従兄妹・6
それから灯乃とみつりは、昨日と同じように車に乗り込み登校した。
春明も学校の外から見張り雄二の動向を探ろうとするが、当人は現れず、何も起こらないまま退屈な時間が続く。
「朱飛がしくじって、学校どころじゃないのかしら?」
春明は窓から校内を眺めながら呟いた。
朱飛が欠片の回収に失敗したことで、雄二に登校している余裕はなくなったのかもしれない。
何とかしなければならないところだが、彼らはこんな事態を想定していなかったのだろうか?
「ウチのご主人様も舐められたものね。それとも……朱飛がそれほどまでに信頼されていたのか」
春明はふと朱飛のことを思い出す。
昔幼かった頃の彼女は、よく斗真にくっついて稽古をつけて欲しいとせがんでいた。
己の身分もわきまえず、ただ純粋に。
見ていてすぐに分かった、朱飛は斗真が好きなのだと。
そしてそれはいずれ、斗真が歩む道の妨げになるだろうと。
――そんなこと、あってはならない。だからあたしがあの子を狂わせた、それなのに
「女は醜く汚らわしい存在。いつだって斗真君を惑わし、苦しめる。そんな存在が人から信頼されるなんて許せない」
春明は唇を静かに噛みしめた。
やがていつしかそれは血が滲み出てきそうなまでに強まり、その痛みにハッとすると、彼は無理やり瞼を閉じて気持ちを落ち着かせ、ふぅっと息を吐いた。
――何を考えているのかしら。今はそんなことどうだっていい、雄二君のことを考えなきゃ
「はぁ……あたしも学校に行きたいわ」
春明は再び目を開くと、外を見つめてぼやいた。
一応、斗真共々手続きは進めてくれているようなのだが、緋鷺の権力をもってしても亜樹に親権はないので、仁内のようにすぐにとはいかないでいた。
そもそも親権を持っている丈之助のもとへは、まず連絡はいくだろう。
既に居所は知られているのだろうが、それでも余計な繋がりがリスクを伴う以上、転入できるにしてもなんとか内密に進めたいところだった。
「斗真君と雄二君が一緒なら楽しそうよねぇ……でも」
――あの子も一緒……
灯乃のことを考えると、自然と春明の気持ちは暗く淀む。
すると彼女の声がどこからともなく蘇って来るようで、彼の耳へ伝わる。
“斗真から何て? もうすぐ帰ってくるの? 怪我とかしてないかな? それから、それから……”
――あの声を思い出すだけで吐き気がする
「ホント、邪魔な子」
――あたしまで、狂しくなりそう
そんな時、春明の目前をある集団が横切った。
*
「――結局来なかったなぁ、雄二」
ついには夕方にまで時は過ぎ、とっくに下校も済ませた灯乃はただボーッと楓の修業風景を縁側から眺めていた。
「気が緩みすぎです、灯乃様。あなた様をお護りできる三日鷺はもういないんですよ?」
「でも、雄二はただ私を心配してくれてるだけですし」
「あいつはそうかもしれませんが、朱飛はそうじゃない。きっと裏がある筈です」
「裏って、どんなですか?」
「それは……まだ分かりませんが」
言葉を詰まらせる楓に、灯乃は静かに目を凝らす。
彼がまた何かを隠しているような気がした。
時々感じる不信感、敵意はないとは思うが、心の底からは信用できない。
すると、つい灯乃から言葉が漏れる。
「……やっぱりまだ教えてくれないんですか? 雄二の家を燃やした理由」
「……」
「それが分かれば、雄二だって戻ってくるかも知れないのに」
楓は黙ったままだった。
斗真達が戻れば話すというが、なぜ今では駄目なのだろうか?
それが灯乃には理解できずモヤモヤが残るが、そんな時楓が口を開いた。
「そうだ、灯乃様。手裏剣、やってみませんか?」
「え?」
突然そんなことを言われ、灯乃は目を丸くするが、せめてもの詫びであるかのように楓が声を上げる。
「俺でよろしければ、お教えしますよ?」
「……そう、ですよね、斗真にも言われてるし。――それじゃあ、お願いします」
灯乃はそう言うと、立ち上がって彼のもとへ行き、手裏剣を受け取った。
半分はぐらかされたようにも思うが、どうせ教えて貰えないならいっそ近くで観察してみるのもいいかもしれないと、灯乃は提案を受け入れたのだ。
それに、本当は春明から教わるよう言われていたが、何となく恥ずかしくて頼み難かったのもある。
どういう訳か意識してしまって、手裏剣どころではなくなる気がするのだ。
「頑張るわね、あの子」
早速訓練を始める灯乃を、ちゃっかり眺めていた春明が呟いた。
「みつりちゃんはやらないの?」
すると背後で、うんざりとした様子でありながらも同じように見ていたみつりが、即座に外方を向く。
「何で私が? そういうのはアンタ達の役目でしょ。私を巻き込まないで」
「役目ねぇ……」
「アンタも私に構ってないで、手伝ってきたら?」
「あなたを一人にする訳にもいかないでしょ」
「その割には、すぐ放ったらかしにする癖に」
毎度都合良く扱われているのを根に持つかのように、みつりは嫌味っぽく言うが、春明が負い目に感じる筈もなく、軽くあしらう。
「あたしも色々と忙しいのよ。文句があるなら、今手裏剣に夢中になってるあの子達に言って頂戴」
「……そうね、アンタは女子達のお相手で忙しそうだし」
すると、意味深に呟かれたみつりの言葉に、春明は小さくクスッと笑った。
朝、女子達の集団を見つけた時、何か思いついたらしい。
「アイツら、学校中でアンタのこと訊いて回ってるわよ。何をさせたい訳?」
「あの子達はあたしに夢中みたいなの。あたしのことが知りたくて仕方がないのね。――もしかしたら、自ら三日鷺に巻き込まれようとしてくるかも」
「……何考えてるの?」
「己の方が正義だと思っている雄二君は、お姫様と仲間を奪った者達がさぞ疎ましいと思うの。それが悪だとはっきりすれば、尚更」
「わざと悪く見せて、雄二を誘き出そうってこと?」
「待ってるだけじゃいつまでかかるか分からないし、朱飛の仲間が潜んでたら見つけられるかもしれないわ。お姫様を説得できるチャンス、雄二君なら喉から手が出るほど欲しがると思わない?」
春明はほくそ笑みながら、目を鋭くさせた。
無関係な女子達を巻き込む悪党になることで、雄二を引っ張り出す。
それで本当に彼女達が危険に晒されたとしても構わないと言わんばかりに。
そんな彼を、みつりは不愉快そうに見やる。
「確かに雄二を誘き出せるかもしれないけど、そんなことしたら説得し難くなるわ。やめて欲しいんだけど?」
「いいのよ、それで。なんせこっちにはお姫様がついてるし、斗真君達が戻れば放火の理由も聞ける。それにあたし――何もしてないもの」
女子達がどうなろうと、勝手に関わってきた彼女達の方に非があり春明は何も強要などしていないと、あくまでシラを切る。
あとは雄二を捕らえてさえすれば、どうとでもなる。
そう話す春明はどこか楽しそうで、こうなったら彼はもう止まらない気がして、みつりはハァとため息をついて諦めた。
彼女にとっても結局あの女子達は関係のない人達、どうでもいいという点では同じであった。
それでも僅かな良心で、みつりは訊ねる。
「……春明。アンタには、雄二を護るよう命令がかけられてるんでしょ? ――勝てるの?」
彼女の目は、春明の足の怪我を見た。
彼の様子からだいぶ回復はしてるのだろうが、完治している訳でもなさそうだ。
その上でのかけられた命令。
不安材料としては十分の筈だった。
――だが……
瞬時に彼の空気が変わる――酷く凍てついた怒りの眼。
「――このあたしが、負けるとでも?」
「…………いいえ」
みつりは小さく答えた。




