つめあと―another.ver―
ある日の帰り道のことだ。
いつもは、授業が終わった後も、教室で誰かと談笑するのが日課みたいなものだった。
でも、その日は違った。
父が遠くへ単身赴任するから、家族で空港まで父を送る為に、いつもより早めに帰ったのだった。
それが運のつきだった。
俺はその日、偶にしか話さない子に、アッパーカットというものをされた。
「……あ」
何かの衝撃を受けた時、そこに居た子が言ったらしかった。
「……え……?」
俺はその時、何が起こったか分からず、そんな言葉しか言えなかった。
そして俺は、そのまま真後ろに倒れた。
「わあああああああああああああああああああ」
あの子の叫び声が聞こえる。
(顎が……かなり痛い。
ああ、俺、顎を殴られたのか。)
「す、すすすすすすみません!!!大丈夫ですか!!
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ」
(謝ってるから、この子が俺を殴ったんだよな……?
俺、この子に恨まれるような事でもしたのかな……?
それとも、他に俺を恨んでる奴が居て、この子にこうしろって言ったとか……?)
俺は、何故か冷静にこんな事を考えていた。
「……大丈夫。頭とかは打ってないし……、顎はめちゃくちゃ痛いけど」
「すみません、すみません、すみません……!!」
(この子、こんなに暴力的なイメージ無かったんだけど、こういう所があるのか……。)
正直、ちょっと、ひいたけど。
ま、かなり意外だったからなあ……。
さっきから謝り続けるその子に、何か言わなきゃって思ったから。
「それに、なんかめっちゃ謝ってくるし……」
(悪いとは思ってるみたいだなあ……。悪気があった訳ではないとか?
……でも、アッパーカットだしなあ……。)
「どしたの?いきなりだったけど……。誰かにこうしろって脅されでもしたの?」
とにかく、動機と、あと、可能性がありそうな線を聞いてみることにした。
「い、いえ……、私が、自分の意志でしてしまいました……」
(ぇえ!?)
「そ、そうなの?」
俺は、無意識に誰かの指図だとばかり思っていたらしく、その言葉にかなりの衝撃を受けた。
「……そっかあ……」
(……そうなると、俺、この子に恨まれるようなことをしたって事に……。
そんなことしたか……?いや、俺はそう思ってなくても、この子にとってはかなり嫌なことをした……とか……?)
考えを巡らせど分からなくて、本人に聞いたほうが早いという結論を出した。
「なんでこんなことしたの?」
(なんか無難な質問だけど……。
でもこれで、お前のせいだ的な事言われたら、俺が悪くて、謝るのは俺になる訳で……。
俺が何したってんだよおおおぉ……。あー、分かんねぇ……。)
「そ、それは……」
その子のその言葉から後に続く何秒かの沈黙。
(言えない程の事なのか……。俺、そんな言えない程ひどい事したかなあ……。
ぅあー、そんな覚えねえよぉ……。とにかく、この子は怒らせたら怖いって事だけは分かった……)
「はあ……」
(なんか……よく分からないな……、俺がどうしてこんな目に遭ったのかも、この子が何考えてるのかも)
「ま、言えないのなら言わなくてもいいけど。これくらいなら、すぐに痛みはひくでしょ」
(全く……今日は厄日か何かか?ま、この子は、俺にアッパーカットしたかっただけみたいだし、他に用はなさそうだし、早々にお別れしたほうがいいかな……)
「本当に、すみません……」
(謝るのか……、ほんと、なんでアッパーカットしたんだろ、この子)
「謝るくらいなら、こんなことしなきゃいいのに」
「返す言葉もございません……」
(言い返せないんだ……、俺のせいだって訳じゃないのかなあ……
じゃあ、なんで俺はアッパーカットされたんだよ。なんか、今更腹立ってきた……)
「もういいよ。ほんと大丈夫そうだから」
「……あ……」
その子は何か言いたげだったけど、すぐに俯いてしまった。
(何なんだよ……)
「じゃあね」
(用がないなら、そろそろ帰らせていただこう。うん。そうしよ)
俺はそう言うと、その子から離れていこうとした。
俺は、先日放課後に、鼻歌を歌いながら、花壇の花に水やりしてる子を見かけた。
おおー、楽しそうに係の仕事やってんだなーってそれくらいの事しか思わなかったけど。
その子は、クラスでは、ある仲良しグループに属してるらしい女子。
なんか、あのメンツでよくセットでいるって印象しかないから、多分そんな感じ。
俺は、女子の友達は、まあまあ居る方だとは思う。
あの子は、あんまり話さないタイプ……なのかな?て思うくらいの子。
まあ、話す機会がないだけかー。
それくらいに思ってた子で、特に印象もない子だったんだけど、そんな風に花に水やりする子なんだっていうことを、初めて知った。
ある日、俺から話しかけてみた。
自分で、話す機会を作ってみた訳だ。
「おはよ」
「あ……。おはよう、ございます」
「あっははっ、俺なんかに敬語使わなくてもいいよ」
「あ……、うん。おはよう」
その子は頭にはてなのマークを浮かべてるような顔してた。
何?って顔してたっけ。ま、今までそんなに話した事なかったしなあ……。
「美化係なんだね」
「あ、うん。そう……だよ……?」
(あ、鼻歌歌ってた事指摘されるのってやっぱ、嫌かな。恥ずかしいものか。これは言うのやめるか)
「楽しい?」
「お仕事は楽しんでやったほうがいいと思います……」
(それで、鼻歌歌ってたのか?楽しいからじゃなくて、自分を楽しい気分にさせる為にやってたのか。ん?普通、逆じゃない?……というか、敬語に戻ってるし)
「……そっか」
「あなたは?」
(この子、人の事“あなた”って言うんだ……。他の女子からも言われたことないわ……。ああ、俺の名前覚えてないだけか?)
「俺?俺は、保健係だよー。部活で怪我とか多いから、便利なんだ」
「そうなんですか……」
「うん」
(あ、会話続かないや……)
「あ、私ちょっと先生に提出物ださなきゃいけなくて……」
「ああ、そうなんだ。ん。いってらっしゃい」
ひらひらと手を振った。
その子は、はっとしたような顔をすると、急いで手を振りかえしてきて、去って行った。
(んー……。おとなしいタイプなのかな?初会話だったから緊張してたとか……?
なんか、変わった子って感じかな……?でも、ただ変わってるんじゃなくて……)
(面白い子だなあ……)
その日はそんな印象を植え付けられた。
学校では、挨拶を交わすくらいの関係。
まあ、知り合いといえば知り合いかも。
でも、本当にその程度。
次に見かけたのは、同じ部活の奴らと一緒にゲーセンに行った帰りだった。
ゲーセンから出てきた所に、その子は小さな男の子と居た。
男の子は泣いていた。
男の子に向かって、泣きやませようとしてるのか、その子は、変顔を次々と連発していた。
「……っぷ」
俺はそれを見て、ちょっと笑ってしまった。
(他に方法なかったのかよ……)
他の奴らは、迷子か何かかなーとかぼやいていたが、特に興味もなさそうだった。
俺はその2人の様子を少し伺いつつ、その横を通り過ぎていった。
その子も、なかなか泣き止まない男の子に困っているようだ。
「ちょっと、ゲーセンに忘れものしてきたっぽいわ。先行ってて」
俺は一緒に居た奴らにそう言って、来た道を引き返した。
その子の元へ言ってみると、まだ変顔を続けていた。
そして、男の子は未だ泣き止まず。
変顔してる子も、なんか泣きそう……。
「まだ泣いてるの?その子」
俺は変顔してる子に、話しかけてみた。
そしたら、なんでここにいるの?って顔された。
「俺はゲーセンの帰り」
「あ、そうでしたか……」
「うん。この子は……迷子?」
「い、いえ……。親戚の子供なんですけど、私がUFOキャッチャーで、この子の欲しいものがとれなくて……。もうお金も底をついてしまったので……」
「うあああああああああああああん!!くまさんほしかったのにいいいいいいい」
と、男の子がより泣く。
「なるほど」
(とにかく、まずは泣き止ませるか)
「よっし。俺がそのくまさんをとってやろうか?」
(まあ、UFOキャッチャーは、がんばればできる……はず)
「え?お兄ちゃんとってくれるの?」
男の子はぴたりと泣き止んだ。
(え、これだけで泣き止んじゃうの?まあ、泣き止ませようとは思ってたけど……)
ちょっと拍子抜けした。
「お、おう!お兄ちゃんがこのお姉ちゃんと知り合いで、良かったな!」
「……え、そんな、悪いです……!」
と、その子が申し訳なさそうに言った。
「い、いや、俺も言っちゃったからには、どうにかする!大丈夫!」
そう言って、無理に笑ってみた。
「なんか……すみません……」
「いーよ、いーよ!ここで会ったのも何かの縁だし!なあ?ぼーず?」
「やったあああああああああ」
かなり喜んでる様子。期待値大。
(うわぁ。これで、俺とれなかったら、カッコ悪いぞ……)
そんな事を考えながら、ゲーセンに入っていった。
まあ、そんなこんなで、俺の持ち金の5分の4くらいを使い果たし、くまさんは無事男の子の手に渡ったのだった。
「わああああああああああああああああいくまさんだあああああああああ」
(まあ、喜んでもらえて何よりですわ……)
もう、そう考えるしかなかった。
「子供、好きなんですか?」
その子が俺にそう言った。
俺が子供好きだから、こうしたと思ってるらしい。
「まあ、嫌いではないよ」
「そうですか……。すぐにこの子泣き止んだから……すごいなあって思って……」
「あっははっ、そんなことないよ」
なんか、照れる。
「私は、なかなか泣き止ませられなくって……」
(ああ、そういえば、変顔を連発してたなあ……)
「行く途中では、ああしたら、すごく喜んで、笑ってくれたんですけど……」
(ああ、それで変顔してたんだ)
「……はははっ」
「え?……なんであなたが笑うんですか?」
(変顔もしてないのに……って?)
「あっははははっ」
「私、まだ何もしてないのに……!」
「そうじゃない、そうじゃない」
「?」
「なんか君って、面白いなあって」
それにしても俺、どうしてあんまり話さないこの子の為にこんなことしちゃったんだろ……。この子の為じゃないか。男の子の為か。
でも、男の子を泣き止ませようって思って、来た道戻って。
なんで泣き止ませようって思ったのかって考えたら、この子が困ってそうだからで。
なんだ。
結局俺は、この子と関わりたかったのか。
この日は、そんな事に気付いた。
そのあとも、やっぱり、挨拶する程度の関係。でも、この前よりは、会話する回数が増えたかも。
しかし、話しかけてもなかなか会話が続かない。
俺も、俺とは会話が続かない子なんだって分かってるんだから、やめればいいのに、何故か話しかけることをやめなかった。
そしてまたある日、俺は、すごいものを見てしまった。
部活中の休憩の時だった。
みんなは、もう木陰のベンチの所で休んでいて、俺はもう少し、練習してから休もうと思った。
そして、そろそろ俺もベンチの方へ行こうと思って顔をあげた時だった。
木陰からは見えないであろう、学校の倉庫の上にその子は居た。
(え……!?あの子だよね?え!?なんであんなところに居るの!?)
最初は己の目を疑った。
が、やっぱり、倉庫の上で何かしているのは、紛れもなくあの子だった。
「ちょっと俺、トイレ行ってくるわ!」
そう部活の奴らに言ってから、猛ダッシュで倉庫に向かった。
倉庫に辿り着くと、その子はまだ何かをしていた。
「おーい!!何してんのー!?」
そう俺が呼びかけてみても、返事はない。
(よし、俺ものぼって、何してるのか確かめてみるか……)
気付いたら、そんな考えに達していた。
倉庫には案外簡単にのぼれた。すぐ傍に、のぼれそうな木が生えていて、それから伝って行けた。
のぼってみたら、その子と、一匹の猫が居た。
「そっちに居たら危ないから、こっちにおいで?」
その子は、そんな事を猫に言っていた。
「何してんの?」
「わあああ!?」
その子はかなり驚いているようだった。
(こんな所でいきなり後ろから声かけられたらなあ……まあ、びっくりするか)
「ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだ」
「ああ……。あなたですか……。ん?え?あれ?なんでこんな所に……?」
「それは、こっちの台詞だよ。何してんの?」
(見たところ、猫を誘導しようとしてるみたいだけど。こんな所にのぼったら危ないじゃないか)
「ね、猫が……」
「猫が?」
「ここから降りられなくなったみたいで……」
「それで、降ろしてあげようと思ってこんな所にのぼったの?」
「は、はい……」
「はあ……」
(ほんと、何してるのかと思ったよ……)
「え……なんか……怒ってます……?」
「当たり前だよ。何危ないことしてんの」
「す、すみません……」
「早くここから降りよ……」
「あ!」
いきなりその子は叫んだ。
「え?」
「待って!そっちに行ったら危な……!」
そう言ったその子の目線の先にいる猫を見やれば、今にも倉庫の上から降りようとしている所だった。
そして、その猫は跳んだ。
それを、捕まえようとその子は猫のあとを追う。
その子は倉庫の上から飛びそうな勢いで猫のあとを追うから。
俺は必死にその子の腕をつかんだ。
「え!?」
そのままその子の腕を引いて、俺の方に引き寄せる。
「わっ!!」
間一髪、その子は倉庫から飛ばずに済んだ。
腕を引っ張った拍子に俺と一緒に倒れこんだけど。
猫はというと、倉庫の隣に生えていた木に飛び移って、そそくさと木の傍にあったコンクリートの塀の上を歩いてそのままどこかへ行ってしまった。
「あ……、よかったあ……」
と、その子は力なくそう言った。
「はあ……。猫は別に心配しなくても良かった訳だ……」
俺も力なく、そんなことをぼやいた。
「そうですね……」
「怪我とかしてない?」
「はい。大丈夫です……」
「そっか。……よかった……」
その瞬間、全身から力が抜けた。
「もうこんな所にのぼらないように」
「す、すみません……」
「すみませんじゃなくて、もうこんなことしないで」
「は、はい……。やっぱり、お、怒ってます……?」
「当たり前。もし、君が落っこちたら……」
「……」
「想像したくもない」
「そうですね……。そんなグロテスクなもの見たくないですよね……」
「そうじゃなくて」
(君とこうやって、話すこともできなくなるかもしれないじゃないか)
(俺は君と、続かなくたって話がしたいんだから。それでもいいって思ってる俺がいるから)
(何度話しかけたって、いつまでも、気付いてくれないんだ、この子は)
(俺が君を好きだって事に)
(あー。なんだ俺)
(この子が好きなんだ)
答えがすんなり出てしまった。
「すみません……」
「もう、謝らなくていいよ」
「私重いですよね。今退きますので……!」
そう言って、君は一緒に倒れ込んだままの体制から、俺の上から退いてくれた。
(別に、もう少しさっきのままでも良かったのに……)
名残惜しい自分がいた。
こうして俺は、やっとのことで、君に対する気持ちを自覚したのだった。
──なのに、そんな君にこんな仕打ちを受けるなんて。
神様っていないんだなー……。そんなことを、噛みしめて、俺は君から離れようとしたら。
「忘れられたくなかった……!!」
そんな君の声が後ろから響いて。
俺は振り向いた。
……泣きそうな君がいた。
「?」
俺は君の言葉の意味が分からなかった。
(どうして、泣きそうな顔してるんだよ……。泣きたいのはこっちだっての……)
そんな事を考えながら、君を見てたら。
「私は、あなたに忘れられたくなかったんです!覚えててほしい……!この先も……!」
(また、何を言ってるんだ?……ああ、いつもの事か……)
「俺は、君を忘れてなんかないよ。名前だってちゃんと覚えてる」
(ああ、そうだった……。
君は、いつだって、一見よく分からない事をするけど……それには絶対、理由がある)
「あなたは、きっと、忘れちゃいます……!人は大切な思い出だって忘れちゃう生き物なんです!……なんの印象も持たない人のことなんて、きっとすぐに忘れちゃいます!」
「それで印象を残す為に、アッパーカット……か……」
「それは、本当にごめんなさい!ほかに方法があったはずなのに……」
(それは、いつかに俺も君に言いたかった言葉だなあ……)
そう言った後、君は俯いてしまった。
「……あははははっ」
自然と笑いが込み上げた。
「顔あげて」
(どうしようもないな……)
そう俺がいうと、君はこっちを見てくれた。
「面白い子だなあ。ほんと」
(そう思ってしまう俺も、俺だ)
「……」
「なんで忘れられたくなかったの?」
「私はきっとあなたの事を忘れられないからです」
「自分が忘れられないから、人に忘れられたくないの?」
「私があなたに何も残せていないのかと思うと、悲しくて、悔しいんです……。私には、こんなにも、あなたを忘れられない何かがあるのに……」
「俺は、君に何かをしたかな?」
「……あなたは、私にも優しくしてくれました」
「優しくしたかな……。話はしたよね」
「はい。あなたは元から優しい性格だから、気付いてないだけなのかも」
「あっははっ。どうだろ……。でも、君はそうやって俺のことを見てくれてるんだ」
「と、とにかく、あなたに忘れられることは、嫌なんです……!」
「……」間。俺はその言葉に衝撃を受けた。
「なんで、そんなに驚いた顔するですか……!?」
「俺に、忘れられたら嫌、なんだ」
(なんだそれ。それじゃまるで……)
「だから、さっきからそうやって言ってるじゃないですか!!」
「……どうして?」
(聞きたい。君の口から。君がどうしてそう思うのか。
俺は君に殴られた身な訳だし、これくらいの意地悪、許してほしいな)
君はしばらく考えるような素振りをみせた。
「ああ、そっか……」
君がふと、そう呟いて。
それから、俺の目を見て。
君は、口を開いた。
「俺も」
気付いたら、君を抱きしめてた。
本当に、前作を読んでいただかないと、訳がわからないかと……特に最後の方とか……ごにょごにょ。
前作を読んでいただいても、「訳わかんないわ、コレ……!!」
と思われた方、すみません。
一応、二人の会話は、双方の話でリンクさせてありますので……、
あーこいつ、このセリフの時こんな事考えてたんだなあーと、
少しでも、この二人の”葛藤”を楽しんでいただけたら幸せです……!!