ソル・バ
「ここよ」
モーリエに先導されて到着した場所は、『夜天光』のギルドハウスの一室だった。
モーリエが開けた扉の先はカルマの部屋と同じくらいの部屋で、置いてあるものが全体的に子ども向けというか、モナルカより少し年下の人間の部屋という印象であったが、やはりカルマの部屋同様に綺麗に片づいていた。
壁際に置かれたベッドには、この部屋の主だろう少年が眠っていた。
「この子がカルマが話していた患者で、私の弟のゼンイ」
ベッドの脇に移動すると、少年をモナルカに紹介するモーリエ。
「なるほど」
ゼンイを見て、部屋の印象通りの少年だと1人納得するモナルカ。
「どう、治せそう?」
不安そうな表情で訊いてくるモーリエに、
「大丈夫ですよ、やはりフェス遺跡の魔物の角と症状は似ていますから。…ただし、これは魔物の角ではなく、それを模倣して造られた武器によるもののようですが」
「模倣して造られた武器って、なんで分かるの?」
モナルカの言葉で疑問に思ったことを質問するモーリエ。
「本物の魔物の角ならもっと症状が深刻ですし、なにより傷口が切り傷ではなく刺し傷になりますから。あの魔物の角は先端が尖ってるだけで、他に鋭さはありませんので、引っ掻くように使ってもここまで深くは傷つかないでしょう」
「傷?」
モナルカの言葉にモーリエは首を傾げると、ゼンイの身体を確認する。
服の上からということもあるが、外傷は確認出来なかった。そもそも、最初に老医が診察した際も外傷は無かったと言っていたはずである。
「あぁ」
モーリエの行動で、先ほどの呟きの意味を理解したモナルカは、視線をゼンイからモーリエに移して疑問に答える。
「先ほど私が言った傷というのは、…魔力の痕と言えばいいですかね、外から見える傷ではなく、魔力による内部の傷の事です」
「内部の傷?」
変わらず理解出来ないと首を傾げるモーリエ。
「魔力経路の損傷、とでも思ってもらえればいいかと」
「なんとなく理解した」
モーリエは自信なさげに頷く。
「えっと、それでですね。そもそも、相手が魔物自身でない時点で魔物の角そのものではありません。魔物の身体は本体から離れたら灰になって消えてしまいますし、本体も命尽きれば灰になって消えてしまいます。ですから、魔物の角そのものを使うには捕獲して使う以外ないんですよ、捕獲はかなり難しいですけど」
気を取り直してモーリエにそう説明するモナルカ。
「そうなんだ、魔物について詳しくないから知らなかった。でも、魔物の力を模倣出来ちゃう職人はすごいね、ゼンイのことがなければ素直に感動出来たのに」
素直に賞賛出来ないことに、複雑な表情を浮かべるモーリエ。
「魔物の特性を知り、模倣出来る人間はそうは居ません。そして、この完成度なら私の知る限りでは1人しか心当たりはありませんね」
「それは誰か教えてくれないかい?」
ゼンイのことがあるからだろう、やや怒気を孕んだ声でモナルカに尋ねるオグン。
「……ソル・バと名乗る、本当の名は不明の工匠というより鍛冶屋のような者ですかね」
オグンに目線を移すと、モナルカは僅かな間を置いて答える。
「居場所は分かるのか?」
オグンは続けてモナルカに質問する。
「特定の場所に長いする者ではないので、大まかな場所しか分かりませんが」
「それで構わない」
モナルカの言葉に、頷き答えるオグン。
「現在は北方のどこかの遺跡近くに居るはずです。それと、一応話しておきますが、ソル・バはゼンイくんを襲った連中とは関わり無いと思いますよ」
「何故そう思う?」
「…ソル・バは、魔物の特性を研究して、それを自分の手で再現する以外の事には興味を示さない人間ですから。大方ソル・バから買ったか、流れた品をたまたま手に入れて、それを使っただけかと」
オグンに視線を向けたまま話すモナルカ。
「造って売ったのならば、売った相手が分かるかも――」
「再現するための材料や道具代欲しさに売ってるだけですからね、相手が誰かまでは興味無いらしいので、特定は出来ないかと」
オグンの言葉を遮りやや早口で答えるモナルカ。
「詳しいんだな」
オグンが黙りこむと、隣に居たカルマが感心したようにモナルカに訊いてきた。
「本人に会いましたからね。そんな事より治療を始めましょうか」
そう言うと、ゼンイに向き直るモナルカ。
「……両腕に同じような傷が有りますね、顔を庇ったというところでしょうか」
そう言うとまずは傷口のあるゼンイの左腕にそっと触れる。触れた部分が淡い光を帯びる。
暫く経つと光が消えて、次は右腕の治療を開始した。
「………」
意識を集中するモナルカ。
左腕の時同様に触れた部分が淡い光を帯びて、暫くすると光は消えるが、その後も少しの間意識を集中するモナルカ。
「これで大丈夫でしょう。大体3日以内には目が覚めるでしょう」
ゼンイの腕から手を離すと、この場にいる全員を見回してそう話すモナルカ。
「ありがとう」
その言葉とともにモナルカに抱きつくモーリエ。
ライテは感謝を込めて静かにモナルカに頭を下げる。
オグンは「ありがとう」と言って、モーリエが抱きついている反対側の肩を叩く。
それをカルマは微笑ましく見ているのであった。




