人の笑顔が一番怖い
「そういえば、カルマは泊まるとこ決まってるの?」
診療所を出て直ぐモーリエはカルマにそう訊ねる。
日は大分傾いてきていた。
「いや、こっちには知り合いもいないし、王都に入ってからはモーリエと一緒だったからね、ご存じの通り宿もまだ決まってないよ」
カルマは別に皮肉や嫌味を言ったわけではなかったが、モーリエは責められてるとでも思ったのか、
「ごめんなさい」
と、謝られてしまった。
「え、いや、別に責めてるわけじゃ」
予期せぬ謝罪にあわてるカルマに、
「ふふふ」とモーリエはおかしそうに微笑む。
「それでは、家に来ませんか?」
「え?」
突然の提案に戸惑うカルマに、
「私の家はギルドをしていて、お客様を泊めるための部屋もあるからね。なんならそのままギルドに入る?カルマは強いから大丈夫だと思うし、部屋も余ってるからギルドを生活の拠点にする事も出来るし」
モーリエはにこにこしながら訊いてくる。
ギルドとは、元々はラソル王国が軍備縮小の一環として始めたことだった。現在では便利屋状態となっているも、民衆にとってなくてはならない存在になっていた。
「信用されてるのは嬉しいけど、いきなりじゃさすがに迷惑じゃない?」
困惑顔で頭をかくカルマ。
「大丈夫よ、なんたって私たちの命の恩人ですもの、父さんだって嫌とは言わないわ」
満面の笑みでカルマを見るモーリエ。
「……」
命の恩人などと面と向かって言われて正直誇らしくもあり、恥ずかしくもあったが、何よりその笑顔が怖かった…。
『人の笑顔が一番怖い』なぜかそんな言葉が脳裏を過ぎる。確かモナルカの言だったか。
いつの事だったかモナルカに怖いものはないのかと訊いた事があった時のだ、その時そんなことを言っていた。その頃はその意味がよく解らなかったな。と現実から目を逸らすも、
「では行きましょう、ギルド加入の件は実際にみてカルマ自身が判断すればいいとして、とりあえず寝る場所は必要だもんね」
どうやら現実逃避による沈黙は肯定ととられたようで、手をひかれるカルマ。
「え、ちょ、ま―――」
そのままモーリエの家(またはギルド)まで連行もとい手をひかれるカルマ。現実に引き戻されたばかりで頭の回転が追い付かず、抵抗という言葉は思い浮かばなかった。