秘密・2
――あぁ、気まずい
灯乃は隣を歩くみつりの様子をチラチラと伺いながら、長い廊下をただ黙々と進む。
普段睨まれることはあっても、肩を並べて歩くなんてことは絶対にないみつりがすぐそばにいる。
それだけで灯乃のプレッシャーは、かなり大きくなっていた。
――どうしよう、何か話さなければ
「あ、あの……協力してくれてありがとう」
「はあ?」
「えっあの、だから……えっと……」
とりあえず礼を言っておこうと思ったのだが、何が気に障ったのか、みつりは眉をつり上げて灯乃を睨んだ。
「何でアンタに礼を言われなきゃなんないのよ?」
「そっそれは、私達のこと秘密にしてくれるし、雄二のことも一緒に説得してくれるし……だから」
「別にアンタのためじゃないんだけど?」
「うっ……まぁ、そうなんだけど」
みつりの口から厳しい言葉が返ってくる。
予想はしていたが、灯乃には思った以上のダメージで、まさに取りつく島もないかのように冷たい視線が彼女に降り注いだ。
そうなると尻込みしてしまうのか、それからの会話が続けられなくなり、灯乃は再び黙ったまま道のりを歩く。
向かう先は二人とも同じ、空手部の朝練がある道場。
マネージャーであるみつりは勿論、雄二が来る可能性を考えて灯乃も向かう手筈になっているのだ。
それに灯乃とみつりが出来る限り単独での行動を避ける為でもある。
灯乃はその決定を了承し、黙ってみつりについていかなければならなくなったのだった。
――本当は、一人で雄二に会いたいんだけどな
灯乃はそう思うが、それを主張すると雄二と通じていることが知られてしまうかもしれない為、できなかったのだ。
しかしそれも想定内のこと、何とか二人で話せるように落ち着いて機会を伺おうと、灯乃は考えていた。
そう、落ち着いて。
灯乃はみつりを一瞥すると、暗澹たる思いで肩が窄んだ。
――でもやっぱり気まずい……
本当に上手く動けるのか不安になりながらも、楓と早く合流してこの空気から解放されたいと、灯乃は強く願うのだった。
*
一方で春明は、正門から少し離れた目立たない場所で車を停め、様子を伺う。
他の校門へは楓の仲間がそれぞれ張り込んでいて、雄二が現れればすぐに連絡が来るように手筈を整えている。
それで彼を発見次第、素早く確保できればそれに越したことはないのだが、朱飛がそう簡単にさせてくれる筈がない。
まずは様子見だけになるだろうと春明は思い、HRが始まる頃合に潜り込む準備をしていた。
するとその時、
「――やっぱりそう簡単にはいかなわよね」
春明は窓から正門の方へ目を向けながらそう呟くと、その視線の先に数人の女子生徒達に囲まれて登校してくる雄二を見つけた。
女子達は灯乃を虐めていたあの6人で、目当ての雄二と登校できて気持ちが舞い上がっているのか、キャッキャッと黄色い声が飛び交っている。
彼らの間でどういう話し合いがなされたのかは知らないが、あんなに雄二の周りを固められて目立たれると、こちらも容易に手は出せない。
不本意だとばかりに雄二が仏頂面を見せているところを察するに、恐らく朱飛の指示だろう。
「向こうに交渉する気はないのかもね」
春明は思った。
もしこちらと交渉する気があるのなら、雄二の口から灯乃を手懐けさせるのが一番効率がいい筈。
しかしその雄二をあんなに身動きがとれないような状況にさせるということは、話し合いなど後回しでとにかく灯乃を誘き出して手っ取り早く連れ去ってしまおうという魂胆なのだと、想像がついた。
「さて、どうしようかしら?」
女子達と共に校内に入っていく雄二を眺めながら、春明は不敵に笑った。
*
雄二が道場へ近づく。
女子達の声ですぐに分かり、同じ廊下の少し前を歩いていた灯乃とみつりがそちらを向くと、賑やかな中にいる彼と目が合った。それはほんの一瞬。
けれど彼が灯乃に近づくことはなく、二人を通り過ぎていく。
――今は機会を待て
そう言われたような気がした。
「何あれ。雄二らしくないわ」
いつもほとんど関わらないようにしていた取り巻きを引き連れている彼を見て、みつりが目角を立てる。
「多分、朱飛に言われたんだと思う」
「分かってるわよ、そんなこと。いちいち言わないでくれる?」
「う……」
「それよりアンタ、マネージャーとして入部するって本気?」
みつりが春明から聞いていたことを思い出し、余計に眉をつり上げて灯乃に訊ねると、そんな彼女の反応を見て灯乃は少し罰が悪そうに頷いた。
「その方が雄二と話すチャンスが作れそうかなって」
「私、嫌なんだけど?」
「え゛」
「“仮”入部にして。卒業までアンタと一緒なんて、絶っ対嫌だから」
「え……はい……」
「分かったら、さっさとついて来て」
「はっはい!」
灯乃に八つ当たりするようにみつりは不機嫌さを露にすると、足早に更衣室へ歩いていった。
何だか勝手に決められてしまい、どうせなら最後まで雄二を近くで応援したいと思っていた灯乃の考えがあっさり打ち消される。
もちろん、そんな灯乃が慌てて追いかけても、みつりが後ろの彼女を気にかけることはなかった。
ここまで毛嫌いされると、本当にこのまま雄二に近づいていいのかと疑ってしまう。
――そんなに私は、雄二の妨げになってるのかな?
いつも助けてくれる彼だから、甘えすぎていたのかもしれない。
灯乃は、雄二との今後の関わり方をひっそりと考え始めた。
*
「雄二」
男子更衣室で、雄二は楓に声をかけられた。
流石に女子達が更衣室まで入ってくることはなく、解散となったのか雄二が一人になったのだが、それでも彼の落ち着きはらった様子に、楓もすぐには行動に移さず警戒するに留める。
「灯乃様のところへ戻る気はないのか?」
「あいつは俺のとこに来るんだよ。あの場所から離れてな」
「今のお前は一人だ。無理やりにでも連れて行けるのだが?」
「俺を狙えば、春明さんが来ちまうんじゃねぇのか?」
雄二は慌てることなくいつも通りにロッカーを開けると、道着に身を包みながら淡々と話し続ける。
「部外者が突然入ってきたら騒ぎになるし、それに春明さんは俺を護ることになる。いくらアンタが俺を捕らえようとしても、それを阻む者としてな」
「……」
「否定しねぇってことは、まだ命令は解除されてねぇんだな。ひでぇ奴だな、斗真は」
「そうではない。春明様ご自身がそう望まれたのだ。お前を見つける為に使って欲しいと」
楓は話し合いをした時のことを思い出しながら雄二に弁解するが、聞き入れていないのか、雄二は乾いた笑みを浮かべて楓に向き直った。
「どうだかな。案外あいつが黒幕で、アンタに俺の家を燃やさせたのだって、斗真なんじゃ……」
「違うっ、あれは――」
「あれは? 何だよ?」
雄二の目の色が変わり、酷く楓を睨みつけた。
家を放火されたことへの憎悪が色濃く顔に表れていて、楓は返す言葉もなく俯くと、そんな彼の様子に雄二は苛立ちを覚えながらもグッと堪えて、バタンとロッカーの扉を閉める。
「まっいいけどな。何を言われたって、俺はアンタを信じねぇ。俺の家を……父さんと母さんがいるあの家を燃やしたアンタの言葉なんか、絶対にな」
雄二はそう吐き捨てると、もう話すこともないと思ったのか、さっさと部屋を出て行った。
――このままにはさせない。
灯乃は必ず取り戻す。
あいつを護るのは――俺だ。




