紅蓮の三日鷺・7
「――お母、さん……?」
灯乃は火事の方向と身体の感覚で、発せられている危険信号がトキ子のものだと直感した。
ゆっくりと門の方へ歩いていったかと思うと、突然彼女は走り出す。
「待て、灯乃!」
「お母さん! あそこにお母さんがいるの! 助けに行かなきゃ!」
灯乃は斗真の言葉も聞かず、飛び出していこうとした。
しかし直前で足が言うことをきかず、ピタリと止まる。
斗真が許可していないのだ、命令が彼女を外へは出さない。
「くっ、なんでよ! なんで動かないの! 早く行かなきゃお母さんが!」
「落ち着け、灯乃。まだそうと決まった訳じゃない」
「絶対そうよ! 間違いないわ! 斗真、私を行かせてお願い!」
「駄目だ! 外に出れば奴らに見つかる。あの火事だ、すぐに消防隊が駆けつける。野次馬だっているだろう。そんな所へ出て行って、関係のない人たちをお前は巻き込むのか?」
「でも!」
灯乃と斗真がもめていると、そこへ火事の爆音を聞きつけた仁内と道薛も出てくる。
「何の騒ぎだ!?」
「火事、ですか?」
「灯乃の家が燃えているようなんだ」
「え!?」
斗真の言葉と灯乃の動揺を見て、二人とも理解する。
しかしだからといってどうすることも出来ず、ただ唖然と火事の光を見ていると、灯乃が力尽きたのかヘタッと両手を地についた。
見かねた斗真が近付き、彼女の肩に手を乗せる。
「三日鷺の命令は絶対だ。標的がいれば、たとえ人目についたとしても容赦なく襲いかかる。そのせいで周りが巻き込まれ、お前の母親の救助が遅れたらどうするんだ? それこそ助けられない」
「そうだけど……」
「道薛」
灯乃を優しく宥めると、斗真は道薛を呼ぶ。
「命令されていた内容は分かるか?」
「はい。三日鷺の回収と、若と春明様、仁内様、そして灯乃殿の捕獲。そして邪魔する者がいるなら、その者の排除も命じられていました」
「なら、お前は動けるな。頼む、行ってくれ」
「勿論、御意に」
道薛ははっきりそう言うと、灯乃にニコッとして素早く出て行った。
その笑みで灯乃は少し落ち着きを取り戻すが、心配する気持ちは消えず、ただトキ子の無事を祈る。
悔しいけれど斗真の言う通り、関係のない人たちを巻き込む訳にはいかない。
「お願い、お母さん。無事でいて……」
そんな願いを必死に込める彼女の横顔を、斗真は傍で見ながら密かに拳を握り締めていた。
――何かしてやりたいのに、偵察を向かわせることしか出来ない。
いつも他人のことばかり考えている彼女だから、助けてあげたい。
――灯乃の力になってやりたい。
それなのに……。
そんな切ない気持ちが彼の中で流れ始めていた。
するとその時、ふと仁内の姿が目に入り斗真はハッとする。
――彼に、唯朝 陽子の話をさせなければ。
斗真はそう思ったが、今の灯乃の様子を見て思い止まり、口には出せなかった。
果たして今の不安定な状態で、聞かせて良いのだろうか。
彼女の心情を気にして斗真が何も出来ずにいると、そこへ仁内が近づいてくる。
彼自らが切り出すのだろうか?
しかし、その時。
「あれは……!」
仁内の目が門の外を見ていて、小さく呟いた。
斗真と灯乃もその声にそちらへ顔を向けると、そこには一匹の白い大型犬がこちらをじっと見ている。
「あの犬、確か陽子の……」
「え?」
仁内が真っ白の犬を凝視しながらゆっくり近寄っていくと、その犬も静かに彼の方へ向かってやって来た。
そして目の前まで来ると、その犬は大人しく座り、顎をあげて首元を見せる。
するとそこには、雄二が持っていたのと同じくチェーンに付けられた三日鷺の欠片が光り輝いていた。
「どうしてこれが……!?」
雄二が落としてしまったのだろうか?
一瞬そんなことを考えたが、どうも彼が持っていたものとは大きさも形も違う。
また別の欠片だと知って、仁内はそれを犬の首から外し取った。
すると犬はスッと立ち上がり、やって来た方へと引き返していく。
「あっおい」
――どうしてこの犬が三日鷺の欠片を持ってここに……?
仁内が引き止めようとするが、結局姿を消し見えなくなった。
あの犬はよく覚えている。
仁内が陽子に出会う時、いつも彼女の側にくっついていた犬だ。
「おい灯乃。あの犬、間違いねぇよな?」
仁内が灯乃に訊ねた。
しかし彼女は何を訊かれているのか分からず、首を傾げる。
「え? 何のこと?」
「はぁ!? 陽子がいつも連れてた犬だろ、お前んちで飼ってた犬とかじゃねぇのかよ?」
「うちでは、犬なんて飼ってないよ」
「え……けど、いつもあいつが……」
灯乃の返答に仁内が戸惑っていると、斗真が真剣な表情で彼へ近づく。
「彼女はいつもあの犬を連れていたんだな?」
「あぁ、あの犬だ。間違いねぇ」
「それじゃ唯朝 陽子は、三日鷺の欠片を少なくとも二つは所持していたかもしれない。ということだな?」
「……!」
斗真の問いかけに、二人はハッとした。
陽子は三日鷺の欠片を幾つか持っていた。
もしかして彼女の事故死の原因は、それに関わりがあるのではないだろうか。
「お姉ちゃんが、なんで……?」
灯乃は驚きで目を見開き、硬直する。
確かに、大人っぽくて賢く面倒見の良い姉が、道路に突然飛び出して亡くなってしまうなんて、何か理由があると思っていた。
しかしそれがまさか三日鷺と繋がるなんて。
ただでさえ母のことで頭がいっぱいなのに、更に姉のことまで乗り掛かり、灯乃は頭痛を覚えた。
仁内はそんな彼女に気づきながらも、三日鷺の欠片を握り締め、側に寄る。
「……お前。陽子のこと、聞きてぇか?」
「えっ」
「俺が知ってることなんて大してねぇけど、もしかしたら何か分かるかもしれねぇし」
灯乃の心配をしているのか、仁内が多少気を遣いながら訊ねると、灯乃は眉をつり上げ、はっきりと頷いた。
*
その頃、雄二たちも火事の光に気づきそれを見ていた。
「嫌な方角から見えますね?」
「えぇ、灯乃ちゃん家がある方だわ」
「もう一方は……俺ん家がある」
「えっ!?」
雄二の一言を聞いて、春明と朱飛は振り向く。
一方は灯乃の家ではないかと推測出来るが、もう一方が雄二の家とは考え難かったのだ。
なぜなら雄二が関わったのは、つい数時間前のことで、その間に自宅まで調べ上げられるとは到底思えなかった。
しかし他に心当たりもなく、彼の顔色がみるみる変わる。
「おい、家には父さんと母さんがいるんだぞ? 冗談だよな、俺ん家じゃねぇよな?」
「分かりません。まだ奴らが放ったものかも断定出来ませんし、調べてみないことには……」
「じゃあ調べてくれよ、今すぐ!」
「雄二君、落ち着いて!」
雄二の動揺に、春明が両手で彼の肩をおさえて鎮める。
雄二の不安も分かるが、かといって簡単に動ける訳ではない。
朱飛がトキ子を送り届けた時は、命令上、細心の注意をはらい敵の追撃も覚悟してのやむを得ない行動だった。
しかし今回は、それほどの危険をおかしてまでも調べなければならないことではない。
少なくとも雄二以外の者はそう思っていた。
「奴らが何処に潜んでいるのか分かりません。今出ていくのは危険行為です」
「なら俺だけで行く。お前らはここにいろ」
「そんなの駄目に決まってるでしょ!」
雄二の言葉を聞いて、春明が声を荒げた。
「私はあなたを護るよう、命令されているわ。一人で行かせる訳にはいかない」
「でもっ!」
「どうしても行くというなら、私も一緒に行くわ」
春明の真剣な目が真っ直ぐ向けられ、雄二は言葉を喉に詰まらせた。
春明の足は重傷で、無理はさせられないのだ。
雄二は力んでいた肩を落とし、はぁと息を吐いた。
「……分かったよ。出ていったりしないから、無茶なことは言わないでくれ」
「あなたもね、雄二君」
少し平常心を取り戻したのか、雄二が呟くように言うと、春明はホッとしてクスッと微笑んだ。
それから暫くして、足の疲労からか春明は眠りにつき、他の者たちも休む準備に入っていた。
そんな中で、雄二はやはり自宅が気になるのか、内緒でこっそり抜け出し、外に出る。
しかし。
「いけませんよ」
「朱飛……!」
気づかれていたのか、朱飛が先回りしていて、正面から彼と対峙する。
彼女の目は彼の考えを見透かしているようで、その真っ直ぐな視線に雄二は言い逃れ出来ないと俯いた。
「俺ん家が燃えてるかもしれねぇんだ。帰んなきゃ、家族がやべぇだろ……っ」
「しかしあなたが動いたと知れば、春明様も動きます。あなたを護れと命令されているのですから」
「けどこのまま放っておくなんて、俺には出来ない!」
雄二が意思を変えることなくはっきりと答えると、突然朱飛のクナイが彼のすぐ側を飛んだ。
驚いて雄二が見ると、彼女は凍りつく程冷たく睨んでいて、二射目のクナイを構える。
「春明様にこれ以上ご負担をかけさせる訳にはいきません。それは――私が許さない」
「朱飛……?」
いつもの落ち着いた雰囲気とは違って、感情を露にする彼女に雄二が目を丸めていると、それに朱飛自身も気づいて罰が悪そうに目をそらす。
「どうしてもと言うなら……仕方ありません、私が行ってきましょう。燃えているのはあなたの家なのか、家族の者は無事なのか、私が確認してきます」
「でもお前も危ねぇんだろ?」
「私の身を案じるのであれば、大人しくして頂きたい」
「嫌だね」
あくまで言うことを聞かない雄二に、朱飛が不機嫌に目をつり上げると、何かを思い立ったのか雄二は口を開く。
「だったら、俺とお前で一緒に行けばいい」
「え?」
「春明さんに気づかれる前に戻ってきたらいいんだろ?」
「しかし戻ってこられる保証はありませんし、行った先であなたに何かあれば……」
「灯乃たちと会えるかもしれなくてもか?」
雄二の言葉に朱飛はハッとした。
もう一方の出火場所が灯乃の家ならば、彼女たちも何かしらの情報を得ようと動いているかもしれない。
「合流出来る可能性は高いと思うぜ? そうなればリスクは格段に下がる、だろ?」
「……分かりました。行きましょう、あなたと私で」
彼の自信と勇ましい態度に、朱飛は感服して共に行くことを了承した。
*
「――俺が陽子と出会ったのは、今から三年くらい前だ。斗真に勝負を挑みに本家へ乗り込んだ、その帰りにあいつは現れた」
仁内は不貞腐れたような顔をするが、外方を向きながらも向かい合う灯乃と斗真に話し始めた。
陽子と初めて出会った時の記憶。そこには奇麗な花吹雪が舞い散る大きな桜の木があった。
ようやく温かみを帯びてきた春の初め、仁内はいつものように意気揚々と斗真を襲撃し、いつものように惨敗してその桜の木の下で傷ついた身体を休めていた。
「くっそぉ! 何で勝てねぇんだよ!」
もう何度も戦っているというのに、未だに彼は斗真に傷を負わせるどころか、あの涼しげな表情を崩すことすら出来ない。
仁内は悔しさのあまり思い切り木の幹に拳を叩きつけるが、予想だにしない激痛が腕を伝い、声も出せずに悶えた。
するとそんな彼を見てか、何処からか笑い声が聞こえる。
「誰だ!」
「君って弱んだね。いつも負けてばっか」
四方を見渡しても誰の姿もなかったが、話しかけられたことで場所が分かり、仁内はすぐにそちらを睨んだ。
それは真上から。満開の桜に隠れ、真っ白な犬と共に少女がそこにいた。
長い髪をポニーテールにし、見慣れない学校の制服を着ている。
――陽子だった。
穏やかで優しい表情の少女だが、気配を全く感じ取れなかったことで、仁内は彼女を警戒しながら訊ねる。
「……何で毎回負けてるって知ってんだよ」
「よく傷だらけで悔しそうにしてるの見かけるから。凄く目立ってたよ」
「う……見てんじゃねぇよ」
仁内の頬が紅潮し、陽子はクスクスと笑った。
「――それから度々あいつと合うようになった。いつも突然声をかけてきて、側には決まってあの白い犬がいた」
仁内は思い出しながら言う。
彼女とは特に話すことなどなかったが、気づけば長い時間を共に過ごしていたように思う。
素性も曖昧で、普通の子とは何処か違う気配を醸し出していたが、陽子が聞き上手だった為か、仁内は日頃の鬱憤を晴らすように彼女へと愚痴をこぼしていた。
斗真や星花のこと、春明のこと――色々話した。
けれど流石に三日鷺のことまでは、仁内といえど一切話しはしなかった。
そして反対に陽子も姉妹がいるということくらいしか話さず、けれどいつも側にいる犬が時折辺りを警戒する仕草を見せ、それを仁内は訝しく思っていた。
「今考えれば、陽子は誰かに狙われてたんだろうな。それから一年して、あいつが死んだって聞かされた」
「聞かされた?」
「朱飛にな。あいつは陽子の身辺を探ってたんだ、三日鷺の情報を得る為に俺に近づいたんじゃないかって。でも結局何も分からなかったらしい。珍しいだろ? あいつが何も掴めないなんて」
「確かに」
「だから陽子に接触するなって何度も言われてた。けど向こうが勝手に現れるんだからどうしようもねぇだろ?」
仁内は当時を思い出し、面倒臭そうに言った。
しかも陽子が現れる時は、たいてい仁内が斗真に勝負を仕掛けようという時で、また負けて怪我をするからやめておけとその度に邪魔をされたのを覚えていた。
「まったく、とんだお節介だったぜ」
「ねぇ仁ちゃん。お姉ちゃん、見慣れない制服を着てたの?」
「あ?」
そんな時、彼の話を聞いていた灯乃が口を挟む。
何故そんなことを訊ねてくるか分からなかったが、仁内は素直に答えた。
「あぁ、ここらじゃセーラーなんて見ねぇだろ?」
「セーラー!? 本当にお姉ちゃんが着てたの? お姉ちゃんは私と同じ学校に通ってたんだから、ブレザーの筈だよ?」
「……え?」
*
雄二と朱飛は春明たちから離れ、火の手が上がる一方の場所へと急いだ。
あまり長い間外に出ている訳にはいかないが、それ以上に家族の安否が気になって、雄二の速度が上がる。
本当に燃えているのは、雄二の家なのか。
誰が何故、燃やしたのか。
雄二の頭の中はぐちゃぐちゃになりそうだった。
「頼む、違っててくれ……!」
しかし、そんな余裕のない彼の後ろ姿を追いかけながら、朱飛は冷静に思う。
確率的に雄二の家が燃えているとは考え難いが、もしも僅かな可能性で彼の家だったら?
――それはもしかして、犯人は以前から雄二を知っている人物、となるのではないだろうか
周囲にも目を配りながら、朱飛は嫌な予感を感じて雄二の背を見た。
すると、彼が急に止まる。
目の前は真っ赤に染まり、周辺には大勢の人集り――その先に、雄二は燃えている自宅を見た。
「……父さん……母さん……」
側に消防車や救急車がとまり、防火服に身を包んだ隊員たちが必死に消化作業を行っている。
しかし住宅丸ごと炎に包まれている為、なかなか作業が進まず、誰かが救出された様子もない。
雄二は茫然とそれを眺め、次の瞬間、身体を急速に動かし飛び込もうとした。
朱飛が慌てて止める。
「いけません、行っては!」
「父さん! 母さん! くそっ、何で燃えてんだよ!! 何で!!」
「落ち着いて! 奴らが近くにいるかもしれません!」
「離せ! 離せよっ!! あの中にはまだっ!!」
「雄二――!!」
我を失い騒ぎ立てる彼に、朱飛は腕を引っ張りつい声を張り上げてしまった。
けれどそれが届いたのか、雄二に響いてハッと動きが止まる。
「今出て行っても、どうにもなりません。ここは任せましょう」
「けどっ」
「あなたでは助けられない――それくらい分かって下さい」
朱飛のはっきりとしたその言葉に、雄二の身体から崩れ落ちるように力が抜けた。
そんな彼を支えるようにして、朱飛は多くの集まりから離れ、一角の影に身を潜める。
――どうしてこうなった? いったい誰が燃やした?
雄二の中で何度もその言葉がぐるぐると繰り返され、おかしくなりそうだった。
今のところ敵と遭遇こそしていないが、何一つ喜ばしいことはない。
「頼むから、早く出てきてくれ……」
雄二は両親の無事を願って、きつく目を閉じた。
とその時。
「……っ!!」
近くで気配を感じて、雄二は辺りを見渡した。
何処か懐かしく、けれど何かが違う――変わった気配。
「……そんな、まさか……っ!」
その気配の人物を見つけて、雄二も朱飛も目を疑った。
ポニーテールの長い髪に、茶色を基調としたセーラー服を着た少女。
傍らに大きな白い犬が寄り添い、その毛並みを優しく撫でている。
「陽子……!?」
雄二がその名を呼んだ瞬間、陽子はニタッと笑って、犬と共に姿を消した。
「……なんで、どうして陽子が……!?」
雄二は自身の目で見た光景が信じられず、その場に立ち尽くした。
朱飛がすぐに追いかけようとしたが、風のように去る彼女をとらえることが出来ず見失ってしまう。
あれは本当に陽子だったのだろうか。
彼女は二年前に亡くなった筈なのに。
紅く燃え盛る光を背に、朱飛は闇夜の先を覗った。
「……まさかこの火事は、唯朝 陽子が……?」
彼女が去り際に見せた表情で、朱飛は察する。
陽子は灯乃の姉で、雄二とは幼馴染みだ。
そんな彼女が、燃えている雄二の家を見て笑うということは……
「父さん! 母さん!」
そんな時、家から救出されたのか、ストレッチャーで運ばれる両親を雄二は見た。
全身焼け焦げ重傷のようだが、酸素マスクをつけられ救急車に乗せられる二人を見て、何とか一命は取り留めていることを彼は知り、駆け寄ろうとする。
しかしそれは朱飛に止められ、引き戻される。
「いけません。あなたが行くと危ない」
彼女がそう言って雄二にある方向を向かせると、大勢の人々に紛れて黒紅の影達がキョロキョロと辺りを見回し、探している様子が見えた。
雄二と朱飛はゆっくりとその場から離れ、暗闇へとその身を隠す。
「もう十分でしょう、戻りましょう」
「っ……あぁ」
本当なら今すぐにでも二人に駆け寄り付き添っていたいのに、近づくと更に巻き込んでしまう。
雄二は悔しそうに気持ちをおさえると、春明達の所へ戻ることを決めた。
――俺のせいで、こんなことになったのか? 俺が三日鷺に関わったから?
遠ざかる炎の光を一瞥しながら、雄二は自責の念にかられ苦しむ。
そんな感情が朱飛にも手に取るように分かり、そっと彼に近づくと小さく言葉を投げかけた。
「あなたのせいではありません。燃やす方が悪い、当たり前のことです」
「……そうか」
落ち着きながらもはっきりとしたその声に、雄二の気持ちは少し和らぎ、救われたような気がした。
一人で来なくて良かったと、彼は心底そう思った。
仲間達の所へ戻ると、鬼のような形相で待ち構えていた春明に、雄二と朱飛はギョッとした。
足に重傷を負っていながらも、しっかりとした仁王立ちを見せる彼に、二人は圧倒され尻込みしてしまう。
「は、春明さん、起きてたのか? 足はまだ痛むだろ、寝てた方が……」
「勝手に出て行くなんて、馬鹿なの!? 約束したでしょ!?」
「まあまあ、無事だったんだし、そんなカリカリすんなって。傷に響くだろ?」
「傷がどうこうなんて、言ってられないでしょ!! 朱飛までついてって! どういうつもりなの!?」
思い切り睨みつけてくる春明の目に、朱飛も身体を縮こませて頭を下げる。
「申し訳ありません、春明様。私は止めたのですが」
「おい、朱飛! お前だけ言い逃れする気か!」
「何を言っても聞かないあなたが悪いのです。一人で行かせる訳にはいかなかったのですから、仕方ないでしょ」
「はあ!? お前だって、灯乃達と合流出来るかもって言ったら、すんなりついてきた癖に!」
「あなたが自信満々に言うからです。結局、合流は出来ませんでしたが」
「俺のせいって言いたのかよ!」
――ドンッ!!!!
その時、柱を殴りつけた春明の拳が大きな音を響かせ、二人の言い争いはその瞬間止まった。
いつの間にか春明をそっち退けにしていたことに気づいて、雄二と朱飛は罰が悪そうに黙り込む。
「……ホントの馬鹿なの、アンタ達は。この状況下で、連絡なしの合流なんて考えないでよ」
春明がそう言って自身の携帯電話を見せつけると、二人とも今その存在を思い出したのか、ショックと恥ずかしさで視線を泳がせた。
こんな安全で確実な連絡手段を忘れていたなんて。
せめて連絡していたら、しっかりと計画を立て、合流を目指せたのかもしれない。
春明は二人に呆れて溜息を吐いた。
「しっかりしてよ。逸る気持ちも分かるけど、闇雲に出て行ってもどうにもならないでしょ? お願いだから、もう無茶な真似はしないで」
本当に心配していたのか、念を押して強く言う春明に、雄二と朱飛はただただ謝ることしか出来なかった。
それから春明は斗真と連絡が取れ、合流することになった。
春明達のいる隠れ家と灯乃達がいる別宅では、黒紅の三日鷺達に見つかるのも時間の問題である。
その為、安心して長く留まれることの出来る場所として、斗真はある場所を提示した。
「緋鷺分家に行く。仁内、暫く厄介になるぞ」
「……マジかよ」
仁内の顔色がみるみるうちに悪くなった。