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テトラ

「ゼンイ朝だよ、起きて」

 昼間の暑さが嘘のような過ごしやすい朝の空気が漂うなか、モーリエは自室の隣の部屋に入ると、ベッドの上で寝ているこの部屋の主に話しかける。

「ん~、姉ちゃんもう少し寝かせて」

 モーリエの言葉にベッドの中でむずがるゼンイ。モーリエはその光景が未だに夢のように思う時がある。

 先月の今頃は、いくら語りかけようが揺すろうが、むずがるどころか返事や反応すらもなく、ただただ眠っているだけであった。

 モーリエはゼンイに背を向けると、部屋の窓を開ける。空けられた窓から朝の冷たい空気が室内に入り込み、少しひんやりとする。

 モーリエは未だに嬉しくて泣きそうになる顔に気合いをいれると、笑顔でゼンイに向き直る。

「おはようゼンイ。ほら、起きて、朝ごはん出来てるよ。お父さんも待ってるし」

 その弾むような声に、ゼンイはゆっくり目蓋を上げる。

「………おはよう、姉ちゃん」

 目の前に笑顔を浮かべて立っている姉を見て、ゼンイは申し訳なくなる。

 その笑っているはずの瞳が潤んでいたから。あの日、目を覚ました後に散々泣いたあげく、笑顔で「おはよう」と言ったあの目と同じだったから。

 ゼンイはゆっくり起き上がると、モーリエに手伝ってもらいながら着替えを済ませて、二人は部屋を出る。

「おう、二人とも起きてきたな」

 食堂に下りると、オグンが先に待っていた。

「遅くなってごめんなさい」

 ゼンイの謝罪に、困ったような顔になるオグン。

 ゼンイは数ヵ月もの間眠っていたせいで筋肉が衰え、少しずつリハビリをしてはいるが、やっと歩けるようになったばかりのゼンイは、未だ補助が無ければ自由に歩けない状態で、移動もとても遅いのであった。

「いや、気にしてないさ。それより朝ごはんを食べよう」

 オグンは首を左右に振ると、立ち上がってゼンイの為に椅子を引く。

 ゼンイが椅子に腰を下ろすと、モーリエはオグンの側に控えていたライテを伴い二人分の朝食を取りに行く。

 そして朝食を運び終えると、三人で歓談しながら朝食を摂った。

 ライテは「ライテも一緒に」と、モーリエ達がいくら誘っても、「私はあくまでもパードレ家の使用人ですので」と固辞し続けたので、時折話を振ると答えるぐらいの参加であった。


 オグンは朝食を済ませると、研究棟まで足を運ぶことが最近の日課であった。

「おはようトレーネ」

 研究棟のほぼ中央に位置するその部屋で暮らす自分の最愛の妻へ、オグンは朝の挨拶をする。

「おはようございます。あなた」

 トレーネはベッドに横になったままオグンに笑顔を向けるが、未だに弱々しく儚い笑顔であった。

 ゼンイよりも長い間ベッドの上に居たトレーネだが、狂化の影響で暴れていたからか、筋肉がすっかり無くなっている。という事はなかったが、四肢に無理に力をいれていた影響で、何ヵ所も骨が折れていたりヒビが入っていた。

 まずはそれから治す必要があり、当分は引き続きベッドの上での生活を余儀なくされていた。

 骨が治ったら筋肉をつけなくてはいけないので、モナルカが言った通り年単位でみなければならないだろう。

 オグンにとってはそんな事よりも、トレーネが正気に戻っただけで嬉しかった。それはオグンだけではなく、モーリエやゼンイ、ライテ達も同じ気持ちだった。

『あとのことは少しずつこちらで解決していく』

 モナルカに言ったあの言葉は嘘偽りではなく、オグンは焦らずゆっくりと待つつもりでいた。いつかまた、家族で色々な場所へと出掛ける事が出来る日を。

 オグンの向ける優しい笑顔を見ていると、トレーネは心苦しくなってきて視線を逸らす。

 目覚めてから、自分が狂化していた事を知らされた。それも三年も。

 その間のトレーネの記憶は曖昧で、正直何も覚えていないと言えるほどであった。

 長い間眠りについていたとはいえ、狂化した者がどうなるかはトレーネでも知っていた。だからこそ、三年もの間生かしておくのがどれだけ大変か、またどれだけの迷惑をかけていたのかを理解出来てしまっていた。

 更には狂化が治っても、自分の身体が狂化する前までに回復するにはまだまだ時間がかかってしい、まだまだ迷惑をかけてしまう現実に、情けなくなってしまった。

 いっそ狂化してすぐに殺してくれていれば。と、思ったことも一度や二度ではなかったが、母として、妻としての自分を思い出しては、その考えを否定してきた。

 そして、今は生きなければと、たとえどれだけかかろうとも、こんな自分を生かしてくれた人達に生きて万全の状態まで回復した姿を見せなければと。罪を償うのはその後で考えればいいと思い直していた。

 トレーネは、感覚が鈍くなってきているほどに痛む身体を無視して、オグンに笑いかける。

「あなた、愛しているわ」

 突然の言葉にオグンは驚いた表情をするが、それも一瞬の事で、すぐにオグンもトレーネに優しく微笑むと、

「あぁトレーネ、私も愛しているよ」

 そう答えたのであった。







 年中雪で覆われているレーシ地方北部にある街、サーム。その街の一角にある球状の建物で、一人の美しい女性が、穏やかな顔の老人に話しかける。

「ファン様、そろそろお時間です」

「そうですか。わざわざこんな北の端に居る老人を王都へ招集するとは、何事があったのか」

 ファンは目を細めてわずかに外を見ると、建物の出入り口へと歩みを進める。

「詳しい事は何も知らされていませんが、おそらく先の魔物の事が関係しているのでないかと」

「魔物の群れが王都へ進行したというやつですか…」

「それと、まだ情報が不足しているのですが、何やら魔物達が移動を開始していて、その動きはどこか目的地があるようである。という報告もあがってきています」

「なるほど。さすがはシグル君、引き続き情報収集を頼みますよ。どちらにせよ魔物関係ですか、まぁ行けば分かりますかね」

 ファンとシグルは、一路招集のあったギルド本部のある王都を目指してサームを後にするのであった。







「明日にはテトラ遺跡を目指せそうですね」

 モナルカがアーヘルに到着してから数日が経過した。

 約束した人達に挨拶を済ませつつも、街の様子を確認したモナルカは、出発の準備を終えて一息つく。

「明日の朝でまたお別れですね」

 今にも泣き出しそうな顔でモナルカの腕にくっつくラブ。

「そろそろ夜も遅いですよ、帰られてはどうですか?」

 クイナは冷たい視線をラブに向ける。

「今日はここに泊まるから大丈夫だよ♪」

「許可した覚えはありませんが」

 にっこり笑顔のラブに、変わらず冷たい視線で見つめるクイナ。

「いいじゃない、モナルカさんがアーヘルに滞在する最後の夜ぐらい一緒にいても」

 掴んでいるモナルカの腕をより強く抱きしめるラブ。

「あなたという人は、一度許可しただけで図々しい人ですね」

 こめかみ辺りをひくつかせるクイナに、頬を膨らませるラブ。

「ぶー、クイナちゃんのケチー。昔はあんなに素直で可愛い子だったのに」

「昔は昔です。それを言うならラブさんこそ、昔はもっと大人っぽかったですのに、今は随分と子どもっぽいですね」

 わざとらしく肩をすくめてみせるクイナ。

 そんな二人の様子に、モナルカは密かにため息を吐くと、昔の事を思い出す。

 クイナとラブの生まれた村はそう離れてはいなかった。

 ある日の事、二人が住む村が在る地域を治める領主と、それに隣接する地域を治める領主との間で争いが勃発したのである。

 二人の住む村がある場所はその二つの領地の国境に程近く、運悪く二人の住む村の近くが戦場に選ばれてしまった。

 争いの結果、二人が住む村側の領主の軍は後退し、二人の住む村を含む周辺の村村は相手方の軍の手により手当たり次第に焼き払われてしまった。

 その混乱に乗じて、近くの山を根城にしている盗賊達が村村を襲い、相手方の軍が取り残した金目の物や、売り物になりそうな人間を攫っていった。その対象は主に女子おんなこどもで、クイナとラブ、イスカもその時に盗賊に連れていかれたのだった。

 モナルカがそんな現場に居合わせたのは偶然であった。

 旅に出るようになってから、良くも悪くも色々なモノを見てきたが、争いが起きて、近くの村や町が巻き込まれて、更に盗賊が残飯を荒らすかのように軍が通った後を荒らし回るのもよくある光景であり、旅に出るようになって一年ぐらいのモナルカにとってもそう珍しい光景ではなかった。

 だからといって、起きた後ならまだしも、目の前で起きている惨劇を見なかった事にして立ち去るには、モナルカはまだ若かった。

 モナルカは獲物を手にいれて引き返す盗賊の一団の後を付けてアジトにしている砦を突き止めると、村を荒らしに行った全ての盗賊が戻るまでの間、砦を調べる事にした。

 モナルカが砦の構造を調べ終える頃には、盗賊達は全て戻ってきていた。

 盗賊達は戦利品を確認すると、連れてきた村の人達を牢屋に閉じ込め宴を開いた。

 モナルカはその隙に、見張りを含め宴に参加しなかった盗賊を始末すると、次に酒に酔って騒いでいる残りの盗賊達も始末した。そして、今回連れてこられた村人を含めた、砦に捕らわれていた人々を救出したのだった。

 その後、救出した殆どの人は自分達の帰るべき場所に帰っていったが、帰らずに残った者も居た。主に子どもであった。

 残った人達は親や家に村、全てを失って帰る場所が無く、生きる術を持ち合わせてもなく、途方に暮れている人達であった。

 モナルカはその人達を旅の途中で見つけたある場所に案内する。それが後にアーヘルと呼ばれる街の始まりであった。

 ちなみに、盗賊が蓄えていた金品は、後日被害にあった各村へと返したのだった。どの村からどれだけ盗ってきたかは分からなかったので、返すのには少し骨を折ったが。

 名も無い集落を築いたモナルカ達は、そこで暮らし始めた。

 その最初の頃は、クイナとラブは本当の姉妹のように仲がよかった。

(いつからでしたかね、こうなったのは)

 目の前で睨み合いを続けるクイナとラブの二人を見つめるモナルカ。

 仲が悪いというよりは、クイナがラブに張り合っているという感じだった。

 結局、クイナが折れてラブはそのまま宿泊する事になり、最後の夜は四人で過ごす事になったのだった。


「それじゃ行ってくるよ」

 翌日の朝、朝食を終えた四人は門の前に居た。

「兄様、お気をつけて」

「次の旅の話も楽しみにしてるからね、兄ちゃん!」

「モナルカさん、もう行かれるのですね。…すぐに戻ってきてくださいね」

 軽く頭を下げるクイナに、笑顔のイスカと涙を流すラブ。三者三様の言葉と表情での見送り。しかし、モナルカが無事に帰ってくる事を願う気持ちだけは同じであった。

 モナルカはアーヘルを後にすると、そのまま北東に進む。

 六日程進み、そのまま十五日近くかけて北上すると、目的のテトラ遺跡が見えてくる。

「見えてきましたね。テトラ遺跡、通称“氷上の遺跡”と呼ばれるだけあって、周りは相変わらず一面氷ですね」

 テトラ遺跡があるのは、ペドゥール大陸の遥か北側にあるシーロの湖と呼ばれる大きな湖の中央だった。年中凍っている湖だが、誰がどうしてこんな場所に遺跡を建てたのかは分かっていない。

 分かっている事は、ここが危険な遺跡だということと、テトラという遺跡の名前が神や古の権力者の名前ではないという事だけだった。

 そんなテトラ遺跡についての言い伝えがこの辺りには幾つかあったが、細かい違いはあれど大筋では同じ話であった。その話とは次のようなものであった。


 昔、ここにテトラというそれはそれは美しい少女が居たという。

 そのテトラの美しさは人々だけでなく、神々までもがテトラを欲した程であった。

 しかし、あまりにも美しいとはいえテトラは所詮人の子、時には勝てぬ宿命故に、その美貌が老いていくのを恐れた神々は、ついにはテトラを老いぬ身体にしてしまった。

 ある時、テトラをめぐって人々の間に争いが起きた。神々はテトラが争いで死んでしまう事を恐れ、テトラを死なぬ身体にもしてしまう。それだけではなく、神々はテトラの美貌が傷つかぬようにと、テトラを誰も傷つけられないようにもしてしまった。

 そんなテトラ自身は、人々の争いの種になり、神々さえも惑わす自分の美貌が恐ろしくなり、自ら命を絶とうとするが、神々の力により誰も傷つけられない身体になっていたテトラは、何をしても傷ひとつつかず、毒を煽ってみても、食を絶ってみても不死故に死ぬことはなかったし、またその美貌が失われる事もなかった。

 テトラは死ねない事に絶望し、嘆き悲しんだ。

 テトラがあまりにも嘆き悲しむので、神々はテトラにひとつの提案をした。

『そなたを失う事を我々は望まない。しかし、そなた自身が生きていく事を望まぬと言うのなら、永久とわの眠りをそなたに与えよう』

 テトラはその申し出を受け入れて、永久の眠りについた。

 神はテトラが安らかに眠れるように、また誰の目にも晒されぬようにと、湖上に大きな建物を造り、その中にテトラを隠してしまった。

 そして、テトラは今でもあの遺跡の中で眠り続けているという。


「まぁ言い伝えですからね、話し半分で聞くとしましても、あの遺跡の中には何が在るのでしょうね」

 目の前のテトラ遺跡と、それを守護するように存在する大型の魔物が五体。それを視界に収めながら考えるモナルカ。

「行けば分かりますかね」

 モナルカは遺跡を目指して氷上を進む。

 遺跡に半ばまで近づくと、遺跡周辺に居た大型の魔物五体の内二体が動き始める。

 一体は、白を主体とした周囲の薄い色の景観に反して赤や青、黄色などのカラフルな色をした鳥のような身体に、馬のような脚、カバのような顔をした魔物で、もう一体は人のような顔と熊のような身体から、キリンのような細長い四肢が生えた、二足歩行の全身青みがかった白色をした魔物だった。

 モナルカは正面から迫るその二体を見つめ、冷静に虚空から一振りの剣を取り出す。

「顕現せよ、踊る剣!」

 踊る剣と呼ばれたその剣は、モナルカの手から離れると、意思を持っているかのように勝手に動きだす。

「あの二体は任せましたよ」

 モナルカはまるで道を譲るかのように迫り来る二体の魔物を掌で示すと、踊る剣はその場で一回転して、目にも止まらぬ速さで魔物目掛けて動きだす。

 剣はまずカラフルな魔物の脚に襲いかかる。

 凄い勢いで迫っていたカラフルな魔物は、突然その場で転んでしまい、起き上がろうと必死にもがくも、断ち切られた脚ではそれも叶わず、悔しそうにうめこうとして、頭と胴が切り離されて灰になった。

 もう一体の魔物は、その光景にすぐに警戒体制をとろうとしたが、背後から真っ二つに斬られて灰になって消えていった。

 モナルカは止まることなく遺跡に近づき、残った魔物も、戦闘体制でモナルカとの距離を詰めてくる。

 そんな魔物を示すかのように、モナルカは無造作に手を突きだすと、それに呼応して剣が動く。

 結局、今回も戦闘らしい戦闘はなかった。

 そもそも大型の魔物程度ではいくら束になって挑んでも、モナルカの踊る剣にとっては相手にならない程の力の差が存在するのだった。

 剣はモナルカの隣に戻ってくると、自己主張するようにその場で回転を始めると、そのままモナルカの周りもくるくると回りはじめる。まるでモナルカの気を引くような動きだった。

「お疲れ様、い働きでしたよ」

 モナルカが剣の労をねぎらうと、剣はモナルカの正面でぴたりと止まり、嬉しそうに左右に揺れる。

 モナルカはその様子を優しく見つめていた。

 テトラ遺跡周辺の魔物の掃討を終えたモナルカと剣は、悠々と正面から遺跡内部へと入っていく。

 遺跡の内部は迷路のように入り組んでいた。

 遺跡内部には罠こそ無かったものの、小型から中型の魔物が多数徘徊していた。しかし、その魔物とは遭遇する都度剣が瞬殺して排除していたので、邪魔にはならなかった。

 遺跡の地下五階ほどだっただろうか、長い迷路に時間の感覚さえ曖昧になってきた頃に、その大きな扉を見つけたのは。

 その扉にそっとモナルカが手を置くと、扉は一瞬青白い光を発してひとりでに扉が開いていく。

「やはりここにも居ますね」

 扉の奥から感じる禍々しい感覚に、モナルカは面倒くさそうにつぶやくと、扉の先へと足を踏み入れる。

 すぐに下へと続く階段があり、それを下りると、そこは広間になっていた。そして、それはそこに居た。

 人型の魔物だった。全身真っ黒でなければ顔の形まで分かるその姿はまさに人間そのものであった。

「しかしまぁ、これだけ禍々しい人間ってのは見たことありませんがね」

 言葉とは裏腹に気楽な様子のモナルカ。

 その人型の魔物目掛けて剣が迫る。

 大型の魔物を仕留めた時同様に、目にも止まらぬ速さで人型の魔物に近づくと、その勢いのままに魔物に斬りつける。しかし、それを人型の魔物は少し後方へ下がる事で難なく避けてみせる。

 その後も剣は舞のように魔物を斬りつけ続けるも、魔物はそれをことごとく避けてしまう。

 あまりに当たらない攻撃に剣が動きを変えようとしたその一瞬の隙に、人型の魔物は剣目掛けて大きな火球を放つ。

 剣はそれを全力で回避に専念する事で、なんとか避ける事に成功する。

 剣はそのまま一旦後方へと下がり自転を始めると、全身に魔力を帯びはじめ、そのまま魔物へと突撃する。

 魔物はそんな剣へと目掛けて先程と同じくらいの大きさの火球を立て続けに三つ放つ。剣はその火球をものともせずに切り裂いて魔物へと迫る。

 剣と魔物の戦闘を横目にモナルカは広間の奥へと歩みを進める。

 そんなモナルカへと広間の奥から先程と同じ人型の魔物が三体現れ、一斉に襲いかかってくる。しかし、三体の魔物はモナルカに触れる前に灰となって消え去ってしまった。

「すいませんね、あなた方は十分強いのですが、私の相手はおそらく他にいるので」

 モナルカが広間の奥に辿り着いた時に、ちょうど剣が戻ってくる。

 モナルカは一瞬剣へと視線を向けるも、目の前の棺を立てたような物体へと意識を集中する。すると、モナルカの右の掌が淡く光ったかと思うと、三色の宝玉が現れる。

「宝同士が共鳴してる?」

 モナルカが訝しげに他の遺跡から持ち出した三つの宝玉を眺めると、その宝玉は宙に浮き、棺の中へと姿を消すと、ガタガタと棺が揺れて蓋が開く。

 棺の中には、神が手ずから彫った彫刻のように美しい一人の少女が入っていた。

 少女はゆっくり目を開け虚空に視線をさ迷わせた後、モナルカに視線を合わせる。

「…わたしを目覚めさしたのは貴方ですか?」

 どこか神秘的な響きのある声で問いかけてくる少女に、モナルカはしっかりと頷く。

「結果としてはそうなりますね」

「そうですか」

 そう言うと少女はじっとモナルカを見つめる。

「なるほど、貴方が今代の救世主様ですか」

 何かに納得したように頷くと、少女は棺から静かに出てくる。

「初めまして我が主よ、わたしの名はティトルと申します」

 優雅に一礼するティトル。

「…テトラではないのですね。しかし今代の救世主…ですか、それに貴女の主になった覚えはありませんが、まぁいいでしょう。私の名はモナルカです」

 軽く頭を下げるモナルカ。

「モナルカ様、ですね。よろしくお願いいたします。先程の“今代の救世主様”とは、世界を消滅させる者と対をなす者という意味でございます。そして、わたしは世界を消滅させる者と対をなす救世主様に仕え、世界を救う手助けをするのが役目です」

「………。とりあえず、訊きたい事は山ほど有りますが、一つずつ。その世界を消滅させる者とは?」

「それを説明する前に、モナルカ様は神の存在を信じますか?」

 真剣な顔でモナルカに対するティトル。

「否定はしませんが、実物を見たことがないので肯定もしずらいですね。まぁ、存在してもおかしくはないかと」

「神は存在します。簡単な説明になりますが、この世界には『創造』、『維持』、『破壊』の三柱の神が存在しています。そして、あなた方人間をはじめこの世のあらゆる物を創造されたのが『創造』の神で、世界を消滅させる者は『創造』の神の敵対者たる『破壊』の神が生み出した存在なのです」

「その世界を消滅させる者は具体的にはどう世界を消滅させるのですか?」

「この世のありとあらゆるモノを呑み込み、消し去ります」

「ふむ、いまいち漠然としていて分かりませんが、今はまぁそんなものでしょう。次は…そうですね、先程「あなた方人間を」と、言いましたが、ティトルさんは何者なんですか?」

「わたしは『創造』の神ではなく、『維持』の神によって創られた存在です」

「神が手ずから。ってのはあながち間違ってなかったようですね」

 自嘲気味に苦笑いを浮かべるモナルカ。

「しかし神ですか…ティトルさんとテトラの言い伝えには何か関係があるのですか?」

「言い伝え、ですか?それはどのような言い伝えでしょうか?」

 可愛らしく小首をかしげるティトルに、テトラの言い伝えについて説明するモナルカ。

「なるほど、それはおそらくわたしの事でしょう。歴代の主にはわたしの事をテトラと呼んだ方も居ましたし、わたしは魔法人形ですから不老不死なのも当てはまりますから。他には、ある意味わたしは神に求められている存在とも言えますね。ただ、わたしは争いの種というより、争いに導く側ですが」

 少し寂しげに答えるティトル。

「魔法人形とは?」

「魔力を人の形に変えたもので、簡単に言えば人の形をした魔力の塊です」

「ほう、魔力に人の形をとらせるですか…しかし、ティトルさんには意識があるようにみえますが、どうやって…」

「わたしを創ったのは神ですから、何でもありなのではありませんか?」

「やはり創った側でないと分かりませんか、物に意思を持たす事は出来ますが、魔力自身にそれは…さすが神と呼ばれる存在なだけありますね」

 今の自分では再現不可能な技術に、素直に感心するモナルカ。

「次に、先程“歴代の主”と言っていましたが、一体世界は何度滅びたのでしょうか?」

「……へぇ、すぐにそれが理解出来ますとは、どうやら今代の救世主様は聡明な方のようですね」

 モナルカの質問にティトルは驚きに目を丸くすると、感嘆の声を漏らす。

「わたしが記憶しているだけですが、拾六回世界は滅んでいます。現在は拾七回目ですね」

「なるほど」

「驚かないのですね」

 モナルカの淡白な返答に、少し意外な顔をするティトル。

「これでも十分驚いていますよ。複数回滅んでいるだろうとは思っていましたが、まさか二桁に上るとは」

「そうですか、しかし滅んだ。と言いましたが、モナルカ様がここに存在する以上、完全に滅んだという訳ではありません。もちろん、『創造』の神により新たな人間も創られたりはしましたが――」

「つまりは十六回その世界を消滅させる者とやらに救世主は負けたという事ですね。…救世主が世界を消滅させる者に勝った事はあるのですか?」

 モナルカの問いに、ティトルは言いづらそうにモナルカから顔を逸らす。

「…わたしが記憶している限りは、一度もありません」

「なるほど、世界を消滅させる者とは、大層な名前の通りの強敵という事ですね」

 モナルカの言葉には、どこか嬉しそうな響きがあった。

「強敵…確かに純粋にとても強いのですが、歴代の救世主のほとんどは戦わずして逃げているのですよね」

 困ったような口調になるティトル。

「逃げる?相手のあまりの強さに敵前逃亡をしたとでも?」

 ふるふると首を左右に振るティトル。

「確かに壱名敵前逃亡された方はいましたが、ほとんどは対峙さえしていません」

「理由はなんなんですか?」

「…世界を消滅させる者は強いだけではなく、世界を消滅させる者を倒してしまうと、世界の全ての人が魔力を失ってしまうのです。そして、倒した者は存在自体がこの世界から消えてなくなります」

「存在が…?」

「はい、全ての人から記憶が無くなるだけではなく、存在そのものがなくなり、その人が存在していた場所には代わりの何かが補填されます。つまりは、世界を消滅させる者に勝利する。とは、救世主様の完全なる死を意味します…」

「…それを知って逃げたと」

「はい、戦わない事を選んだ方は大切な人達に忘れられるのが耐えられなかったり、人々から魔力を奪うという重責に、決心がつかなかったようです」

 そこまで聞いてひとつため息を吐くモナルカ。

「…それで、滅んだ後はどうなるんですか?」

「繁殖、繁栄…辺りですかね。生き残りはかなり少ないですから、あらゆる生き物が絶滅寸前状態ですので。『創造』の神も全てを戻せる訳ではないですし、世界そのものを創造し直さなければならなかったりで大変なんですよ。それに魔物の存在もあります。主様は魔物がどうやって誕生するかご存知ですか?」

「主様は止めてくださいませんか、違和感しかありませんので」

「そうですか?では、…モナルカ様でよろしいですか?」

「せめてモナルカさんとか、それぐらい気安くていいのですが…」

「モナルカさんですか………善処します。モナルカ様」

「あぁ、まぁ、うん、…それでいいです」

 どこまでも真面目な表情のティトルに、諦めたように頭をかくモナルカ。

「それで、魔物がどうやって誕生するか?でしたね。…詳しくは分かりませんが、あれが元々生き物だったのは分かります」

 モナルカの答えに、驚いたように頷くティトル。

「そこまでご存知だとは、本当に今代の救世主様は博識ですね。モナルカ様のご推察通り、魔物は元々生き物です。それも世界を消滅させる者に吸収された者逹の成れの果てなのです」

「そうですか…。はぁ、では何としてでもその世界を消滅させる者を倒さなければなりませんね」

 疲れたように呟くモナルカに、ティトルは窺うような慎重な口振りになる。

「…本当に戦われるのですか?」

「ええ、私はただ自分の強さの意味を知りたいだけで、世界に興味などありませんから。それに、例え私に大切な人が居たとしても、忘れられない代わりに長生き出来ないし、魔物にされてしまうのなら、忘れられてもその人には長生きしてもらいたいですし…というよりも、忘れられた方が相手は辛い思いをしなくて済みますしね」

「…強さの意味、ですか?」

「ええ、誰が言ったかは知りませんが、人は何かを成すために、…何かしら意味があってこの世に産まれてくるらしいのですよ。ならば、この周りと比べて桁違いに強い魔力にも何かしら意味があるのだと思いましてね」

「それが世界を消滅させる者と戦う事?」

「はい、私はそう決めました」

 真剣な眼差しで頷くモナルカ。

「……今代の救世主様は聡明で博識なだけではなく、面白い方なのですね」

 そう言って微笑むティトル。モナルカはこの時はじめてティトルの表情を見た気がしたのであった。


「モナルカ様、これからどうされますか?」

 モナルカとティトルは会話をしながら移動して、とりあえずテトラ遺跡の外へと出る。

「このまま南下して一度アーヘルという街へ行きます。世界を消滅させる者と事を構える前に、そこに在る私の武器庫を確認しておきたいので」

 氷上を移動するモナルカ。ティトルが目覚めたからか、はたまたモナルカが行きで殲滅したからか、テトラ遺跡内部と周辺には中型以下の魔物が少数居るだけだった。

「武器庫ですか、そんな良い物が持てるとは、モナルカ様は領主様か何かですか?」

 半歩下がってついてくるティトル。

「いえ、私はそんな大層な者ではありませんよ。前の世界がどうだったかは知りませんが、今の世界では武器庫或いはそれに準じる場所を所有しているのはそんなに珍しい事ではないのですよ」

「今の世界は平和なんですね」

「武器庫所有者が多いって話ですがね。まぁ、戦で奪われる事は少ないですけど」

 肩をすくめて、一瞬皮肉めいた笑みを浮かべるモナルカ。

 魔法により武器を顕現させる場合、武器をどこか別の世界から持ってくる訳でも、その場で造ったりするものでもなく、その顕現させる武器をどこか別の場所で管理していて、それを魔法により手元に呼び出すのである。事前に呼び出す印をつける必要があったりと、一種の移動魔法や召喚魔法に近い魔法であった。

 その顕現させるモナルカの武器などを保管する為の武器庫がアーヘルに在るのである。

「最初にお会いした時の意思を持つ剣はモナルカ様がお造りになられた物ですか?」

「はい、そうですよ。よく分かりましたね」

「やはり今代の救世主様は面白いですね。あのレベルの武器を人が造れるとは、いやはや本当に大したものです」

 心底感心したというように呟くティトル。

「…それ以上の存在の貴女に言われると、何故だか虚しくなってきますね」

 そう言うと、疲れたように笑うモナルカだった。

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