それはわからない
屯所で衛兵が教えてくれたゼンイの入院場所は小さな診療所だった。
「先生、弟は大丈夫でしょうか?」
診療所には年老いた医者がひとりいるだけだった。
「目立った外傷や身体的な異常はないから、あとは目を覚ますだけじゃの」
そう言うと老医はゼンイからモーリエに視線を移す。
「どれくらいかかりますか?」
祈るように胸の前で指を絡めるモーリエ、覚悟を決めるようにその手にわずかに力が入る。
「それはわからない」
「………そうですか」
ゼンイを見つめるモーリエの瞳が不安に揺れる。
「まぁ、命に別状はないから安心せい」
「はい」
モーリエは力なく頷く。
「これからどうするね?今ここで出来ることはこれ以上ないから、自宅に連れ帰ってもかまわんが」
「えっと…急な事なので…明日から、ではダメでしょうか?」
「ああ、明日からでかまわんよ」
「ありがとうございます」
老医に頭を下げるモーリエ。
「ひとつ訊きたい事があるのだが、いいかね?」
「はい、なんでしょう?」
「彼が、ゼンイ君が襲われた時の事なんだがね、何かの角のようなもので斬るかか刺されるかしなかったかの?」
「えっと…確か角ではなくナイフのようなもので斬られたはずですが…」
思い出したくない事を再度思い出したからか、僅かに顔が不快そうに歪む。
「そうか……ふむ」
急に考え込む老医。
「それがどうかしたのでしょうか?」
急に黙り込んだ老医に質問の意図を問うモーリエ。
「ああ、すまない」
その問いに老医の意識がモーリエに向く。
「刺されると意識を失うという角の存在を思い出しての」
「そんな角があるのですか!」
はじめて聞く話に驚くモーリエ。
「遥か北にある遺跡に生息する魔物の角らしいのだがね、その角に刺された…いや、傷つけられたら外傷はないが意識を失うという話を聞いた事があっての」
「………」
真剣な眼差しで老医をみつめるモーリエ。
「確かな事はわからないが、ただ、ナイフに斬られたのに外傷はないから気になっての」
あごをさすりながらしばし黙ると、
「もし数日経っても彼の意識が戻らない時は連絡をしてくれんかの」
「それはかまいませんが……」
モーリエは不安に顔を曇らせるも、それ以上の追及はしなっかった。
そのあと今後について少し話をすると、モーリエとカルマは診療所をあとにした。
「一応衛兵に賊の所持品を見せてもらえないか訊いてみるかの」
ふたりが出て行った扉を見ながら老医は独りごちる。
その顔には焦りのような危機感が浮かんでいた。