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三日鷺~ミカサギ~  作者: 帝 真
第6章 恋心〜黒(からす)
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恋心~黒(からす)~・4

 「――雄二を探しに行く、だと……!?」


 仁内の顔が、間の抜けたような表情で固まった。

 これまで話を聞いているだけだった灯乃がようやく発言したと思ったら、その一言。

 仁内は途端に顔を歪ませると、認めないとばかりに口を尖らせた。


 「何でてめぇが行くんだよ! てめぇは斗真が居なけりゃ戦えねぇだろうが!」

 「そうだけど……でも、雄二は私が巻き込んでしまったから、だから」


 雄二を春明の別宅に呼んでしまったことを思い出しながら、灯乃は懇願する。

 あの時、安易に雄二を呼ばなければ家が放火されることもなかった。

 彼の両親に重傷を負わすこともなかったのだと、自身の軽率さをずっと彼女は悔やんでいたのだ。

 しかしそんな時。


 「――やめてくれない?」


 苛立ちを露にしながらみつりが口を開いた。


 「雄二はアンタのせいで危ない目に遭ってるんでしょ? だったら、これ以上雄二に関わらないでよ。余計なお世話だって分からないの?」

 「そっそうかもしれないけど……」

 「おいっ!」


 みつりのきつい台詞に、仁内が眉をつり上げて止めようとするが、彼女は止まることなく続ける。


 「役立たずのくせして勝手なことばかり。そのせいでいつも周りがどれだけ迷惑するか、考えないの?」

 「それは……」

 「人のこと考えてるように見せてるだけで、アンタって結局、自分のことしか考えてないわよね? いい子ぶるのも、周りを見てから言いなさいよ」


 グサグサと心に突き刺さるような言葉を吐き、灯乃は顔を歪めた。

 自分のことより他人(ひと)のこと。

 そういう風に思い込んでいるだけで、やっていることはただの自己満足なのかもしれない。

 そんな指摘に灯乃が何も言い返せずに表情を沈ませていると、半ばムキになっているみつりの肩をポンと春明が軽く叩いた。


 「そのくらいにしたら?」


 彼はみつりを宥めるように薄く笑みを浮かべると、優しい口調で言葉を述べる。


 「あたしは賛成よ、灯乃ちゃんが来るの。灯乃ちゃん相手なら雄二君は話を聞いてくれるだろうし」

 「春明さん……」


 味方をしてくれる春明の言葉に、灯乃は少し気持ちが楽になるのを覚えるが、傍らで仁内が目角を立てて春明を見張った。


 「雄二君なら灯乃ちゃんに危害を加えるようなことはしないだろうから、朱飛がそう簡単に手荒い手段に出ることはない筈よ。あたし一人でも護れるわ」

 「てめぇは足を怪我してんだろうが」

 「だいぶ良くなったわよ。でもそうねぇ、そんなに心配っていうなら手当してくれる灯乃ちゃんがいてくれた方が助かるけど?」

 「良くなったなら、いらねぇだろ!」

 「ならあたし一人でも護れるわね」

 「この野郎……っ!」


 何を言い返しても、尽く詭弁を弄してくる春明に苛立ちを隠せない仁内。

 彼にとって、自身や斗真でさえも傍にいない状態で灯乃を春明につけさせることは、到底許せる訳がなかったのだ。

 それはまるで、餌として灯乃をくれてやるようなもの。

 今一番、灯乃に対して注意を払わなければならない人物は、春明なのだから。

 だが、それが分かっていながら彼を言い負かすことのできない歯がゆさを仁内は感じていると、そんな中でついに斗真が口を開いた。

 灯乃へ。


 「本当に、雄二を探しに行きたいか?」


 彼女の真意を見極めようと、真剣に聞き直す。

 斗真も、本音は春明と共に行かせたくはない。

 そもそも三日鷺の復活を目論む朱飛を追わすような危険を、彼女にさせたくないのだ。


 「うん……」


 けれど灯乃は頷く。

 先程みつりに厳しく言われたばかりなのに、それでも考えは変わらないようだった。

 変なところで頑固な彼女にも困ったものだと、斗真は思う。


 「俺が居ないと、何かあった時に対処できないぞ? 春明の足を引っ張ることにもなる。それでもか?」


 斗真は再度問うた。

 足を引っ張る、それは既に迷惑をかけることを前提とした言葉だった。

 それが彼の考え、みつりと同じように迷惑だから大人しくしていろと思っているのだろうか。

 いや、そうではない。

 ただ斗真は心配しているだけだ。

 そういう人だと灯乃は知っているから、その言葉で傷つくことはなかったが、彼の優しさを振り切ってまで雄二を追うことに迷いが生じた。

 

 ――春明さんについて行ったら、斗真と離れることになる


 彼が傍にいなくなる。

 それも灯乃をじわじわと不安にさせる要因の一つだった。

 けれど――

 灯乃がふと春明を見つめると、その視線に気づいた彼がこちらを向いて笑みを見せてくれた。


 ――春明さんが傍にいてくれる


 彼のその優しい眼に灯乃はドキッとして、紅潮しながらもまるで吸い込まれるように魅入った。


 ――そうだ、彼の傷の手当てくらいなら出来るし、他にも何か出来るかもしれない。何より私は……


 灯乃の口が勝手に動いた。


 「……私、春明さんと一緒に行きたい」

 「……」


 灯乃のその言葉に、春明はこっそりと口端をつり上げ、斗真は訝しく目を細めた。

 仁内から聞いてしまった春明への疑いが斗真の頭を掠める。

 

 ――やはり《あの眼》を灯乃に……

 

 信じたくはなかったが、春明を見つめる灯乃の目に熱を感じて、斗真は密かに握り拳をつくった。

 だが斗真は何とか気持ちを落ち着かせようと瞼を閉じ、そして改めて目を開くと春明を見る。

 その目に焦りはなく、またいつもの気軽さもなかった。

 あったのは、何処かひれ伏してしまいそうになる程の強い圧。

 そんな彼の目を見た瞬間、春明はそれだけですぐに斗真の意を汲み取ったのか、浮かべていた笑みが一変し表情が曇った。


 ――斗真君……あなたは……


 気づかれてしまった。

 やはり長年の付き合いから、彼には隠し通せるものではないことを悟る。

 これでは、斗真はきっと灯乃を手放さない。

 彼女を連れて行くことはできないと、春明は諦めに彼から目を逸らすが、そんな時、斗真の口が動いた。


 「――灯乃を頼む、春明」

 「え……」

 「おいっ、斗真!」


 彼の一言に仁内が反発の声を上げる中、春明は目を見開いた。



 *


 

 「――何でだよ、斗真!」

 「……」

 

 皆との話が終わって解散となるや否や、仁内は廊下を歩いていく斗真の後を追った。

 他の者は、各々で出立の準備に取り掛かり、亜樹がバックアップにまわる。

 仁内は灯乃の件が気に入らないのか、斗真の腕を掴んで無理やり呼び止めると、大きな声では話さず、あえて耳元で言葉を吐いた。


 「言っただろうが、春明は《あの眼》を灯乃に使ったって。それなのに何でっ」

 「あいつの言うことにも一理ある。雄二を説得するなら、灯乃がいた方がいいのは間違いない。それに、何も二人きりにする訳じゃない」


 斗真はそう言うと、話し合った時のことを思い起こす。

 確かにみつりも一緒だが、それでも心許なかったのは彼も同じだったのか、ある提案を出したのだ。

 それは主将も灯乃達に同行させること。


 「――(かえで)と名乗ったか。奴の仲間が雄二らの動向を探っているというなら、使わない手はない。それに楓が原因で、雄二は朱飛の側についてしまったと言っていいからな」

 「だが、何を隠してるか分からねぇ奴だぞ? それよりも俺が行く」

 「却下だ」

 「んだとぉ!?」

 「これ以上、厄介事は御免だ。お前が春明の邪魔になるのは目に見えているからな」

 「ああ?! ふざけんな。奴の方が何を仕出かすか分かんねぇだろうが――奴にとって女絡みはヤベェのは、てめぇが一番よく知ってる筈だろ?」

 「だからこそだ。あいつのことは俺が一番よく分かっている、問題ない」

 「問題なくねぇよ!」

 「少なくとも」


 斗真は仁内の手をパシッと振り払うと、目をつり上げてはっきり応えた。


 「俺はあいつを信頼している――お前のことより、遥かにな」

 「……っ!」

 

 それを聞くと、これ以上止めておくこともできなくなり、斗真はそのまま消えていった。

 だらんと手が降り、仁内は俯く。


 「……なんでだよ。なんでてめぇはまだ……っ」



 *


 その頃、灯乃も準備を始めようと与えられていた部屋に帰っていた。

 その隣部屋の住人である春明は、みつりに事の説明する為に残り、少し寂しく思いながらも灯乃は一人で戻ってきたのだった。

 彼女も二人のもとに残っていても良かったのだが、何だかみつりと対話するのが気まずくて、つい彼に任せてしまい、後で何となく悔やむ。

 部屋に戻ったところで、灯乃は特にすることもないのだ。


 「準備っていってもなぁ」


 立ち尽くして、灯乃は悩んだ。

 その時――


 ――ブワァッ……!


 まるで炎に包まれたかのように、一瞬で目の前が真っ赤に染め上がった。

 突然のことだった。

 灯乃は慌てる間もなく、大きな紅の翼を見る。


 “――我が意を同じくする者よ”


 紅蓮の三日鷺だった。

 けれど何処か色素が薄く、全体的に白みを増しているような気がする。

 それでも瞳の色は相変わらず美しい翡翠のままで、三日鷺は言葉を交わしてくる。


 “じきに同化が完了する。主は望んでいないようだが、それでももう止めることはできぬだろう”

 「やっぱり同化って、私の身体を乗っ取るってことなのね?」

 “悦べ。予てからの念願成就であるぞ”

 「私は望んでない……っ」

 “だが、必要とされたいのであろう?”


 三日鷺の一言に、灯乃はぐっと言葉を詰まらせた。

 誰かに必要とされることは、彼女の一番の望み。

 それは誰より灯乃自身がよく知っている。


 “これから存分に必要とされようぞ。我の望みのままにな”

 「あなたの望みって何なの? 斗真に仕えるってことだけなの?」

 “……そうだ。主だけが我を安寧に導く”

 「安寧?」


 ――三日鷺の云う《安寧》とは、何なのだろう?


 灯乃が怪訝そうに見ていると、三日鷺の嘴がフッと笑ったように歪んだ。

 そしてその瞬間、大きな翼を以て豪快に羽ばたく。

 勢いの強い風圧が灯乃に向かってブォンと吹き、思わずきつく目を閉じると、その間に三日鷺は飛び立ち消えていった。

 再び開いた目の先には、見知った己の部屋の景色が戻る。

 夢――を見ていたのだろうか?


 ――安寧、か。そもそも、私と三日鷺が意を同じくしているって、どういうことなのだろうか?


 斗真を護りたいという気持ちはある。

 でも――ただそれだけなのだろうか?


 灯乃はボーッとそんなことを考えていると、ふと足音が近づいてくるのに気づき、振り返った。


 「灯乃」


 呼ばれた先には、斗真の姿。

 だが……


 「――灯乃……?」


 驚愕するように目を見開き、再び名を口にする彼を見て、灯乃はただ首を傾げる他なかった。

 何を思って斗真が驚いているのか、分からない。

 しかし彼の目にはしっかりと――紅髪の少女が映っていた。

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