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Methuselah  作者: 宮沢弘
第一部:プロローグ
2/21

1-1

(*** Methuselah 1-1 ***)


 今日、できる分の研究を終え、殴り書きの便箋から研究ノートに整理しつつ書き写す。


 ドアをノックする音が聞こえた。私は便箋を挟んでノートを閉じ、部屋に入るように促す。ドアを開けたのは同僚の助教のコージ・ケインズだった。


 「何だ? すぐ済むから、そこに座って待っててくれ」


 ケインズが腰を下ろすのを見てから、ノートを再び開き、続きを書き写す。


「ちょっとうちで飲んでいかないか?」


「そりゃ構わないが。何かあったのか?」


 書き写しながら答える。


「うーん、何というわけじゃないが。お前にも関係することだしな」


 書き写し終わり、私は便箋を持って暖炉に行く。


「関係することって何だよ?」


 暖炉で、使った便箋を灰が粉になるまで燃やす。


「俺が最近言っていることについては知っているだろ」


 机に戻り、研究ノートを鞄に放り込む。上着を着ながら答え、鞄と帽子を手に取る。


「学院の秘密ってやつか? それがどうした?」


 ケインズに合図をして、部屋から出る。部屋にある時計は22時を指していた。早いが、もしかしたらこれから一仕事あるかもしれない。


 軽い食事とツマミを買い、ケインズのアパートに向かう。アパートに着くと、大家とすれ違ったので簡単に挨拶をしておく。ついでに左腕のリストバンドに起動コードをタップし、リンカを起動させておく。この大家は我々の仲間だ。起動コードのタップをうまいことケインズから隠してくれる。


 ケインズの部屋に入り、食事を摂っている最中にケインズが話し始める。


「学院の倉庫だが、あそこに何があるのかは知っているな?」


 ここは誤魔化しても仕方がない。あそこの表も裏も管理しているのは私だ。


「知っていると言っていいのかどうか。旧世界の遺物だということくらいなら」


「本もあるだろう」


「そりゃ、あるさ」


「読んだことは?」


「旧世界が研究テーマだから、そりゃぁね」


「何がわかった?」


「いや、まだほとんど何もわからないよ。そもそも本の体系化だって十分にできていないのだから。まぁ多分、相当の欠落があるというくらいかな」


 ケインズはグラスをあおると、別の質問をしてきた。


「君は教会にも出入りしているな?」


「あぁ。あっちも遺物をいろいろと持っているからね。研究関係でたまには行くさ」


「学院と教会は、かならずしも仲が良い訳じゃない。それなのに?」


さて、どう答えたものか。私もグラスをあおる。


「立場はともかく、どんな知識が遺されているのかすらわからないようでは、教会もどうにもならないからだろう。あっちがどう思っているかは知らないが、そういう口実を作ったことは作った」


「だが教会は旧世界の知識や遺物を悪しきものと言っているぞ」


「そう思っている部分もあるのだろうが。本当にそう思っているなら、さっさと燃やしたり壊したりしているだろう」


 ケインズはもう一度グラスをあおると、自分の鞄から両手の上に乗るほどの箱を取り出した。その箱の文様は忘れようもない。だが気取られるまねはできない。


「倉庫や教会で、こういう物に見覚えはないか?」


「倉庫で? いや、ないと思うが」


「箱じゃない。中身だ。見せてやる」


 ケインズに付き合ったのはまずかったか。それに、答を急いでしまったかもしれない。ここで騒ぎを起こすこともないだろうが。リストバンドの左手首を左側頭部に当て、頭蓋内端子から閃光防御のコマンドを入力し、続けて録音機能を起動する。そのまま肘をテーブルにつけ、左手を不自然にならないように頭に当てておく。これで私が聞いたものが記憶領域に転送される。


 ケインズが箱を開くと、小さな妖精人形があった。10cmほどの人形の背中にトンボの羽のような透き通った、だが幾分尖った4枚の羽がついていた。


「よく出来てるな。で、これが何なんだ?」


「見ていろ」


 ケインズはそう言うと機器名と思われるものと、起動用ID、パスワードを声に出す。ケインズは続けて妖精人形に言った。


「目の前の人に挨拶を」


妖精人形は私を見ると、箱の土台から降り、挨拶をした。


「こんにちは」


 旧世界の異物だろうが、内蔵時計の調整ができていないようだ。この時間に「こんにちは」はないだろう。


「何だこりゃ!?」


 不自然にならないように驚いてみせる。まぁ実際これだけ小さい、おそらく自律型のロボットははじめて見た。ロボットと言ってもどの程度の機能があるのかはわからないが。羽の出来はずいぶん良いように思う。おそらく実際に飛ぶこともできるのだろう。昆虫型の偵察機器にある程度の付加機能があるというところだろうか? リストバンドに映像の撮影を命令する。私の視覚野と記憶野から映像が構成され、リストバンドを通して記憶領域に転送されたはずだ。


「もう一度聞くぞ。こんな物をみたことはあるか? 例えば倉庫で」


「いや、ない。これは一体何だ?」


 何なのかも問題だが、どうやってエネルギーを供給したのかが気になる。エネルギーと言えば、こちらのリストバンドの駆動時間が気になる。繊維状になっているとはいえ、ただの電解質を用いた電池しかついていない。ベストの内側の燃料電池に接続するのは無理だ。どうしてもケインズにコードが見えてしまう。


「遺物さ」


「それは今のでわかる。どこで手に入れたんだ? こんなものが他にもあるなら、ぜひ見てみたい」


「それは駄目だ。どこで手に入れたのかは言えない」


「なら、それをなぜ俺に見せる? 俺に見せれば、興味を持つのはわかりきっているだろう」


「わかっているさ。だけど、お前に見せるというのが条件だったんでな」


 見せるのが条件ということは、おそらくハンターではないだろう。ハンターなら値段交渉に持っていくはずだ。なにより、ハンターがエネルギーを供給できるとは思えない。何がエネルギー源かもしらないだろう。クロノスも同じ理由で除ける。それに連中はこういう物は手当たり次第に壊すだろう。ネメシスなら遺物を使うこともあるが、失われた技術をどれほど理解しているのかは疑わしい。エネルギーの供給が可能なのはいくつかある。教会の主流派が筆頭だろうが、こんな手順を踏む理由はない。すると、教会の非主流派か、あるいは結社か、それとも帝国か。いや、帝国はこんな細かい工作などしないだろう。


 「ちょっと待てよ。俺に見せるのが条件ということは、その後どうするんだ? お前に遺物のコレクションの趣味があったとは知らなかったが」


「こんな物を集める趣味はないさ。これを明日、学院でお披露目したらどうなる?」


「皆、驚くだろうな」


「驚く? これでもか?」


 妖精人形にケインズが命令する。


「起動時からこれまでを再生。映像はテーブル上に」


 妖精人形が命令を実行する。偵察機器の機能を持っているのはわかった。だが人型をしているからには何か理由があるだろう。それとも驚かせるためだけに人型の物を選んだのか?


「驚いたな」


「本当に驚いているのか?」


「当たり前だろ」


妖精人形はテーブルの上をトコトコと歩いている。たまにケインズか俺に深々とお辞儀をしたり、数歩ステップを踏んだりしている。


「お前、何か隠していないか? なぜお前にこれを見せることが条件になるのかがわからないのだが」


「それはこっちが聞きたいよ。そりゃ見られただけでもありがたいと思うが」


 ケインズが疑わしげな目でこちらを見る。話を逸そう。


 両手を頭の後ろで組み直す。


「だが、学院でこれを見せたとしても、遺物だというだけだろう? もちろん動いているのは凄いが」


「学院がこれを隠していたと言ったとしたらどうだ? それに見てのとおり、こいつを使って監視もできる。誰かがそれをやっていたと言ったとしたらどうだ?」


「おい、それじゃぁ俺か教授がやってたって言ってるのと同じじゃないか」


「倉庫を管理しているのはお前とクロダ教授だから、そう受け取られるかもしれないな」


「勘弁してくれよ。倉庫に入っているものはほとんど訳がわからないものなんだ。俺も教授もこんな物を動かすのにどうすればいいのかすらわからないんだ」


 さて、どうしたものか。録音機能を起動しておいたのは良かったかもしれない。だが、この状況でこの妖精人形に何かがあったら、ケインズがこの手の物に詳しくないとしても、真っ先に俺を疑うだろう。ケインズにこれを渡した奴が誰にせよ、そいつらには俺のことはバレているのだろう。少なくとも疑われているのは間違いない。なら、そいつらのことはこの際、無視してもいい。だが身近な人間に疑われるのは避けておきたい。


 リストバンドを通して、衛星軌道上のステーションに居るマックスに接続し、録音しておいた機器名、起動IDとパスワード、そして先に撮影した映像の場所とアクセス権を与える。


「別にお前たちをどうこうしようというわけじゃない。ただ、こうやって動かせる知識がすでに復元されているということだ」


 マックスから返信がくる。


『あー、受け取ったけど。それで?』


リストバンドを通して依頼する。


『その機器のプログラムを解析出来ないか?』


『やってみよう。各人格分離。適宜ステーション及び経路を切り替えながら対象をクラック』


「動かせると言っても、電気を使っていたはずだってのはわかってるさ。これだって多分そうなんだろう。だが、どうやって電気を供給していたのかがさっぱりわからないものも多いんだ。こんな小さな筐体となればなおさらだな」


マックスから通信が返ってくる。


『ダニエル、わかったよ』


 ケインズへの答えを続ける。


「その知識が復元されているなら、ぜひ復元した人に会いたいが」


『君の友人がターゲットだ。君の友人を針で刺すようにプログラムされている。多分、毒が塗ってあるか、毒のタンクがあるんだろう』


 ケインズが答える。


「いや、会わせることはできない。そういう約束なんだ。私は、私たちが知っている以上に知識が復元されていることを皆に知ってもらいたいんだ」


「そして、俺達が知識を秘匿していると言いたいわけだ」


マックスに依頼する。


『針を出させないようにすることはできないか?』


『そうやったとしても、また書き換えられるかもしれないぞ』


「君たちがという訳ではないという方が正確かな」


『君にとは言え、すぐに解析できたということは暗号化はしていないんだな?』


「というと?」


『暗号化はされていなかったな』


「学院と教会の両方がだよ」


「ちょっと待ってくれよ。それじゃぁ俺が変な役どころを担っているような話になるじゃないか」


『それならコードを暗号化しておいてくれ。残す機能は、歩行、挨拶、お辞儀、ダンスのステップ、録音・録画およびその投影機能、それと飛行くらいでいいだろう。時刻同期機能は働いていないようだ。ちょっと負荷をかけるかどうかして針を出す機能も使えないようにして欲しいところだが』


「違うのか?」


「違う。学院も教会も、ともかく資料と遺物の保存を第一にやってきた。教授の前の代で収集が始まったんだ。そしてやっと分析に取り掛かっているんだ。わからないことだらけだよ」


『時刻同期機能だがね、時限装置として使われているようだよ。実行結果の送信機能もついている。むしろそこは残しておいて、こっちで合成した記録や映像を送信させる方がいいと思うね。針の方は試してみよう』


『頼む』


 トコトコと歩いていた妖精人形が数秒立ち止まる。その後、ステップを踏み、また歩き出す。


「だが、こういう物を見てしまった以上、信じろと言われても難しいな」


 ケインズは箱に手を伸ばし、妖精人形に命令する。


「戻れ」


 妖精人形は箱の上に戻り、ケインズが蓋をする。その瞬間に何か異音がしたような気がする。


『完了。君の視覚、聴覚データからも破損の兆候を検出。針を出す命令を残しておいて試したが、君からのデータを見る限り大丈夫なようだ。その後、その機能も消してある。ところで、直後にそれからの信号が途絶えたが?』


『入れてある箱がシールドされているんだろう。あとはなんとかなることを祈るしかないのか』


「知識が復元されているなら嬉しいことだ。可能なら是非復元した人に会って教えてもらいたいが」


『可能な限り監視しておくよ』


『頼む』


「それは無理だ。明日を楽しみにしていてくれ。もちろん君に悪くなるようなことはしない。だが、どこかで復元され、秘匿されていることは確かなんだ」


「それはそのとおりだ。さっきの人形が何よりの証拠だ。明日君がどうやろうとしているのかはわからない。だが、ともかくも知らせてくれたことには感謝するよ」


 私は立ち上がり、上着と鞄、帽子を掴む。


「とは言え、あまり気分の良いものじゃないな。今日はこれで帰らせてもらうよ」


「あぁ。おやすみ」


私はアパートの外にでると帽子をかぶり、埋め込んであるリンカを起動し、マックスに接続する。


『マックス、あれはなんであんな形をしていたんだ? 審判の日以前だって、あんな形をしている理由はないだろう?』


 マックスに視覚への干渉を許可する。視野の一部にマックスの顔が―と言ってもいつもどおり安定しないが―割り込んでくる。


『興味を惹き易いとは言えるだろう。あとは、部屋の作りにもよるが、窓の鍵や窓を開けるのに踏ん張り易いということはあるかもしれない』


『証拠が自分で逃げるのか』


『あまり実用的とは思えないがね。それにしても最後に会った人物にならなくて良かったな』


『まったくだ。明日は忙しそうだ。どうしたものかね?』


『さてね。機能停止したとしても彼は納得しないだろう』


『こっちも何かでっち上げて、秘匿しているわけじゃなく、実用的じゃないとかなんとか主張しておこうか』


『こっちでも相談してみるよ』


私は学院に戻った。徹夜になりそうだ。


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