も殺されない事を祈ります。
知っている事はこれで終わりです。
一ノ瀬 勇太
十一
俺は最後の一行を書き終えた紙をまとめると缶に入れて裏庭の長椅子の下に埋めた。
俺は埋め終わると食堂に向かい食堂の天井に紐を結んだ。
俺は殺人者として最後の殺人を犯すために首に縄を通し踏み台から足を離した。
茜色に染まる部屋で俺は…
第一部の一ノ瀬 勇太の遺小説編はこれで終わりです。
次はサブタイ『解、一ノ瀬 勇太』になりますが大きな謎は残ります。
貴方はどう思いますか?
犯人は一ノ瀬 勇太なのか?
それとも第三者なのか?
それとも踏み込んだ故の神罰なのか?