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消された英雄

「まず、そこの女性ですが、彼女はおそらくただ単に操られていただけですね」

 そう言ってシグルに目を向けるモナルカ。

「次にそこの大男ですが、彼はイーブル・サルバ・レギンと言ってレーシ地方で指名手配されてる犯罪者です」

 モナルカはそのままレギンに視線を移すと、そう説明する。

「指名手配って何をやらかしたんだ?こいつ」

 あごでレギンを指すシャルロッタ。

「可能性があるものも入れて、殺人が数十件、他には器物破損や強盗、暴行、強姦等々数え上げたらきりがない程で、最近も王族の殺害未遂をやらかしてましたね。そして、近いうちにレーシ地方だけではなく、ラソル王国中に指名手配される予定だったはずですよ」

 モナルカの言葉を受け、嫌悪に顔を歪めるシャルロッタ一行。

「心が歪んでる様ですね、壊す事や壊れていくものを見ると愉悦を覚えるたちみたいですから」

 何かの報告書を読む様に淡々と言葉を紡ぐモナルカ。

「まぁ、そこに興味があったんですけど」

 ぽつりと、近くにいるシャルロッタ達にも聞こえないほど小さな声でそう呟くモナルカ。

「最後にその老人ですが、名前はタンタ・スーグ・ファンといい、ギルド本部の委員会の一人、つまりは最強と謳われている一人です。因みに九人の中では最年長らしいですよ」

 そこで一旦言葉を区切り、シャルロッタ達を見回すモナルカ。

「そして、五年前の狂化から始まる一連の事件の元凶…にされた人です。実際は彼もまた、操られていた一人なんですがね」

「操られていたって、さっきの豹変の事か?」

 肩を竦めるモナルカに、先ほどのモナルカとファン達の闘いの終盤のやりとりを思い出し、そう問いかけるシャルロッタ。

「えぇ、最後に現れたのが今回の事件の黒幕で、名をデヒトと言います」

「アンタは古の英雄と言っていたが?」

「はい、皆さんはヌバックと言う英雄をご存知ですか?」

 再度シャルロッタ一行を見回すモナルカ。

「あぁ、有名だからな」

 シャルロッタの言葉に頷く一行。

「デヒトはそのヌバックの弟です」

 モナルカの言葉に眉をひそめるシャルロッタ。

「弟?確かヌバックに兄弟は居なかったはずだが?」

「妹は居ましたけど」

 シャルロッタの言葉を直ぐに訂正するアドルフ。

「うぐっ」

 恥ずかしさから恨めしそうにアドルフを睨むシャルロッタ。

「デヒトは歴史から消されてますからね、知らないのも無理ないかと」

 そんなシャルロッタ達は気にもせず話を続けるモナルカ。

「ヌバックの伝説は色々と無理があるんですよ。それはヌバックの時代に活躍していたデヒトを無理やり抹消した結果なんですがね」

 恨めしそうな視線をアドルフに向けるのをやめて、大人しくモナルカの説明に耳を傾けるシャルロッタ。

「その辺りの話を詳細に語るとかなり長くなるので割愛しますが、手短にまとめると、戦乱の最中だった当時、デヒトはヌバック以上の英雄でした。しかし、時代の趨勢がほぼ決した頃、兄であるヌバックは王を殺害し、その罪をデヒトに押し付けて、デヒトを謀叛人としてヌバックは配下の者を使い積極的に責め、デヒトが王都を脱出するとヌバック自らが率先して軍を率いて追い詰めると、そのままデヒトを誅殺しました。その謀略の結果、ヌバックは自らが王となりラソル王国を建国し、歴史書からデヒトの存在を抹殺しました。以上がデヒトの物語ですね」

 モナルカの説明に驚くシャルロッタ一行。

「何故それをアンタは知っている?」

「私は色々な遺跡を廻り、調査しているのですが、ある遺跡でデヒトについて書かれた日記がありまして、さっきの話はそれに私の解釈を加えての推測です」

「推測ねぇ…まぁ今はそれはいいとして。それで、その古の英雄様がなんでまた現在に居るのかについてだが」

 軽く肩を竦ませ、小さく手を広げるシャルロッタ。

「それは…今のところほぼ完全に推測でしかない答えしかありませんが」

 少し言い淀むモナルカ。

「推測でも分かっているなら話してくれ、さっきのも似たようなものだろう」

 おそらくシャルロッタのその言葉には悪意は微塵も無いのだろうが、そんな事が全ての人間に理解出来るわけがないので、聞いていてハラハラするイーハ達シャルロッタ以外の四人は、おそるおそるモナルカの顔色を窺う。

「そうですね。今回のはさっきよりも推測要素が強めですけど」

 モナルカはたいして気にした様子もなく話を続ける。

「簡単に言えば、世界滅亡の前兆ですね」

 そして、突拍子もない事を言いだした。

「世界滅亡?いきなり何を」

 眉根を寄せてモナルカを見るシャルロッタ。

「いきなり世界滅亡なんて言われても反応に困りますよね」

 穏やかな顔で答えるモナルカ。

「…冗談なのか?」

「いいえ、本気ですよ。殆ど知られてないですが、この世界は今まで最低でも一回、おそらくは複数回は滅びています。ですからおかしな話でも、突拍子もない話でもないんですよ」

「どういう事だ?意味が分からん。滅びたのに何故ワタシ達はここに存在する?そして、本当に滅んでいるとして、何故それをアンタは知っている」

 シャルロッタが皆を代弁してモナルカに質問する。

「これも先ほどと同じで、遺跡に書いていた事に、私の考えを加えた結果の推測です。そして、私達が存在しているのは、世界が滅んだと言っても完全に、ではないからですよ」

 予想していたのだろう、穏やかな顔を崩さず答えるモナルカ。

「…原因は分かっているのでしょうか?」

 イーハが小さく手を上げて質問する。

「遺跡には、神の怒りに触れた。と書かれていましたが、そう思わせるほどの圧倒的な何かが世界を滅ぼした。としか今は分かってませんね」

 モナルカは僅かに悔しそうに首を左右に振る。

「そうですか」

 話が大きすぎて、また抽象的過ぎてそれ以上の感想が出ないイーハ。

「とりあえず、ここの後始末ですが…」

 モナルカはそう言って話題を変えると、地面に倒れたままの三人を見回す。

「そこの大男、レギンについては、ノヒンにも手配書が届いているはずですので、警備の者に引き渡すとして…」

 モナルカはファンに目を向けて、

「ファンさんは立場がある人ですからね、無用な波風は出来るだけたたせない方が賢明ですね。今回は被害者でもありますし、こちらの女性も同じように配慮しておきましょうか」

 そう言うと、シャルロッタ達に視線を移すモナルカ。

「それならその二人はどうするのだ?」

 シャルロッタが小首を傾げてモナルカにそう尋ねる。

「出来ましたら意識が戻るまではシャルロッタさん家の宿屋に運びたいのですが」

「それは構わんが…いくら軽そうとはいえ、意識のない人間を二人、それも両方大人だ。運ぶのは大変だぞ」

「それは私がやりますから大丈夫ですよ」

 表情を変えずに答えるモナルカに、難しい顔をするシャルロッタ。

「どういう意味だ?人間二人をアンタ一人で運ぶ様に聞こえるが」

「ええ、その通りですよ」

 相変わらず表情を変えずに答えるモナルカに、ますます難しい顔をするシャルロッタ。

「どうやって?」

「ここから宿屋に転送しますので、一瞬で済みますよ」

 さらりととんでもない事を言うモナルカ。

「転送?そんな事が可能なのか?」

 猜疑的な視線を送るシャルロッタ。他の四人も表情は違えど、理解不能だというのは変わらなかった。

「まぁ正直面倒くさいので出来ればやりたくないですが、あまり人目に触れたくもないですからそうも言ってはいられません」

 ため息とともに肩を落とすモナルカ。

「答えになってないが」

「説明すると長いですし、これを私以外の人が出来るとは思えませんので割愛させて頂きます」

「なっ」

 面倒くさそうに答えるモナルカに、絶句するシャルロッタ。

「さて、ではまずこの大男を警備につきだしますか。皆さんは二人を見張るか、先に宿屋に向かっていてください」

 そういうとレギンを軽々持ち上げると何処かへと歩いていくモナルカ。

「どうしましょう?」

「転送に興味はあるが、家に帰って準備もしないといけないし…」

 イーハの質問に、目を瞑って考え出すシャルロッタ。

「もしその転送が一瞬で行ける場合は、今から宿屋に向かっても間に合わないかと」

 そんなシャルロッタに助言するアドルフ。

「あっ、それもそうか!では待つことにしよう」

 こうして、モナルカの帰りを待つことになったシャルロッタ一行だった。




「おや、皆さんお揃いで」

 しばらくして帰ってきたモナルカ。

「早かったな」

「警備に渡すだけですからね。まぁ多少色々聞かれて面倒でしたが」

 僅かにげんなりした声になるモナルカ。

「さて、ではお二方を転送しますが…」

 そこでシャルロッタ達を見回すモナルカ。

「ワタシ達も一緒に転送してくれ」

 モナルカの言外の問いに答えるシャルロッタ。

「それは構いませんが…、一度死ぬことになりますよ?」

「は?」

 いきなりの意味不明なモナルカの発言に、ついつい間抜けな声を出してしまうシャルロッタ。

「…面倒ですが出来るだけ手短に説明しますと、私の魔法は転移魔法ではなく、転送魔法です。この転送魔法は任意の二点を、距離を無視して強引に繋げて道を造り、そこに物を通す事で物を送る魔法です。そんな魔法の道を生身では通れません。生身で通る事が可能な転移魔法は保護魔法を併用したりと、色々と手間がかかるんですよね。だから私の魔法は転移ではなく転送魔法なのです。もちろん、生身に限らず送る物は全般的に普通には通せません。普通に送ると道を通過する過程で跡形も無くなりますから。ですから、この魔法では送る物を一度分解して通行可能な状態にしてから送り、その後送られてきた物質を再構築する事で転送魔法は完成します。ですので、生身の身体を送る場合も一度分解して、転送先で再構築して完成というわけですから、先ほど一度死ぬことになると言ったのです」

 モナルカの説明を聞いたシャルロッタは、

「では転送魔法ではなく転移魔法にすればいいじゃないか、その口振りから察するに出来るのだろう?」

 そう簡単に解決策を提案する。

「転移魔法は転送魔法に比べて手間と魔力を多目に使うので使いたくないんですよ」

「不精者だな」

「倹約家、或いは効率的と言って欲しいですね」

 シャルロッタが一言で切り捨てると、倦怠感を漂わせながら答えるモナルカ。

「とりあえず、転送ではなく転移で頼む」

 シャルロッタの頼む者の態度ではない態度にため息を吐くと、無駄な議論による時間の浪費を嫌って転移魔法を発動させる準備をするモナルカ。

(やはり人間というのは面倒ですね)

 予想通りの事態に内心でもため息を吐くモナルカだった。




「おぉ、ホントに一瞬で着いた!」

 ノヒンの中心地に程近いとある宿屋の一室、そこでシャルロッタは興奮した様子で驚きの言葉を溢す。

「本当に一瞬でシャルロッタさんの家の宿屋さんに到着です」

「これは、凄い」

「おぉ、マジで一瞬で着いた」

「スゴいんだな」

 シャルロッタの後から部屋の中に現れたイーハ、アドルフ、ウィル、ゴットフリートは、次々にシャルロッタ同様に驚きの声をあげる。

「これだけの人数が入るとさすがに狭いですね」

 最初に部屋に着いてたモナルカが、ファンとシグルをベッドに静かに寝かせると、部屋の現状に正直な感想を述べる。

「まぁ、ここは一人向けの部屋だからな。ウチは他の宿屋に比べて一部屋の空間を広めにとってあるとはいえ、一人用の部屋に八人入ればさすがにな」

 どこか呆れた様に答えるシャルロッタ。

「とりあえず、お二方には大きな怪我は見当たらなかったので手当てはこれで完了として、後は目を覚ますのを待つだけですが…」

 そこまで言ってモナルカは視線をファンとシグルの二人から、窓の外へと移す。

「間に合いますかね」

 窓の外は日が落ちる少し前、空が茜色に染まっている時間だった。

「何がだ?」

 モナルカの呟きにそう問い返すシャルロッタ。

「私がこの宿に逗留出来る時間ですよ。明日の朝にはこの宿を出ますので、それまでに目を覚ますかどうか」

「なんだ、そんな事か」

 モナルカの答えにあっさりそう返すシャルロッタ。

「それならもう少し宿泊日を伸ばせばいい。なに、ワタシはここの宿屋の娘だし、最初に説明した通り宿泊日の延長は簡単だ。もちろん、今回の延長分のお代は不要だ。今日は助けてもらったしな」

 シャルロッタは両手を腰にあて、偉そうにそう一気にまくし立てる。

「…それはありがたい申し出ですが、色々と他にやることがあるので出来るだけ早くこの件は済ませたいのですが」

「むむ、問答は無用だ!せっかく提案したのだ、明日もここに泊まれ!」

 言いにくそうに答えるモナルカに、何故か引くに引けなくなっているシャルロッタはそう命令する。

「…分かりました、では後1日宿泊させていただきます」

 暫し考える素振りをみせると、シャルロッタの申し出を承諾するモナルカ。

「うむ、それで良い」

 モナルカの答えに満足気に頷くシャルロッタ。

 その様子を苦笑しながらも生暖かく見守るその他四人だった。




「どうだ、二人の容態は?」

 晩飯時を過ぎた夜、モナルカが借りていた部屋を訪れるシャルロッタ。

 あの後、二人に他の部屋を用意しようとしたシャルロッタに、移す手間を考え、自分が他の部屋に移る事を提案したモナルカ。

 それを受け入れたシャルロッタによって、モナルカは別の部屋を借りたのだが、荷物だけ移して現在も同じ部屋で二人の様子を看ていた。

「まだ目を覚ましませんね」

 ファンとシグルに目を向けたまま少し疲れた様にそう答えるモナルカ。

「そうか。アンタもそろそろ休みな、後はワタシ達が交代で看とくから。目が覚めたら呼びにいくし」

 優しい声でそう提案するシャルロッタ。

「…そうですね、今日は少し疲れましたし、お言葉に甘えさせてもらいます。シャルロッタさん達も無理をなさらずに、この分では朝になっても起きないかも知れませんし」

 ゆっくりと座っていた椅子から立ち上がると、静かな動きで部屋を出ていくモナルカ。

 それを見送ると、先ほどまでモナルカが座っていた椅子に腰掛けるシャルロッタ。

「おかしなもんだ、あれだけ必死に探して倒そうとしてた敵を、今は看病してるんだからな」

 月明かりが差すなか、そう言って一人静かに笑うシャルロッタは、その美貌も相まって、まるで絵画から飛び出してきた様に美しかった。




「ん、んん」

 もうすぐ昼になろうかという時間、ベッドで静かに眠っていたシグルは、小さく身動みじろぎをすると、ゆっくりとまぶたを持ち上げる。

「ここは…」

 見知らぬ天井に戸惑いの声を上げるも、ある程度意識がはっきりすると、直ぐに警戒の表情に変わるシグル。

「そう警戒しなくても、ここは安全ですよ」

 緊張を解す様な柔らかい口調で話すモナルカ。

「貴方達は誰です?」

 モナルカ達に目を向けたシグルは、初めて見る面子に変わらず警戒を続け、更に隣にファンが寝ている事に気がつくと一層警戒の色を濃くする。

「その件なら解決しましたので、そこに居るのは貴女のよく知るファンさんですよ」

 二人を宿屋に運んだ後、モナルカは二人の魔力回路の診察をしたのだが、魔力回路は記憶との関係が深く、記憶喪失になると魔力を使えなくなったり、その逆に魔力回路が欠損した結果、記憶の一部を失うという事案も多数報告されている。

 その魔力回路を診察した時に、二人の記憶の一端に触れて、今回の騒動の顛末を知ったのであった。

 またそれとは別に、レギンを警備に渡す前に、モナルカはレギンの記憶も見ていたのだった。

「………」

 モナルカの言葉に、少しの間ファンを確認するように見ていたシグルは、そのままモナルカへと視線を移す。

「貴方は何者ですか?」

 モナルカを見つめたままそう質問するシグルの目には畏怖の色が浮かんでいた。

「ふむ…、それは中々に難しい質問ですね。貴女が求める答えは少々深すぎる様ですし」

 モナルカは、暫し何事か考える仕草をすると、大きく肩を竦め、わざとらしく両手を広げた。

 そんなモナルカを暫く見つめていたシグルだったが、求める答えは得られそうにないと分かると、再びファンに視線を戻す。

「…ファン様は」

「時期に目を覚ますかと」

 シグルが言い終わる前に先回りして答えるモナルカ。

「そうですか」

 心配そうにファンを見つめるシグルに、事情を知らないシャルロッタ一行は首を傾げる。

「どういう事だ?」

 顔だけで振り返ると、肩越しに背後に立っているモナルカに説明を求めるシャルロッタ。

 そんなシャルロッタの、というよりシャルロッタ一行の戸惑いを理解したモナルカは、何でもない事の様に簡単に説明する。

「彼女は元々彼の、ファンさんのギルドの一員なんですよ。それでファンさんの異変に気づいてしまい、結果操られたみたいですね」

「なるほど」

 何故被害者が加害者の身を案じるのか?という疑問が解決したシャルロッタは、同時に何故それをモナルカが知っているのかについて気になったが、追及はしなかった。

 わりと何でも有りなくせに、面倒くさがりで秘密主義的なところがあるこの男に、そんな質問をしても意味がない事は、まだ短い付き合いとはいえ、さすがに学んでいた。

「それじゃ、そろそろ昼飯にでもしようか。えっと…、そう言えば自己紹介がまだだったな」

 そこでやっとシグルの名前を聞いていない事に思い至ったシャルロッタは、自分達側から順番に簡単な紹介をしていくと、シグルも戸惑いながらも自己紹介を始めたのだった。




 空が茜色から藍色に変わり、モナルカのノヒン滞在日が更に延長する事が決まった頃、先に目を覚ましたシグルは、別室を用意されていたが、変わらずファンの傍で様子を看ていた。

「おはようございます。ファン様」

 僅かに身動ぎをすると、顔をしかめるファンに、シグルは優しくそう言葉を掛けた。

「ん、あぁ、シグル君か。ここは…?」

 まだ曖昧な意識の中、それでもシグルの声を認識出来たファンは、同じく曖昧な記憶を探りながらシグルに現状の説明を求めた。

「ここはノヒンにある宿屋の一室です。ファン様は…私も完全に把握している訳ではないので、上手くは説明出来ないかも知れませんが、事件…というよりも災厄、災害とでも申しましょうか、そういったものに遭遇されて、長い間囚われの身になっていた所を、ここノヒンでようやく解放され、手当てを受け、やっと意識が戻ったところです」

 言葉を選びながらもなんとか説明しようとするシグルだったが、事情を少しも知らない者が聞いたら、ますます混乱してしまいそうな説明になってしまっていた。

「そうか、彼は去ったのか」

 そんなシグルの説明に、ファンはそう短く答えると、少し寂しそうに窓の外を見る。

「彼の最期に救いはあったのだろうか」

 慈しみの籠った声で呟くファンに、質問をするシグル。

「彼、ですか。ファン様はあれが誰だったかはご存知なのですか?」

 シグルの問いにファンは緩く首を左右に振ると、

「詳しくは分かりません。ただ、彼が深い悲しみに包まれていた事だけは理解出来ました」

 シグルの方に視線を向け、悲し気に微笑む。

「どんな悲しみを抱えていたのでしょうか?」

「それは分かりません。囚われていた時の記憶も曖昧としていますので、それ以上はあまり覚えていないですね」

「そうですか」

 沈黙に包まれる二人。

 その時、ドアを軽く叩く音が部屋に響く。

「はい」

 それにシグルが答えると、ドアが静かに開かれる。

「起きられましたか」

 起き上がっているファンを確認すると、ベッドの傍まで歩いていくモナルカ。

「君は…?朧気だが見覚えがあるが」

「この場合初めまして、と言えばいいんですかね。私はヨール・カイト・モナルカと言います。貴方が彼に乗っ取られている時にお会いしましたので、その時の記憶でしょう」

 一礼してそう答えるモナルカ。

「彼、か。君は彼が何者なのか知っているのかね?」

「ええ、全てではないですけど」

「知っている事を教えてはもらえないだろうか?私はそれを知らねばならないと思うのだよ」

「分かりました」

 そうしてモナルカはファンとシグルにデヒトの事を語った。時折二人は気になった事を質問してはモナルカがそれに答えながら。




「もうこんな時間ですね」

 窓の外に目を向けるモナルカ。外はすっかり闇に染まり、空では月が笑っていた。

「長々と話してしまってすいません」

 軽く頭を下げるモナルカ。

「そんな事はない、とても参考になった。君の話を聞いてると、自分の無知さに、私は無駄に歳を取ったのだな。と反省するばかりだよ」

「いえ、私はこれしか知らないだけですから」

 恥ずかしそうに笑うファンに、首を左右に振ってそう答えるモナルカ。

「それでは私はこれで。ファンさんも、シグルさんもまだ意識が戻ったばかりなのですから無理をなさらない様に」

 その場で一礼すると、早々に部屋を出ていくモナルカ。

「まだ話をしたかったのだがね」

 モナルカが出ていった扉を見ながら残念そうにそう呟くファンなのであった。




 翌朝、食事を終え、今後の事についてファンとシグルと話し合ったモナルカは、昼前に宿を後にする。

「行くのか?」

 モナルカが宿屋を出ようとした時、後ろから声を掛けられる。

 モナルカが振り返ると、シャルロッタ一行の姿があった。

「ええ、もう用は済みましたから」

 そう言うと、「お世話になりました」と頭を下げるモナルカ。

「いきなり出ていくなんて水くさいな、別れの挨拶ぐらいさせろよ。こっちも色々世話になったんだからさ」

「はぁ」

 シャルロッタの言葉に困った様に頭を掻くモナルカ。

「もう行かれるのですね」

 残念そうに、寂しそうに言葉を紡ぐイーハ。

「ええ、まだやる事がありますので」

 目を伏せて悲しそうにするイーハに、どう接するべきか困ったモナルカは、戸惑いながらもイーハの頭を優しく撫でる。

 一瞬ビクリと反応するも、直ぐに気持ちよさそうに身体の力を抜くイーハに、安堵するモナルカ。

「あ、あの」

 しばらくされるがままだったイーハが、突然頭を上げると、恥ずかしそうに顔を赤らめて上目遣いでモナルカを見てくる。

「また来てくださいますか?」

 不安に揺れる声でそう告げるイーハ。

「ええ。いつ、とは約束出来ませんが、必ずまた来ますよ」

 それにモナルカは柔らかく微笑むと、優しい声でそう答える。

 その答えに、嬉しそうに笑顔を見せるイーハ。

「あ〜、コホン」

 そんな二人にシャルロッタはわざとらしい咳をして間に割って入る。

「二人の世界を作っている所悪いが、我々も別れの挨拶をしてもいいかな?」

 シャルロッタのその言葉にはにかむイーハとは対照的に、

「ええ、すいません待たせてしまって」

 変わらぬ涼しい表情のままシャルロッタに答えるモナルカ。

「相変わらずアンタは可愛い気がないな」

 これ見よがしに肩を竦めてみせるシャルロッタ。

「まぁいい、今回は色々と世話になったな。次来る時もウチの宿屋を使ってくれよ、サービスするからさ」

 そう言って楽しそうに笑うシャルロッタ。

「ええ、必ずまた」

「そん時はおれに魔法の修行をつけてくれよ」

 モナルカがシャルロッタに頷いて答え終わると、横からウィルが声を掛けてくる。

「修行ですか、私は人に教えた事はないのですが」

 困った顔で答えるモナルカ。

「ぼくも色々魔法について教えてほしいです」

「オイラもみんなを守れるぐらい強くなりたいんだな」

 アドルフとゴットフリートにも頼まれて考え込むモナルカ。

「困りましたね、私は人に教えるのは苦手なんですよね…」

「それでもいいさ、身につくかどうかはこちらの問題だし」

「ぼくは理論だけでもいいのですが」

「その時は、オイラも頑張るんだな」

 モナルカはウィル達の答えに小さく笑うと、

「分かりました、その時は何か伝えられる様に努力しましょう」

 ウィル達の申し出を受け入れたのだった。




 シャルロッタ一行に別れを告げて、モナルカがノヒンの西門から外に出た頃には、太陽も西に傾き始めていた。

「さて、次の目標は王都ですかね。兄さんは元気にしてますかね…いや、あの人の事です、元気にはしていそうですね、むしろ誰かに迷惑かけてないかを心配するべきかも知れません」

 久しぶりに会う兄の顔を思い出すと、僅かに頬が緩むモナルカなのであった。


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