一ノ瀬 勇太[一日目]
…ひぐらしに影響された感が漂うテーマで書き続けるひぐらしとは似ても似つかぬ作品、遊杏島を楽しんでください。
貴方は解りますか?
俺の名前は一ノ瀬 勇太。(いちのせゆうた)
フリーの作家である。
いや…つまらない嘘は止めておこう。
どこの出版社からも書籍を出して無いのだから所詮は趣味の領域なのだ。
だが趣味の小説は携帯と言うものを通じて全国に読まれてはいる。
だから言うとするならば携帯小説家と言うところだろう。
まぁ俺の事はこれくらいにしておこうか…
それよりも俺は今、念願の温泉島、遊杏島に一人で来ているのだ。
遊杏島にある遊杏館は定員五名しか招待しないと言うとても珍しい温泉旅館なのだ。
なぜこの旅館が潰れないかと言うとそこの温泉の効能が不老長寿だからだ。
医学的根拠は無いが効果があったと言う噂が絶えないのも事実だ。
俺は大金を叩いて長い順番を待ってやっと行くことが出来る。
…さて。もうそろそろ遊杏島に船が着くみたいだ。
一
島に降り立つと小柄な女の子と秋田犬が出迎えてくれた。
「ようこそ。私は当島の管理人、宮里 綾瀬です」
「管理人?…君が?」
俺には何かの冗談か悪戯にしか思えなかった。
なぜなら今、目の前にいる女の子は小学生か中学生にしか見えないからだ。
「はい。ちなみにこちらが副管理人の山田さんです」
「バウッ!!」
……とりあえず突っ込むのと相手をするのは止めておこう。どうせ近くの島から客をからかうために来た子供だろうし…
俺は女の子を無視して着陸場からすでに見えている遊杏館に足を進めた。
「あれ?お客様?」
パンフレットの通りで有り難い。「置いて行かないで下さい」
俺は旅館の引き戸を開けてゆったりと広い玄関に足を入れた。
するとそこは初めて来た所なのに懐かしさと暖かさを不思議と感じた。
造りはゆったりと広い玄関の突き当たりが直ぐに壁になっており左右に廊下が続いると言う造りになっていた。
しばし眺めてもやはり初めて見る玄関だった。
とりあえず俺は手を口に当ててメガホン代わりにすると声を出した。
「ごめんくださ〜い」
「…は〜い」
声は旅館からではなく後ろから聞こえた。
女の子が少し息を乱しながらも犬と一緒にやっと追い付いて来たのだ。
「ごめんくださ〜い」
俺はその声を聞かなかった事にしてもう一度声を掛けた。
「んなによ。朝ぱらから五月蝿いわね」
右の廊下から若い女性が浴衣を着崩しながら入浴セットを抱えて現れた。
その女性が唐突に視線をこちらに向けた。
…いや正式には俺の後ろにいる女の子に向けたのだ。
「あっ宮里さん。おはよう」
「おはようございます。斎藤さん」
「ご飯はいつ頃?」
「後、少ししたらですよ?」
「そう…」
女性は歩き出し左の廊下に退場しようとしていた。
「ちょっとすみません。ここの管理人はどちらにいらっしゃいますか?」
俺は退場する前に女性に声を掛けた。
すると女性は俺をいぶかし気な目で見ると俺の後ろにいる女の子を指してそのまま退場した。
「改めて自己紹介しますね?遊杏島兼遊杏館管理人、宮里 綾瀬です。でこちらが副管理人の山田さんです」
俺は思考が理解するまで宮里さんの笑顔を見つめていた。
そして思考が理解した後さっきまですっごく失礼な事をしていた事に気が付いた。
「すみませんでした」
俺は頭を下げて宮里さんに謝罪を告げた。
「良いですよ?慣れてますから…それより…えっと…」
「あっ俺は一ノ瀬 勇太です」
「はい。一ノ瀬様どうぞ御上がり下さい」
俺は宮里さんに施されるままに旅館を歩き初めた。
「玄関から見て右が管理人室と客間で左が食堂とリビングに遊技場、そして自慢の温泉に裏庭に通じる裏戸があります」
俺の部屋に着くまでにこの旅館の間取りをざっと教えてくれた。
…にしても定員五名とは思えないほどの部屋があった。
「そして一ノ瀬様のお部屋がこちらです。ご用の時は玄関近くの部屋が管理人室になりますのでそちらに来てください」
部屋にたどり着いて何気なく標識を見つめるとそこには『月光の間』と書かれていた。
「ありがとうございます」
「あっ一ノ瀬様、昼食が出来ましたらお呼びいたしましょうか?」
俺はこれから荷物の整理と浮かび上がった案をメモするから昼頃からしか外に出る事が出来ないと言う事でお言葉に甘える事にした。
「そうして貰えると有り難いです」
「はい」
宮里さんは明るい笑顔を向けると歩いて行った。
俺は宮里さんがいた場所を見つめると先程、一瞬だが宮里さんが見せた悲しそうな顔を思い出していた。
『良いですよ?慣れてますから…』
その一言に何か悲しい事が隠されている気がした。
二
俺がメモ用紙をとんとんと纏めていると遠慮がちなノック音が響いた。
「どうぞ」
「一ノ瀬様、食事が出来ましたのでお呼びに来ました」
「ありがとうございます」
俺はそう言うとメモ用紙をバインダーにしまい机に置いて宮里さんの後に着いていった。
食堂は左の廊下を進んで始めの部屋がそうだった。
俺は思わず苦笑いを浮かべながら驚いた。
食堂は広くだいたい三十人同時に食べる事が出来るほどだった。
しかし俺が驚いたのはその広い食堂に四、五人しか座れない小さな長机が中心に小ぢんまりと置いてあったからだ。
そしてその長机には二人の男女がすでに座っていた。
一人は先程会った斎藤さん。
もう一人は中年後期の見ため成金な男性だった。
俺は男性の隣に座ると食事が来るのを待った。
「ほ〜君が今日から泊まる方かね?」
すると男性がにこやかに笑いながら話し掛けてきた。
「はい。そうですが…えっと…」
「あぁ申し遅れましたな?私は杉山 智春不動産の社長です」
「えっあの杉山不動産の社長ですか?」
「ええそうですよ」
杉山不動産と言うのは不動産の大手とも言うべき所でテナント募集なんかの連絡先がほぼ杉山不動産と言うぐらい大手なのだ。
…まぁ一般人には馴染みの無い名前なんだが…
「…あっすみません。俺は一ノ瀬 勇太フリーターです」
「ほぉ一ノ瀬さんは若いのに良く杉山不動産の事を知ってましたね?」
「いえ。知っていると言う程じゃないですが良く見る名前でしたので…」
本当の所は小説のネタになるような事件が無いかと街を徘徊していた時にたまたま見付けた名前なのだ。
そして杉山不動産が何か悪どい事をしてないか調べたのがきっかけなのは黙っておこう。
さすがに失礼を通り越しているからだ。
「えっと…ちなみに貴女は何て言うんですか?」
俺は少し罰が悪くなり斎藤さんに話を降った。
「ん?私は斎藤 美菜…フリーのジャーナリストよ。よろしく♪」
「はい。よろしくお願いします」
俺達が一通り談笑をしていると宮里さんが料理を運んできた。
「皆様。お待たせしました」
俺達は運ばれてきた昼食を食べ始めた。
なんだか初めて出会った人達なのにアットホームな感じが漂った。
三
美味しい昼食に舌鼓を打った後、俺はこの島の散策に出掛ける準備を始めた。
この遊杏島は小さな島で着陸場と遊杏館で島の過半数を有しており残された僅かな土地は森と成っていた。
森と言っても鳥類だけしか生息していない樹海よりも厄介な環境だった。なぜなら陸上動物が草木を踏み鳴らして獣道を作っていないからである。
そのせいで背の高い雑草が足場を分からなくしているからだ。
だからこそ俺は行ってみたくなった。
人が踏み込ま無い場所に踏み込む。
この行為事態が俺の好奇心を揺さぶった。
意を決した俺は自室を出て玄関から左の廊下を突き当たりまで行き裏戸を開けて外に出た。
「あっ一ノ瀬様…どうかされましたか?」
俺が裏庭に出ると宮里さんは農作業をしていた手を止めてこちらに明るい笑顔を向けた。
「ちょっと探検を…と思いまして…」
「一ノ瀬様、少しだけお話出来ませんか?」
「良いですよ…」
俺は別段今すぐ森に向かう訳でもなく…それに今朝の事もきちんと謝らないといけない気がした。
それに宮里さんが何だか真剣な雰囲気を出していたからだ。
俺は宮里さんに施されるままに縁側にある長椅子に座った。
「一ノ瀬様今からお話…」
「宮里さん…その…何で俺だけ様なのかな?出来れば様は止めて欲しいんですけど…」
宮里さんは目を見開いてから笑顔を作ると胸元で両手を絡め合わせた。
「分かりました。なら勇太お兄ちゃんと呼びましょうか?」
「なっ!…なんでそっちに発想するんですか!?」
「着陸場で私の事、子供扱いしてましたから♪」
「もしかして根に持ってる?」
「はい♪」
宮里さんの満面笑みで返されると清々しい気分になるから不思議だ。
俺は宮里さんと少しだけ距離を開けて座ったまま土下座まがいをして謝った。
「分かりました。これからお話をする事を最後まで聞いてくれましたら許して上げます。一ノ瀬さん」
俺は安堵のため息を吐くと宮里さんの話を聞く体制に戻った。
「これからお話をするのは遊杏島の森、神住森についてです」
「えっ!あそこの森の事を何か知ってるのですか?」
宮里さんは返事の代わりに口許に人差し指を当てて微笑んだ。
「神住森は昔、神様が本当に住んでいた森なんです。
ご存知と思いますが神住森には地上種はいません。
なぜだと思いますか?」
「それは……どうしてなんですか?」
「古書には翼有種…つまり鳥類は神様達に地上の事を伝える伝令役と言う使命の代わりに森に立ち入る事を許されました。
でも地上種は立ち入る事をゆるされませんでした。
その昔、神様達に歯向かった種族が地上種に居たからです。
神様達はそれ以来、地上種を汚れと思うようになりました。
森に住む神様も地上に居ることを嫌いましたが自分の住んでいた場所を汚れされる事をもっと嫌いました。
だから神罰を森に置いて行ったのです。
立ち入る者と立ち入る者が出会った者全てに掛かる神罰を…
それが神住森のお話です。
一ノ瀬さん…貴方はそれでも行きますか?
私や山田さんや斎藤さんや杉山さんに神罰が掛かるかも知れないとしても…」
俺は背筋が冷たくなるのを感じた。
宮里さんの口調や表情は別に変わってなどいない。
だけど…話に信憑性を与える何かが宮里さんから発せられていた。
「いえ。俺も自分の命は惜しいので…」
俺は頭が今見えてる世界に違和感を感じながらも宮里さんに苦笑いを向けた。
「そうして貰えると助かります」
俺は何故だが知らないがさっきの選択が正しかった気がした。
あのまま頑なに今、行こうとすれば俺がどうなっていたか分からないからだ。
「それでは私は家庭菜園に戻りますね?」
「あっお話の礼に俺も何か手伝いますよ」
「えっ…でも…」
「それとも邪魔ですか?宮里さん」
「えっはい!じゃなくて…なら手伝って貰っても良いですか?」
「はい♪」
俺は宮里さんの家庭菜園を手伝う名目で日頃の運動不足を解消しようとした。
だが後で後悔した。
夕食を食べ終えた後、疲労でそのまま寝てしまったからだ。