紅蓮の三日鷺・6
「いくぞ」
雄二が動いた。
胸の欠片が紅く光り、一瞬影たちの目を眩ますと、その隙を見逃さず雄二が一発腹に入れる。
それに続くようにして、春明と朱飛も戦った。
雄二の間合いが狭い分、春明の薙刀で援護し、朱飛のクナイが武器破壊を狙って敵の手元へ一斉に飛ぶ。
そして。
「走れ!」
影たちの態勢が崩れた瞬間に、三人は駆け出す。
皆にそれぞれ疲弊がみられたが、中でも春明は足の怪我もあって、二人に遅れをとり始めていた。
すると、雄二が春明を抱き上げて走り出す。
「雄二くんっ!?」
「足、辛いんだろ?」
そう言ってまっすぐ前を向いて走る彼に、春明は目を丸くする。
「おい、お前! おばさんを頼む!」
「え?」
一方で雄二が朱飛に叫ぶと、まっすぐ進んだ先の電柱に寄りかかって眠っているトキ子の姿を彼女は見つけた。
「送り届けず、あんな所に放置していたのですか? 結構人の扱いが雑ですね」
「仕様がねぇだろ! そんな時間なかったんだし!」
朱飛がブツブツと雄二に小言を言いながらも、トキ子を回収しに走る。
するとその時、背後から幾つもの手裏剣が飛んできて、追ってくる影たちが見えた。
「朱飛、急いで!」
春明が抱きかかえられながらも薙刀で手裏剣を払い除けると、そんな時、上から何人もの黒ずくめの男たちが舞い降りてきた。
――まずい!
三人はそう思ったが。
「無事か、朱飛」
「え?」
男の一人がそう口にし、その集団は四人を護るように黒紅の影たちの前に立ち塞がった。
どうやら朱飛の仲間だったようで、彼女を助ける為にやって来たのだ。
「皆……!」
「あの仁内とは大違いね」
「こっちだ、ついてこい」
男の誰かが発煙弾を投げ込み、影たちとの境が真っ白な煙でいっぱいになると、雄二らを誘導するように走った。
*
「――終わった……」
ホッと息を吐く仁内の周りには、何人もの黒紅の影たちが意識を失い倒れていた。
動く敵はもういない。全員斬ったのか、灯乃は刀を納めた。
「灯乃……平気か?」
「え? うん、私は大丈夫」
訝しく訊ねてくる斗真の表情に、灯乃は首を傾げていると、仁内も疑念を浮かべた顔で近づく。
刀を納めたことで元の姿に戻った彼女だったが、どことなく雰囲気が違っているように二人は思えた。
「てめぇ、何がどうなってんだ?」
「どうって?」
「灯乃。お前、俺が命令する前に刀で攻撃を躱しただろ?」
「俺の身体も、命じられてねぇのに勝手に動きやがった」
不可解と言わんばかりの二人の言い方に、灯乃はそういえばとハッとする。
「確か三日鷺が、私の身体が焔に燃やされないよう私に同化するとか、何とか……」
「同化!?」
突拍子もない単語が出て来て、二人は思わず声をあげた。
――三日鷺が灯乃に同化するということは、灯乃自身が三日鷺にとってかわるということなのか?
斗真はそんなことを考えながら、先程の戦闘を思い出す。
――斬った瞬間だけ、灯乃の装束が桜色に変わっていた。装束の色が白に近い程、三日鷺の望みに近づく。だとしたら、三日鷺の望みは……
「わ……若……っ」
そんな時、何処からか小さく声がした。
どうやら黒紅の男たちが目を覚ましたらしいが、先程までの殺気はなく、普通の人のようにゆっくりと起き上がる。
するとその中に見知った顔を見つけたのか、斗真が近づいていく。
「道薛……? 道薛なのか?」
「はい……若、ご無事で……」
「若?」
聞き慣れない言葉を聞いて、灯乃はポツリと呟く。
二人のやり取りから見て、若というのは斗真のことらしいが、確かに普段の彼の立ち振る舞いからしても、若と呼ぶのにそう違和感がないように思えた。
やはり何処かの坊ちゃんなのだろうかと、灯乃が自分との違いをひしひし感じていると。
「もしかしてこいつら、本家の奴らか?」
側で仁内が言葉を漏らし、眉を釣り上げた。
本家――それは大きな一族が絡んでいるということなのだろうか?
そして仁内もまたそれに関わりがあるように聞こえる。
灯乃はそんなことを思い、見ていた。
「若、申し訳ありません。我々のせいで、若が……」
「もういい。それよりお前たちに大事がなくて良かった」
男たちが頭を下げる中、斗真はおもむろに肩を撫で下ろしホッとした顔を見せると、そんな彼に仁内が近づき口を開く。
「斗真、本家で何があった? こいつら斬って操ってたのは、誰なんだよ? まさかこの期に及んで、しらばっくれたりしねぇよな?」
睨む目で仁内が見ると、斗真は考えをまとめるかのように少し間を置き、答える。
「……しらばくれるも何も、お前に話す義理はない」
「てめぇ……っ!」
「だが――」
斗真の瞳がまっすぐ仁内へ向いた。
「唯朝陽子について、お前が知っていることを全て話すというなら、話してやってもいい」
「っ!?」
「お姉ちゃんの、こと……?」
まさかこの場で自身の姉の名が出てくるとは思わず、灯乃は頭の回転が追いつかないままポカンとする。
それは仁内も同じだったのか、まるで苦虫を踏み潰したような顔で斗真を見ると、彼の強い目力が更に追い打ちをかけてきた。
「まさかこの期に及んで、しらばくれたりしないよな?」
「……う……」
そっくりそのまま言葉を返されて仁内はグウの音も出ずにいたが、ふと灯乃が視界に入ると、途端に諦めて溜息を吐いた。
――どうせここで拒んでも、こいつに命令されりゃあ一緒か。
「……分かったよ。話せばいいんだろ、話せば」
仁内は小さく答えた。
*
「――これでひとまず、完了か」
黒紅の集団から逃げ延びた後、朱飛は灯乃の家まで辿り着き、トキ子をリビングのソファーに寝かせると、静かに外へ飛び出し闇夜に消える。
一方雄二と春明は、朱飛の仲間らと共に少し離れた場所で、身を隠していた。
どうやら彼らの隠れ家の一つらしく、小さな平屋の一室に全員が身を潜めて集まる。
「また随分と深い傷を。これでは満足に戦えなかったでしょう?」
男の一人が、春明の足の包帯を取り替えながらそっと訊ねた。
側に置かれた薙刀に男の目が向くと、それに気づいた春明が不機嫌そうに外方を向く。
「春明様がソレをお使いになるとは」
「仕方ないでしょ、これしかなかったんだから」
「……なぁ。こいつら敵だったんじゃねぇの?」
普通に介抱されている春明を見て、雄二は戸惑いながらコソッと彼の耳元で訊ねると、春明は苦笑しながら口を開く。
「うーん。敵でもあるし、味方でもあるのよねぇ」
「え?」
するとそこへ帰ってきた朱飛が室内に入り、聞いていたのか側に腰を下ろして話し始めた。
「三日鷺は決して世に晒してはいけない刀、我々はあの刀を護るいわば御目付け役のようなものです」
「御目付け役?」
雄二がそっと訊き返すように呟くと、春明が続けて補足する。
「この子らはあたしたち緋鷺家が三日鷺を悪用しないよう、常に目を光らせてるの。そういう命令を何代か前の頭が受けたらしいわ。一応は緋鷺家に仕えてくれてるけど、三日鷺が外に流れようものなら一族よりも三日鷺を優先する、あたしたちにとってはちょっと面倒な連中よ」
「へぇ。ってことは春明さんは緋鷺の!?」
「えぇ、仁内も含めてそうよ。あたしたちは斗真君の従兄弟にあたるわ」
三人の繋がりを聞いて、雄二は考え込みたくなるくらい驚いた。
似ていない――それが思考内の第一声で、斗真と仁内に至ってはまるで正反対のタイプだとずっと彼は思っていたのだ。
「……まぁ従兄弟だし、そういうもんかもな……」
「でも見ての通り斗真君と仁内の仲は最悪で、というかあの仁内が一方的にライバル視してるっていうか、斗真君が三日鷺を継承した後も、気に入らないのかずっとあんな感じなのよ。だからいつかは朱飛たちが動くとは思っていたけど……」
「いたけど?」
「そんなことどうでもいいくらい、大変なことが起こったのよ」
突然、春明の顔が怒りに満ちた形相に変わり、雄二はビクリとした。
憎々しい出来事だったのか、春明はギュッときつく拳を握り締め、思い切り畳へ打ち込む。
「――星が、斗真君を裏切ったのよ」
「星?」
*
「星花って……」
灯乃たちは様子を見て春明の屋敷に戻ると、居間に腰を落ち着け話を始めていた。
灯乃の呟きに仁内が答える。
「斗真の姉だ、つっても双子だけどな。なんだ、姉弟喧嘩か?」
「そんなものではありませんよ。お嬢は隙をついて若から三日鷺を奪い、そして若を……」
道薛が辛そうな顔で口を開いた。
彼の話の内容はこうだった。
斗真の双子の姉・星花は、奪った三日鷺で斗真を斬り、彼に命令した。
――他者への攻撃を禁ずる、と。
「へぇ。それじゃ星花に裏切られて、力を封じられたって訳か」
「あいつは裏切るような奴じゃない!」
仁内の一言に斗真が突然声を荒げた。
そんな珍しい斗真の姿に灯乃が目を瞬きさせていると、仁内が呆れた様子で言葉を返す。
「はっ、どうだか。てめぇは腕はたつ癖して、そういうとこ鈍いよな。あいつのドロドロした態度見て、仲良しの訳ねぇだろ。……春明が絡めば尚更な」
仁内の指摘に斗真は反論出来ないのか、何も言えずにぐっと奥歯を噛み締めた。
彼の中でも何かしら心当たりがあるのかもしれない。
そんなことを灯乃は思っていると、道薛が会話に入ってくる。
「しかし我々も斬られる中、春明様のご助力がなければ、刀が若の手に戻ることはありませんでした」
「じゃあ、春明さんの傷はその時に?」
灯乃が訊ねると、道薛はコクンと頷いた。
それじゃあ彼の傷は、星花が負わせたのだろうか?
仁内の口ぶりからして、三人の関係はあまり良いものではないらしいが、灯乃の目には少なくとも斗真と春明が不仲であるようには見えなかった。
――春明と星花の仲は、どうだったのだろう?
「ん?そういえば」
そんな時、灯乃はふと訊ねた。
「斗真も三日鷺で斬られたんでしょ? なんで触れるの?」
三日鷺に斬られた者は、三日鷺に触れることは出来ない。
斗真も斬られたのならその対象である筈なのに、彼は難なく触れている。
それを不思議に思って灯乃が斗真を見ると、彼はその問いに何の迷いもなくすんなり答えた。
「それは俺があの刀を継承したからだ。継承すると三日鷺の加護を受けるようだからな」
「加護?」
すると、仁内が口を挟んで続ける。
「いろいろあるらしいぜ。刀を持てる他にも、継承者への命令は一つだけとか、継承者自らを殺すもしくは危害を加えるような命令は出来ない、とかな。――結局のところ、こいつは恵まれてんだよ。ま、そういう意味でも、なるべくしてなった事態なんじゃねぇの?」
「なんだとっ!」
仁内の挑発的な言葉に斗真は頭に血が上ったのか、突然怒りを露にして彼の襟元を掴み上げると、壁へと思い切り押し付けた。
そのあまりに斗真らしからぬ行動に、灯乃も道薛も慌てて止めに入るが、仁内は斗真の神経を逆撫でするようにニタッと余裕の表情で笑った。
「殴れるのか? やってみろよ、やれるもんならな」
「……っ……!」
斗真が誰に対しても危害を加えることが出来ないのを分かっていて放った台詞。
それを斗真も悟ってか全身が怒りでいっぱいになるが、これ以上は身体が動かず渋々手を離す他なかった。
やりきれない思いのまま斗真は皆に背を向けると、サッと襖を開ける。
「斗真?」
「……外の様子を見てくる」
斗真は囁くようにそう言うと、酷く落ち込んだ肩を見せながら出て行った。
その姿に、灯乃もまた悔しい思いを秘める。
――星花を知らない為に、何も言えない。
こんな時こそ力になってあげたいのに、励ましてあげることも出来ない。
何を言うにも在り来りな台詞を並べるだけで、きっと届かない。
そう思うと自分にすら怒りを覚えるのか、灯乃は急に立ち上がり、その矛先を仁内に向けるかのように強く睨みつけた。
その恐ろしい双眸に、仁内はギョッとする。
「なっなんだよ?」
「仁内」
「あ? え?」
「以後斗真を侮辱するような発言は慎め。これは命令ではない故、もしこれより先同じような発言があれば、貴様の身体は焼き鳥のように焼かれて食われると思え」
「……!?」
灯乃は落ち着き払った口調でありながら、その内に込めた怒りを低い声に表しながら仁内に言い放った。
その時の彼女の瞳が一瞬翡翠の色をしていたような気がして、仁内は紅蓮の三日鷺が現れたのかとゾッとしたが、すぐに思い直して考えを止めた。
――紅蓮の三日鷺は、斗真を名前では呼ばない。でも今のは灯乃の言葉でもない。……どっちだったんだ?
仁内の動揺を余所に、灯乃は斗真を追いかけて部屋を後にした。
今はただ傍にいることしか出来ない、彼女はそう思ったのだ。
そんな灯乃の姿に、道薛は何故か感心したようにホゥと腕を組んだ。
「灯乃殿は、なんとも頼もしい三日鷺のようですな」
「はぁあ? やりにくいったらねぇよ。……あいつの妹でもあるし」
「はい?」
「何でもねぇよ!」
仁内は乱れた気持ちをかき消すように頭をかくと、道薛にポツっと訊ねる。
「んなことより、黒幕はあの人なんだろ?」
「……お気づきでしたか」
「星花一人でてめぇらまでも斬るのは不可能だからな。あいつもそれなりに剣術の心得はあるが、大した腕じゃねぇ。ましてやあの春明があいつに遅れをとるなんて絶対あり得ねぇよ」
「それでお嬢には後ろ盾がいると?」
「あぁ。てめぇらを斬り、春明にさえ深傷を負わせることの出来る凄腕なんて、斗真以外にあの人しかいねぇよ」
仁内はハァと息を吐いてひと呼吸おくと、ゆっくりと口を開いた。
「山城 丈之助――斗真の叔父にして春明の父親、だろ?」
*
「あんまり外にいると、見つかっちゃうよ?」
庭で夜空を眺める斗真を見つけて、灯乃は声をかけた。
しかし彼は何処かぼんやりとしていて、返答がなかったのもあってか灯乃は心配になって近寄る。
「星花さんのこと、やっぱり考えちゃうよね? 心配?」
当たり前なのにそれしか言えず、けれど星香の名に反応してか斗真の顔が彼女の方へ向いた。
余裕のない不安定な表情。
「当然だ。あいつはきっと唆されただけなんだ。それに、たぶん俺のせいでもある」
「え?」
「仁内が言っていただろ? 悔しいが、同じようなことを星にも言われたんだ、斗真は何も分かっていないと。俺があいつの気持ちを分かってやれていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない」
自分自身を責め立て、苦悩に眉を歪める斗真。
しかしそんな彼に対してどう返して良いのか分からず、灯乃はただ黙っていると、斗真が一度瞼を閉じ、ゆっくりと開き直してから、少し落ち着いた様子で続けた。
「俺を斬った後、星も道薛と同様、斬られたんだ。あの男に」
「あの男……?」
「だから俺は星が裏切ったとは思わない。必ず三日鷺で星を取り戻す。そして聞きたいんだ、あいつの気持ちを」
「斗真……」
苦しみながらも、しっかりと答えを見つけ前を向いている彼の眼差しを見て、灯乃は少し寂しく思いながらもホッとした。
――やっぱり斗真は強くて、優しいんだね。
「一緒に行こう、斗真」
灯乃はにっこりと笑って言った。
きっと難しく言葉を選ぶ必要はない、ちゃんと進む道が見えている彼なのだから。
「私があなたの剣になる、盾にもなる。二人がいくらでも話し合えるように、いっぱいチャンスを作ってあげる」
「っ!」
「私があなたを護る。任せて」
今はただ自分の意志を伝える。それだけで良いと灯乃は思った。
そんな温かい彼女の笑顔に、斗真はハッとする。
――そうだった、彼女はもう姉と話し合うことは出来ない……
それなのに俺を気遣って、笑って。
俺は彼女に甘え過ぎていた。本当は早く姉の話を訊きたいだろうに。
「……ごめん」
「え?」
斗真は今、改めて思い知った。
無力で助けて貰わなければ何も出来ない、それがこんなにも悔しくて情けないことを。
「中へ戻ろう。唯朝陽子のことを、あいつに問いたださないとな」
「あ、うん」
すると、その時。
――ドン、ドンッ!!!!
何処か遠くの方から、大きな爆発音が2回鳴り響いた。
空を見上げると、離れた二ヶ所から煙が上り、周りが明るくなっている。
「火事か……!?」
「――うっ!」
その瞬間、灯乃の心臓が急に大きくはねた。
胸が熱い。身体の中で、何かが焼き消されていくようだ。
――三日鷺ノ誰カガ……燃エテイル……?
「まさか……!!」
灯乃は何かに気づいて煙の方角を確認する。
その二つの方角には、灯乃と雄二の家があった。




