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三日鷺~ミカサギ~  作者: 帝 真
第6章 恋心〜黒(からす)
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恋心~黒(からす)~・6

 「――以上が、あなたに教えられる最低限度の情報よ」


 春明はみつりに説明を一通り終えると、ふぅと息を吐いた。

 最低限度とは言うものの、結局のところはほとんどの情報を提供することになってしまった。

 斗真の考えとはいえ、春明は頭を抱えたくなる。

 一方でみつりも、眉間に皺を寄せながら聞き終えると、頭痛を覚えたかのように額をおさえた。


 「とてもじゃないけど、信じられない話ね」

 「別に信じてもらわなくて結構よ。要は私達の邪魔にならなければいいだけだから」

 「あいつ、やっぱり疫病神じゃない。ホント、周りのいい迷惑」


 やはり灯乃が気に入らないのか、みつりは相変わらずの嫌味を吐くと、そんな目の敵にするような彼女の口ぶりに、春明が僅かに目を凝らして訊ねた。


 「みつりちゃんって、随分と灯乃ちゃんには手厳しいのね?」

 「……いつも雄二の邪魔ばかりするからよ。ウザいったらないわ」

 「ふーん……ねぇ、その肩の傷はどうしたの?」

 「荷物の整理で怪我したのよ。本当にツイてないわ」

 「……そう」


 何か引っかかるのか、春明は薄らと目を細めて静かに口を噤んだ。

 どうやらみつりを完全に信用している訳ではないのだろう。

 それは、彼らしい用心深さ。


 「それよりこれからどうするの? 準備って何をするのよ?」


 今度はみつりが訊ねてくると、春明は軽く顎を突き上げてうーんと考える素振りを見せた。


 「そうねぇ。とりあえずあなたはご家族に連絡、かしら?」

 「は? 何それ」

 「騒がれたら厄介でしょ? 早めに手を打っとかないと」

 「それなら平気よ。いつも仕事で家には帰ってこないし、私が何をしていようが無関心よ。一週間は気づかないわ」

 「あら……それは結構」


 暫く自由が利く身の彼女に、好都合ではあるものの、その分訝しく思う春明。

 するとその時、襖を挟んだ外から楓の気配がして春明を呼んだ。


 「仲間と連絡が取れました。やはり春明様のご予想通りです」

 「そう」


 畏まって静かに話す楓の影に、みつりは彼が本当に隠密で緋鷺家の使者なのだと目を丸めるが、その一方で春明は考えが的中していたことで少し口端をつり上げる。


 「みつりちゃん、これからの予定が決まったわ。あなたの予定は、今日ここに泊まって明日灯乃ちゃんと一緒に普通に登校すること」

 「……は? どういうこと? 登校って、雄二は?」


 *


 「――雄二が、学校に来る……?」


 灯乃は亜樹達と通路を歩きながら、斗真に訊ねた。

 

 「あぁ、ついさっき報告が入った。考えてみれば、あいつの家が放火されたことは公にはされていないが、あいつ自身が学校に何日も来ないとなれば、そのうち騒ぐ者も出てくる。部活では優勝候補とまで言われているんだろ? だったら尚更、みつりのようなマネージャーもいることだし、学校を休む訳にはいかない筈だ」

 「それはそうかもしれないけど……」


 そう都合よく出てきてくれるものなのだろうかと、灯乃は少し疑いを持ちながら聞いていると、前を歩いていた亜樹も斗真に賛同するように口を開いた。


 「それに彼はあなたを迎えに来る気でいるのでしょ? 誘き出すなら、ガードが一番手薄になる時を狙う筈よ」

 「それが、学校?」

 「俺や春明もいるここより狙い易いからな。それに校内となれば、朱飛の手の者も何人か入り込んでいるのは間違いない。雄二が来ることを知れば、お前も必ず行くと言ってきかないだろうし、連れ去るには絶好の場所だ」


 確かに、と二人の言葉で灯乃は納得すると、自然と辺りの景色を見回した。

 今は穏やかだが、昨夜は酷く荒れたものだったことを思い出す。

 それでも皆が守ってくれたから、こうして自分は大事なく済んだ――そう、雄二が守ってくれたから。


 「……明日、来るのかな?」

 「そう聞いている。もしかしたら、みつりがこちら側にいることを知らず、彼女が騒ぐことを予期して行動したのかもしれないが」

 「まずないでしょうけどね」


 朱飛の情報網の凄さを理解している二人にとっては、その可能性の低さにすぐさま否定の意思すら覚えているようだったが、それでも別の可能性を見出しているのか、亜樹が目的の場所へと灯乃たちを誘った。


 「明日動くかどうかはさておき――とりあえずね」


 亜樹はそう言って、灯乃と斗真をとある薄暗い階段へと案内した。

 それは地下への階段。

 

 「ついて来て」


 彼女にそう言われて二人は後をついて降りると、そのまま階段を降り切るのかと思いきや、途中で立ち止まった亜樹の手が壁の一画に触れた。

 すると僅かに窪みができ、更に押すと中から鍵穴が現れ、亜樹が何処から取り出したか鍵をそれに差し込む――隠し扉だった。

 そうして開かれた新たな通路に灯乃は吃驚するが、亜樹たちが何の躊躇いもなくその中へと入っていくと、彼女も慌ててそれについて行く。

 思った通り、中も薄暗くて灯乃が身を縮めていると、斗真が黙って腕をひき、さりげなく導いてくれた。

 そうしている間に辿り着いたのか、亜樹が壁のスイッチを押すと目の前の空間が一気に明るくなった。

 

 「! ……ここって……!」


 灯乃が目を丸くさせて見入るその先は、本来なら全く関わることのない筈だった武器たちが数多く貯蔵された地下倉庫だった。

 刀をはじめ、槍や弓、手裏剣やクナイといった様々な種類の武器が収められており、灯乃は思わず息を呑む。

 そんな場所に連れてこられたということは、もしかしなくともこれからに備えて武装させるつもりなのだろう。

 灯乃は途端に不安になって竦む。


 「ないよりはいいでしょ? 斗真さんが側にいないのであれば、あなたはその身を自身で守らなければいけないのだから。さて、どれが一番適してるかしら?」

 「うっ……どれも私には分からないんだけど……」

 「心得のある春明がついている。あいつに習えばいい」

 「えぇっ!? 私そんなに運動神経良くないよ!?」

 「大丈夫よ。同化が進めば、訓練しなくても自然と身体が動くようになるわ」

 「え゛……それって良いことなんですか?」


 何処となく無責任な二人の発言に、灯乃の不安は更に広がり、意識が遠退くようだった。

 確かに足を引っ張りたくなければ、武器の一つでも扱えた方がいいに決まっている。

 斗真がいないなら尚のこと、守ってもらうしかないのだ。

 とはいうものの、同化のスピードが如何程かも分からないのに、すぐに使い物になるかも灯乃には怪しいものだった。


 「……とりあえず、頑張ってはみるけど」


 自信の無さが彼女の言葉と表情に表れるが、それでも構わないと斗真と亜樹は頷いた。


 *


 ようやく夜を迎え、夕食を済ませると、皆それぞれ自由に過ごした。

 そんな中で春明がこっそりと斗真の部屋を訪れると、彼の顔色を窺うように神妙な面持ちでゆっくりと声をかける。


 「――どうして、灯乃ちゃんの登校を許したの?」


 特に何かをしていた訳でもなくくつろいでいた斗真は、ただ僅かに視線を春明に向けるだけだった。

 しかしその視線をしっかりと見る勇気が出せないのか、春明はそれから目を逸らしてしまうが、それでも本心が知りたくて、言葉を続ける。


 「知ってるんでしょ? あたしがあの子にしたこと。心配にならないの? あの子があたしと一緒に行動すること」

 「何か問題があるのか?」

 「何かって……」

 「お前がいれば灯乃は安全だと思ったし、あいつには万一に備えて幾つか武器も持たせた。お前が得意とする暗器だ、大きいものよりは扱いやすいだろうし、仕込みやすい。暇があれば教えてやってくれ」

 「斗真君っ!」


 まともに取り合ってくれていないような気がして、春明は思わず声を張り上げた。

 その声に、斗真もついに顔を向ける。


 「春明。お前がどういうつもりであの眼を使ったかは知らないが、そんなことはどうでもいいことだ」

 「どうでもいい!? そんな訳ないでしょ? だって、あの子はあなたにとって――」


 大切な人、と言いかけて春明は止めた。

 認めたくなかった。

 口に出してしまったら、認めてしまうような気がして嫌だった。

 斗真にとって灯乃が一番の特別だなんて。

 悔しいが、春明は全てを吐き出してしまいたい気持ちを何とか抑えて、ひと呼吸置いた。


 「斗真君、あなたはいったい何を考えてるの?」

 「別に何も。ただ――」

 「ただ?」


 春明が真実を見極めようと斗真を見つめると、そんな斗真の顔が翳りを見せ俯いた。


 「楓から雄二のことについては聞き出せなかった。その話は、俺が三日鷺の欠片を回収してお前たちと合流できてからだと。叔母上にもそう言われたんだ」

 「え……」

 「だから、今の段階では彼らをどこまで信じていいか分からない。俺自身でさえ、こんな状態じゃあてにはならないだろう。そんな中で唯一信頼して灯乃を任せられるのは、春明――お前だけだと思っている」

 「……!」


 その言葉に、春明は絶句した。

 何か魂胆が隠されているのではないかと疑っていたのが、急に弾けて浄化されていくようだ。

 信頼という斗真のたったその一言で、春明の中へぶわっと風が吹いたように、清々しさが舞い降りる。


 「お前のその傷を見るたび思う。お前にそんなものをつけさせてしまった己の不甲斐なさと、そこまでして俺を救ってくれたことへの感謝を」

 「斗真君……」

 「だから俺はお前を疑わない。そんなお前が灯乃に対して何かをするというのなら、きっと何か意味があってのことなんだろう。そう信じる」

 「……それで灯乃ちゃんがどうなっても、斗真君は納得するってこと?」

 「俺は灯乃も信じている。ただ、男として女のあいつに重荷を背負わせようとは思わないがな」


 はっきりとした答えが春明のもとへとふって来た。

 信じるなんて、不確かなものである筈なのに、斗真がそう言うとどうしてか疑いようもないものへと変わる。

 求めていた答えだったのかもしれない。

 春明は、灯乃も信じていると聞いても腹立たないほど、自身のすることにきっと意味があると言われたことがとても嬉しかった。

 信じていても斗真が頼れるのは、自分一人だと。


 「フッ……信頼なんて、随分甘えたことを言うようになったじゃない」

 「情けないとは思っている」


 以前の斗真ならば、決して口にしなかった言葉だった。

 誰かに頼らずとも一人で大抵は解決できる、それだけの力を持っていた筈だった、彼は。

 それなのに、今は――


 「春明、改めて灯乃を頼む」


 そんな彼に畏まって下手に出られると、どうも調子が狂ってしまうのか、春明は少し気恥かしさを感じながらも小さく笑みをこぼした。


 ――ホント、あたしもあなたには随分甘くなったわね。けれどこれでもう、あたしに迷いはなくなった


 春明は静かに部屋を後にすると、真っ暗な闇夜の中でひっそりと細長く輝く月を見上げた。

 三日月だった。


 ――あたしが彼女を見極める。斗真君に必要なのかどうかを


 *


 「――うっ……こうなってしまったか……」


 その頃、灯乃は。

 自室に並べられた二つの布団に、気まずさを感じずにはいられなかった。

 一つはもちろん灯乃のものだが、もう一つはみつりの為に用意されたもの。

 部屋が空いていない訳ではないのだが、まだみつりに信用が持てない為に極力彼女を一人にさせないよう配慮されたことだった。

 それで何故灯乃と同室なのかというと、考えるまでもない。

 同性が灯乃しかいなかったからだ。

 さすがに亜樹と同じにする訳にもいかず納得せざるを得ないが、どうにも気まずい。

 みつりは灯乃を毛嫌いしているし、灯乃も彼女を巻き込んでしまった立場上、どうしたって頭が上がらず弱気な姿勢になる。


 ――息苦しい、辛い。この先やっていけるのだろうか?


 灯乃は苦悩する頭を抱えて布団に転がった。

 今みつりは湯を使っていて、本当なら灯乃も一緒だったのだが、やはり居心地が悪くて逃げるように先にあがってきたのだ。

 皆に知られたら、同室の意味がないと怒られてしまうだろうが。


 「はぁ……」


 何度目の溜息だろうか。

 灯乃はその重苦しさに耐えられず枕をぎゅっと抱きしめると、ふと視界に入った制服を何気なく見上げた。

 灯乃のものと一緒に並んでハンガーにかけられているみつりの制服。

 こんな状態で、彼女と一緒に登校なんてできるのだろうか?


 「……はぁ……」


 再び溜息が漏れる。

 するとその時、


 ――ブルルルッ


 灯乃の携帯電話が突然震え出し、誰だろうかと画面を覗くと、そこに表示された名前を見て灯乃は固まった。


 「え……っ」


 映し出された名は――雄二だった。


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