残響
「………」
「クイナ、どうしたの?」
アーヘルのかつてモナルカの家だった場所で、クイナはぼーっとして窓から虚空を眺めていた。
そんなクイナは、イスカのその問いかけに、頭だけで振り返る。
「ん~、いえ、何となくですが、たまに誰かを待っている気がするのです」
「誰かって?」
イスカが首をかしげると、クイナは首を左右に振った。
「分かりません。ただ、絶対に忘れてはいけないとても大切な人だったような気がするのですが…」
「……それは、分かる気がする…」
クイナの話にイスカは小さく頷く。
「実は、ぼくもたまにそういう時があるから…でも、ここはぼくとクイナ二人の家だし、そんな人が居るはずないのにね…」
「それは――」
クイナが何かを言おうと口を開いた時、コンコンと戸を軽く叩く音がそれを遮った。
「はい、どなたですか?」
「私だよ、ラブだよ~」
「ラブさん?」
首をかしげるクイナ。ラブがこの家を訪ねて来るなど珍しい事だ。少し前にラブが泊まりに来たが、それなどは初めての事だったし、それ以来一度も訪れていない。
(あれ?そういえば、この前は何で泊まりに来たんだっけ?)
クイナはふと浮かんだ疑問が不思議と頭に引っ掛かったが、とりあえずは来客が先と、戸を開ける。
「やぁクイナちゃん、…ってどうしたの?そんな変な顔して」
クイナの顔を見るや、驚きの声をあげるラブ。
「いえ、お気になさらずに。それよりも、今日はどうされましたか?」
「えっと、パンをたくさん作ったからお裾分けを、と思って。この前美味しいって言ってくれたからね」
にこりと笑うと、大きなかごを差し出すラブ。そのなかにはかごいっぱいにパンが入っていた。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げてそのかごを受けとるクイナは、その量を見て、
(相変わらずスゴい量ですね。これは苦労されるのも分かる気がします)
と、呆れたように心の中で呟くと、そこで「ん?」と僅かに眉根を寄せる。
(…苦労って誰が?)
「クイナちゃん?」
そんな事を考えていたクイナの顔を心配そうに覗き込んだラブがクイナの名前を呼ぶ。その声にはっと我に返ったクイナは慌てて頭を振ると、
「な、何でもありません。パン、有り難く頂きますね」
両手で持ったかごを軽く持ち上げて、にこりと微笑むクイナ。
「うん、それじゃぁね」
クイナの様子を気にしつつも帰ろうとしたラブが、チラリと、クイナの後方を見渡すように視線を動かした。何かを探しているようなその動作に、クイナは問いかける。
「どうかされましたか?」
「え?何が?」
クイナの問いに不思議そうな顔をするラブ。
「何かお探しのようでしたから」
「私は何も探してない……はず…たぶん」
ラブはだんだんと声が小さくなると、最後は首をかしげた。
「?何かあるんですか?」
「何かというか、なんとなくここに来れば誰かに会えるような気がして……ううん、気にしないで」
ラブは首を振ると、笑って帰っていった。
「ラブさんも…?」
帰っていくラブの後ろ姿を、クイナは呆然として見送るのだった。
◆
記憶に違和感を覚える事がある。
いつからそう感じ始めたのかは分からないが、英雄と呼ばれるようになった前の戦いや、オグンさんの家族の治療に、自分の家族の騒乱など、良くも悪くも自分で何事かを成したはずなのに、記憶にあるはずなのに、どこかで違う自分がそれを「間違いだ」と、否定する。
だが、いくら考えても分からなかった。考えられる限りの手がかりになりそうな物を調べもしたし、オグンさん達に聞き込みもしたが、結局は記憶が正しいという答えしか出なかった。
絵が完成しているのに、パズルのピースが欠けているようなこのおかしな感覚に、俺は今でも悩まされている。この感覚が無くなる日がいつか来るのだろうか。
そう考えた時に、出来る事ならそんな日は来ないで欲しいと、もう一人の自分がそう訴えてきた気がした。




