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三日鷺~ミカサギ~  作者: 帝 真
第7章 秘密
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秘密

 ――どうしてお前は、そんな姿になった?

 俺の欲は、お前をこうも簡単に黒く染め上げてしまうのか?


 俺はお前を――求めてはいけないのか?


 *


 「――それじゃ、行ってきます」

 「行ってらっしゃい」


 早朝、登校時間になり、灯乃は春明とみつりと共に車に乗り込み後部席の窓を開けると、外の亜樹に声をかけた。

 そこには彼女の他に、未だ不貞腐れたままの仁内と……斗真がいる。


 「ごめんね、仁ちゃん。でも私、頑張ってくるから」

 「絶対ぇ無茶すんじゃねぇぞ。俺もすぐ行くからよ、いいな?」

 「うん。仁ちゃんも気をつけて」


 灯乃はニッコリ微笑むと、今度は自然と斗真へと視界を移す。

 けれど彼と目が合った瞬間、昨夜のことが思い出され、互いにかける言葉を失い黙ってしまう。

 黒に近づいた灯乃のあの姿――原因が分かっているだけに、二人共が暗黙の了解とばかりに他言しないよう胸の内に秘め込む。

 

 「えっと……斗真も気をつけて」

 「……あぁ」


 互いにただの一言だけで会話を終えてしまうが、向けられた視線は口よりもものを言うのか、何かを伝えるように見つめ合う。

 そんな二人を余所に、亜樹が春明に話しかけた。


 「春明ちゃん、灯乃ちゃん達をよろしくね」

 「えぇ。楓達は?」

 「既に出立したわ。向こうで落ち合って頂戴」

 「分かったわ」


 助手席から春明がニコッと微笑みかけると、ついに運転手が車を発進させる。

 それを見送り、亜樹は家の中へと戻ろうとするが、その一方で斗真と仁内は暫く動けずその光景を眺めていた。


 「おい、斗真。てめぇがどう思おうが、俺は春明を信じねぇ。すぐに合流しなきゃなんねぇんだから、もたもたすんじゃねぇぞ」

 「手間はかけない。お前こそ足を引っ張るなよ」


 共に行動するというのに、馴れ合う気はないのか厳しい台詞をかけ合う二人に、亜樹はハァとこっそり溜息を吐いた。


 「まったく……若いっていいわね」


 *


 「大丈夫かな……」


 車内で灯乃は、斗真らの姿を想像しながら心配そうに呟くと、助手席から春明が平然とした顔をして振り向いた。


 「仁内は知らないけど、斗真君なら大丈夫でしょ。戦いに行く訳じゃないし、寧ろあたし達がいなくなって動き易くなったんじゃない?」

 「え?」

 「だって、斗真君は戦えないけどそれだけなのよ? 誰かが側にいるより一人の方が、護る対象がいない分遥かに安全よ」

 「……そういうもんなの?」

 「不満?」

 「誰もいない方がいいみたいに聞こえちゃって、ちょっと寂しいかなぁ」


 灯乃は思った。

 ただでさえ斗真は、一人で抱え込み過ぎる。

 誰かが支えになってあげられたらと、最近は特にそう感じてしまう程に。


 そしてそれは昨日も……


 黒く変わり果てた灯乃の姿を目の当たりにしたあの時、斗真は愕然とし悔悟の色を浮かべていた。

 同化を遅らせる為の命令でそうなってしまったのだから、取り分け責任を感じる必要はないのにと思ったのだが、よくよく考えればきっとそういうことではないのだろうと、灯乃は考えを改め直した。


 何故なら、かけられた命令はただ一つの筈。

 にも関わらず、白に近づきつつあった姿が一気に黒へと変わったのだ。

 命令は、主の欲が大きければ大きいほど黒へ近づくが、あの命令だけにしてはあまりに一変し過ぎている。

 本当にあれだけの影響なのか、もしくはそれだけの影響を与える別の何かがあるのか。


 灯乃は斗真に確かめたかったが、訊けなかった。

 彼のことだから、きっと気遣いから抱え込んでいるのだと、その気持ちを無下にはできなかったのだ。

 それに、たとえ訊けたとしても斗真が答えないのも分かっている。

 だからこそ、心配なのだから。


 ――斗真は私のことを、口では必要だと言っておきながら頼ってはくれない。それってどうなんだろう……


 「灯乃ちゃん?」


 春明が灯乃の様子を伺い見ると、一方で灯乃も彼を見遣った。

 なら、春明はどうなのだろう?

 斗真とは従兄弟で、灯乃の目からも二人は信頼し合っているように見える。

 斗真も、彼には包み隠さず何でも話せたりするのだろうか?

 だから春明も、斗真と別行動でも心配にはならないのだろうか?



 ――何だか、それはそれでおもしろくない気がする



 「何よ?」

 「……別に、何も……」


 不服と言わんばかりに春明を見るも、どう気持ちを言葉にしていいか分からず、灯乃は黙り込んだ。

 するとそんな時、みつりがさらりとした口調で彼女へ突拍子もないことを訊ねてくる。


 「アンタ、あの斗真って奴のことが好きなの?」

 「え……えぇっ!?」


 突然のことで灯乃はあわあわと動揺し、顔を真っ赤にさせると思わず両手を横に振った。


 「べっ別にそういうんじゃ……ただ心配っていうか、何というか……それなのに春明さんはそんな感じもないから、二人は信頼し合ってて羨ましいなっていうか……」

 「……」

 「灯乃ちゃん。それってもしかして、あたしのことで斗真君に嫉妬してる?」

 「え……?」


 春明の言葉に灯乃は、つい彼の方へ目を向けた。

 するとその瞬間、なぜか急に春明の眼から視線をそらすことができなくなり、意識の全てが彼に捕らわれたかのように動けなくなった。

 あの眼だったーー艶やかで美しい、ついうっとりと魅了させられるその眼。

 今の今まで斗真の心配をしていた筈なのに、一瞬で忘れさせられてしまう。

 見つめられただけでドキドキして、恥ずかしくなって。


 ――あれ? 私、春明さんを奪られたくなくて、斗真に嫉妬してたの……?


 そう思うと、途端に低俗な感情で悩んでいたみたいに感じて、灯乃は何とか頭を振ると、それ以上考えまいと赤い顔を窓の外へ隠した。

 そんな彼女に、春明はニタリと笑って目を細める。


 「可愛いわね。何なら灯乃ちゃんは、授業に出ないであたしと一緒にいる?」

 「えっ」


 春明はそう言うと、助手席から灯乃へと手を伸ばす。

 がその時、背後の席から冷ややかな視線を感じて、彼女に触れる前に手を止めると、春明はそちらの方へとつり上げた目を向けた。

 その先にいたのは、みつり。


 「勝手に段取り変えないでよ。何のためにこんな奴と一緒に来たと思ってんの」

 「……冗談よ、冗談。分かってるわ」


 相変わらず手厳しいみつりに、春明は笑顔を向けながらも、内心舌打ちした。



 暫くして学校に着くと、灯乃とみつりは外へと出て、春明が車内に残る。


 「それじゃ二人共、十分気をつけるのよ?」

 「春明さんは?」

 「あたしは、適当に校内を探ってみるつもり」

 「大丈夫なの?」

 「ひとの心配より自分の心配をしなさい。まだどれだけ潜り込んでいるか分からないんだから」


 春明はヒラヒラと手を振ると、さっさと二人を送り出し、その姿をじっと眺めた。

 そしてそれが見えなくなると、待ち侘びたように楓と数人の人影が車へと集まり、春明は途端に目を厳しくさせる。


 「雄二君は?」

 「まだのようです。情報通りに現れてくれれば良いのですが」

 「みつりちゃんのことは?」

 「現在調査中です。今のところ、ただの一般人と思われることしか分かっておりません」

 「そう。でも、その割には……」

 「……」

 「……まぁいいわ。引き続き警戒を怠らないで、呉々も慎重に。二人のこと、頼んだわよ」

 「御意に」


 春明の言葉に頷くと、楓らは素早くその場を離れていった。

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