従兄妹・7
「……ふぅ。疲れた」
楓と一緒になって手裏剣の特訓をした後、食事とお風呂を済ませた灯乃は部屋の布団に転がり込んだ。
ふと隣に目を向けると、既にみつりが小さく寝息をたてて眠っている。
彼女とは、今日もほとんど別行動だった。
もはや頼られてもないのか、離れていても誰からも注意されなくなってきている。
「いいのかな、私。こんなことで」
情けないとばかりに落ち込んで、灯乃は携帯電話を握りしめる。
「斗真……電話、したら迷惑かな?」
途端に彼の声が聞きたくなった。
こんな時、いつも傍にいてくれたのは斗真だった。
どこにいたって見つけ出してくれて、引っ張ってくれる。
落ち込んだ気持ちを包み込んで、許してくれる。
そんな彼の声を、今聞きたい。でも……
灯乃は小さくため息をこぼした。
つい小心者の癖が出て、電話をかけることができない。
きっと疲れていてそれどころではないだろうし、夜遅くにかけるのは迷惑に繋がるかもしれない。
だいたい何の用事もないのだ。
そう思うと、自然と躊躇ってしまう。
――寂しい……すごく。でも、それだけじゃない。……何だろ、この気持ち
灯乃はギュッと胸を締め付けられる想いを感じた。
寂しいよりも、もっと……苦しいような。
――どうして、こんな気持ちになるんだろ……?
その時、急にブルブルッと携帯電話が震えだした。
まさか、と思って画面を覗くと、そこに表示された名前は――雄二。
期待していた名前ではなく何処かで拍子抜けするものの、別の緊張感が沸いて、灯乃は慎重に通話ボタンを押した。
「もしもし雄二」
『……一人か?』
「……うん」
灯乃は、眠っているみつりを一瞥しながら小さな声で答える。
「雄二、今日はどうして学校に来なかったの?」
『朱飛達が戻ってこない。斗真に捕まったんだろ?』
「……たぶん。欠片は回収できたって聞いたから」
灯乃は今朝の報告を思い出す。
斗真は欠片を回収したのに、まだ帰らないと告げてきた。
おそらく朱飛達ときちんと話し合うつもりでいるのだろう。
「でも斗真のことだから、きっとすぐ解放すると思うし」
『朱飛を三日鷺にしてからか?』
「そんなこと……っ」
『するだろうな。それでお前はまた黒に近づいちまうんだ、ふざけやがって』
あからさまに悪態をつく雄二に灯乃は、斗真はそんなことしない、と口を開こうとするが、それに被せるようにして雄二が続ける。
『それともう一つ、これは学校を張ってる連中から聞いた話だが、あの女子達が春明さんの情報を集めようと校内中をうろつき回ってるらしい』
「えっ?」
『どういうことだ? 何を企んでる?』
初めて聞く内容に、灯乃の方が吃驚して言葉を詰まらせた。
「女子達が、春明さんを? ……どうして?」
考えてみれば、灯乃が学校に行ってもあの女子達が絡んでくることはなかったし、雄二が登校しなかった今日でさえ話しかけられもしなかった。
そういえば、時々みつりが怖い顔をして見ていたような。
すると、その時。
「――さて。どうしてでしょう?」
突如背後から声がして、灯乃が振り返ったと同時に携帯電話がスルッと抜き取られた。
「あ……っ!」
「いけないわね、灯乃ちゃん。内緒でこんなことしちゃ」
「春明さん……」
そこには、にこやかな表情を浮かべながらも、目に鋭さと殺気を漂わせる春明が立っていた。
これは完全に怒っている。
その様子に灯乃は冷や汗をかくと、春明はそっと携帯電話をスピーカー設定にし、何気ない口調で雄二へ話しかけた。
「もしもし雄二君? あたしもあの子達には手を焼いているの。助けてくれない?」
『何言ってんだ。あんたが仕組んだことなんだろ?』
「あたしは何も知らないわ。ただ――」
春明は灯乃を見下ろしながら言う。
「このままだとあの子達、巻き込んじゃうかもしれないわ。危ないと思わない?」
その言葉に灯乃はハッとした。
もし、万が一にでも校内に本家からの刺客が潜んでいたら?
この間みたいに襲われることだってあり得てしまう。
そんなことになってしまったら……
『だから何だって言うんだ。俺は……』
「駄目だよっ」
雄二がどうでもいいように返そうとするところへ、咄嗟に灯乃が声を出した。
「何とかしてやめさせなくちゃ」
『灯乃……?』
「そうよね。あの子達に何かあったら、灯乃ちゃん悲しいわよね。前回だって、灯乃ちゃんのせいで巻き込まれたようなものだし」
『おい……あんた何言って……』
「雄二君も協力してくれるでしょ? あの子達に何かあれば灯乃ちゃんが傷つくんだもの、見て見ぬ振りなんてしないわよね?」
春明は灯乃の前に膝をつくと、そっと彼女の顎を上げて眼を合わせた。
その瞬間、灯乃の中心がドクッと震える。
目が逸らせない。
「あのっ……」
「大丈夫、灯乃ちゃん。あたしはあの子達を見捨てたりしない。あなたの為に、あたしが何とかしてあげる」
「私の、為に……?」
「そう。あなたを悲しませようとするのは、敵のすることでしょ? あたしはそんなことしない、あなたの味方なんだから」
春明はそう告げると、優しく微笑んだ。
それだけで灯乃の頬が赤く染まる。
――何だろ、この気持ちは。ゾクゾクする。でも……
灯乃は必死に首を振る。
いけない。そうなれば、危険なことに春明や雄二を巻き込んでしまう。
自分のせいなのだから一人で解決しなければ。
灯乃はそう思うのに、再び彼の目に見つめられると、どうしてだか何も言えなくなった。
言い返せない。
――彼に逆らうことで嫌われたくない
「……うん。ありがとう……春明さん……」
『灯乃……?』
そんな灯乃の様子に、雄二は違和感を覚えた。
心ここにあらずというような彼女の返事。
『灯乃、何か変だぞ? どうかしたのかっ?』
何か嫌な予感を感じて、じわじわと雄二が焦るような口調で灯乃へ語りかける。
すると、春明が素早くスピーカーをオフにして、一人携帯電話をもって部屋を出た。
「灯乃ちゃんの気持ちは分かったでしょ? 協力、してくれるわよね?」
『……灯乃に何をした?』
「別に何も。ただ見つめ合って、優しくお話しただーけ」
春明はそう言うと立ち止まって壁に寄りかかり、こっそりと口角をつり上げた。
「まさか断ったりしないわよね、雄二君。幼馴染みのあなたなら分かるでしょ、あの子の自責の念がいつもどれほどのものになるのか」
『……!』
「あの女子達が犠牲になれば、灯乃ちゃんは自分を責めて簡単に闇へ落ちる。それほどまでにあの子の抱えている闇は大きいもの、落ちたあの子がこれから先、笑って生きていられるか心配になるほどにね。更にはこれから先の未来は、星花を犠牲にしなければ得られない。斗真君の大切な双子の姉なのよ、あの子がそれを知ったらどう思うかしら?」
『……依代の挿げ替えができること、やっぱり知ってたんだな?』
「…………。そうなればあの子は救いを求めない。残された時間で星を助け出そうとする筈。あなたとは真っ向から対立するんじゃないかしら? いいのそれで?」
春明の口からあまりにもすらすらと吐き出された脅し文句に、雄二は為す術もなく拳を握りしめた。
灯乃が過剰なまでに自分を卑下する性分であることを、雄二はよく知っている。
それが故に、追い込まれると彼女がどういう行動に出るのか、容易に想像できてしまうのだ。
そんな風になってしまうのを、彼がみすみす放っておける訳などない。
『俺に、何をさせる気だ?』
雄二は苦渋で顔を歪ませながら、小さく呟いた。
*
――頭がボーッとする
春明が去ってからも、灯乃は暫く動くことができず、彼が消えていった方をただ眺めていた。
ドキドキして、体が熱い。
けれど――
「――何してんの?」
するとその時、いつからか目を覚ましていたみつりが一言呟いた。
その瞬間、今まで温々と浸っていた甘い夢の膜が、跳んできた石に当たってパーンッと弾けたように灯乃はハッとする。
「あっ……えっと、何でもない」
今まさにびっくりして飛び起きた時のような感覚で我に返ると、みつりを起こしてしまったことへ謝罪するように、灯乃はそそくさと布団に潜り込んだ。
暫くしてみつりのため息が聞こえ、布団の擦れる音がする。
――私、何を考えていたんだろう
みつりが再び眠りにつく一方で、灯乃は春明に何も言えなかったことを今になって悔やみ出した。
あの女子達は心配ではあるが、春明と雄二を巻き込む訳にはいかない。
「……斗真。私、どうしたらいいんだろ……」
不安になるとやっぱり斗真のことを考えてしまうのか、灯乃は手元にない携帯電話を名残惜しく思い、瞼を閉じた。
――斗真……会いたい、な……
次第に眠気が襲ってくると、たまっていた疲れと共に彼女は落ちていく。
と、その時。
「…………油断ならぬ奴よの」
灯乃は眠ったかと思いきや、彼女の唇が静かに動き、体がゆっくりと起き上がった。
再び双眸が開かれるが、今度はそこに翡翠色の魂が宿る。
「このみつりという者、ただの小娘かと思っておったが……」
灯乃の体から現れた三日鷺の意識が、みつりの眠る様子を凝視する。
灯乃にかけられた、女を虜にする春明の眼が、彼女の一声であっさり消えた。
そういえば、今までも何度かそういうことがあったか。
「だとしたら、これは奴の差し金か? 本当に抜け目のない」
思い当たる人物がいるのか、三日鷺は直感で呟き、挑戦的な笑みを浮かべた。
「――あんな姉をもつと、下は大変よの?」
*
一方で春明は、廊下の壁にもたれたままふぅっと息を吐いた。
雄二との話は終わったようで、だらんと垂れ下がるだけの手の中に携帯電話が握られている。
事は上手く春明の思惑通りに進み、雄二を誘導することができたようだ。
たまたまだったとはいえ、手間が省けた。
それなのに――
胸のどこかに潜む痛みに、春明は気づいてそっと押さえる。
「皆、灯乃ちゃんのことばっか……」
彼はなぜか消えない灯乃の姿を思った。
自身の居場所も分からないまま暗闇を彷徨っているのに、どこまでも優しく笑いかけてくる彼女。
何もできない癖にどこか芯が強くて、消えて欲しい筈なのに放っておけない。
「なんで皆、あの子のことばかり……でも」
――あたしもあの子のこと、考えてる……?
春明は不愉快な気持ちに眉を歪めた。
きっと灯乃が皆にもてはやされているのが気に入らなくて意識しているだけなのだろう。
そう思うのに、何故か納得できていない自分がどこかに潜んでいるような。
彼は複雑に絡み合った妙なひっかかりを覚えた。
――ごめんなさい、春明さん
そんな時、以前言われた灯乃の言葉が再び浮かび上がってくる。
するとどういう訳か、落ち着かない。
あの時、上手くいかなかったからだろうか?
あれから彼女のことが気になって仕方ないのだ。
そういえば、灯乃に対して幾度となくあの眼を使ってきた筈なのに、未だに虜にできていないのはなぜなのだろう?
彼女の様子から、効いていない訳ではない筈なのに。
そんなことを春明が悶々と考えていると、その時。
――ブルブル
突然、手にしていた灯乃の携帯電話が震え出して、春明は目を移した。
自然と画面を覗くと、そこに斗真の名前が映し出され、春明は無意識に奥歯を噛み締める。
「……なんで? なんで斗真君が、あたしじゃなくてあの子にかけてくるの……っ!」
当たり前のように現れた彼の名前を見て、憎しみにも似た怒りが頭の中の少女に向かってこみ上げた。
今まで悩ませていた想いが一瞬のうちにかき消される。
「斗真君の傍にいる為に、今まで苦労してきたのに……それをあの子は、こんな簡単に……っ!」
怒りが頂点まで達したのか、春明は窓を開けると勢いよく外の岩にむかって灯乃の携帯電話を投げつけ、真っ二つに叩き割った。
――バリーーンッ!
その割れた音と共に、春明の中の何かも激しく割れたような気がした。




