表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三日鷺~ミカサギ~  作者: 帝 真
第1章 紅蓮の三日鷺
5/80

紅蓮の三日鷺・4

 「――私に勝ったら教えてあげる」


 言うべきはなかったかもしれないと、春明は思っていた。

 目の前にはぐったりと座り込む傷だらけの雄二が、それでも負けまいと必死に強い視線を向けてくる。

 春明の言葉を聞いてからというもの、雄二はいっこうに諦める気配を見せず、けれども彼を女性として認識しているせいか、本気も出せず、やられるがままだった。

 そもそも春明は手傷を負っているとはいえ、三日鷺の力をもって彼の前に立っているのだ。

 その上、間合いの広い薙刀に対して素手では、雄二が本気を出したところで敵う筈もなかった。

 考えるまでもなく、分かっていた結果だった。

 しかしこうも強情であるとは思わず、考えの甘さに春明は溜息をもらす。


 「雄二くん、諦める気はないの? これ以上は……」

 「嫌だね。俺はちゃんと説明してもらうまでは納得なんて絶対しねぇ」

 「強情ね」

 「それだけが取り柄なんでね」


 雄二は呼吸を乱しながらも、春明に向かって小さく笑った。

 そんな彼を見て、春明はムッと顔を歪ます。


 「どうしてここまでするの? そんなに灯乃(ひの)ちゃんが大事?」

 「……あいつは昔からどういう訳か余計な苦労が多くて、ホントついてねぇ奴なんだ。特別、馬鹿で間抜けって訳でもないのに、よく変なことに巻き込まれてさ。いつも陽子(ようこ)と一緒になって助けてやってたんだ。でも陽子はもういない。今は俺があいつを守ってやらなくちゃいけないんだ、絶対に引くかよ」


 真っ直ぐな眼差しを向け、意志の強さを春明にぶつけた。

 幼馴染みであるが故の、長い年月をかけた絆。

 それを目の当たりにしてか、春明は悔しそうに下唇を噛んで背を向けた。


 「……斗真くん、呼んでくるわ」

 「え?」

 「私じゃ、手に負えそうにないもの」


 春明は呟くようにそう言うと、拗ねたように門の中へと入っていった。


 ――幼馴染みなんて……ずるい。


 灯乃のことを春明は少し恨めしく思う。

 灯乃と雄二――共に信頼し合っている二人。

 これじゃキープは難しいかな、などと春明は考えながら前を見ると。

 そこに、紅蓮の三日鷺の姿をした灯乃と側に寄り添う斗真が映る。


 「…………ホント、ずるい子」


 *


 それから斗真を連れて春明が再び外へ出ると、雄二はすでに意識を失い倒れていた。

 空手をしていてもここまで傷を負う事はなかったせいか、精神的にも疲弊していたのだろう。

 少しやり過ぎたと、春明は罰が悪そうに片膝をつき、そして彼のことを話した。


 「雄二くん、ちゃんと説明してもらうまでは絶対に引かないそうよ」

 「……そうか」


 何を考えているのか春明には分からなかったが、斗真は真剣な目で雄二を見る。

 頭に浮かぶのは、灯乃のことだった。

 彼女を引き込んだことで、雄二はますます引き下がらなくなる。


 「俺も中途半端だな」

 「え?」

 

 斗真は灯乃に言った言葉を思い出した。


 ――やるなら徹底的に。それなのに俺は、巻き込んでいいのかどうかまた迷っている。どうしてだろうな。

 灯乃のことは、あっさり引き入れたのに――

 

 「主」


 そんな時、門の内側から灯乃が姿を見せ、彼を呼んだ。

 いや、斗真を主と呼ぶのは灯乃ではない――(あか)(まと)った彼女。


 「紅蓮の三日鷺か。灯乃は?」

 「眠っておる。色々あってか、暫くは目を覚ますまい」

 「そうか」


 おそらく姿を変えたまま灯乃が眠ってしまった為に、三日鷺の意識が彼女を上回ったのだろう。

 それでも灯乃にかけた命令のせいで、三日鷺もまた外に出ることが出来ず、その場から雄二を凝視する。 

 

 「ところで主よ。その男から我と同じ気配がするのだが?」

 「え?」

 「そやつ、我の何かを持っておるぞ」

 「……なんだと?」


 それを聞いて斗真が雄二を見ると、襟元から僅かに細いチェーンが見えた。

 彼は何かを首にさげている。

 春明がそれを引き出すと、菱形に(かたど)られた透き通る石が先端に現れた。

 斗真の目が(いぶか)しく光った。


 *


 “雄二。もし私に何かあったら、あの子を――灯乃をお願い”


 雄二は夢を見ていた。

 辺りは茜色に染まり、夕日が誰かの背を照らしている。 

 暗くて顔は見えないが、誰かは分かる。

 雄二がよく覚えている、あの時の記憶(こうけい)


 ――陽子。


 “頼めるのは君だけだから”


 彼女はそう言って、雄二の手に菱形の石を乗せた。


 “御守り。きっと君を導いてくれる――だから灯乃を……”


 「……ぎょ……」

 「雄二くん?」


 春明の声が聞こえて、雄二は目を覚ました。

 気付けば家の中に運ばれていて、たった今手当てを終えたのか、春明が救急箱をパタンと閉め、彼を見ていた。

 周りには斗真と、少し離れて仁内(じんない)もいる。


 「雄二、といったか? 何故お前がそれを持っている?」

 「え?」


 斗真の問いかけに、雄二はぼんやりと彼らが見てくる方に目を下ろすと、菱形の石が露になっているのが見え、思わずバッと隠すように石を握り締めた。

 理由は分からないが、三人の様子からこれが重要なことだと感じ取って、雄二の握る手に力が入る。


 「何故だ?」

 「ふん。知りたきゃ、なんで知りたいか教えろ」


 今までのこともあり、雄二はむきになって言い返す。

 するとそんな時、襖を開けて紅髪(あかがみ)の灯乃が入ってきた。


 「それは我のものだからだ」

 「灯乃……?」

 「あれは紅蓮の三日鷺、灯乃ちゃんじゃないわ」

 「紅蓮の三日鷺……?」


 春明の言葉に雄二は戸惑っていると、三日鷺が斗真に一瞬目配せをし、襖を閉める。


 「それは我の折れた刃の一部。まさかこんなところで出会えようとはな」

 「折れた刃の一部?」


 三日鷺は刀を抜くと、あふれ出る炎を抑えようと瞳を閉じる。

 すると炎が消え、折れた刃が中から現れた。


 「一つでは足りぬが、それは紛うことなき我のもの。刀に共鳴しておろう?」


 三日鷺がそう言って雄二が手の平を開けると、まるで炎が宿ったように石が淡く紅色に光っていた。

 少し熱を感じる。

 

 「これは……陽子が、俺にくれたものだ。御守りだって言って」


 雄二は不思議そうに石を眺めながら呟いた。


 「ただの宝石かと思ってた。こんなに光るなんて」


 *


 部屋に雄二ら三人を残し、斗真は三日鷺と広縁(ひろえん)に出た。

 よろけ(じま)の和紙に囲われた天井照明に明るさはなく、薄暗い中、部屋からもれる灯りだけを頼りに互いの姿を見る。


 「やはり囲まれているか」

 

 外に目をやり、斗真は険しい表情を浮かばせながら、三日鷺の報告を聞いていた。

 外部から漂う、これまでにない不穏な気配が、不気味なまでの静けさを作り出す。


 「灯乃の母親は?」

 「朱飛(あけび)をつけておる。隙を見て、送り届けるよう命じた。問題は外の連中だが」

 「あぁ、ここはもう駄目だ。移動する」


 冷静に判断しながら、斗真は考えあぐねる。

 これからどう動くべきなのか。一歩間違えれば、全てを失くすかもしれない。

 それ程慎重にならなければならない厄介な相手なのだ。

 仁内や朱飛の一派とは違うことを、斗真は敏感に感じ取っていた。


 「で、あの男はどうする?」


 三日鷺は襖越しに雄二の方へ目を向け、訊ねる。

 斗真は悩んだ。一番の障害(ネック)が雄二なのだ。

 (みかさぎ)の欠片を持っていた彼を、みすみす帰していいのかどうか。

 かといって、巻き込んでいいのかと訊かれても返答に困る。

 

 「灯乃を連れて行くからには、黙ってはいないだろうが……」

 「さて、それは分からぬぞ?」


 柔弱な気持ちに嫌気がさしてきた斗真を他所に、三日鷺が呟く。

 彼女が目を落とした手の中では、淡紅(たんこう)の石が光っていた。


 *


 「――三日鷺か。世の中には怖ぇものがあるんだな」


 春明からファンタジーのような話を聞いて、雄二は目を丸くした。

 本当は、春明も話して良かったのかと頭の片隅で思っていたが、彼にならそうする方がいいような気がしていた。

 仁内が無言でじっと睨みつけてくる中、後で斗真からの叱責がどのくらい来るかを、春明は想像し苦笑する。


 「でも、私を斬ったのが斗真くんで良かったと思ってるわ」


 春明はどこか穏やかな目で優しく言った。


 「彼、頭固いけどお人好しだから。色々あって三日鷺の力を必要としてるけど、酷い命令なんてしないし、灯乃ちゃんのことだってずっと悩んでるんだから」

 「……へぇ」


 春明の言葉に、雄二は斗真の印象を変えた。

 どうやら私利私欲で灯乃を斬ったのではないようだと、少なくともそれくらいは雄二も理解した。

 だからといって、灯乃を任せる気にはなれない――そう、思っていたのだが。

 今は何もついていないチェーンの先を見つめながら、雄二はぼんやりと口を開いた。


 「陽子は分かってたのかな、灯乃が三日鷺に関わること。だからあれを俺に託したのかな?」

 「雄二くん……」


 三日鷺の折れた刃の一部であると聞かされ、雄二は石を紅蓮の三日鷺に渡してしまった。

 陽子の想いが、あの石にはたくさん詰まっていたかもしれないのに。


 ――手放して良かったのか? 俺は……


 どことなく喪失感が彼にはあった。

 石を持たなくなったことで、灯乃を守りたいという意識が薄れたような、そんな感じを覚えていた。


 陽子の望みは、重荷だったのか……?


 「皆、動くぞ」

 

 そんな時、斗真が再び部屋に戻ってきて言った。


 「はぁ……やっとかよ」

 「少し前から嫌な気配でいっぱいだったものね。牽制のつもりかしら?」


 仁内と春明も外の様子を感じ取っていたようで、彼の言葉をすぐに理解し立ち上がる。

 すると仁内が、斗真を挟んだ柱の影で灯乃が眠っているのに気づく。


 「おい、なんでこいつ戻ってんだよ!?」

 「あまり長くは姿を保っていられないようだ」


 三日鷺の力がすっかり消え、ただの女の子に戻っていた灯乃。

 仁内は顔を引きつらせて笑った。


 「こんな時に使えねぇ」

 「灯乃ちゃん、起こさないの?」

 「あぁ、このまま連れて行く」


 春明の問いかけに、斗真は雄二の方を見ながら答えた。

 彼がどう反応するかで、斗真も腹をくくらなければならない。


 「起こすと色々話さなければならなくなる。そんな時間はないからな」

 「灯乃を、連れて行くのか?」

 「あぁ」


 斗真と雄二、互いの双眸がかち合い、探りを入れる。

 斗真の中で、紅蓮の三日鷺が放った言葉が蘇った。

 

 “気づいておらぬだろうが、あの男は――”


 とその時。


 ――!!!!


 一瞬の殺気を感じて、皆天井を見上げる。

 外の気配に気を取られ過ぎていたのか、そこにはすでに黒紅の装束を纏った群衆が、斗真(かれ)らを狙っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ