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一ノ瀬 勇太[二日目]

二日目です

早朝、俺は筋肉痛に悩みながらも肝心の温泉へと足を進めた。

早朝と言うこともあり人が活動している気配を感じられなかった。

…まぁ遊杏島では一日中こんな感じなんだが…

俺は脱衣場で裸になると温泉へと足を進めた。

心が弾んでいるのが恥ずかしいが自分自身でも分かった。

結局、何だかんだで昨日は温泉に疲れなかったからだ。ガラガラと引き戸を開けると岩で囲われた浴槽が目に映った…まさに絵に書いたような露天風呂だった。

俺はとりあえず体を洗うためにシャワー場へ向かって目が合った。

「バウッ!!」

視線の先には山田さんが体を泡だらけにしてこちらを見ていてその傍らには宮里さんが放心した感じで山田さんを洗ってる手を止めていた。

「えっ…あっ…」

俺はとっさの事に言葉が出なかった。

だから先に動けたのは山田さんを除いて宮里さんしか居なかった。

「えっと…一ノ瀬さん…大胆な覗きですね?」

「いや…そんなつもりは…」

「とりあえずそんなにまじまじ見ないで下さい!」

無意識とは言え男の性は誤解を招くと俺は思いながら後ろを向いた。

シャワーからお湯が降る音を聞きながら俺は自問自答を繰り返していた。

あやふやな自問自答が終わらない内にシャワーは止まり水滴が足に当たった。

「おいで山田さん」

「バウッ!!」

宮里さんと山田さんが浴槽へ入る音が聞こえた。

「一ノ瀬さん…堂々としてますね?」

宮里さんの冷たい声を聞いて自分の失敗に二つ気が付いた。

一つは直ぐに出ていかなかった事…

もう一つは隠すべき物を肩に掛けたままにしている事だった。

「すみません」

俺はそう言うと脱衣場へと歩いていった。

「バウッ!!」

山田さんの声が俺の背中を更に押した。



俺は『月光の間』に着くと無意識に宮里さんの姿を思い出していた。

浮かび上がり掛けた姿を頭を振り打ち消した。

「はぁ…何やってんだろ…俺…」

結局、温泉にも入れず宮里さんと気まずい雰囲気にして…

「ほんと…何やってんだろ…」

俺は後悔の念を思わせながらただ天井をじっと見つめた。

コンコンとノック音が聞こえ俺は視線を動かさずに返事を送った。

「一ノ瀬さん失礼します」

「宮里…さん」「先程は失礼しました…まさかあの時間に誰かが入ることがあるとは思わなかったものですから…」

「いえ…こちらが悪いんです。すみません!まさか女湯だとは思わなくて…」

「女湯?」

俺の言葉に宮里さんは疑問の表情を浮かべた。

「???…だって宮里さんが入ってましたし…」

「遊杏館は混浴ですよ?」

「はい?」

「遊杏館を建てる時にお金が無くてお風呂を一つしか出来なかったんです。だから遊杏館は混浴なんです」

「はぁ…」

「だから…その…まるで追い出したみたいだから…私…」

「いや…でも女の子の入浴中に入ったの俺だから…」

「あっ!…それなら大丈夫です。山田さんと一緒ですから…」

「バウッ!!」

俺はいまいち状況を呑み込めなかったが少しずつ理解していった。

「は…ぁ…」

「山田さんは私の護衛でもありますからそれに…その…私に…その…しようとしたら山田さんが私を護ってくれます。今までも男の人から私を護ってくれましたから…」

俺はちょっとした冷や汗を浮かばせながら浮かんだ疑問をそのまま聞いてみた。

「ちなみに…その男の人達はどうなったんですか?」

「男じゃなくなりました♪」

宮里さんは満面の笑みで答えた。

その笑みが余計に冷や汗を促進させた。

やばかった…マジで俺もその人達の仲間入りだった訳か…

「そう…なんだ…」

「はい♪」

俺は震える手でバインダーを取った。

「それでは私は失礼しますね?行こ山田さん♪」

脅しも含んだ復讐なんだろな…きっと…

俺は肝に銘じた。

宮里へこれ以上失礼な事をしないように…と。

自分が男性で居られるように…



「…っで一ノ瀬さん?」

「はい?」

昼食と談話に華を咲かせる中いきなり杉山さんが話を振ってきた。

「昨日の自己紹介から気になっていたんだが君は本当にフリーターなのかな?」

「ええ…そうですが?」「杉山さん。余り若い人を困らせたらダメよ?」

「そうですが…斎藤さんも気になりませんかな?」

「確かに気にはなるわね?」

斎藤さんと杉山さんは二人で不敵な笑みを浮かべると俺の方を見つめた。

俺は粗方の予想がつく中あえて二人に聞いてみた。

「何がですか?」

「なぁに一ノ瀬さん…遊杏館はフリーターがその若さで来れるほど安くは無いと言う事ですよ」

「私は会社からある程度、経費で落としてるし杉山さんはアノ杉山不動産の社長…ここまで言えば解る?」

俺は二人の言いたい事が何と無く理解できた。

だが俺は残念な事にフリーターなのだ。

だから俺はその事を二人に伝えた。

しかし…

「なら宮里さんの親族かしら?…でもそんな情報は今迄…まさかコレ!?」

俯いて小言を言っていた斎藤さんがいきなり宮里さんに向かい合うと小指を立てた。

どうやら俺の話しは信用して貰えてないようだ。

「そんな訳無いです」

宮里さんは斎藤さんに満面の笑みで即座に答えた。

胸が痛んだのはきっと気のせいだろう…

「ますます気になりますな。一ノ瀬さん貴方が何者なのか?」

昼食を皆が食べ終わり好奇心が俺は何者なのか?に絞られた。

この場の居ずらさに俺は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

すると宮里さんが気を効かせてくれたのだろう食後のお茶を運んできてくれた。

「杉山さん。一ノ瀬さんが何者でも良いではないですか?」

「いやいや宮里さん。こう私の知的好奇心がですね…」

「楽しい場を壊そうとする方は帰っていただきますよ♪」

「そんなつもりは…」

「そうですよね♪私もそう思ってますよ?杉山さんはここら辺で聞くのを止めて別の話題にするって」

「まさにその通りですよ…」

「ですよね♪」

もしかしたらこの島で一番怖いのは宮里さんなのかもしれない…

…とにもかくにも俺の正体は何者なのか?と言う妙に居心地の悪い話題は無くなった。

「…一ノ瀬さんはもう聞きましたかな?神住森の神様のお話は?」

「えぇ…昨日、宮里さんから神住森のお話は聞きましたがどういう神様なのかは…まだ」

杉山さんは少しだけ眉を上げてから俺を見据えた。

「ふむ…」

「どうしたんですか?」

「いえ…そう言えば私も神住森に住んでいた神様の事は何も知らなかったな…と思いまして…」

「そうですか…」

俺はにこやかに笑いながら杉山さんの表情を盗み見た。

今迄、何人も嘘をついた人間を見てきたから確信を持てた。

だが杉山さんが何故、俺に嘘をついたのだろうか?

俺は邪推な考えをとりあえず振り払った。

きっと何かやむを得ない事情により嘘をつくしかなかったのだろう。

「それはそうと一ノ瀬くんはこれからどうすんの?もし暇なら私の手伝いしてくれない?」

先程から黙っていた斎藤さんが俺をにこやかに見つめながら聞いてきた。

「……はい」

しばらく考えたが別段しないといけない事が無かったため了承の返事を送った。



「………」

言葉を失うとは正にこの事だろう。

『月光の間』から四つほど奥に行った部屋、『風花の間』の室内はとても『月光の間』と同じ部屋とは思えなかった。

足の踏み場がない程、散乱した紙にテーブルの近くには敷きっぱなしの布団が在ったからだ。

普通、旅館などでここまで出来る訳無い…

いや出来るやつがいるとは思いたくない。

「よっ…よっ…ん?どうしたの?入りなさいよ?」

俺が現実逃避をしていると軽快に斎藤さんは飛んでいき布団の上に着地した。

「斎藤さん…一つだけ聞いて良いですか?」

「ん?なによ」

「いつから遊杏島に居るんですか?」

「三日前よ?」

俺は現実逃避を止めた。

この人はきっと…いや生活面では確実にダメ人間なのだろう。

その確証を得た時点で未だに現実逃避を続けるほど愚かになった覚えはないからだ。

「斎藤さん…先に片付けましょ」

「そんなの明日の帰る便までで良いのよ?」

「片付けましょ!」

ちゃらけたように言う斎藤さんを睨み付けてもう一度言った。

すると斎藤さんは目を丸くしてこちらを見つめるとすぐに可笑しな子を見つけた時のようにくすくす笑い始めた。

「分かったわよ。片付けましょ」

「俺は下に落ちてる紙を集めるんで斎藤さんは俺が集めたのを分別してください」



室内を茜色に染め始めた頃にやっと掃除が終わった。

驚いた事に斎藤さんの部屋の八割を占めていたのは遊杏島に関する事が書かれた資料だった。その資料の山を斎藤さんの分別で六つに分けられたがそれでも高い山になっていた。

俺は綺麗になった部屋に満足して腰に片手を当て「よし」と軽く言い部屋を出ていこうとした。

「待ちなさいよ。一ノ瀬くん、まだ私の手伝い終わって無いどころか始まってすらいないわよ?」

テーブルに突っ伏しながら斎藤さんは弱々しく俺を睨み付けてきた。

「斎藤さん疲れてるみたいだから良いかなぁと…」

「ジャーナリスト舐めんじゃないわよ?さぁ夕食までに終わらせましょ?」

「はぁ…」

俺はやり遂げた感のある今のまま早く自室に帰りたかったのだが疲れて弱っているとは言え斎藤さんのジャーナリスト特有のオーラが逃がしてくれなかった。

そんな訳で俺は仕方なく紙の山を挟んで向かい側に座った。

「私の手伝いと言うのはアンケートよ…まずはコレを見て」

斎藤さんは山の一つから三枚取ると俺に見せた。

一枚目は一昨年前に起きた某有名店社長の強盗殺人事件についての記事だった。

二枚目は三年前に起きた国会議員の通り魔殺人事件についての記事だった。

三枚目は一昨年に起きた大富豪の豪邸爆破大量殺人事件についての記事だった。

「これがどうしたんですか?」

俺はそれらに目を通すと疑問符を浮かべながら斎藤さんに聞いてみた。

斎藤さんはいやらしくに〜と笑った。

「もし、もしもよ。それらの事件の前に被害者が遊杏島に来ていたらどう思う?」

「いえ特に珍しい事じゃないと思います」

どちらかと言うと普通のような気がした。

「ならコレ以外にも遊杏島を訪れた人間がまるで選別されるように死んでるとしたら?」

「はい?」

「どう思う?」

「いえ…その…」

理解が出来なかった。

つまり斎藤さんが言いたいのは遊杏島に訪れた客が次々に死んでいてそれをどう思うのかと聞いているのだろう。

しかしこの穏やかな島でそんな事がある訳がない。

だが否定すればするほど島の空気が絡め着くような粘着性を帯びた嫌な空気に変わっていった。

「あははは。そんなに怖がらないの。男の子でしょ?それにもしもの話よ」

俺は斎藤さんに笑い飛ばされて現実世界に戻ってこれた。

質の悪い話に付き合わされて俺は嫌な汗を背中に流し気持ち悪さを感じていた。

「それでも斎藤さんが調べてるんだから何かあるんですよね?」

「ん?…まぁ噂話が流れてるだけよ」

「何のですか?」

「遊杏島で何かがされているってね?」

俺は腹の底に溜まった重い空気を吐き出した。

「…ならきっと宮里さんにちょっかいを出した相手が山田さんに何かされたんですよ。それが俺の答えです」

「そう…」

俺はそう言うと『風花の間』を後にした。

外の空はもう太陽が沈み切っていて暗い空気を作り出していた。

俺は先程まで暖かな家を感じていた遊杏館に今はどこか異質なモノを感じながら食堂に向かった。

食堂に着くと料理を並べ始めた宮里さんに軽く会釈をして昼食時と同じように杉山さんの隣に座った。

「おやおや一ノ瀬さん、長い間斎藤さんに拘束されていたみたいですな?」

「いえ…斎藤さんの用事事態は短かったんですか部屋の片付けをしてましたら長くなったんです」

「そうですか…私は明日の昼にココを発つのでそれまでに一ノ瀬さんと遊びたかったのですが…」

「なら杉山さん徹マンやらない?」

杉山さんが少し湿っぽい感じに成り始めた頃合いを見計らったように斎藤さんが食堂に入ってきて両手の親指と人差し指をクイッと回した。

「おっ…それは良いですな。一ノ瀬さんは出来ますかな?」

「巻き上げても良いならやりますよ?」

「強気ですな?…実に若いと言うのは良い事です。それでは四人居ますし夕食後からやりましょう」

「えっ四人…って宮里さんも?」

「はい♪一ノ瀬さん私もやりますよ?…もしかして一ノ瀬さんは私をのけ者にするつもりだったのですか?」

俺は慌てて首を振った。

「いえ…ただ宮里さんが起きていら…」

俺は思わず口を継ぐんだ。

先程から満面笑みの宮里さんの表情に冷たい何かが流れた気がしたからだ。

「一ノ瀬さん…覚悟は出来てるんですね?」

「は…い…?」

俺は宮里さんの隠された殺気に少し気圧されてしまい上手く喋れなかった。

「それで杉山さん、レートはどうしますか?」

「レートは点五で良いのでは無いですかな?」

「えっ?大の大人がそんなみみちぃ数字でやるんですか?」

俺はあまりのレートの低さに驚いてしまった。

「なら一ノ瀬さんはどの位でやりますか?」

「そうですね。宮里さん、点五十はどうですか?」

「一ノ瀬さん。斎藤さんと杉山さんと過ごす最後の夜かもしれないのですよ?点百で行きましょ?」

「宮里さん。落ち着いて下さい。さすがにそれはフリーターが払える金額では…」

「そうでした。一ノ瀬さん。レートを五十に落としてちまちまとした金額を選んでも誰も文句は言いませんよ?」

止めに入る杉山さんを無視して宮里さんは俺を挑発してきた。

少女に挑発されて乗らないなんて男として間違っている。

「俺は良いですよ?負けなければ良いんですし」

「なら夕食後に」

「えぇ。夕食後に」

俺と宮里さんは当初の立案者達を放って置いて熱くなっていた。

立案者達はと言うと少し距離を置いて暖かい目で見守っていた。

「生け贄が決まりましたな。斎藤さん」

「ええ…馬鹿な子」

とにもかくにも俺達は夕食を食べ始めた。



予想外だった。

まさかコレほどまでとは…

俺は十二戦して一位が三回、二位がゼロ、三位がゼロ、そして連続九回ハコを更新していた。

そして十三戦目の今、宮里さんが俺の出した牌に不敵に微笑むと手持ちの牌を倒した。

「ロン。小四喜。役満です」

記録は更新され記念すべき十回目のハコにされた。

さすがにコレを見かねた杉山さんが宮里さんをなだめようとしたが俺がその行為を制した。

少女に情けを掛けられるのだけは俺には堪えられないからだ。

こうして俺の二日目の夜は過ぎていった。



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