中間管理職魔王
私はエンドランド大陸の魔王、四千七十歳。人間で言うと大体四十歳ぐらいの中年の魔族だ。人間達は知らないだろうが、四千歳代で魔王というのはそこそこ出世コースを外れてしまったものの末路である。実は、というかほとんどの人がご存じだろうが、魔王、というのは所詮は役職に過ぎない。大陸を治める魔王の上の役職には、世界を治める大魔王が、さらにその上には点在する数多の世界を治める次元の主たる超魔王様がおられる。
つまるところ、魔王と言うのは人間で言うところの中間管理職、コンビニの店長クラスの地位と権限を持った者、と言ったところだ。まぁ、この世界はファンタジーだから、中間管理職とかコンビニとか店長とか、私にはよく分からないのだがな。
私の朝は、玉座に座るところから始まる。魔王の仕事は我々魔族、人間達からすれば魔物と言われる者たちを派遣することだ。欲望の渦巻く人間の世界では、悪いことをするために、我々の助力を求めるものが非常に多いのだ。
「あ、魔王! ちょっといいっすかー」
玉座の間でデスク・ワークをしている経理のハーピィ、ジョビーノが私を呼んだ。彼女は眼鏡の良く似合う美人だが、いささか言葉遣いが悪く、しかもフランクに接しすぎるのが難点だ。
「そろそろ魔王、と呼び捨てにするのはやめてくれないかなぁ」
「なにいってんすか魔王。役職なんだから呼び捨てで構わないっしょ?」
いや、他の魔王たちは部下から魔王様、とか名前に様を付けて呼んでくれるのだが……。これも、ひとえに私の人望が無いからなのか?
「それより、これ。魔王、まぁた、スライムぱふぱふパブに行ってきたんすねぇ?」
彼女が私に差しだしてきたのは、一枚の領収書だった。
「違うぞ、これは得意先の暗黒騎士団と食事会をしたときの……」
「嘘つくの止めよ、魔王。どう考えても、食事代にしては桁が二桁多いっすよー」
「いや、それは相手方の人数が多くてだなぁ」
「これ以上嘘つくと、この前経費でサキュバスバーに行ってたこと、大魔王にバラすっすよ? いいんすかぁ? 今度は居間の大陸よりももっと小さい大陸に左遷されちゃうっすよぉ?」
「ごめんなさい。パブに行ってきました」
く、これを出されるとどうしても嘘をついてはいられない。これ以上左遷されれば、次元界に残してきた家族に今以上に会えなくなってしまう。
「全く、私、これ以上魔王のプライベートなことで経費は一切落としてやらないって言ったっすよねー」
「すまない。食事代と書けばばれないと思って……」
「そんなにスライムの乳に挟まれたいんすか? っつーか、スライムは全身プルプルなんすから、乳だろうが腹だろうが、挟まれれば同じっしょ。そんなくだらないことに金使うなんてもったいなすぎっしょ」
「貴様、私の趣味を愚弄するか! スライムの乳はあれでも他の体の部位の柔らかさとは違うのだ! それを言うなら、お前の乳にだって詰まっているのはその最近出始めたお前の腹と同じものだろ!」
「違いますー、私の胸には逆玉寿退社に賭ける希望とでき婚を狙いの罠がいっぱい詰まってるんっすー」
「な、なんと……男にとっては夢も希望も無い物を詰めよって……」
「あ、あとさっき行った事セクハラっすよ。訴えたらアタシ勝てるっすよ」
「し、しまったー!! お願いだ、どうか、魔王断罪裁判にだけは訴えないで……」
「じゃあ、今日の仕事これで終わりでいいっすかー?」
「そ、それは困る! お前がいないと、経理の仕事をする奴がいなくな……」
「セクハラ、パブ……大魔王……」
「うぐっ、し、仕方ない。今日は早退を許してやろう」
「ふー、さっすが魔王。じゃ、帰るー」
すたすたと帰って行くジョビーノ。……くぅ、胃が痛い。部下に舐められまくっていることがよぉく分かる……クソー!!!
「魔王! 大変です!」
次は魔法通信の番をしている魔女のリサーが大慌てでやって来た。
「お、お前も魔王の呼び捨ては止めんか!」
「そんなくだらないこと言ってる場合じゃありません!」
くだらないと一蹴された……私にとってはプライドのかかった一大事なのにぃ……。
「盗賊連合からクレームの通信が入って……一番偉い奴を出せと……」
「なんだと!」
盗賊連合は大事な顧客だ。あまり怒らせると今後の魔物派遣に影響が出るかもしれない。ファンタジーの世界と言えども、口コミの力は偉大なのだ。
「ええい、すぐにここに通信を繋げろ! 私が相手をする!」
それに、ここは魔王としてびしっとした姿を見せるのにもってこいのチャンスだ! リサーに私のかっこいい姿を見せてやる! ついでに今晩一緒に食事でも誘ってやる!
数分後。私は玉座に正座をしながら、通信に使う水晶の前で深々と頭を下げていた。
「はい……はい……」
『お前んとこの魔物よわっち過ぎンだけどよ~、折角高い金払ったのに、勇者たちの経験値にしかならね~じゃね~か』
「はい、おっしゃる通りでございます。我々も誠意を籠めて部下たちの腕を上げるように努めております」
私はひたすらに平謝りをする。こうすることで相手の神経を逆なでしないようにするのだ。お客様第一だ。というか、もう若い魔物を鍛えるのは無理難題なんだよ。こちとら訓練してやろうにも、アイツらすぐにこの魔王城の中で恋愛し始めるし、他の魔王のとこの奴らと合コンするし、うらやま……いや、実にたるんでるんだよ。
「まぁ、弱いのはもういいとしてよ~。あいつらさ、俺達の商品までかっさらって逃げちまうやつもいるんだぜ~?」
「は、はぁ……しかし、それは魔物の本能として悪いことをしようとしてしまうので、どうしようも……」
「そこをどうにかするのが企業努力だろうが!!! あー、もうヤダ。お前らのところ利用するの止めるわ~」
「や、いや、それはどうかご勘弁を! 我々魔族にも家族がいるんです! お金がいるんです!」
「あ、そう。でも俺ら知らないし~、っていうかもう勇者に魔王どこにいるかリークしちゃったし~」
「な、なんだとぉおおおおお!?」
「じゃ、ばいばーい」
「あ、ちょ、ちょっとお待ちくださ……!?」
通信が切れた。残ったのは、無様に水晶に向かって土下座する私と、そんな私を冷ややかな目でみるリサーの姿だった。
「ダサい」
リサーは開口一番に私に告げた。
「ぐううううううう!!!!」
私の心に二度と回復しないダメージを与えた。
「あんた、魔王でしょ、仮にも。人間なんかにへらへら愛想笑い浮かべて、ぺこぺこして、それでも魔族の誇りあんの? 恐怖で人を支配するのが魔王なんじゃないの?」
「い、いや、魔王と言ってもだな、それがうまく行く人と行かないのがいて……」
「アンタが後者って訳ね。はぁ、呆れた。そんなんだから、家族のいるところから左遷されちゃうのよ」
「ぎくぅ!? そ、それでも私は家族のためにこうしてなけなしのお金を稼ぐために頑張ってるんじゃないか」
「それがダサいのよ。こんなみみっちくて情けない仕事するんだったら、さっさと自分から勇者を倒しに行くなりなんなりしなさいよ」
「えー、死ぬの怖いじゃん」
「むしろ死んだ方が、あんたに掛かってる魔王死亡保険のおかげで家族は裕福に暮らせると思うけど」
「ぐぅ! い、痛いところを……」
「じゃ、さっさと死んでらっしゃいな」
リサーはそう言って私に背を向けた。
「ま、待て! どこへいくリサー!」
「ここに務めるの辞めます。田舎に帰って占いやでもします」
「ま、待って! せ、せめて一緒に今晩ご飯にでも」
「誰があんたみたいなへたれ魔王と一緒に行くもんですか! というか、あなた、妻子持ちでしょう!! 不潔!!」
リサーは振り向いてすらしてくれなかった。うぅ……胃が破けてしまいそうだ。
『おい、魔王』
「くそっ! 次は誰だ!?」
私を呼ぶ男の声が聞こえて、あたりを見回すが誰もいない。
『ここだ、魔王』
呼び声は水晶の中からだった。そして、水晶の中に浮かんでいる顔は、あの正体を必死に隠そうと日陰になる場所を懸命に探して陰らせている顔は、間違いなく大魔王様そのものだった。
「だ、大魔王様!?」
『そうだ』
「は、ははぁー、先ほどは無礼な口を……」
『構わん。ところで、そっちにこれから荷物を届ける。勇者が来るかもしれないのだろう?』
言われて思い出す。そうだ、盗賊団のせいで勇者に居場所がばれてしまったのだ。このまま待っていれば、そのうち勇者が来てしまうだろう。一国一城の主として、逃げ出すわけにもいかない。
『そこでだ、ちょうどいいアイテムがあったのでな、そちらに送らせてもらったよ。時期に届く』
「は、はい! ありがたい幸せであります!!」
よし、大魔王様から何かが届くとあれば、私も死ぬことはあるまい。むしろ、勇者を返り討ちにして臨時ボーナスをもらって、我が家にとびっきり豪華なお土産をもって帰ろうじゃないか!
「魔王様ー、お客様お通ししまーす」
と、受付のオーク嬢から連絡。どう考えてもオークを受け付けにするのは間違いじゃないかと思うが、まぁ、本人の希望だから仕方ない。きっと、大魔王様の用意した荷物が届いて……。
「見つけたぞ、魔王! 覚悟しろ!!」
「げっ!? き、貴様勇者か!? も、もう着いたというのか!?」
というか、オーク! お前の目は節穴か!? なんで勇者をお客さんとしてお通ししてくれてるんだよ、敵だろ、追い返せよ。アポだって取ってないんだから通しちゃダメだって!!
「死ねええええええええ、魔王!!!」
勇者は私に剣を突き刺した。
「あがっ!? 避けれなかった!?」
……私は、とてもふがいない死を……迎えてしまった。
「やぁ、女神さん」
「あら、大魔王様」
「うちの魔王を一人、勇者に殺させたそうじゃないか。ちょうど、誰をリストラしようか悩んでいたところだったんだ。礼を言う」
「なんのことかしらねー」
「とぼけるなど、一万年も生きているババアのそんな姿なぞみたくはなかったな。まぁ、いい。あの魔王を殺してくれたおかげで、彼の家族も保険金が下りて贅沢な生活をしている。あそこの大陸も平和になった。いいこと尽くしだ」
「回りくどい言い方は止めてくださる? 私、あまり頭が良くないから、ストレートに言って下さった方が、分かりやすいわ」
「そうか。なら……あそこに届けておいた次元を超える鏡、行き先を君の元にしておいた」
「それは気が利くわね」
「なぁに、言っただろう。いいこと尽くしのささやかなお礼さ」
「じゃあ、早く帰らなくっちゃね。ひっさしぶりの若い勇者だわ~」
「……全く、女神も物好きだな」
ども、作者です。久々の短編を書きたかったの。